三章
第二十二話 後輩のプライド
「美空ちゃん! お待たせ!」
「愛、もういいの?」
校門前での待ち合わせ時刻まで三十分も早く愛は姿を見せた。どうやって暇を潰すかで相談していたあたしと風利は肩透かしを食らったように彼女を迎え入れる。
「図書委員の仕事って図書室の大掃除だったわよね? そんなにすぐ終わる?」
「えへへ、何かね、他の人達が用事があって別の日になっちゃった」
「うわ、面倒くさ。どうせみんな遊びに行ってるわよ絶対」
「そんな事言わないの。ほら、早くあかりさんの家に行こ!」
戦い以外は本当にお気楽なリーダーだ。後になってしわ寄せが来るのは自分なのに、愛は少しくらい怒ることを覚えた方がいいよ。
何にせよ、三人が集まったのなら当初の目的通りあかりの家を目指そう。もうすぐテストもあるから門限も厳しいし、あんまりゆっくりしている暇はない。
魔界突入作戦から一ヶ月が経過した。あれから私たちは一度もあかりに会っていない。七海さんを失った今、至急に反撃の作戦を立てるものだと思っていたのに言い渡されたのは面会断絶。例の暴力キチガイ女、馬場優香によって。
あの時、土壇場での参入は感謝してもしきれない。文字通り命を助けられたからだ。でも、私はあの女が嫌いだ。何も知らない癖にあかりを殴り、全体を指揮していた七海さんのポジションにちゃっかり収まっている。どれだけ強い力があっても、まるで同じ人間とは思えない人を尊敬なんて出来ないし従いたくもない。だいたい、私達があかりに会っちゃダメなんて意味がわからないんだ。
「……美空、顔怖いよ」
「え、あ、ごめん」
「……また優香さんのこと、考えてた?」
「その名前は聞きたくない。今日こそはあのおばさんをやり過ごすんだから」
「……頑張ろう」
風利はグッとランドセルを握り締めた。散々煮え湯を飲まされたのはこの子も同じだ。
もちろん何度も会いに行こうとした。だけど、その度に時計女に阻まれたのだ。スニークスキルの高い風利と移動速度に自信があるあたしが二手に別れても何故か同時に止められてしまう。どんなカラクリなのかわからず三人で力押しで挑んでも戦いにすらならなかったのだ。挑戦する度に実力差を実感させられてウンザリする。
今日は敢えて変身せずに魔力を消して一般人を装うことにしている。これでもダメなら次の手はもうない。
時計女が現れるのは距離。あかりの家の半径五十メートルに踏み込むと突然目の前に出てくる。そのボーダーラインが近付くに連れ、私達は自然に息を潜める。
残り十メートル。
五メートル。
三。
二。
一。
ボーダーラインに足を踏み入れた私達はアイコンタクトだけで言葉を交わす。
出てこない。とうとうやった。やっぱり魔力で感知していたのだ。
喜びを感じている場合ではない。たまたま歩いているところに出くわしてもアウト。善は急げと渾身の一般人歩行であかり宅を目指した。
やっとの事で目の前に捉えたあかりの家は、しばらく見ていなかっただけで何だか懐かしさすら覚える。困ったらいつもここに来ていた初心者時代を思い出していた。
早速インターホンを鳴らそうとする風利を止めて、あたしは無言でこのまま入ろうと目だけで提案する。
やっと会える。あかりには言いたいことが山ほどある。まだあたしは、あかりにありがとうさえ言えていない。
音が出ないようにドアノブを捻り、ゆっくりと扉を開ける。
「へいらっしゃい! 新しいネタ入ってるよぉぴよぴよガールズ諸君?」
「時計女……」
玄関三十センチの距離で出迎えたのは、常に一番会いたくないランキング一位の異常者だった。こいつがここにいると言うことは、わかっていて招き入れたってことだ。
手のひらの上で転がされていた事実に気分を害されつつも、この状況の説明を乞う。
「そろそろ会わせてやるって事じゃなさそうね。話でもあるんでしょ?」
「理解力高くて良いねキミ! さすが選抜組に入るだけあるよお姉さん褒めちゃおうかなえっと名前なんだっけ?」
