第十四話 愛 vs 七海

 真弓が不可視の結界で公園を大きく包み込み、中央に二人が並び立つことで戦いの準備が整った。端に避けるあたし達は缶コーヒー片手にベンチで見学だ。

 初戦はいきなりのリーダー対決。愛は変身を終えて、七海は武器だけを片手で構えていた。ひとまずハンデとして、旧魔法少女は変身せずに戦う。そこで変身するかを判断してからの全開ということだ。


「それじゃ〜いくわねぇ。試合開始ぃ〜」


 間抜けな掛け声で始まった模擬戦は、意外にも最速の立ち上がりとなった。

 愛の槍が薄く水を纏い、遠隔操作で七海に襲いかかる。音を置き去りにする速度で迫る槍を七海は紙一重で避けるも、円を描くようにまとわりつく槍は距離を取ることを許さない。


「おぉ! さすがに、新技あるよなぁ!」


 つい感嘆の声を上げてしまった。

 愛の魔法で秀でている所は、コントロール力にあると思っていた。水弾を乱射しても狙いのブレない正確さ。それを遠隔操作出来るまでに昇華させ、並の悪魔なら反応出来ないほどのスピードを伴った力強さ。槍は神器だから変に重くないからスピードを落とすことなく攻撃力も上げているわけだ。


 しかし、それくらいなら七海も出来る。


 七海もそう考えたのか、円周する愛の槍の隙間から自身の大槍をすり抜けさせ、愛と同じ手段で遠隔操作操作を行った。


「くっ……!」


 お互いに避けながらのコントロール。愛の視線が大槍と七海を忙しなく交互に確認するのに対し、七海は愛だけを見つめ、槍を見ずに回避を続ける。

 なぜそんなことが出来るのか、愛にはまだ分からないだろう。その疑問が、彼女の集中力を削ぐ。


「捕まえたよ」

「そんな!」


 僅かに単調な動きになった愛の槍は、七海の手の中に落ちた。武器を取られた愛はすぐさま槍を消して手元に再度召喚する。


「てやぁ!」


 愛の投擲速度を下回る七海の大槍を一線に凪いで、自身を襲う脅威を弾き飛ばす。

 七海も一旦手元に大槍を戻すと、初撃勝負は先輩に旗が上がった。七海もまた、コントロールに関しては随一の才能があったのだ。


「今度は肉弾戦を見せてもらうね」


 七海は元来の姿勢の低い突進の構えから、あっという間に距離を詰めた。槍とは突進武器。これが正しい戦法ではある。

 だが、肉弾戦で愛が遅れを取ることはなかった。先程の焦りが全く感じられない正確な『いなし』で猛攻をかいくぐる。

 遠距離戦闘はキャリアが物を言う。大規模魔法で押し潰されようと、ちょっとした小細工と慣れでいくらでも対処が出来るのだ。しかし、肉弾戦においては話は別。変身をしていない七海は変身済の愛よりどうしても弱く、スピード勝負になればそれこそドツボだ。加えて、愛は長い間肉弾戦のみで戦っていた分感覚も染み付いている。


「これなら!」

「ま、まず……」


 連撃を全て弾かれ、さらに虚を突いた格闘も交えたのに全て避けられる七海。

 思ったより変身の差が大きいことに驚きを隠せない七海は、次のステップにシフトチェンジをする。事前にあたしとも話していた戦法なのだが、出すことに踏み切るのが二手三手早い。

 槍同士の攻防に加え小魔法で四方から攻撃する本来の闘い方。変身前の状態での全力ということだ。


「な、なにこれ! えぇ!?」


 大槍を振るっている相手から絶えず水魔法が飛んでくるという有り得ない事態に、まるで頭がついて行っていない。それはそのはず、あたし達からすれば併用攻撃は当たり前でも、彼女達はまだそんなことをしてくる悪魔と対峙したことはないのだ。基本、オール物理かオール魔法の大規模な交戦ばかりで、今回のような細かい駆け引きをさせたことはない。


「ほらほら、考える考える!」

「うぐぅっ!」


 大人気なく子供を煽る友達にとても悲しい気持ちになってしまう。日頃の鬱憤でも晴らしているのだろうか。

 そんな楽しみを覚えるおばさんの言葉でも鵜呑みにしてしまうほど素直な愛は、軽くない被弾を受けながらも何かをやろうとしていた。

 全身を纏う魔力の壁が少しずつ内側へ溜め込む。まだ魔法と物理を同時に使えないことを考慮すると、恐らく全身を包む水のバリアを張って爆発させるとかだろうか。昔、七海も同じような技を使っていたからそれが最適なのだろう。

 準備が整ったのか、愛の目の色が変わる。一気に体外へと放出された魔力はその形を水へと変換される。


 但し、球状ではなく特大の薄皿のような刃となって。


「それはダメだ!!」


 あたしが声を張り上げる間に、愛を中心に伸びた最悪の刃は一瞬で七海を捕らえた。

 あたしだけでなく、真島姉妹も立ち上がって駆け出そうとしても、その速度は音速を優に超える。ただ見ていることしか出来なかった。

 直撃と共に発生した濃霧が辺りを包む。


「今のは三十点ね」


 霧が晴れると同時に、二人の姿があらわになった。平然と声を発する七海はいつの間にか変身していて、驚異的な速度で襲い来る水の回転ノコギリをまさかの素手で掴み止めている。


