第二十五話 止まった時間の中で

「とりゃ! ほりゃ!」


 間抜けな掛け声が夜空に溶け込む。本当に命を掛けた死闘をしているのか疑わしいほど気の抜けた攻撃に、あたし達は緊張感が削ぎ落とされていった。

 しかし、その内容はあたし達とは次元の違う激しい攻防。時計女が消える度にイブの炎の鞭は消滅し、姿を現した直後に間髪入れず次の鞭を振るう。遠目には、イブが四方八方に魔法を炸裂させるが一定の距離で何かに阻まれて消えてるだけだ。

 あたし達では避けるだけで精一杯の炎の鞭があれだけ破壊されるなんて、時計女は特殊能力以前にそもそもの攻撃力が馬鹿みたいに高いようだ。巨大なマグマの卵を一瞬で消し飛ばしたのも頷ける。


「すごい……これがあかりと肩を並べるもう一人の最強魔法少女……」

「……デタラメね」

「うん、愛にも見せたかった」


 何とか起き上がることの出来たあたしの膝の上で未だ目が覚めない愛。彼女の変身もすでに解けていて、もう今夜は回復が望めないだろう。

 もう一度空を見上げると、攻撃を続けていた時計女の動きが一瞬止まり、瞬きをしているうちにこちらへ戻ってきていた。


「うわっびっくりした。どうしたのよ」

「ん〜、見てみなよ。デカいの来るから」

「え〜っ?」


 イブの魔力に変化はない。それなのに、突然先程のマグマの卵が発現してあたし達の元まで一瞬で広がった。


「よいっしょ」


 大きなスパナを両手で思い切り振り、そのマグマを弾き返す。叩かれたマグマは形を歪め一気に収縮してイブの中に引っ込んで行った。

 そう、時計女はあたし達に届いてしまう攻撃を察知して、守るためにここまで下がったのだ。あたし達ですら感じることの出来ない極僅かな魔力の機微を感じ取り、常に先読みをして動いている。これが研鑽を積んできた者の戦闘。キャリアとはよく言ったものだ。


「あ、ありがと……」

「守るのも久しぶりでなかなか難しいなぁそうでしょそうだよね? これは思ったより骨が折れるよ〜」

「ねぇ、あなたの攻撃なら全力でいけばすぐ終わらない?」

「ん〜終われば終わりじゃないからねボクは?」

「はぁ?」

「大人の事情さ、でも厄介だね少しだけ全力出して大丈夫なのかなぁ際どいなぁねぇ?」

「何言ってんのかわかんない……」


 しばらく考えるポーズで固まった時計女は、珍しく溜息をついて考えをまとめた。


「あの子不死身らしいからちょっと乱暴に起こすよ?」


 そう言ってスパナに魔力を込めると、光に包まれたスパナの大きさがなんと三倍くらいに大きくなった。木造コテージの柱ほどもある巨大スパナを担ぎ直し、彼女は愛おしそうに頬擦りを始める。


「うんうん、やっぱ元の姿の方が可愛いねボクの【星宝バビロン】ちゃん♪」

「それが元の姿って、今まで手を抜いていたの?」

「そう言うのは正確ではないけどまぁ間違いでもない?」

「あっきれた……」


 それが本来の姿というのは見た瞬間理解出来た。ずっと変な違和感があって中身がスカスカな木刀でも見ている気がしていたし、今の巨大なスパナの方は時計女が持つと妙にしっくり来ていた。

 イブの魔力もそれを感じ取ったのか、これまでと比にならない魔力を放出して髪をうごめかせる。より大規模な攻撃が予想された。


「ふぅんなるほど楽でいいや一発勝負だねそうなんだね? 若鶏諸君! ちょっと揺れるから衝撃に備えたまえー!」


 再び舞い上がった時計女。今度は一切消えることなく、しかし今までより格段に早い。

対するイブの魔力は最大まで高められていた。強敵と判断した事でリミッターは外され、もはやビルが飛んできてるんじゃないかと錯覚するほど巨大な溶岩柱が放たれる。一直線に時計女を飲み込もうとしていた。


 これが二人の最後の攻撃となる。


「【時空割り】!!」


 時計女の巨大スパナが溶岩柱を捉えた瞬間、視界が大きくぐにゃりとズレた。

 目眩にも似た現象だけどそうではない。彼女の叫んだ言葉通り、時空がおかしくなっている感覚。ちょっと揺れる所ではない、空間そのものがぶん殴られたような歪みが発生していた。

 それがどう作用したのかも不明だが、イブの魔法が豆腐をトンカチで叩いたように無抵抗に粉砕されていく。そして、イブ本体にまで軽々と辿り着いてしまったスパナは先端で標的を捕らえると、そのまま近くの山の頂上付近に殴り飛ばした。


