第二話 天使の脅迫

 目の前の机に置かれているのはお昼ご飯でもお気に入りの緑茶とお茶菓子でもなく、ガイアロッドとか言う痛い名前の相棒だ。先程まで宝石部分がピカピカと光りながら言葉を発していたが、いまは大人しく眠っているようだ。

 あたしは一人その前で腕を組んで座っていた。杖を通りして話していた男か女か分からない天使のせいで、より一層小じわが増えそうな危機に苛まれていた。


 五分前の会話を一つ一つゆっくり思い出す。








 我が子を小学校に送り出した後に家事を済ませ、久しぶりに昼までに仕事を終えたあたしはやっと考え始めた。もちろん、昨日の悪魔の件について。


「あいつらに電話する前に、今どれだけ能力が残ってるか確かめるか」


 近場に悪魔が出てしまうと戦わざるを得ない。ならばいち早く自分の戦闘力を確認しなければ守れるものも守れないだろう。

 意識を集中して、杖を最速で出すイメージ。身体から溢れる光は瞬く間に手元へ集まる。


「ん、おっそ……五秒もかかるとか」


 高レベルの悪魔との戦闘で何度か武器を飛ばされた事がある。近くに杖が無いと大した魔法も出せないあたし達魔法少女は、この召喚速度は命に直結する。実際何度も危なかったシーンはあった。みんなどんなに疲弊して遅くなろうとも一秒以内に出せていたし、一番長く魔法少女をしていた私はその半分以下で出せていたのだ。


 次は……イヤイヤながらも変身速度のチェック。当時ですらデザインが趣味に合わないから嫌いだったのだけど、変身前と変身後での戦闘力はアリとマンモスくらいの差が出る。それは悪魔も同じで、昨日の馬モドキも変身していれば多少苦戦していただろう。

 杖を握り、全身を頑丈な岩が張り付くイメージで魔力を込める。そして、それが徐々に衣類へと変わるように。


「大地の力よ……」


 修行時代によく口にした言葉。慣れれば何も言わずとも変身出来るのだけど、今回はリハビリ込みで妥協だ。

 大地の魔力を司るガイアロッドから茶色の光が伸びてあたしを包む。全身に行き渡ると同時に「ポンッ」と着ている服が変化した。


「ダサい……相変わらずダサ過ぎる」


 フリフリのスカートにノースリーブシャツ。付いてる意味があるのかよく分からない細かな装飾品。小学生ならまだしも、三十路のおばさんには厳し過ぎる。そういう店の衣装にしか見えない。

 何より、黒と茶色をベースにした色合いが最悪だ。歳と合わせて余計にババシャツくさい仕上がりに涙が出そうだった。現役は仲間もお揃いだから違和感も薄れてくれると思っていたけど、一人でフリフリを着て棒立ちしていると思うだけでご近所のママ友のドン引きした顔が目に浮かぶ。

 仕方ないから、緊急用だからと奥歯を噛み締めていると、突然ガイアロッドが光り始めた。


「『聞こえるか。大地の魔法少女よ』」

「し、喋った! お前喋れたのか!?」

「『そこにいるようだな。私は大天使ファルエル。そなたに授けた巌宝ガイアロッドの正当な所持者だ』」


 くぐもった声はやたらと偉そうに語りかけてきた。天使の存在は知っていたし、初めて話しかけられた事に驚きを隠せないのは事実だが、それより、授けたという言葉が引っかかった。ガイアロッドは、まだ当たり付きアイスではしゃいでいた幼いあたしの目の前にいきなり空から地面に突き刺さったのだ。あたしが足を止めてなければ串刺しで死ぬ距離に落としたあの怨みは忘れてないんだからな。


「『おい、話を聞いているのか。そなたから並々ならぬ負の感情が溢れているぞ』」

「そうだろうな。言いたいことはたくさ……」

「『まぁいい』」


 おい聞けよ。文句しかねぇから。


「『気付いていると思うが、魔界のゲートが再び開いた。そちらで魔法少女と呼ばれている神器保持者には悪いが、天界から一つ依頼を頼みたい』」

「ことわ……」

「『もう一度仲間と共闘し、今回は魔界のゲートではなく覇王を含む三人の王の消滅を目的としてもらう』」

「おい聞……」

「『もちろんそれは容易な事ではない。新たに複数の神器を地上に与えた。その継承者達と手を取り合い、真摯に事に励め』」

「まっ……」

「『一つ予言をしておいてやろう。そなたがこの依頼を破棄するのならば、近い未来愛おしい我が子を失うことになる』」

「……」

「『では、健闘を祈る』」


 ガイアロッドから光が消え、物言わぬ棒切れと化してしまった。

 まくし立てられたあたしは唖然とする他なく、苛立つくらい話を聞かない天使の最後の言葉を思い出していた。


「雪が……死ぬ?」


 確かにそう言った。

 なんだそれなんだそれなんだそれ。悪魔が出てくる以上人類に被害が及ぶのは避けられないが、あたしが戦うか否かで、実の娘の生死がきっぱり決まるだと?

 脅しだ。間違いなく脅されている。

 そして、それは絶対に応じなければならない不可避の一手。嘘だろうと本当だろうと関係なくあたしを参加させる事が出来る交渉素材。


「あの野郎……!」


 天使とは思えない残酷で狡猾なセリフに震えが止まらない。やっと手にした幸せを手玉に取られた胸糞悪さが頭痛を引き起こす。

 何度か深呼吸をして、冷静に冷静にと心を沈める。あたしはもう大人だ。癇癪を起こして辺り一帯を塵にする歳はもう終わっている。

 何度か顔を叩いて、一つの決意を刻んだ。


「やってやる。王なら一度倒してるんだ。あたしらが集まればどうとでもなるんだ」


 迷いが生まれないうちにあたしは携帯の電話帳で一人の女性を探した。五人の魔法少女【リトル☆ホープ】の元リーダー、佐々木 七恵。不安定な性格だったが明るい奴だ。正義感の強いアイツなら戻ってきてくれるはず。

 コール音がすぐに止み、懐かしい声が聞こえる。


「『もしもし?』」

「久しぶりだな、元気か?」

「『もしかして、悪魔の話?』」

「お、話が早いな。七恵いまどこに住んで……」

「『ごめんあかり、私はパス。もう三十路だしさ、最近やっと素敵な彼氏が出来て幸せなの。あんな子供服着て戦うのは流石に、ほら、体裁もね? わかるでしょ?』」

「まてまてまてリトル☆ベリー!」

「『その名で呼ばないでリトル☆プラム』」

「うっ……、いやほら、お前も天使になんか言われただろ? 大事な人がさ?」

「『なんのはなし?』」

「……へ?」

「『じゃ、私は降りるからやるなら頑張ってね。あ、出来ればテレビに写らないようにしてよ。良い歳した親友のフリフリスカートは見たくないからさ』」

「あやっ! まままって!」

「『またね』」


 プツンと切られた後、有り得ないほど世界が暗くなった気がした。

 なに、あたししか脅されてないの? 親友なのに手伝ってくれないの? あの軍隊みたいな正義感どこいったよ色付きやがって……。

 当たり前だ。あたしだって同じことを思ったし、子供がいるこっちの方が幸せだとも言える。脅されてなければ断るのが普通なのだ。責める事は出来ない。

 空虚な時の中、あたしはたった一言だけ呟いた。


「変身……解こう」


 晩御飯、ほっこり出来る物がいいな。

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