第十八話 進撃

 あれから数日。準備を整えていよいよ突入する事になった日の朝方、あたしたち作戦メンバーは晴天の波音を聞きながら無人島にて最後の作戦会議をしていた。


「真弓、後のことは頼んだわよ」

「ま〜かせなさいよぉ〜。そっちも気を付けてね」

「うん、『六時間以内』。これは絶対守るからね」


 七海と真弓が別れての作戦は昔にも一度だけあって、その光景が緩やかに蘇る。確かあの時もあたしは七海と動いていたな。


「美空ちゃん……」

「不安そうな顔しないでよ愛。こっちのメンバーの方が強いんだから、残ったあなた達はちゃんと役に立たないとダメなんだからね?」

「でも、魔界だなんて心配だよ……」

「もう、ほらほらちゃんとして。愛はあたし達のリーダーなんだからドシッと構えとけばいいの。あたしが帰った時に、笑って『おかえり』って言えるくらい余裕でいてよ」

「うん……うん! 美空ちゃん頑張ってね!」

「えぇ!」


 後輩組も激励会が終わったようだ。あたしも保険だけは掛けておくことにしよう。


「イブ」

「?」

「お前にも『ゲート』が使えるようにしておくな。危なくなったらみんなを逃がしてやってくれ」

「んー」

「お前大丈夫か? 聞いてる?」

「うんうん」

「はぁ、気が抜けるなぁ」


 イブの額から魔力を流す。これで最悪の事態だけは避けられるかもしれない。

 その最中、七海はあたしの肩を叩く。


「残留組は大丈夫よ。私も保険掛けたから」

「ん? あぁ、あれな。期待はしてないけど」

「そう? でも安心するでしょ」

「上手くいけばな」


 事前に聞いていた七海の保険は、成功と失敗の幅が大き過ぎる。無いよりは心持ちが全然違うけど。

 あたし、七海、美空、さくらが並び立つと、一気に緊張感が高まる。始まってしまう。初めての先行作戦が。


「あかり、ゲートを開いて。そこに僕が座標を合わせるよ」

「悪いな、んじゃ行くぞ!」


 ガイアロッドを手に、四つのクリスタルを召喚して長距離ゲートを開く。そこにさくらが魔力を注ぎ、ゲートの色が黒く変色する。


「僕が先に入るね。すぐに全員着いてきて」

「あぁ」


 さくらが入り、次いで七海と美空が同時にゲートの中へ。全員が移動を終えた感覚がしてから、最後にあたしも続く。

 覚悟はとうに出来ている。ここからはどれだけ予定を早く消化できるかのタイムアタックだ。






「よっ、と」


 ゲートを越えて地面に降り立つ。同時に初夏のような少し暑い空気が身体を包んで、思わず目が細くなった。


「ここが……魔界ねぇ……」


 特に変わり映えのない地面を蹴りながら辺りを見回す。岩がゴロゴロとそこら中に転がり、林が点々とあるだけの平野がどこまでも続き、太陽が若干赤黒い以外は人間界とほぼ同じであった。悪魔も周りにはいないし、意気込んで来た割には拍子抜けだ。


「あかり、こっちこっち」

「お、そんな所にいたのか」

「おっそいわよ。すぐ付いて来てって言ってたのに」

「はぁ? お前達が入ってから十秒も経ってないぞ?」

「こっちは二、三分待ったわよ」

「まじかよ。次元歪んでんのか……?」


 岩陰に隠れていた七海達と合流して、ひとまず作戦を再確認することにする。


「いやぁ〜、なんだか懐かしいなぁ。ここは僕の縄張りの一つでね。よく魔法の訓練をしたものだよ」

「思い出話は後にしてくれ」

「もう、せっかちだなぁ」


 さくらは面白くなさそうに言うと、平べったい岩を一つ作り出し、そこに簡易的な地図を描いていく。


「ここの地形は大体こんな感じで、僕の縄張りがここからここまで。あかりの住んでる地区の八倍くらいの敷地かな」

「東京ってことだよな。ひ、広くないか?」

「そりゃそうだよ。魔界自体が人間界の何倍も広いんだから。生き物の数はそんなに差はないと思うけどね」

「へ〜、でもどうすんだよ。こんなに広くちゃ六時間なんて何も出来なくないか?」

「あかり……まさか歩くつもり? なんの為に魔法があるのさ」

「…………進めてどうぞ」


 恥を晒したところで、さくらは地図に新たにいくつかの印を入れていく。大きい丸が二つ。星印は現在地だろうか。


「今の場所は縄張りの端っこで、それこそ歩いて数分で別の悪魔の縄張りと直結する。今回気をつけたいのはそこの主【脳喰いのバク】だね。戦闘はそこまで好まないけど、精神系の魔法が得意で目を合わせると大体の生き物は死ぬ」

「ハードモード過ぎる!」

「もちろん、弱点はある。まず目を合わさなければ大した精神攻撃はしてこないから十分戦える。臆病で戦闘が嫌いだから殺されることはないけど、一人で出会って術に掛かったら、バクが魔法を解くまで一生傀儡になるから注意だよ」

