第十七話 選抜組

「さて、そろそろ本題に入りましょうか」


 食事も終わりそれぞれに寛いでいる所、七海はその場の全員を注目させた。


「なに? 本題があるの?」


 後輩達のみんなが思っていることを代弁するかのように気の抜けた返事をする美空。彼女たちには『訓練』と称して集まってもらっていたからこれも仕方の無いことだ。


「えぇ、今回集まったのはちゃんとした目的があったの。それを今から話すね」

「目的……」

「私はよく悪魔の討伐に引率していたから、愛ちゃん達の実力は知っていたわ。だから、今回はまず真弓やみくり、それに戦線から離れていたあかりにもこちらの戦略を正確に頭に入れて欲しかったの。実際見てもらったからもう分かってると思うけど、彼女達は十分今回の『作戦』に参加する力がある。そこに不満はないわね?」

「まぁ、ね〜」


 真弓は毛先を弄りながら、渋々後輩達を認める。こちらが強いのは当然として、それを引いても悪魔に対抗する水準に達しているのだから。


「あの、作戦っていうのは?」

「愛ちゃん、私たちはずっと考えていたの。悪魔が現れて後手後手の防衛戦をするんじゃなくて、その元を断てないかって」

「…………」

「私達が、あなた達と同じくらいの歳の時にそれは叶わなくて、結果、大都市で覇王と戦うハメになった。これを退けて一時の平和は手に入れたけど、被害から考えると実質負けなのよ」


 ここまで来て、何かを察したのか後輩達はイブの方を見た。


「そう、『向こう側』で戦えたらって思うわよね。それで、今回の作戦っていうのが……」

「イブとさくらの力で魔界に行ってボスを倒す!?」

「落ち着いて美空ちゃん。いきなりそこまで派手に動かないからね?」

「あ、ごめん……」

「でも半分正解。ケルベロスの力、イフリートの力があればこちらから魔界へ行くことも可能って話よ。それは本人達に確認済み。だから目的としては、現在の敵勢力の確認。魔界へ行くことのリスクの確認なのよ」


 食後だというのにまだ煎餅を頬張るイブはコクコクと頷く。


「つまり、この訓練で『誰を』連れていくかを決めたかったの。魔界へ突入する選抜テストだったのよ」

「………………」


 声が出ない。そんな緊張感が愛達を包んだ。本当なら、こんな危険な作戦は大人のあたし達だけでするのが倫理的に正しい。しかし、彼女らも魔法少女だ。すでに普通の子供と全く同じ扱いは出来ない。悔しい事だけど、戦略が極端に少ない魔法少女側で『子供だから省く』は許されないのだ。


「じゃあ、早速魔界へ行くメンバーを発表するわ。決まった子は、怖いだろうけど覚悟してちょうだい」


 元リーダーからの重大発表。場の空気が張り詰めた。


「突入するのは四人。まずはケルベロスのさくら。彼は頭が切れる上に地の利がある。それに、帰りにゲートを作ってもらう役割があるわ。つぎに、防御魔法と指示出しとして私。現場での指示は絶対。勝手に行動するのは何があっても許さないからね」


 七海は自分の胸に手を当てて周りを見る。全員がコクリと頷き、三人目が決められる。


「次に、この中で一番の実力。ゲートやクリスタルでの長距離移動が可能なあかり。さくらと魔力の譲渡が自由なあなたは戦闘になればかなりのアドバンテージが取れる。それに、防御魔法も突出してるから今回の作戦では一番重要なポジションよ」

「ま、そうなるよな」


 当日発表のため初耳だったけど、選ばれる予感はしていた。もし覇王が出て来ても単騎で止められる保証があるのはあたししかいないわけだし。


「そして、最後の一人。これは後輩達から選んだ…………」


 誰かの息を呑む音。

 そして……。


「美空ちゃん。あなたに付いてきてもらうわ」


 選ばれた美空は、ぐっと拳に力を込めて立ち上がった。


「任せて! 絶対に足は引っ張らないから!」

「えぇ、期待してる。でもね、戦闘力だけであなたを選んだわけじゃないの。そんなに戦うことばかり考えないでね?」

「う、え?」

「あなたが一番『戦闘を避けられる』可能性があったから。あかりの【スリルドライブ】と同等の速度をあれだけ長い時間維持できる。それは、もし分断されても再び合流するまで逃げ切れるのはあなたしかいないと判断したからよ。もちろん、戦って勝てるならそれに越したことはないけどね」

「分断…………一人ってこと?」

「何があるか分からない。なら極力戦闘は避けたいの。避けた上で分断されたら、もう個人の力に頼るしかないわ。あなたの魔法とずば抜けた状況判断力は、後輩組で一番生存率が高いと思う」

「わ、わかった……」

「だから、何があっても自分で動けるよう、心の準備だけはしっかりしてね」


先輩からのアドバイスを噛み締めて、美空は腰を落ち着ける。愛や風利は美空を励ますモードで肩を叩いていた。


「もちろん、残留組にも仕事はあるわよ」

「わ、私たちもですか?」

「こちらから魔界へのゲートを開いたら、その場所には悪魔が出現しやすくなるみたいなの。私たちが戻って確実にゲートを閉めないと、そこは『鍵の掛かっていない扉』状態らしい。だから不意を付きやすい真弓を残してるのよ。どれだけ来るかは本当に分からないし、もしかしたら私たちより多く対敵するかもしれないわ。だから、防衛は真弓指示でよろしくお願いするわ」

