第二十一話 もう一人の最強

 七海が命を賭して繋いでくれた逃げ道を抜けて、安全地帯に辿り着いたはずだった。


 しかし……。


「こいつ……」

「み、みんな!!」


 無人島は黒い火の海と化し、愛と風利は倒れ、それを庇うようにボロボロの真島姉妹が息を切らし立ち伏せていた。

 その前に立つのは一体の人型悪魔。突き刺すような禍々しい魔力、憎たらしく笑うその顔に見覚えがあった。

 その悪魔に最も相性が悪い真弓は、肩で息をしながらも余裕を作って口を開く。


「あかりぃ、遅すぎじゃないの? もう十時間は経ってるじゃない。七海はどぉしたのよ」

「七海は……後で話す。真弓、お前……大丈夫かよ。こいつ……」

「死にかけのあんたよりはまだ大丈夫じゃない? えぇそうよ。この悪魔、あの時あたしを壊そうとしたヤツよ。気分は最悪ね……」


 性格最悪の精神魔法を使う悪魔。真弓に飲まれて死んでしまったのではなかったのか。何にせよ、真島姉妹には相性が悪い悪魔だ。今の二人を封じられるだけの実力があるとなると、愛や風利では勝てないのも頷ける。

 今日は厄日だ。全員運が悪い。


 いや……それもこの瞬間までのようだ。


「あたしが出る!」

「美空……やめろ」

「なんでよあかり!! さっきもそう!! あたしが戦えば七海さんも……っ!」

「そうじゃ、ねぇよ。もう大丈夫なんだ」

「…………え?」


 正直ホッとした。いま目の前の悪魔は美空じゃ少し手に負えない。

 だから、『アイツ』が来てくれて本当に良かった。


「タン、タン、タン♪」


 海の向こうから、軽快なリズムを口ずさむ声。何度も聞いたその声を耳にした真島姉妹も、敵前なのに気が抜けて尻餅を着いてしまった。

 まさかの手漕ぎボートで海を渡ってきた『ソイツ』は、マイペースにオールを船の横に括りつけている。


「時計の音ってさ、『カチコチ』じゃなくて『タンタン』って聞こえるのよね。わかる? わからない? ん? 君誰だい?」

「え、あ……え? この人、誰?」


 美空は混乱してあたしとソイツを交互を何度も見る。


「久々……ババユカ」

「あかりんめっちゃムカつくね。イントネーションバグだよねそれ? てゆか傷酷いじゃん死ぬ前で良かったよ高いよ〜?」


 大きなハンチングに懐中時計を首から下げ、ファンタジーの中の時計技師みたいな格好で現れたコスプレ女【馬場 優香】は、大きな目を見開いてあたしの傷を見つめる。大して焦ってもいないのは、『生きていればどうにでもなる』という信条と、それを実現出来る能力を持っているからだろう。


「ユカ……先に悪魔……頼むわ」

「ん〜? あれ悪魔? へーへー、魔力弱過ぎて気付かなかったぁ。あ、魔力感じてることバレちゃったからこの冗談もうダメだね。はいはい悪魔悪魔。すぐに終わらせるからねー」


 優香は杖ほどの大きさのスパナ型神器【バビロン】を召喚し、ゆっくりも歩いて悪魔との距離を縮める。


「話は終わったかしら?」

「ありゃ、オカマさんの悪魔さん? いま韻踏んでたよねラッパーになれそう? ボクは多彩だなぁ」

「変な人間。頭大丈夫かしら? まぁ、あなたが海の向こうから来てるのは分かっていたわ。なかなか魔力が……」

「オカマクマちゃんその赤いコアが弱点なの? 丸見えじゃん隠していいよー」

「会話が出来てる気がしないわね。知能が幼児で止まってるのかしら? コアなら隠さないわよ。そこでへばってる女の仲間なら大したこと……」

「じゃあいきまーす! よーいドンって言ってほしいな? 誰か言ってくれる? 自分で言うね。よーい……」




 優香がそこまで言って、悪魔は消滅した。残ったのは、優香の手に握られた真っ赤なコアだけであった。




「ドンまで言わないところが、大人の魅力って感じ? 『止まった時間』の中で動けないならちゃんと逃げないとダメだよね?」


 圧倒的。文字通りの瞬殺を見せた優香は、コアをスパナで粉々に砕いた。

 一部始終をじっくり見ていた美空は、空いた口が塞がらず混乱を極めていた。

 それもそのはず、優香の魔法は戦闘において他とは次元が違う。【時間を操る】魔法は消滅魔法を除いて間違いなく最強なのだ。努力や才能で追いつけるレベルにいない。神の力と称される唯一無二の特殊能力だ。