「七海! 大丈夫か!?」

「何焦ってるのよあかり。水魔法勝負で私が怪我することなんてないんだからね?」


 そうは言っても、今の攻撃は実質ダイヤモンドを削るウォーターカッターが回転しながら迫ってくるようなものだ。人なら間違いなく真っ二つになるし、どうして止められたのか全くわからない。変身しているということは、生身だと止められなかったということだ。


「そんな……」

「ガッカリした? 今のが愛ちゃんの奥の手ってところね。後で欠点とか教えてあげるから今は戦いに集中しましょ?」

「……っ!」


 愛はすぐさま距離を取って、次の作戦を考える。危うく人殺しをする所だったのだけれど、七海が余りにも簡単に受け止めてしまったからそれにも気付いていないのだろう。ひとまず七海の言う通り試合は続行させ、後ほどお説教と言ったところか。

 新型主力、接近、奥の手と封じられてしまえば、いくら強くなった愛でもここで手詰まり。考えられるのは総力戦しか残されていない。


「全力で行きます!!」


 愛は槍を前に構える。思った通り、全ての魔力を込めた大規模魔法の準備。愛は一度七海の大技【ノア】を見ているから大魔法同士での衝突を避けていたところもあったが、他に手がないとなるともう逃げられない。

 しかし、対する七海は棒立ち。そのまま受けるつもりなのだろうか、プロレスラーの真似をするような奴じゃないとは思うが。

 愛の頭上に巨大な水球が出現し、どんどん大きくなる。公園を丸ごと包み込めるくらいの大きさになったところで、そいつを持って飛び上がる。


「【大隕水】!!」


 槍を思い切り縦振りする事で、隕石のような水の塊は動きを見せる。

 あたしたちも逃げた方がいいのだろうかと真島姉妹と目で合図した時、七海は動いた。


「掌握」


 七海が手を差し伸べた瞬間、愛の魔法は動きを止めた。


「え……?」

「破砕」


 愛は驚愕に固まる。

 七海の声と共に空を覆う水の塊は破裂し、その姿を消した。あとに残ったのは緩やかに降り注ぐ天気雨のみとなる。


 勝負あった。


「そこまでぇ」


 真弓の合図で、この勝負は七海の勝利で幕を閉じた。終わってみれば圧勝。当たり前と言えば当たり前なのだけど、七海の実力はすでに全盛期と同等に戻っていた。

 着地した愛は何が何だか理解が追いつかない様子で、恥ずかしかったのか早々に変身を解いた七海が話しかけるまで呆然としていた。


「さて、反省会でもしましょうか。まず質問はある?」

「あの……何をしたんですか。最後の魔法、急に何も感じなくなって、水の刃だって途中で同じような感じで……」

「あれね、貰ったの。『支配権』」

「支配権?」


 何だそれ。支配権とかそんな話はあたしも初めて聞く。でも、真島妹はうんうん頷いてるし今思いついた事を言っている訳では無いようだ。


「お互いに水を『操る』魔法なわけでしょ? 私たちの魔法って、全部魔法から作り出しているように見えて、どこかの水を召喚しているのよ。それを操作するのが根本的な能力なの」

「え? え?」

「作り出すのが能力だと勘違いしてたでしょ。海で戦ってみなさい。魔力消費の感覚が全く違うことに気付くわ。それでね、お互いに一つの水を操作をすると、綱引きが始まるのよ。それを勝ち取ると『支配する権利』が自分にくるわけなの」

「そう……だったんですか」

「つまり、私に水魔法で傷を付けられないってそういうこと。支配権は魔力の多さが基本だし、引き寄せるテクニックなんてあなたは知りもしないでしょ?」


 アハ体験だ。そんな原則が存在したなんて知らなかった。なら、あたしとさくらも同じような事をしながら戦っていたのかもしれない。


「あかり、あなたのは『召喚』じゃなくて『生成』だから関係ないわよ?」

「そうなのか?」

「何でか知らないけどね」


 残念だ。さくらと綱引きしてみたかった。


「あ、後さっきの水の刃? 回転ノコギリみたいな魔法は禁止ね」

「だ、駄目ですか? ちょっと自信作だったのに……」

「だって、あんなの仲間に当たったら友達死んじゃうわよ? 水を使う私だから止められたけど、普通変身してても真っ二つになっちゃうわよ。しかもあんな速度で狙いを絞れない範囲攻撃なんて、災害もいいとこよ」

「すみません……」

「ま、そんなところね。技術的なところで教えて欲しいことがあればいつでも言ってね。出来ることなら答えてあげるから」

「あ、それならあの時のですね …………」


 すっかり二人だけの講習会が始まってしまった。このまま愛は七海に任せた方が、今よりずっと強くなるのだろう。一人で三人育てていた頃が懐かしくて少し寂しさを感じる。


「地走ぃ〜」

「ん?」

「さっさと私たちもやらせてよぉ。さっきからみくがムラムラしちゃってぇ」

「ムラムラじゃなくてうずうずって言ってくれ。まぁいっか。準備してくれ」


 変態姉妹が辛抱たまらんみたいで、いつもより距離の取り方があからさまな風利に合図を出す。めちゃくちゃ嫌そうな顔やめろって。

 愛と七海を下がらせ、次はまたもや同タイプの勝負が始まる。

 風利の実力は正直あまり知らない。忍者スタイルは変わらずみたいだが、ここに来てどこまでやれるのか密かに楽しみにしていた。


「……あかりさん」

「なんだ、風利」

「二対一は……いや」

「…………」


 ごねられてしまった。

 そりゃ、そうだよな。

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