第三話 リハビリ優先ってババアかよ

「っらぁああ!!」


 ガイアロッドを振り下ろすことで、頭上に召喚した大岩が正面に飛んでいく。およそ五十メートルだろうか、地面に接着するまで五秒ほど。人が走るのとそう大差ない。


「重てぇっ。こんなに力いる魔法だっけ?」


 人の気配が全くない無人島で、あたしは息を切らしてへたり込んだ。今は、この前出来なかったら攻撃魔法の確認作業だ。どうしても現役時代と比較してしまい、魔法を一つ使う事に自信が一つ削り取られていた。

 結局みんなから良い返事が貰えなかったあたしは、もう頼れるのは自分しかいなかった(連絡先がわからない奴もいたけど)。少しでも早く力を取り戻さないと、次にいつ悪魔が出てくるかわからないのだから。


「これであらかた終わったか……。やっぱり修行しないとロクに戦えそうもないな。弱体化ってこえぇ」


 残りの魔力もあまり多くはない。帰るために少しは残しておかないと、回復速度も遅くなっているみたいだ。

 自宅の使われていない部屋へ座標を合わせ、どうにか四つ出せたクリスタルでワープゲートを作る。このゲートが使えるのは私だけで、戦闘においてもかなり重宝していた。移動距離は格段に落ちたものの、自宅とよく分からない無人島を繋ぐくらいなら何とかなる。

 四つのクリスタルが生んだ淡く揺らめく光の中に入ると、見慣れた我が家に到着した。ようやく落ち着ける場所に帰って来られたのもあって、魔力切れを起こしたようにクリスタルと戦闘服が消滅。いつもの私服姿に戻った。


「技の精度云々より、まずは魔力増やさないと……」


 酷い倦怠感は魔力が減る事に増す。魔法少女の魔力は自然から得るものが多く、消費しながらも自動回復に近い速さで満たされるため滅多なことでは魔力切れにならない。上手くやると最大魔法を連発しても平気な顔をして立っていられるのだが、これにはコツがいる。まぁ、魔力循環をコントロールするコツなんて魔法少女以外に話しても誰も理解できないものなのだが。


 一息ついてお茶でも飲もう。そう思い居間に向かった矢先、例の悪寒が身体中を駆け抜けた。


「え、ええぇ!? 待てよいま開いたのか!」


 魔界のゲートが開く感覚。しかも近い。魔力も無い上、もうすぐ娘も帰ってくるというのに。タイミングが最高に悪い。


「だぁああ!! 行くしかねぇ!!」


 自室に走りクローゼットの中を乱暴に物色すると、奥の方からボロボロになった黒いロングコートが出てきた。これは現役の時に羽織ってきた物だ。こんな明るいうちからフリフリで外に出るくらいなら、全部隠せるコイツを来ている方がいくらかマシだ。幸い身長もそんなに変わってない。


「ん? そういえば、昔も同じ理由で着てたんだっけ。懐かしい〜……って思い出にふけってる場合か!!」


 急いで変身して、上からコートを羽織る。ちょっとした豆知識だが、変身はその時着ている服が全てフリフリに変換される。コートを着た状態で変身すると、コートが消える。一度それで恥ずかし過ぎて戦闘出来なかった事があるのだ。まぁ、後にテレビに出ちゃったからコートは使わなくなったけど。


 用心深く窓から外を窺って人気が無いのを確認。素早くクリスタルを一つ召喚してその上に乗った。基本、魔法少女は自由に空を飛べるのだが、あたしはワープが使える代償なのか飛べないのだ。こうして元から浮いているクリスタルに乗れば飛べるのだが、空中戦において自由に飛べる飛べないはかなりアドバンテージが偏る。

 目視されてもあたしと分からないほどの高度まで上がると、魔力を目に溜めて敵の所在を探した。距離的に数百メートル以内にいそうなものだ。魔力探知で充分居場所が掴める。

 悪魔の気配を追ってみると、山を切り崩した地域の広い公園にそいつはいた。


「ん、んん?」


 そして、もう一つの魔力反応と見知らぬ女の子。もしかしなくても新しい魔法少女だ。既に戦闘に入っているらしく、悪魔の攻撃から逃げ回りながらちまちまと反撃をしていた。


「あれが新人か。やっぱり小学生なんだな」


 戦える者がいるなら傍観に入る。敵は何度も相手をした犬型の雑魚悪魔なので、変身が出来ればどうとでもなるだろう。彼女は長い槍を手にしていたし、服装もあたしとは違う形だがコスプレっぽいので、変身済と見ていいと思う。