「なに、したの?」

「時間、止めたんだよ。ユカ強ぇな。相変わらず……」

「そんな馬鹿みたいな能力……えぇ……」


 七海が言っていた保険とは、優香の事だった。本当は魔界に行く選抜組に入っているはずだったのだけど、このマイページ女は根っからの社畜。手作業で作る時計技師を営んでおり、その時間を削られるのが何より嫌いな奴だ。今回も遅かれ到着出来たのは奇跡のようなものだった。


「おっと、おっとぉ! あかりん忘れるところだったよね! 取り敢えず死にかけはあんただけだから『戻して』あげるね。他の子は病院で済むかな? 済まないかな? 明日以降ならボクの所においでよ戻してあげる。でも高いよー?」

「早くして……くれ」

「一日一回しか使えないんだから焦らさせてよせっかちさん? ほらほらこの時計見ててね。タン、タン、タン♪」


 懐中時計を指でちょいっと触れると、長針が逆回転を始める。


「【アフターパーティー】♪」


 魔法が発動した途端、あたしの身体は紫色の空間に包まれた。その中で、それまでのダメージが時を辿る。


「んん?? 結構な時間経ってるね?? ちょっと時間掛かるし痛いだろうけども我慢してね? 我慢出来る?」

「ん……大丈夫っ! さんっきゅぅう! ぐぅううううっ!」

「四、五時間……もっとかな? その状態でよく長生きしたねぇ」

「魔界……っ! 時間軸おかしくてっててて!」

「はぁんそうねーそういうことねー? わかるよわかる、時計技師だもん時間は詳しいんだよボク。ほら見てこの時計今朝完成したんだよ?」

「ちょっと、黙っててユカ……っ!」

「つれなーいつまんなーい」


 あたしが巻き戻された痛みと戦っている間ずっと喋り続けるつもりだったのか、優香は面白くなさそうに地面を蹴る。他の人に構ってもらいたいのかキョロキョロと辺りを見て、真弓を見つけて目を輝かせた。


「まゆ! いたんだ! いたんだね! 後ろ姿だから分からなかったよもー早く言ってよなんで隠れてたの? 会いたかったよまゆー!」

「あ、そう……」

「まゆはお人形さんみたいに可憐で儚くて花みたいだなぁ成長してないね! ボク時止めてないよ? 時間操れるの凄いね可愛いね!」

「ちょっと、いま疲れて……」

「怪我してんだねでも大丈夫! 悪いやつはこのボクが倒したからね! ボクだよボク! あ、妹のみくみくもいるんだよねどこどこ? いないね? 来てないの?」


 優香と真島姉妹は、実は仲良くない。というか、優香は二人のことが大好きなのに話を聞かない優香に対して自分の主張を取れない姉妹は彼女が苦手なのだ。現に、みくりはいつの間にかどこかへ隠れてしまっている。


 あたしの傷が完全に消える頃、ひとしきり暴れ終えた優香はこちらへ戻ってきた。


「ねぇあかりん七海はどこ? あの子に呼び出されてこんな無人島まで船をあっちへこっちへ波に揺られてここまで来たのにお迎えの手拍子もないなんて本当寂しいよね? 寂しくない?」

