第十五話 風利 vs 真島姉妹

「じゃ、これで準備オッケーかな?」

「ういー」


 ダルっと返事をするイブは、ノースリーブなのに腕まくりの動きをしてやる気満々だった。

 真島姉妹がどうしても二人でやりたいと言って聞かないせいで、急遽風利の助っ人として駆り出されたのは同じ炎使いのイブだった。イブはバリバリの現役だし、能力的には炎使いというかマグマ使いのイブは風利の完全上位互換なわけで、これで対等になるのか怪しいところだ。真島姉妹の今の実力によっては、逆転した勝負運びも十分ありえる。


「はじめから炎でいこ……」


 随分隠す気のない作戦タイムだ。イブは個人でしか戦ったことがなくてこういうのは初めてだから仕方ないな。


「じゃ、はじめ!」


 宣言通り、風利とイブは真っ直ぐ炎攻撃。子供って正直で心配になる。


「みく〜」

「……ん」


 対するのは三人目の炎使い。どうやら子供二人をみくりだけで受け止めるらしい。

 横向きの火柱のような攻撃を、同じ形状の魔法で受け止める。みくりから伸びる青い炎は現役の健在を表していた。

 しかも、変身前でだ。


「あ……あれ?」

「その火……貰うね」


 青い炎は風利とイブの赤い炎を丸呑みにし、根こそぎ自身の中へ取り込んでしまった。まさかそこまでの差があるとは思わず、当事者の二人どころか客席全員が唖然としてしまう。


「みくり……現役より強くないか?」

「それは……ない」

「そ、そうか」


 この女は消極的過ぎるから、実際わからないもんだ。

 自慢の炎を取られてしまったイブは、敵前だと言うのにひょこひょことあたしの所へやってきて、黙っておでこを突き出した。


「ん? どうした?」

「魔力……全部」

「あぁ、そうだな」


 全部の魔力を返してもらわないと勝負にならないと悟ったようだ。少し多めに半分もこちらに移動させていたから、ハンデを付けすぎてしまった。

 彼女のおでこに手を当て魔力を譲渡。元の実力へ引き上げられたイブは、いきなり目の色を変質させて本気モードで戻っていった。自分の魔力がみくりに吸い上げられたことに相当怒っているようだ。


「もういいかなぁ〜?」

「ばっちこい〜」


 今度は真島姉、真弓が前に出る。風利たち後輩とイブは真弓の魔法をまだ見たことがないけど、果たして戦闘中にその正体を当てることが出来るだろうか。何せ、どう見ても悪魔側の魔法だから、正義の象徴が使うとは思うまい。

 イブは身体を抱きしめて魔力を高める。いきなり大技だ。


「飲み込まれて……」


 イブの身体を包み込んだマグマが津波のように真弓とみくりを襲う。地面を焦がしながら進む灼熱の波は瞬く間に先輩二人を飲み込んだ。


 しかし、彼女らは一歩足りとも動かずにそれを受けた。


 回避すると思っていたのか、やってしまったという顔であたしをチラチラ見るイブ。どうやら殺して怒られると怯えているようだ。


 残念ながら、真弓が前にいる時点でそれはない。


「あっつ〜い。マグマって初めてだったけど意外といけるものね〜」


 直撃を受けた二人は、ケロッとした顔でそこにいた。これには元チームメイト以外全員が驚きを隠せず、なんでなんでと手品のタネを探している。


「もう一度……」

「イブさん……落ち着いて」


 強行しそうなイブを止める風利。そう、何度やっても無駄なのだ。真弓の能力はまず仕組みを知ったところで対応は難しい。がむしゃらな攻撃は特に意味をなさない。

 それにしても、風利もイブもみくりも同じような喋り方だな。炎タイプってこんな奴しかなれないのか?