「うわぁ、無茶苦茶ぶっぱなしてるよ。これはメディアデビュー確実だな。それにしても、最近の魔法少女の衣装はかっけぇな。交換してくれないかな?」


 パンツタイプでマントまで付いている衣装が羨ましい。あたしは魔力も回復して精神的に安定しているのか、何とも緊張感のない言葉しか出てこない。少し安心したのだ。自分以外に魔法少女がいることに。

 しかし、ずっと見ていると不穏な空気が漂い始めた。覚えたてなのか一つの魔法を連発して外しまくっている少女はどんどん魔力が尽きていき、逆にエンジンがかかったのか雑魚悪魔はスピードを増していた。


「これやべぇな。まさかデビュー戦で負けるのかあの子。はぁ……行くか。」


 少女の変身が解けてしまう前に助けなければ、生身で悪魔と戦うと即死も有り得る。あたしはガイアロッドを持ち直して最高速で戦場の真上に向かった。

 到着した頃には、少女の魔力は完全に底をつき変身が解けてしまっていて、悪魔はジリジリと距離を詰めていく。急がないとあの子が殺されてしまう。


「押し潰せ。【クロックロック】!!」


 無人島で最後に試した岩を召喚して投げつける魔法を唱える。半径数メートルだが、弱い悪魔の動きを一時的に鈍くする空間を纏った技だ。これなら間に合う。

 真上から落としたことで速度は桁違いに早く、最後の一撃を入れようとした悪魔の動きを止めた。そして、そのまま地面にえぐり込む。

 強烈な破壊音を広げ、砂埃を上げて岩は地面に沈む。なんとか間に合ったようで、硬直しているが生きている少女を確認出来た。


「危なかった……」


 娘と大差ないであろう女の子が救えた事と、一撃で倒せた安心感から溜息が漏れる。結局、新しい魔法少女が現れたところで娘と重ねてしまって、共闘したところで変に緊張しながら戦うことになりそうだ。やっぱり一人の方がやりやすいのかもしれない。

 ぼんやりそんな事を考えていると、いつの間にか少女はこちらをじっと見つめていた。


「しまった。そりゃ上から岩が振ってきたら上見るよな!」


 大急ぎでワープゲートを開いて、その中に飛び込む。最後に目を合わせた少女の顔は、どこか上の空で何を考えているのかわからなかった。




 久しぶりの魔法戦闘を終えたその晩。家族と晩御飯を食べていると、思っていた通りニュースは悪魔の話題で持ち切りだった。

 十八年前の悪夢再来というトピックで、監視カメラ越しの悪魔と少女の写真が映され、そこには大岩が残る公園が痛々しく流れている。

 雪は不意にあたしの顔を見て、不安そうに呟いた。


「ママ、あのワンワンこわい……」

「そうだな。見つけても近づいちゃダメだぞ?」

「うん……。ワンワンがついてきたらどうしたらいいの?」

「ん〜? そのときゃ、ママが守ってやるから心配すんな!」

「ママつよいもんね! いつもパパやっつけてるし!」

「はっはっはー。ママは最強だからなぁ! 明日から一緒に学校行こうな?」

「うん!」


 安心したのか、雪はあたしに抱き着いて笑いかけてきた。大丈夫だよ。ママが絶対守ってみせるから。言葉通りな。

 そんな様子を見て、旦那の康介は晩酌のビールに手を伸ばすことなく暗い顔をしていた。


「あかり……」

「なんだ、パパも守って欲しいのか?」

「茶化すなよ。あかり……あの」

「大丈夫だって。信じてよ康介」


 彼はそのまま黙ってしまった。彼は知っている。あたしが魔法少女であることを。どれだけ傷付いて戦っていたかを。だから、本当に戦って欲しくないのだ。ただの人間の彼は、目の前であたしを失いかけたトラウマがあるのだから。


「あかり、愛してるよ」

「へっ!? や、やめろよ子供の前で!」

「……そうだね。ははっ」

「……あたしも愛してるぞ」


 困ったなと、二人ともそんな顔で笑った。


「ゆきもあいしてるー!!」

「おぉ! 雪はママ好きか。 結婚する?」

「パパとけっこんする!」

「こらっ! パパはママのだからダメだぞ!」


 パパの取り合いで娘と喧嘩して、その日は三人で眠ることにした。

 深く考えたって仕方ない。あたしはこれでも元最強の魔法少女だ。簡単に負けはしないし、今は守るものもある。昔よりずっと強くなれるんだ。


 その日を境に魔界のゲートが開く頻度は多くなるのだが、この時はそんなことになるなんて知る由もなかった。


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