「優香、落ち着いて聞いてくれ」

「ボクはいつだって落ち着いてるしゆったりした船旅を……」

「七海は死んだ」

「……………………」

「詳しくは帰ってから話す。取り敢えずここから離れよう」

「内容次第では……あかりんまたお腹に穴が空くかもよ? わかる?」

「わかってる」


 目の色が消えた優香にただ事ではないと判断したみくりも姿を現し、あたし達は一度、いつもの公園に戻ることにした。






「うぐぅ……っ!!」


 愛と風利の意識も戻り、魔界での報告を一から説明する。全てを話し終えたあたしに対して優香の回答は、全力で殴るであった。


「そっかそっかそっかそっかあかりんは見捨てて帰ってきたわけだねボク達のリーダーでボク達の親友でボク達を支えてくれた七海を置き去りにして来たわけだぁそっかそっかそっっっかー!!」

「がはっ!!」

「やめてよ!! なんでこんなことすんのさ!!」


 あたしを殴り続ける優香を止めたのは、美空を始めとする後輩達だった。三人はあたしと優香の間に割り込み、神器まで持ち出して威嚇していた。

 しかし、優香はまだ殴るつもりで腕をぐるぐる回して準備運動に入る。


「キミ達産まれたばかりのひよっこは甘いよね? 何のために七海はあかりんを連れていったと思ってるのかな? 人間で一番強いからだよつまり誰も死なせない為さ理解した? それをこの女は出来なかったんだ守れなかったんだ。しかもしかもチームの頭脳である七海を殺されて自分だけ戻ってきたんだふざけてるよね? ね? どうなってもいいってことだよこれは」

「あ、あかりはちゃんと守ってたもん! あたしも! 七海さんも! でも、あんなの出てきちゃったらどうしようもないじゃない! 」

「それは言い訳なんだよねわかる? キミ達は先代でボクらがいるからそんな甘い考えが出来るんだよ。ボクらの世代はボクらしか魔法少女がいなかった。失敗はどんな理由でも許されないんだよ失敗が人の命に直結するんだよ取り返しはつかないんだよ尻拭いが出来るのは誰もいないんだよ? 友達だろうと死んで詫びろと思ってるのさそうだろシスターズ?」


 怯えている美空達をさらに捲し立てて黙らせた優香は真島姉妹に同意を求める。これに答える真弓は、気まずそうに口を開く。


「まぁ〜、優香ほど暴力的な事は言わないけどねぇ。私達は背負ってる物が違い過ぎるというか、こういうのは割と当たり前にあったしねぇ。しょうがないかな〜」

「真弓さんまで!!」

「司令塔を殺した罪なんだよねあかりん? 殴られるだけで良かったね良かったよ〜ほんと。心が広すぎるボクに感謝するんだよこの出来損ない最強さん。ゲートが使えなかったら殺してたかもしれないよね?」


 時を止めて後輩達をかいくぐった優香はさらにあたしを殴る。あたしが立てなくなった所でようやく、優香による処罰は終わった。


「はぁ……はぁ……」

「あかりさん! 大丈夫ですか!?」

「愛……、気にすんな。優香は正しいよ。あたしが悪い」

「で、でも……」

「お前達にあたし達の考えを押し付けるわけじゃないさ。でもな、あたし達は確かにそういう世界で生きてたんだ。あたし達が負けるってのは、そういう事だったんだ……」

「過去形にするんじゃないよあかりんイラッとするだろ? 今もそうだろだから七海が死んだんだろ自覚薄れてるんじゃないのかいボンクラちゃん?」


 また拳を振り上げる優香に、今度はみくりが止めに入る。


「そろそろ……やりすぎ」

「………………さっ! 気を取り直して次の作戦を練ろうか! みんな元気にやろうねあかりん痛かった? 治さないけどごめんねあかりん!」


 目の色がいつも通りに戻った優香は、あたしの肩を抱いてベンチに座らせる。その切り替えの速さに恐怖している愛達はトラウマものだろう。こんな狂った奴があたしとタメを張る実力者で仲間だと言うのだから。

 でも、あたし達第一世代の魔法少女は全員がある種狂人なのだ。全責任を背負い死と寄り添う立場は並の女の子が果たせる役割ではないのだから。


 こうして、大敗戦を味わったあたし達は、今回の経験を活かすために長い反省会を行った。七海を失った悲しみと焦燥を隠し、各々が出来ることを改めて見つめ直す。

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