「嘘でしょ……」


 パワープレイにも程がある。山はイブの直撃で先端部分が完全に弾け飛び、まるで爆弾でも落とされた跡地となってしまった。ただ殴り飛ばしただけなのに恐ろしい破壊兵器だ。

 一仕事終えた時計女は、すでにスパナを消して手ぶらで降りてきた。わざとらしく額を拭う動きをして達成感のある顔で笑う。


「いやぁホームランだったねぇ?」

「イブ、ホントに生きてる?」

「ダイジョブダイジョブ生きてるからねちょっと迎えに行ってくるからキミたちは七海の家に向かってよ動けるよね?」

「うん、何とかね」

「それではアデュー♪」


 妙にそそくさと言葉短く飛んでいってしまった。とにかく、ここで待っていても仕方ないし回復した僅かな力を振り絞って立ち上がる。


「風利、動ける?」

「……眠たい」

「ははは……あたしが運ぶね」


 ずっと倒れたままだった風利をおんぶして、愛は小脇に抱える。あたしは不安定にフラフラしながら、ゆっくりと七海さんの家に向かって飛んだ。余り離れず戦闘に入ったためもう目と鼻の先だった。




「ただーまぁ!」


 近所迷惑を考えない大声で窓から入ってくる時計女。あたしは慌てて口に手を当て黙るように促した。


「何時だと思ってんのよっ」

「お、ボクに時間の話をするのかい? 日本時間では……」

「いいからいいから静かにしてよ!」


 ここら辺の人達は先程の戦闘で起きている可能性は高いけど、今騒いだらあたし達はここに居ますとバラすようなものだ。出来れば完治するまで野次馬の相手はしたくない。

 それより、彼女が抱えているイブが気になる。相変わらず髪は伸びっぱなしで戻っていないし、まだ寝ているようにも見える。


「あぁこの子? 一回起きたんだけどすぐ気絶しちゃったんだよねダメージ大き過ぎたかな?」

「そりゃ山壊れるほどの力で殴ったらね」

「まぁいいや全部まとめて治しちゃえば実質なかったことになるね? なるよ!」

「え、ちょっ……」


 イブをあたしの横に放り投げて、既に横たわる風利と愛、あたしを含めて四人丸ごと宙に浮かんだ。時計女の魔法が発動する。


「【アフター、パーティー】……」


 四人が浮かぶ円形の空間で、時が巻き戻る。激痛や熱に呻き声を漏らしながら、あたしは彼女に疑問をぶつけた。


「これ、イブも暴れてた時とか、卵の時に戻ら、ないの?」

「問題ないよ、アフターパーティーは外傷の巻き戻しをするだけだもの。魔力ごと戻すのはまた別の……魔法がある」

「あ、あなた大丈夫? なんか苦しそうだけど」

「黙ってなよ……ほら、もうすぐ終わるからさ」

「…………」


 表情は変わらないのに、変な汗をかいて口調もおかしくなる時計女。息もだんだん荒くなって明らかに異常が起こっている。


「ち、ちょっと!」

「さぁ……閉幕だよ」


 あたし達の傷が完全に癒えて、緩やかに床に降ろされる。魔法が解除されたタイミングで時計女は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


「時計女!」

「んんん、やっぱり一日に二回は使っちゃダメだねぇ……魔力カラッポだ、にひひ……」

「なんで、なんでこんな状態になるのよ? 魔力が切れてもだるくなるだけで突然倒れるなんて……」

「…………『魔力コア』って知ってるかい?」


 突然何を言い出すかと思えば、魔力コアならもちろん知っている。身体に血を巡らすのが心臓なら、身体に魔力を巡らすのが魔力コア。七海さんのがあたし達を助ける為に自身の魔力コアを破壊して超情的な力を手にしていた。魔法少女の動力源であり、壊れると死んでしまう命そのものだ。

 時計女は仰向けに転がり、自分の胸を指差した。


「ボクの魔力コアは、欠陥品なのさ。肺が半分だけで息してる感じ? うん、言い得て妙だね……」

「そんな事……だってあれだけ強いのに」

「強いさ、それは今のキミ達よりはってことだね。具体的に言っちゃうとね? 魔力の回復が異常に遅い。魔力が無くなっちゃえばコアが不安定に、身体に莫大なダメージ残るのさ。まさに命懸けってやつ?」