「避けた方が無難だな」


 新しい情報に七海が黙りと作戦を練る横で、美空が若干震えていた。流石にどぎつい系の魔法を使う悪魔と出会ったことがないのか、怖くなったのかもしれない。


「美空……」

「こ、怖くないも……もん」

「心配すんな。あたしも七海もいる。ちゃんと守ってやるから落ち着けよ」


 こういう時は人肌が安心するかと思って、美空の頭を撫でながら優しく抱いてやった。しかし、彼女はそれを振り払って声を荒らげる。


「怖くないから! あたし強いから! だからここにいるんだからね!」

「おうおう、その意気だ。でも、少し静かにしような。周りには悪魔いるかも知んねぇからな?」

「…………」


 美空が黙ると、七海はうんうん頷きながら顔を上げた。作戦が整ったのだ。


「まず、今回の目的地はこちらでの長期戦に向けて『食材確保』『地形や大気の確認』『悪魔のレベルと出現頻度の確認』だから、基本的には私たちが食べられる物を探しながら散策するだけだし、精神系魔法との戦闘は時間が掛かるから避けるべきね。だから、バクの縄張りより北にある森の入口を外周しながら東に回って様子を見ましょう」

「そっちだと、誰の縄張りでもないから色んな悪魔と交戦するかもだよ? もちろん縄張り持ちよりずっと弱いけどね」

「多少は戦わないと、来た意味もないからね。ボスがいないだけやりやすいわ」

「ま、そこは任せるよ。一応言っておくけど僕は基本戦わないからね。狙われてるから大きな魔法を使っちゃうと見つかるしね」

「ええ、その分は別の働きを期待するわ」


 時間が惜しいのか早速出発しようとする七海。さくらと美空も続いて立ち上がるが、あたしは地図に描かれたもう一つの丸が気掛かりだった。


「なぁさくら、このでっかい丸には何があるんだ?」

「湖だよ。かなり大きいけどね」

「へ〜、魚取れんじゃない?」

「取れるだろうけど、目的地の森よりずっと奥だし行かない方がいいよ。強い主もいるし」

「食材が確実に手に入るならありだと思いけどなぁ。どのくらい強いんだ?」

「最低でも、昔の僕よりはずっとずっと強かったよ。何せ水の支配者【リヴァイアサン】だもの。覇王が小さく見えるほど大きいし、守り神みたいな存在だから実際どっちが強いのかわからないね」

「…………やめとこ」


 さくらは魔界でも指折りの上級魔族なのにそれでも全く歯が立たず、さらに高層ビルよりデカい覇王が小さく見えるってもはや人間が相手をする域を越えている。相性の良い美空がいても、意味をなさないだろうし、何より同属性の七海が完全に殺されてしまう。勝ち目はゼロに近いだろう。


 出来るだけ弱い魔力でクリスタルを作り出して、空飛ぶ車のような形状に加工する。一人の時は小さなクリスタルにしがみつけば良かったが、三人と一匹が乗るとなると少し手間が掛かる。


「へぇ、あかりこんなこと出来たのね。なんで昔は一人用しか作らなかったの?」

「今初めてやってみたからだよ。動かせるのかこれ?」

「とりあえず乗ってみるね」

「そうだな」


 全員が乗ってみると、思ったより動きが鈍くて重く感じた。クリスタルの強度が悪いのか魔力の注ぎ方が悪いのか、試行錯誤しながらなんとか操作をできるようになるまで数分使ってしまう。まるで教習所に通いたてのドライバーの気分だ。


「これでよし……はぁ、変身してれば力ずくで動かせるのに」

「だめだめ。変身なんて立ってるだけでバレちゃうほど勝手に魔力溢れるんだから、ギリギリまでそのままで行くって決めたでしょ?」

「わぁーってるよ。じゃあ出発するからな」


 みんなを乗せた新魔法【エアーシップ】は高度を上げ、十メートルほど浮上すると徐々に加速して前に進んでいく。

 流れる景色から、およそ八十キロくらいの速度は出ているだろうか。しかし、十五分そこらでは目的地の森すら視界に入らない。ずっと同じ景色に飽きたのか、七海と美空はお菓子を食べながら雑談まで始めた。


「さくら、この速度であとどのくらいだ?」

「二時間くらいじゃない?」

「そっかぁ、お前代わってくんない?」

「使い魔をそういう使い方するの良くないと思うんだ。あかり、頑張ってね」

「薄情な犬だ」


 さくらの読み通り、二時間経過するかしないかというところで地平線に大きな森が頭を出す。葉が全て黒い木々で埋め尽くされたそれは、一度迷い込んだら抜け出すことが出来ないのではないかと不安を植え付けるほど、禍々しく不吉な雰囲気を醸し出していた。

 予定に従い森の手前で着陸すると、さくらが少し悩ましげに唸っていた。


「これは……」

「どうしたさくら?」

「いや、この森は元々赤いんだよね。黒い木は生えてなかったはずなんだ。あかり、出来るだけ中に踏み入らないでね」

「黒だとなんかまずいのか?」

「この黒い木は、魔界植物の魔力が枯渇している状態なんだよ。だから、辺りから魔力を吸収して元の色に戻るんだ。そこまで大量に吸われることは無いけど、これだけの数で尚且つ近くに居続けると身体がだるくなったりするかも」

「燃やせばいいじゃん」

「そうはいかないよ。魔力が戻ればちゃんと有益な植物として機能するから、森としてここにあるわけなんだ。少しは頭を使いなよ」

「……ぐぅ」

「でも何が理由で……」

「森に入る予定はないわ。とりあえず少し離れながら進みましょう。……彼らを倒してからね」


 七海が割り込んで槍を振るう。東側から数体の飛行系悪魔が接近していたからだ。


「ガーゴイルだね。彼らはここら辺の悪魔じゃないんだけど、まぁ特殊能力もないし一人で倒せるんじゃない?」

「初戦だから身体を慣らすわよ。あかりはサポート、私と美空ちゃんで接近戦をするわよ」

「あいよ!」


 早速見たことない悪魔と遭遇し、これを撃退。それからも次々と現れる新悪魔は、弱い種族からくせ者まで幾度となくあたし達に襲い来るのであった。

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