2-7 森に潜む洋館

 昨晩はとんだ騒ぎになってしまったけど、その後は奇襲とか一切なく平和な朝を迎えることが出来た。木々に囲まれた野営地の朝は砂漠の朝や草原の朝と違って、森の独特なしっとりとした空気と朝露の匂いが身体の隅々を癒してくれる。

 なお、昨晩はあの事件のせいで色々と男性陣には任せて置けないということで、アタシ、ネフェさん、ルカで見張りをすることになった。なので今、本当は少し眠い。

 本日はいよいよ依頼内容である森の屋敷の調査である。

 ……そうやって、無理やり気持ちを変えていかないと、昨晩のことを思い出しては、恥ずかしさに顔が燃えたように熱く、赤くなってしまう。

「調査と言っても屋敷の規模とか何も資料無いから、そこの調査から始まるんだけどね」

 トールはそんな小言を言いながら先頭で森の中へ分け入っていき、アタシたちは彼に続いた。

 森の木々は日光を奪い合うように葉を天に向けてひしめかせ、森の中に日光をあまり入れないほど薄暗く、野営地だった外周部分と違い湿度が高い。そのため足元には苔やシダ系の植物が多く、地面もぬかるんでおり、何度か足を滑らせそうになっている。

 さらにアタシが履いている靴は、草履をちょこっと改造したものであるために隙間が多く、泥が侵入してきて気持ち悪い……。

 5分と経たないうちに目的の屋敷は見つかった。

 生い茂っていた森が開かれた先には、まるで檻のような鉄格子の背高い柵で覆われた建物。屋敷というより巨大な平屋造りの建物だった。外観は古めかしい赤レンガで造られており、所々にヒビがあったり、崩れ落ちている場所もある。

 高さは1階建てよりは高いけど、2階建てとまでは行かない程度で、屋根は周辺の木々より低い。また、壁は蔦系の植物が這っており、苔も多く、建物のあちこちから木の根や枝葉がレンガや屋根を突き破って茂っている。

「相当古いもののように見えますが、これ……樹のマナが暴走した跡のようですね」

 樹のマナとは、地のマナの副属性であり、森や林など植物の多い場所で変化、生成される魔法物質である。作用先もほとんどが植物の促進、枯渇に対してであるが、植物から発生した毒や油も反応する為、“植物性”とかかれた消耗品にも影響を与えることが出来る。

 この惨状からすると樹のマナの促進作用が暴走した結果、荒れ果てた建物のようになっているという。

「でも、この瘴気は関係ない、です……」

 必死に口元を押さえるルカは、今にも吐きそうなほど青ざめた表情をしている。

「大丈夫?」と背中をさすると口元に合った手を離し、ほんのり微笑み返した。

「少し、きついので、一つ魔法を使います……。

白き光は天使の歌声。清き羽衣は天使の盾。包め、包め、皆を包め――ホワイトヴェール」

 呪文を唱えている最中から、胸元で水平に開かれた彼女の両手に、こぶし大の白い光の玉が浮かび上がり、唱え終えると光の玉はルカの手から離れ、アタシたちの頭上を浮遊しながら光の粒をふりかけていった。

「瘴気の影響を弱める結界です。アンデットの直接攻撃に含まれる瘴気も軽減します……たぶん」

「たぶん?」

「じ、実践で使うの、はじめてなんです」

 とは言いつつも、ルカの顔からははっきりと青ざめた表情が消えていた。本人も魔法の第1の効果にすぐに気づいて、驚きの表情をしている。ルカがかなり楽になったように見えるので、第2の効果も発揮するだろうと勝手に安心した。