 風利は状況を判断するために目を凝らす。


「地面はしっかり焼けてるのに、服すら溶けてない。もしかしたら空間魔法で高速移動しているのかも……。それか、魔法無力化って筋も……」

「なーる……」


 しっかり考察して、予測を立てるのは良いことだ。ここからの戦法が気になる。

 コソコソ話に切り替えて作戦タイムを終えた後輩たちは、同時に走り出して真弓の左右を位置取る。そして、彼女の真上を狙って魔法を放つ。

 風利とイブの炎が真弓の上で炸裂し、炎の雨を降らせた。これなら視界も確保出来てどう対応しているのか見ることが出来る。考えたものだ。


「シャワーなら朝浴びたんだけどなぁ〜」


 それをものともせず髪を洗う仕草で二人を煽る真弓。これで高速移動で避けていないことは判明したが、ここまで余裕で受けていると逆にショックを受けるだろうな。


「イブさんっ」

「いくよーっ」


 雨が止むと同時に、左右からの物理攻撃が始まる。

 しかし、それすら無意味に終わった。


「っ!!」

「ぐっ」


 真弓を大きく外した場所で、風利とイブはお互いを殴りつけた。一瞬の出来事に唖然として、身体が固まってしまう。


「……げ、幻覚?」

「スキあり〜」


 真弓に首根っこを掴まれた二人はそのまま地面に叩きつけられる。身動きの取れない二人に、更なるピンチが訪れた。


「ち、力が……」

「ぬける……」


 どんどん魔力を消失していく二人。あっという間に風利の変身は解け、イブの目が色を戻した。

 これは、勝負あったか。


「はいお終い〜」


 常人と成り果てた二人を放り投げて、真弓は手をパンパンと払った。終戦を迎えた途端、みくりは真弓に抱きついて顔を歪ませる。


「みく……まだ遊び足りない」

「ごめんね〜。私も先輩面してみたくって〜」

「お姉ちゃんが出ると……いつもこう。みく、楽しくない」

「あらら〜、じゃあ帰って第二ラウンドかしら?」


 気持ち悪いほどイチャイチャする二人を睨み、風利とイブは立ち上がる。そして、無くなったはず魔力を振り絞って再度変身した。


「あら〜? 全部吸い取ったはず……あ、そっかぁ。予備魔力かな? 私相手に魔力を隠すなんてやるじゃん」

「はぁ、はぁ、意味わかんない……」

「んー? まだわかんないかぁ。じゃあ立ち上がったご褒美にわかりやすいの出してあげるから、怖くておしっこ漏らさないでね」


 無力化、幻覚、吸収。三種類の魔法を見せられた二人はもう頭の中がぐちゃぐちゃだろう。でも、実際にあるんだよ。一種類で全部出来るそういう魔法が。


「真弓! 手加減しろよ!」

「地走ぃ。師匠は大変ねぇ。軽くよ軽く……ふふふっ」


 本当かよこのドS。

 真弓の魔力が高まる。彼女は悠々と手を挙げた瞬間、公園全体に変化が訪れる。


「【ダークパレス】」


 突然、夜がやってきた。

 真弓の魔法。『闇』が辺りを包んだのだ。


 何も見えない空間、風利とイブの悲鳴がこだまし、それは数秒の出来事。闇が真弓の中に吸い込まれた時には、二人まとめて地面に倒れ伏せていた。


「風利! イブ!」

「あなた何したの!!」


 愛と美空は二人の元へ駆けつけ、真島姉妹に敵意を剥き出しに立ちはだかる。


「あらぁ? 四対一でも問題ないわよ? 地走ぃ、七海もそっちに加わってやればぁ?」

「はいはい、ここまでー」

「もぅ、随分大人になっちゃって。つまんないの〜」


 このままでは訓練も何もなくなるので、強制的に終わらせた。やはり強い。特に真弓は敵でなくて本当に良かったと思う。

 気絶した二人を背負って戻ってくる愛と美空は、いまだに真弓を睨んでいたが、当の本人は慣れているのか全く気にしていない模様だった。


「で、何したんだ?」

「ちょっとお尻触ってから気絶させただけよ? 若い子って柔らかくていい声で鳴くのよねぇ」

「き、気持ち悪ぃ。そんなことしてたらみくりに殺されるぞ」

「あ……あらぁ……」


 真弓の後ろに立つみくりはあからさまに不愉快な顔をして姉を見つめていた。こりゃ帰ってからお説教でも受けるんだろうな。




