第二十話 初代リーダーとして

 空に浮かぶ龍を目にした瞬間、あたし達は無意識に魔力を消していた。

 全貌が視認できないほど大きく、どう立ち回れば勝てるのかを考えても有効な手段が思い付かない。魔法少女が全員揃っていても、対峙したくないと思わされてしまった。

 既に戦闘経験のあるさくらは尚のこと諦めているのだろう。気持ちが一周回ってむしろ余裕の落ち着きだ。


「リヴァイアサンは目が見えない。それに耳も聞こえないんだ。でも、異質な魔力や敵意を鋭く察知して攻撃してくるから絶対に魔力は見せないで。彼から無傷で逃げ出せた悪魔は存在しないよ」

「さくら、お前は何でこんなのと戦って生きてんだ?」

「死にかけたけどね、何とか地面の中に逃げ込んでやり過ごした。いや、あれは見逃してくれただけだろうね」


 あたし達も見逃してくれないだろうか。


「七海、勝てそう?」

「うん、無理」

「そうだよな……」


 無駄なやり取りはこの辺で、うねりながら近づいてくる水神の顔がこちらに向いた所で喉を締められたようなプレッシャーを感じた。

 鋭く年季のあるツノ。鱗ですら何メートルあるのかわからない。薄く開かれた宝石のような蒼の瞳は、美しいはずなのに恐怖しか感じない。


「み、見えてる?」

「見えてないよ。僕らの周りに霧が張ってるのわかるでしょ?」

「うわ、いつの間に……」

「その揺らぎでこっちの存在はバレてる。もう無駄だけど、出来るだけ動かないでね」


 この静止に意味はあるのかわからない。しかし、顔を突き合わせてもなかなか攻撃してこない所を見ると、まだ敵と思っていないのかもしれない。人がアクアリウムの魚を眺めるように、ただ何となく様子を伺っていると言った様子だ。


 しかし、この沈黙も不意に破られる。


「ん……敵……?」


 事情を理解していない美空が目覚め、まだ夢見心地にリヴァイアサンを見つめる。

 やばい……これは。


「来ない……で」


 美空の額辺りで、小さく漏れだした放電。

 それが、地獄の始まり。


「七海!!」

「わかってる!!」


 リヴァイアサンの、ビルを飲み込めるほど大きな口が開いて大量の水弾が出現する。あたし達が同時に変身を終えた頃には、流星のような巨大な水が高速で乱舞する。

 攻撃と防御を捨て、瞬時に回避を選択したあたしは【スリルドライブ】を召喚して飛び乗る。七海も別個体に乗せて距離を取らせた。


 数百数千はあろう大量爆撃は、あっという間に地面が無くなるほどの猛攻を続ける。えぐれた地面が空へと舞い上がり、砂埃と霧で前が見えない。集中力の全てが反射神経に注がれ、消滅化が出来ないどころか反撃にさえ移れなかった。


 避けて避けて避け続けた。

 しかし、美空とさくらを抱え、さらに七海へあてがったクリスタルを手動で動かすとなると、いつしか綻びが生じる。


「あかり!! 後ろ!!」


 一秒にも満たない集中力の切れ目、背中側から飛んできた小さな水弾に気が付かなかった。このままだと美空に当たる。まるで未来予知のように美空が貫かれる映像が頭に流れ込み、急いで引き寄せた。


「……ぐぅっ!!」

「あかり!!」


 不安定な姿勢で庇ってしまい、水弾はあたしの腹に直撃。それは、変身の防護壁をまるで豆腐のように破り、腹に風穴を空けられた。

 意識が飛びそうなほどの激痛。だけど、いま気を失っては全滅する。まだ、まだ耐えなければ。流星を避ける度、大量の血が舞う。


 永遠に続くかに思われる猛攻は、息継ぎのような一瞬の静寂が挟み込まれた。この瞬間を逃すことは出来ない。


「全魔力を……さくらに……」


 あたしの魔力を完全にさくらへ移し替えた途端、さくらは元の巨大なケルベロスへと姿を戻した。今のさくらはあたしの魔力で底上げされているから、もしかしたら逃げられるかもしれない。

