ep.2 205に拒まれて



 妙なトラブルはあったものの、部長も含め役職はなんとか全て決まり、例の一年生の退部(?)も無事に(?)決まった(?)。


 合宿最終日の夜はサークル員全員参加のコンパが開かれる。お酒は強くないし、飲み会ってなんかダルい。だけど一応、参加はする。――大体そういう時に盛り上がるのって、「その場にいない人間の悪口」だから。


 あたしを合宿に誘ってくれたひよりちゃんが、辺りを見回す。


「やっぱり、崎田くん来てないね」

「崎田くん?」

「ほら、さっきの『やめます』の子、ね」


 「やめます」より「居場所なんて求めてないですから」の方が個人的にはインパクトがあるように感じたけれど、その辺りは割とどうでもいい。


「彼、崎田くんっていうのね」

「そっか、優里乃ずっとアーソナ来てなかったもんね。……いつぶり?」

「えっと……運営学年が終わったあとの合宿には行ったな。そのあともしばらく参加してたから、二年はギリ経ってない」


 大学生活は四年間。そのうちの半分程度は参加していなかったことになる。


「へえ……その間、何してたの」

「就活?」

「他には?」

「まあ、バイトかなあ」


 思えば、白黒な大学生活だった。サークルにどっぷり浸かっていた頃は「真っ黒」で、すっぱりと関係を切ってから今までの時間は、「真っ白」。


 サークルから身を引いたら、それまでに出来なかった事がいっぱいできると思っていた。でも、考えてみればやりたいことなんて無かった。あたしは合唱が好きだったし、何より一番の居場所がアーソナになっていた以上、それを自分から失うのはどう考えてもバカでしかない。――あたしの学生生活、本当にこれで良かったのかな。


 居場所は、必要だ。確かにそう思う。


「バイトといえば思い出したんですけど」


 あたしの向かい側に座っていた一年生の男子が突然話に切り込んでくる。


「崎田って、いつもバイトばっかしてるらしいっすよ」

「ふうん」


 めちゃくちゃどうでも良い。


「あいつ経済学部なんすけど、全然授業にも来てないって。ノートだけ借りてはテスト受けてるとか」


 コミュ強は良いよなあ、と一年の彼は嘆いた。経済学部――じゃあ、あたしと一緒だ。


「大学構内アルバイトも結構やってるらしくて、購買部で買い物したときにあいつがレジやってたの何回か見たんすよ」


 大学内のバイトって時給どれくらいなのかしら。でも大学生活の大半をバイトに回せば、そんなに時給は良くなくてもそれなりに稼げそうだ。少なくとも一・二年生の頃のあたしにはそんな時間的余裕は無かった。


「まあ、それは確かに部長は無理かもね」


 ひよりちゃんが納得したようにつぶやいた。大学有数のブラックサークル、アーソナの部長なんて仕事はバイト漬けで授業にもあまり来ていない人につとまる代物ではない。


「でも、誰かは絶対にやらなきゃいけない仕事を持ちかけられたらやめるだなんて、おかしくないっすか? 集団行動向いてないっていうか」


 おかしいのかもしれない。分からない、あたしはどちらかといえば逃げられなかった人間だったから。でもおかしいといえば、コミュ力の高そうな彼に部長を押し付けようとしたこの子達の姿勢だっておかしいし、そもそもこのサークル自体おかしかった――少なくとも、あたしたちが運営学年だった時は。


「……誰だって、損はしたくないからねえ」


 小さくつぶやいた。誰かはやらなきゃいけない。でも、自分じゃなくても良い。――それなら、どうしてあたしが?


「そうでしょうけど、それなら俺だって会計なんてやりたくなかったっすよ」

「ちょっと、佐藤くん。……優里乃、元会計だから」

「えっ、そうだったんですか……すみませんでした」

「別にそんなことで怒んないけどさ、クソ老害じゃあるまいし」

「優里乃ーっ、毒舌が過ぎるって」


 あたし的にはアーソナの懐事情なんてどうでもいいし、次期会計のモチベーションなんて興味がないけれど、始まる前からこの状態じゃ大分やべえな、こいつ潰れるな。


「ま、せいぜい頑張ってるげな顔をする練習でもしとけば?」


 めちゃくちゃ雑なアドバイスだけ残して席をあとにした。――眠い。今夜は少々飲みすぎたようだ。飲み会は明確な解散はなく一晩中続くのが恒例。疲れたら自分の部屋に帰って寝たら良い。強制的に飲ませたり、コールとかそういうのはない。飲み会に関してだけはちょっとユルいのが救いだ。


 部屋番号205。期せずして、アーソナの部室と同じ。四年女子三人の部屋。ドアノブに手をかけたけれど、抵抗を感じて気づく。鍵かかってんじゃん。確かひよりちゃんが持っていたはず。鍵を受けとり忘れるなんて我ながら相当頭が悪い。


 しゃーない、とつぶやき踵を返す。宴会場まで鍵を受け取りに行くつもりだった、それだけだったはずなのに――


 気づけばあたしは誰かに腕を引っ張られ、知らない部屋に引きずり込まれていた。



「どうも久しぶり……裕太」


 顔を見れば誘拐犯が誰か、なんてすぐに分かる。


「痛いなあ、もう……突然連れ込むなんて強引過ぎじゃん……っ」


 言い終えるや否や、口を塞がれた――裕太の口で。嘘でしょ、二年ぶりの再会で突然のキスとかマジでこいつ頭湧いてる。ウィスキーの味をほんのりと感じながら、あたしは抵抗する。こいつ、酔ってる。めちゃくちゃ酔ってる。酔うと割と手をつけられなくなるこいつの性質を、あたしはよく知っている。


「うちら、もうそういう関係じゃないって。裕太がそう決めたんじゃん」

「あのときの俺は間違ってた」

「いや、知らないけどさ。志歩とはどうなったのよ」

「そんなことどうでも良いだろ。会いたかった」

「私は別に……わっ」


 軽々と身体を持ち上げられ、ベッドまで連れていかれる。どうやらここは男子部屋で、サークルの合宿だというのに今からあたしは元カレにあんなことなこんなことをされてしまうらしい。


「いや、まずいでしょ。誰かに見られたらどーすんのよ」

「鍵閉めたから誰も入ってこねえよ」


 つまり、助けを呼んでも誰も来ない。……ま、そんなもんですよねえ。酔っ払いでもそれくらいしますよねえ。


 裕太の熱い手の感触が、Tシャツの中を滑る。どこかで違和感や嫌悪感を諦めていた。「生理的に無理」って言葉を酔ってぼんやりとした頭の片隅に押しやる。


 今では大嫌いになってしまった感覚、昔は嫌じゃなかった。だから多分耐えられる――


 そう思っていたから、唐突にドアを強く叩く音が聞こえたとき、反射的に裕太を蹴り飛ばしていた自分に驚いたのだ。

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