 数分後、目を覚ました風利はキョロキョロと何かを探し、真弓を見つけると重い足取りで近付いて来た。


「……ありがとうございました」

「礼儀正しい子ね。どういたしまして〜」

「あの……どういう魔法を?」


 あれだけされたのにキチンと敬意を払って質問しに来るなんて、実は愛や美空より少しお姉さんなのかもしれない。


「ふふふっ、闇の魔法ってことはわかったでしょ? ちょっと特殊だけど、この世の全てを闇に呑み込むことが出来るの。それが無力化の正体」

「幻覚は……」

「あれはね、攻撃する瞬間に視界を奪っただけ。ほら、一瞬真っ暗になったでしょ?」

「吸収……」

「私の魔法、闇の『呑み込む力』は触れていればその性質が変わるの。自分の許容量までだけど魔力吸収が出来るのよ。始めはあんなに早く吸収出来なかったんだけど、これも訓練次第かなぁ〜」

「ず……ずるい」

「ふふっ、よく言われるわぁ〜」


 さらっと嘘をついたなこいつ。

 真弓の能力『闇』。聞くと弱点がない最強の魔法のように思い込んでしまうのだが、実はそうでもない。

 まず、この闇魔法の最大の弱点は『魔力による外傷が与えられない』。この世の全てを呑み込むと言ったがこれは嘘で、本当は生物以外をなんでも呑み込む能力だったりする。無機物は魔法より圧倒的に許容量を食う。さらに真弓は唯一神器がない。この弱点がとにかくでかくて、今回のように人に対してであっても、単純な武力の高い相手では攻撃手段がない。フィジカル面で人間より数段上の魔物に対しては、防戦一方を強いられてしまう。

 さらに、この魔法はコントロールが酷く難しく、まだ魔法少女になりたての頃の真弓は自分の魔力を闇に吸収されるという驚愕の失敗を何度も繰り返していた。触れれば魔力を吸収出来るという事を知ってからも、自分の魔力許容量の低さ、闇魔法の消費量の低さも加え簡単に上限に達してしまい全く使い物にならなくて何度も一人泣いていた。最終防衛戦の直前でようやく完璧に使いこなしたが、それまでは目くらまし要因に収まるしかなかったのだ。そのコントロールも手動で行うため動きの早い相手には通用しない。


 そんな不遇な能力だからこそ、その苦難に折れなかった彼女は強い。こんな人柄であるが、誰よりも諦めが悪く、そして姑息。戦場を客観的に捉え、姑息に立ち回るサポーターは戦局を左右する影響力を持っている。


 ついでに加えると、真弓の強さを圧倒的なモノにしている最大の要素は、その妹だ。

 今回驚くほど見せ場がなかったけど、みくりの青い炎は通常段階で破格の高威力。上位互換であるはずのマグマを呑み込んだのがその証拠で、本気を出した時の黒い炎は消滅魔法に匹敵する。しかも、みくりの魔力はチーム内でもトップクラスに多く、短時間ならマシンガンのような攻撃頻度を誇るのだ。

最強の矛と最強の盾。この姉妹は二人で完成される。絶対の強さと言っても問題は無い。


「じばしり……」

「うわっ、どうしたみくり。お前から話しかけたりすんのな」

「もう一回。次の子もらってい……?」

「いや、すまんけど美空はあたしご指名なんだ。恨むなら姉にしてくれ」

「…………ふぅ」


 相当ご不満なようで。そりゃみくりが指名したのに姉に潰されたからな。

 そうこうしている間に既に変身して身体を慣らし終えた美空がトコトコやってきた。


「いよいよ出番ね! 覚悟しなさい!」

「お、やる気満々だな」

「イブとさくらの魔力貰ってもいいのよ? 悪いけどや愛や風利とは比べ物にならないから」

「おいおい、そりゃ言い過ぎ……」


 身内をディスるような発言をしたことで、愛と風利が嫌な顔をしているかと思いきや、二人とも深く頷いていた。どうやらデタラメに啖呵を切っているわけではないようだ。


「ま、考えとくわ」

「後悔しないでよね」


 不敵な笑みに力を感じる。変身は覚悟しておいた方がいいな。


 この後、あたしは美空の覚醒を体感することになるのであった。

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