「諸刃の剣ってこと? だから一日一回とか本気は出せないとか言っていたのね」

「それに、ボクのコアはもう成長しない。どれだけ練習しようと。これ以上強くなれない。落ちれば戻らない。今使ってるのは壊れる前に上げられるだけ上げた力だね」


 彼女は少しだけ寂しそうな顔をした。

 成長を遮断され、本気で戦うことすら許されない欠陥魔法少女。それが第一世代最強の実態だなんて、信じたくても信じられない。


「なんで、コアが壊れちゃったの?」

「美空、キミなら分かるんじゃない? その理由、目の前で見てるわけだからさ?」

「……っ!」


 ほんの少し回復したのか、体を引きずりながら壁にもたれかかった時計女。その弱々しい動きがあの化け物みたいな力の代償。変えようのない彼女の制約だった。


「社会のお勉強しよっか、魔法少女……ボク達第一世代、何人かな?」

「え、あかり、七海さん、真弓さんとみくりさん、アナタで五人でしょ? 色んな本にも出てきたけど、結成当初から……」

「六人さ。結成する前だけどね」

「六人……」

「神器『仙宝フェレス』。風の魔法を使う魔法少女。気弱で心優しい……ボクの妹だ」

「……妹」


 驚きに言葉が詰まる。すぐさま頭に浮かんだのは真島姉妹。彼女達のように、いや、彼女達とは違い姉妹で魔法少女に選ばれたのか。

 大蛇の穴に手を入れてしまった。しかし、ここで聞かないわけにはいけない。


「その妹さんは……」

「死んだよ。呆気なくね」

「…………」

「まぁボクが言うのもなんだけど、風魔法なんてどんなファンタジーでも最強クラスの能力に選ばれといてさ、小鳥と遊ぶくらいにしか使おうとしなかったお馬鹿さんだよ」

「優しい人……なのね」

「だから殺されちゃうんだ。……後悔したよ。ちゃんとボクがついてれば、姉ちゃんが守ってやればって。ボクが駆けつけた頃には手遅れ。あれだけ、守ってやるって言ってたのに、姉ちゃんに任せとけなんて息巻いて……」


 時計女の息が詰まる。

 長い沈黙の中、彼女は思い出していたのだろう。最愛の妹との楽しい記憶。目の前に無残に転がる妹の死体。

 そして、彼女自身の決断を。


「ボクはその時まだ弱くってね、アフターパーティーも使えなかったんだ。しばらくしてあかりと並ぶくらいに強くなれた時、ある事を思い付いちゃったのさ」

「ある事?」

「時の魔法だよ? 考えるよね『死者蘇生』。妹を守れなかった現実が受け止めきれなくて、もはや呪いだったよ。夜な夜な墓を掘り起こして、自分で埋めたせいで変に腐り落ちた妹を抱きながら時を巻き戻した」

「……」

「その時さ、コアまで使ってまで時を戻そうとした。生き返らなかったけどね。どこか諦めてたのか覚悟が足りなかったのかコアも壊れた状態で身体に残っちゃうし、散々だよ。これは世界そのものの現象に手を出したボクに与えられた罰なんだ……」

「そんなこと……」


 そんなことない。あなたは間違ってない。

 そう、言えるはずがない。あたしの言葉には、彼女を受け止めるだけの重さが全く伴っていないのだから。

 そんなあたしを見て、時計女は空気を壊すようにケラケラと笑った、


「くひひっ♪ ただの昔話さ。そう重く捉えなさんな真面目っ子ちゃん? ま、キミ達のリーダーがボクの妹に声がちょっと似てて、変に押し付けちゃったのは悪いと思ってるよ」

「本当に、それは勘弁して欲しいわ」

「ん〜♪ さぁさぁ、そろそろ二人とも起きそうだね? 速やかに帰りなさい思春期ガールズ?」


 時計女は重い体を持ち上げると、まだ目覚める様子のないイブを抱えて玄関に向かう。


「時計…………優香!」

「お? 初めて名前呼ばれた?」

「そんなのどうだっていいのよ! あの……」


 本音を話してくれた相手に、本音でぶつからないのは、あたしらしくない。


「……また、講義の続きでもしてよね」

「ふぅん? 気が向いたらねぇ♪」


 優香は、いつもの張り付けた笑顔じゃなく、心からの無邪気な笑顔で答えた。

 彼女の去り際を見送りながら、あたしは随分と優香の事を知ってしまったと想いを馳せる。

 妹である六人目の魔法少女。優しい妹を守れなかったから強くなり、弱くなった。真弓さんとみくりさんが大好きな理由は、本来優香がしたかった事を成し遂げたからだ。愛が嫌いな理由は、妹とよく似ていて危険な目に会わせたくないという後悔の裏返し。

 人とは思えない叱り方はあたし達を守りたくて仕方が無いのかもしれない。あかりがどれだけ殴られても言い返さないのは、優香の事を全部わかっていて、きっと、元はユーモアな楽しいお姉ちゃんをしていたのだろう。


「ん……あれ、ここは」

「おはよう愛、身体はどう?」

「ちょっと傷が……あれ? 無傷になってる?」

「優香が助けてくれたのよ。ギリギリで参加するなんて本当にいけ好かない奴ね」

「優香さん? ……え、優香?? 美空ちゃんいま名前で……」

「さ、帰るわよ! もごもご寝言言ってる風利を起こして!」




 誰も望まぬ、失敗だらけの同士討ち。

 しかし、得たものは抱えきれないくらい多く、あたし一人の気持ちに変化を訪れさせるには十分な出来事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る