「ちゅ、注意として、こちらの聖の力を恐れて、アンデットが近寄りづらくもなっています。確か排除も目的にありました、よね……?」

「あるけど、先に原因の調査がやりやすくなるから問題ないね。それじゃあ準備が出来たということで中に入ってみますか」

 正面には、周囲と同じく檻の入口を思わせるような格子状の門扉があり、近づいてみると何故か半開きになっていた。門のそばには破壊された鎖と錠前が落ちている。

「誰かが壊したってことよね……」

 落ちている鎖を見てみると、表面には少々の錆があるが、断面は刃物で切られたように平らで錆がついていない。つまり、切られたのはここ最近のものである。

 また、こんなにも綺麗に切れるのは、使用した武器の切れ味が凄まじいという点と合わさり、使用者の武器の扱い方が相当な手練であることが伺える。

 トールから説明を受けていると、何か閃いたのか、彼は周囲を見渡しながら鼻をスンスンしだした。

「んー……2人……かな。中から微弱だけど匂う」

「ええっ、現在進行形!?」

「声が大きい。ただ、匂いが微弱すぎて、本当にいるかどうか分からないんだよ」

「いえ、いるようですね……複数の属性がもぐちゃぐちゃに入り混じってますし、流れの激しい場所があるみたいです。なんでしょう、戦闘しているような……」

 ネフェさんも精神を集中させて、大気中のマナの流れを読んだらしい。基本的に誰でも空気中のマナを感じることはできるが、魔術師などマナを取り扱うことに特化した人たちは、そこからより正確な情報を引き出すことが出来る。

 でも、外はいたって静かで、戦闘中のような激しい音は無い。

 はっきりした情報が無い以上、入ってみなくては分からないことなので、アタシたちは周囲を警戒しながらゆっくりと門をくぐった。

 ただ一人だけ、なぜか棒立ちになっている人物がいた。

「どうしたの?」

「……いや、何でもない」

 ダインは考え事をするように時々押し黙っちゃうから、それなのかな?

 もしくは殿かと思ったけど、何か様子が違ったようにも見えた。

 気のせいだといいんだけれど。



 建物の玄関となる扉を開けると、そこはやや広い空間だった。

 天井は外観で見たとき同様に1階としての階高よりは高いが、2階分とまでは行かないほどの高さと広さを感じさせる物であり、備え付けられた天窓が採光をする形だ。

 ただ、室内照明みたいなものは灯されてなく、この採光窓のある場所だけが明るい状態で、部屋の隅のほうは薄暗い。

 部屋の幅は5人で一直線に手を伸ばしても、あと1人分足りない程度であり、奥行きはその3倍ぐらいである。

 壁には引き裂かれた絵画が、床には表面が引き裂かれ手いる一人掛け用のソファがいくつか散乱し、中央にはインフォメーションと書かれた板状の置物が置いてあるコの字型の大きな机があった。

「いんふぉめーしょん?」

「受付のことだな」

 ダインの指摘どおり、周囲には受付らしく観葉植物なども置かれている。外で話したとおり樹のマナが充分存在するので、まだ青々しさを残してはいるが、水を与える人間がいないためか葉の一部は枯れ始めている。

 廃墟独特の埃っぽさが少々あるものの、床の埃はまだ薄く、放棄されてからそこまで日数は経っていないように見える。

 受付机の左右の壁には扉を失った入口がそれぞれあり、その先には左右対称のように同じような廊下が続いている。

 左の入口のそばには破損した木製の扉が転がっており、右の入口のそばには緩やかに“く”の字に折れた鉄製の扉が転がっていた。まるで何か強い力に押されたような曲がり方と蝶番の外れ方をしている。

「関係者以外立入禁止……」

 物々しい扉だとは思ったけど、ダインの口から漏れた言葉に、顔が急に引きつった。

 奥を覗いてみると廊下というよりは、談話する領域が設けられた奥行きの長い部屋だった。 右手の外壁側にはくつろげるタイプのソファと小さなテーブルがいくつかあったが、玄関同様に散乱している状態だった。外壁面の空間なだけあって、光がたっぷりと入ってきている。