「美空。覚えなくていいわよ。それより言いたいことは手短に言ってくれない? その顔見てるだけで吐き気がするもの」
「おけおけおいで。まずは見てもらうものがあるんだよそれを見れば言葉なんていらないね雰囲気ランゲーション?」
悪態にも全く動じない時計女は手招きをしてあたし達を引き入れた。あかりの家のなのに自分の物みたいに我が物顔で、本当に一々苛立たせる。
ついて行った先は、あかりの家唯一の空き部屋。他の二人にとってはわからないけど、あたしにとっては思い出の部屋だ。ケルベロスとの戦いであたし達があかりに助けられて、飛ばされた部屋。初めてあたし達以外の頼れる先輩が現れ、守る為に飛ばしてくれた場所。あの時はあかりが敵だと思って神器を向けちゃったっけ。あれからたくさん色んな事があって、それも酷く昔のような気持ちになる。
そんな場所に、余りにも不似合いなモノが浮かんでいた。
「これってあかりのゲート? でも、ちょっと違う感じ……」
「そうそうこれはあかりんのゲートにボクの魔力を流し込んだ特性ゲートだよ。魔界に繋がってるね」
「魔界ですって!?」
空気が一気に張り詰める。特に愛と風利の目に恐怖に似た色が強く浮かんでいた。そのはずだ。魔界のゲートを開いた場所には山のような悪魔が出現する。しかも、真弓さんやみくりさんが太刀打ち出来なかったレベルの上位魔族まで……。どれだけ恐ろしいゲートかは二人が身を持って体感しているのだ。
三人同時に神器を召喚し、最悪の事態に備えてから目の前のキチガイに問いかける。
「どういうつもりよ!! この街を悪魔で埋め尽くすつもり!?」
「あかりさん! あかりさんはどこですか!? 今すぐ閉じないとまた……」
「………邪魔するなら、力ずく」
あたし達が本気の殺気を放っても、時計女はケラケラと笑って膝を叩いている。まるで尻尾を追いかけ回す無駄な行動を取る犬でも見ているかのように。
「あっははははははははは!!」
「何がおかしいのよ!!」
「…………はぁ、落ち着きなよぴよっ子。ボクらをナメてんの?」
豹変したような時計女に殺気を返され、あたし達は無意識に武器を消した。いや、悔しいけど消されたのだ。
瞬時に元の笑顔に戻った時計女は、本題を続ける。
「まず、あかりんはいないんだよねまじまじシスターズも悪魔犬ちゃんも然りぃ。いまは魔界に行ってるからね? 行ったのは数時間前だけど時間の専門家のボクの読みでは向こうで一日分は経ってそうだよねどう思う?こっちの時間ではあと一ヶ月は帰ってこないよ」
「なんて危険な事を……」
「そして悪魔はここから出てこないんだよ実は実は。何でかな?何でだろうね?答えはこのボクがゲートの時を『止めてる』お陰なんだよね大変だったよ実験がここまで 達するのはボクえらい!」
あかりがいない理由も悪魔が出ないことも分かった。でも、それなら尚更不可解な疑問だけが残る。
「なんで、なんであたし達に内緒でそんな事してるのよ! あたし達だって選ばれた魔法少女なのに、あかり達が仲間だと認めてくれたのになんで! 少しは力にな……」
「戦力外通告だよ」
「……っ!」
「優しい僕は何度も審査してあげたんだよ? どんな方法を使ってでもあかりんの所に辿りつければ考えてもいいって約束? あかりんが駄々をこねるから仕方なく一ヶ月も時間をあげたのにキミたちぴよぴよちゃん達は辿り着くどころか察することすら出来ずに毎日毎日ぴよぴよぴよぴよと単調な力押し。正直今回の作戦には着いてこられないんだよね?」
「…………」
「もちろんだからといって無下にはしないのが酸いも甘いも噛み分けた大人の女性ってやつでさ仕事は振ってあげるんだよ? つまりはお留守番さこの街を守る為の。マグマガールは七海んの家に居るから力を合わせて迷える子羊悪魔を討伐してほしいのさ。もし君たちがそれすら失敗してもこのボクが尻拭いするから安心してくれていいよ? 大好きな時計作りを中断してるんだからもっと感謝して菓子折なんてお待ちしておりますなんてね?」
ナメてるのはどっちだ!