「まぁ〜? 私とみくで十分だけどね〜」

「真弓、油断しないの」

「ふふ、怖い顔しないでよ七海ぃ。もし何かあっても大丈夫。あなたが四人しか選ばなかったのはそういうことでしょう?」

「…………はぁ、不安だなぁ」


 こういう時、真島姉妹の適当な空気は助かる。前のめりになりすぎないのは、いつもコイツらがペースを崩さないからだ。


「……たくさんやっつける」

「あらぁ、たくさん褒めなきゃね。前倒しで褒めちゃおうかしら♡」

「おっと待て、そこまでだ痴女共」


 無自覚だから加減を知らないのがたまに……いや頻繁に傷だ。




 その夜、次の日が日曜日というのもあって七海宅でお泊まり会になった。もちろん作戦会議も含まれるが、真島姉妹との付き合いが無い後輩達のための親睦会の意味が大きい。作戦決行までにどれだけ仲良くなっているかも大事な事で、僅かでも連携が取りやすくなればそれでいい。


「……あの、真弓さんはなんで神器がないんですか?」


 お互いの話をしていく流れで、とうとうここに辿り着いてしまった風利。正直、あたし達はギョッとした。

 何せ、この話題は真弓にとってタブー。昔誰かが聞いてブチギレて暴れていたからだ。


「あ〜、私ね、正確には魔法少女じゃないんだぁ」


 だから、この平然とした返しは意外だった。一番身近な妹も安心が顔に出ていたくらいで、彼女もさすがに大人になったようだ。


「……?? どういう、ことですか?」

「天使から選ばれてないって事だ。普通の人間なんだよ。だから、変身もしなかったんじゃない……出来ないんだ」


 真弓に話させるのは酷だと思って、代わりに説明しようとした。しかし、真弓はあたしの口に人差し指を添える。


「変身しなくても勝ったでしょ?」

「え、あ、あの、じゃあどうやって魔法を?」


 そこから、真弓はゆっくりと、自身の過去を語る。


 あたし達の現役当時、魔法少女に選ばれたのは姉妹でみくりだけだった。その時から戦闘力の高かったみくりは、いつも一緒にいた真弓どころかあたし達でさえ守るほどの、いわゆる天才魔法少女だ。

 しかしある時、上位悪魔の襲撃にあった真島姉妹は絶望的な危機に陥る。みくりは瀕死、それを庇った真弓は敵の魔法を長時間に渡り受け続ける。常人じゃなくても精神が崩壊するほどの洗脳魔法を、長時間だ。

 妹を守ろうと抗い続ける真弓。それを洗脳せんと強力な魔法を注ぎ込む悪魔。少しでも抵抗出来ないかとみくりも魔力で覆う。そんな地獄のような苦しみを伴う激しい魔力胎動が、真弓を変質させた。重要なのは、『覚醒』ではなく『変質』ということ。

 だから、彼女は魔力を扱えなかったのだ。自分のものじゃないから。適性も糞もない力技で持たされた魔力。器なんてない。才能なんて塵のカス程もない。ただ愛する妹を守る為に耐えた強靭な心。それが真島 真弓という人間の、魔法少女としての根底。


 昔話を終えた頃、風利はおろか悪魔のイブですら、目に涙を溜めていた。わかる、よくわかる。後にあたしがみくりから聞いた時、嗚咽を漏らすほどガン泣きしたものだ。


「……ぐす、すみませんでした……」

「なんで謝るのよ〜」

「だって……そんな過去があるとはしらず……なんか気味悪い人だなって……」

「あ、あらぁ。子供って正直ねぇ」


 真弓株がグングン上がる音がする。

 ここでハッと気が付く。よく考えたら一つ疑問が残っている。


「あのさ、その時の悪魔どうやって倒したんだ? みくり死んでたんだろ?」

「さぁ?」

「さぁって……」

「気が付いたら消えてたのよ。もしかしたら、頭掴まれてたし魔力吸い尽くしちゃったのかしら? 相手に魔力を流し込む魔法だったし、だから私の魔法に吸収があるのかもね。癖ついたみたいな?」

「お、おぉ。なんか納得出来るなソレ」

「ふふっ、知らないけどね」


 真弓は童女のように無邪気に笑う。楽観的だけど、誠実で心の強い真弓だ。こうして暗い過去を笑って話せるのも、真弓だからなんだろうなと思う。


「そんなことより、もっとみくの話聞いてよ〜。この子凄いんだよ? みく以外み〜んな馬鹿みたいな戦い方しか出来ない時ね〜?」

「やめろ! その時の話は!」

「真弓やめて! リーダーの沽券に関わるから!」

「いえ、話してください! あかり達の黒歴史を! 早く!」

「美空! 調子に乗んな!」


 それだけは知られてはならぬと焦るあたしと七海。師の恥ずかしエピソードを求める美空。それに乗っかる愛と風利。

 わちゃわちゃと騒ぎながらの昔話は、真弓を上げてあたしと七海を下げることで終わりを迎えた。

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