 左手の壁には2つの扉が見える。一応、廊下に当たる部分との境に柱と数個の観葉植物が置かれており、左奥にはさらに続く廊下のようなものが見えている。

「こっちはただの応接室と植物の展示室があるだけだった」

 トールはいつの間にか左側の廊下の先を調べていたようで、アタシは植物の展示室というのが気になった。

「なんか植物の中でも樹齢が100年越えるような草木の生命力を応用した実験とか書いてあったけど、ソレに使った植物の展示がされてるだけだった」

 つまり、ここは単純な別荘ではなく植物に関する研究施設であり、外から見た樹のマナの暴走跡も実験によるものの可能性がある。

「その生命力を使って寿命を延ばす実験とかで、失敗して不死者が溢れちゃったとか?」

「俺も最初はソレを考えたわけだけど、どうもクサいんだよね。情緒的なものもだけど、妙に腐った臭いが強いんだ」

 しかも、鉄の扉があった入口のほうを向きながらトールが言っているために、目的の方向は確信に切り替わった。

「そうですね……ホワイトヴェールの効果が聞いてる中ではっきりと分かる瘴気、です」

 ルカのお墨付きまでいただいたからには進むしかないわけで、固唾を呑みつつ慎重に足を進めた。

 覗いたときに見えた2つの扉のうち、受付に近いほうには所長室と書かれ、奥の扉には事務室と書かれているらしい。

(むー……他国の言い換え単語が読めないってのはつらいなー)

 自分の故郷であるコウエン国は基本となる言葉そのものは他国と変わらない。そのため、昨日の依頼概要書など読むことや話すことの支障は少ない。そういった共通の言葉と併せて自分たち独自の物事を形容する字である『漢字』を用いる。

 漢字は様々な事柄を少ない文字数に収めようとした暗号や魔術用の短縮語が起源といわれ、特に閉鎖的な国柄だったからこそ、自分たちの独自の文化が伸びていったのだと思う。

 おかげで、インフォメーションに対する受付など漢字で言い換えの利く言葉やアンデッドなど細かな非日常的な言葉などは、知らないことが多い。

 でも今は他国であるために、こちらの言葉に徐々に慣れていかなければならないのも、現実の問題である。

(昨日、少しずつ覚えようって決めた傍からこれだもんなー……)

 そんなことを考えていると、ダインから肩を指先で叩かれた。

 いつの間にかトールから2手に分かれて中を調べようという提案がされたようで、アタシはダインと一緒に所長室を担当することになったらしい。

「読めない単語があったら言ってくれ」

 この人、察し良すぎないでしょうか?

 先程、いんふぉめーしょんを教えてくれたあたりで、気づいたんだろうか。

「うう……ありがと」

「いやいい。さっさと済ませよう」

 ……あれ? なんとなくダインの雰囲気が硬いように思えたけど、やっぱり気のせいなんだろうか?

 ダインの言うとおり、さっさと済ませてしまおうと、二人でそそくさと所長室に入った。

 結果は惨憺たる物だった。

 所長室内の全ての書類だけが黒焦げの炭にされており、丁寧に家具とかに燃え移らないよう処理されていた。また、金庫らしきものは破壊され中身は空っぽ。所長の机の引き出しも、一切合財処分されている状態だった。

「こっちもだ。火事にならないように配慮しながら、ぜーーーんぶ燃やし尽くされてる」

 事務室のほうも同じような惨状らしく、覗いてみると資料の束や本などはその場で燃やされているようで、金属製の本棚全てが真っ黒い灰が盛られている。床も同じように内容が完全に読み取れない、もしくは無地の紙片を残して、あとは全て灰になっている。あまりの丁寧な証拠隠滅に相手は何かを隠したがっているのも窺い知れる。

「焦げの臭いからつい最近やられたぽい」

 そういいながらトールは、奥の先へと続いている廊下に目を向け、溜息をつきながら歩き出し、後に続いた。

 廊下は奥に行くにつれて徐々に薄暗くなり、突き当たりだけが少し明るかった。幅は2人がすれ違えるほど確保されており、右手には森の木々が見える窓ガラスがあるが、暴走した枝葉によって何枚かは割られている。ガラスの破片もそこそこ落ちているために、足元を気にしながら慎重に進んだ。