 意図を読み取ったさくらは空中で七海を背に乗せ、あたしと美空を支えさせた。


「あかり! しっかりしてよ!」

「ごめん……力入んない。美空を……」

「何言ってんのよ馬鹿! 美空ちゃん起きて! お願いだからあかりを助けて!」


 七海が美空の頬をはたくと、何とか覚醒した美空が辺りを見回す。


「ど、どうなってんのこれ!? あのデカイのはなに!?」

「いいから、あかりを支えて。あなたを庇ってお腹に穴を空けられたのよ!」

「あたし……あ、あかり! 血が……」

「電気で傷口を焼いて! 血を流し過ぎた! 死んでもおかしくないわ!」

「わ、わかったわ!」


 美空の力技な治療は効果があったのか、更なる激痛と引き換えに血は止まった。アドレナリンが出過ぎているのか意識は途切れず、ただ力はまったく入らなかった。


「残念なお知らせだけど、逃げられそうにないや。素の速度でも、向こうの方が速いみたい」


 読みの良さで第二撃を避けきったさくらからの残酷な報告。よく見ると、少しずつ距離が詰まってきていた。


「さくら……ゲート開けないか……」

「避けながらなんて無理だし、こんな短いインターバルじゃ座標を立てられない。諦めて食べられようか」

「…………」


 絶体絶命か。あたしがしたのは、美空が死ぬか、全員が死ぬかの選択だったわけだ。救いの無い未来に笑っちまう。


 リヴァイアサンの口に魔力が集まる。大技で決めようとしているようだ。ここでゲームオーバー。敗走も何も無い。完敗だ。


「はぁ、仕方ないわね」


 七海の優しい声が耳に入った瞬間、彼女の魔力が爆発的に膨れ上がった。

 特大のレーザービームのように放たれたリヴァイアサンの水魔法があたし達を追う。それに狙いを定め、七海は『使ってはいけない魔法』を唱えた。


「【ヴァイタル・ノア】」


 リヴァイアサンの魔法を正面から受け切る程の濃密で巨大な水柱が上がる。水とは思えないほどの破裂音が鳴り響き、強烈な濃霧が発生する。

 死の宣告を、相殺した。


「七海……お前……」

「もう使っちゃったから止めても無駄よ。私がアイツを止める。あなた達は戻りなさい」

「…………」


 七海の身体から、器以上の魔力が漏れでる。

 彼女が使ったのは【核魔法】と呼ばれるもの。魔力を生み出す核を破壊して、一時的に破格の力を手に入れる自爆技だ。魔力が尽きたが最後、二度と魔法が使えなくなる。魔法少女なら感覚で使い方が分かってしまい誰でも使えるが、もちろん身体が耐えられない。七海の身体に亀裂が生まれ、出血が始まった。


「七海さん待って! あたしも戦うから!」

「リーダー命令よ。美空ちゃんはあかりを支えてちゃんと向こう側へ戻りなさい。あかりはまだ助かる可能性があるの。戻りさえ出来ればね」

「やだ! そんなの七海さんが死んじゃうじゃない! みんなでやれば……」

「いい加減にしなさい!!」


 七海の怒号。根は優しい彼女からはあんまり聞いたことのない声だ。


「水神相手に私一人の犠牲なら、お釣りがくるくらいラッキーなのよ。まだまだ強くなるあなたを死なせられない。チーム最強の……特別な魔法を使えるあかりも死なせられない。これが最良の選択なのよ」

「だって……あたし……」

「ゆっくり強くなって、アイツを倒せるようになってね。美空ちゃん達は、それだけの才能がある。教えてくれる先輩もいる。後のこと、よろしくお願いね?」


 平和の象徴、魔法少女の初代リーダー。七海による最後の言葉は、優しい笑みと共に残された。

 さくらの背中から飛び降りた七海は、残り少ない魔力を全放出してリヴァイアサンに攻撃を始めた。まるで怪獣同士の争いのように大規模魔法の応酬は、決してどちらも引けを取らないものだった。


「さくら……ゲート……開け」

「わかった」


 座標を定め、大型のゲートを正面に召喚して中へ飛び込む。美空が泣きながら七海の名を呼び、あたしは親友の最後の姿を目に焼き付ける。



 残酷にも力を出し尽くし、血まみれで落下する彼女が、巨大な口の中へ消えていく姿を。

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