そう、後ろの二人は思ったのか完全に交戦体勢に入っていた。それを止めたのは、一番近くであかりを見ていたあたしだ。
悔しい、腹が立つ……けど。
「…………わかった。街は……守る」
「美空ちゃん! これだけ言われて!」
「仕方ないじゃない!!」
分かっていたんだ。あたしじゃ、あたし達じゃまだあかりの横には立てない。立とうとして、がむしゃらに頑張って、その結果守られて、あかりは腹に穴を開けられ七海さんが死んだ……。
三人の中で唯一並び立ったはずのあたしは、逆に足を引っ張った。甘かったんだ。歴史的大戦争をたったの五人で退けた英雄は余りにも遠く。足元にも及ばなかった。時計女の言葉は何一つ間違っちゃいない。
力が。
思考が。
覚悟が。
何もかもが足りなかった。
「うんうん! 自分の立場や実力を受け止めるのはとっても素敵なことさ! やっぱりキミだけは違うねリーダーキミにしたらどうだい?よくない?」
「……あたし達のリーダーは愛よ」
「そなの? そんな考えの浅い感情的でお子様気分のおマヌケさんよりはまだ……」
言い切る前に、あたしの鎌は時計女の首筋を捕える。その刃先に雷を宿して。
「今の……速いね。召喚から攻撃までに迷いが無いや。目では追えなかったよ流石に雷使いだけはあるね」
「あたしの事はどう言われてもいい。失敗したのはあたし自身だし。でも、愛を悪く言われるのは我慢できない」
「ま、好きにするといいんじゃないかな後輩のやる気を削ぐのは良い先導者とは言えないもんね?」
「……帰る」
話は終わった。あたし達はあたし達の出来ることをする。今までと変わらない。
愛と風利の手を取って、変わり果てた思い出の場所を後にする。一秒でも早く、ここから離れたかったのだ。
玄関を出てしばらく歩き続け、愛に呼びかけられてようやく足を止めた。
「美空ちゃん待って」
「……ごめん、らしくなかったわね」
「ううん。それより、さっきの話だけど」
「やる事は一緒よ。あかりが戦線にいなくたって街は守ってたんだもの。それくらい……」
「そっちじゃなくて、リーダーはやっぱり美空ちゃんの方がいいって。私も、そう思う」
「何度も同じ事言わせないで。お願い、今日はもう疲れたの」
「美空ちゃん……」
愛の顔が見られない。今のあたしは、思ったより落ち込んでいるみたいだ。
この日はこれ以上会話はせず、大人しく家に帰った。親に挨拶する元気もなく、あたしはランドセルを力無く床に落として自室のベッドに倒れ込む。
「あかり……」
いまどうしてるの。あたしを強くしてくれるって言ったのに。まだ謝れてない。お礼も言えてないのにいつの間にかまた魔界に行っちゃって。
師の顔を思い浮かべると、途端に気持ちが綻んだ。
もうダメだ。
「……あかり、会いたいよ……」
流れ落ちる涙が止められない。
反発しかしてこなかった。対抗したくて生意気な態度しか取れなかった。それをずっと軽く受け入れてくれて、包み込んでくれた。
あたしはそんなに強くない。まだまだ子供なんだ。大人ぶったって、こうして目の前からいなくなっただけで寂しくて不安になる。
今度会ったら、ちゃんと本音で話したい。本当は尊敬してるって、本当は大好きだって。今は、ただ待ちながら街を守るしかない。あかり達が守ってきたこの街を。
「お願い、無事に帰って」
咽び泣くあたしを照らす月は、どこかいつもより小さく霞んで見えた。
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