 途中に仮眠室のようなベッドが数台置かれた部屋があったけど、軽く見て目ぼしいものがないことが分かり、さっさと移動した。

 まっすぐ伸びていた廊下の突き当りを左に曲がると、奥のほうには如何にもと言った鉄製の両開きのドアがあり、手前には右に進める曲がり角がある。

 左手の窓の先には中庭があり、立てて物がコの字型担っていることが分かった。中庭があったため、こちらの廊下も太陽の光が多く差し込んでいる。

「えっと、ド本命ぽそうなヤツは後回しに……」

 ――ズォオオオォン……。

 音は少し遠くから、足元からは地響きのような緩い揺れがあった。

 そして、一人手には動かないであるはずの鉄扉が、錆びた蝶番の甲高い音を立てながら、僅かに動いた。

 本命どころか、もう何かがそこにあることを理解した頭は自然と歩調を速め、ベコベコにゆがんでいる鉄扉をくぐっていた。

 突入した部屋は如何にも研究室という感じで、等間隔に並べられてた長机には、円柱型のガラスの器や、ゴムの管のついたガラス管、円柱の先にきれいな球体がついたガラスの器などが点在しているが、多くは床に飛び散っている。

 また、机や床には何かしらの植物の鉢植えが転がっており、葉が机に残されたガラスの器に入っている液体のような毒々しい色から鮮やかな色まで、斑模様に色づいている。

 ただ、所長室や事務室と明らかに違い、ここにはガラス片や植物に混じって、いくつかの書類や記録帖なども燃やされずに散乱している。

 アレだけ周到な行動だったのに、ここは手付かずの状態なのは、何でだろう……。

「みなさん。あそこです!」

 ネフェさんが指し示した部屋の一番奥には、片開きの異様に膨れ上がった鉄の扉があった。

「そう、みたいです……瘴気が強くなり、ました」

「そして奥に2人、激しく動くヤツらがいるね。あと腐った匂いもヒデェ」

 人間探知機と化している3人が答えを一致させた。

 アタシも夏場のごみ捨て場のような匂いがするとは感じているが、嗅覚の優れているトールならもっと酷い匂いに感じているんだろう……懐から手ぬぐいの様な布を取り出し、口と鼻を覆うように巻きつけた。

「トール」

「何だ?」

「ヒト、なんだな?」

「ああ、確実さ」

「そうか」

 ダインは、トールへの質問を淡々と終えるとカツカツと真っ直ぐ置くの扉へと向かった。

「だ、ダイン!?」

 こちらの呼びかけに対して反応することなく、手は既にドアノブを握ったかと思えば、彼は誰の許可も一切受けないまま、一気に扉を開いた。

 ギィィィィイイイイイイイイイ!!

 扉が異様に膨らんでいた為に蝶番が変形しており、また無理矢理閉められたようだったので、扉が開けられることを拒むようにあの甲高い金属がこすれる音を盛大に発した。

 まるで攻撃されてかのように耳の奥が痛い。

「お、お前、俺を殺す気か!」

 トールはガルムスであるために、嗅覚以外にも聴覚が他の種族より優れている。そのため、この音による痛みはアタシが受けている以上のモノなんだと思う。

「す、すまない……だ、だが、急ぎたいんだ」

 ダインから見えるのはただの焦り……じゃない。

 気がつけば、アタシは彼の隣にいて、腕を掴んでいた。

「みんながいるから、大丈夫」

 やっぱり、彼の腕は震えていた。

 でも、言葉を掛けてからは、震えが止まった。

「……すまない」

 彼の顔を見ようとすると、顔を見られたくないのか、そっぽを向いている。

 アタシはほっとして、腕から手を離すと刀に手をやり、扉の中を覗き込んだ。

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