第1楽章

ep.1 4女、老害面晒しに来た

 ❄ ❄ ❄


「え、マジで言ってんのそれ。じゃあ俺、ここやめるわ」


 コツコツ貯めたバイト代をはたいて老害面ろうがいづら晒してまでのこのこやって来た甲斐有りましたよ。お陰で滅多に見られない修羅場に遭遇しております、美味しい美味しい。





「大学生活も最後だしさ、思い出作ろうよ」


 一週間前、就活も終わり、卒論のないゼミに所属していた暇なあたしの元に一通のLINEが届いたのだけれど、正直言ってこの子バカなんじゃないの? って思った。LINEの送り主は同じ合唱サークル『Urthonaアーソナ』に所属している同学年の女子・ひよりちゃんなんだけど、どうしてそれをあたしに言ってくるのかなあ、なんて。


「そっちが行くなら、うちも行こうかな」


 この期に及んで全く無意味に媚びたメッセージを返しつつ、あたしはため息をついた。多分、嬉しかったのだ。自分という存在が忘れられていなかった、ただそれだけのことが。


 そして気づく。――会計兼副部長代理なんていう訳の分からない立場に立っていた人間が忘れ去られるはずかなかった、と。


 いずれにせよ上手いこと乗せられてしまったあたしは今こうして二年ぶりにサークルの秋合宿にやってきたのだ。


優里乃ゆりの、雰囲気変わった、大人っぽくなったね」

「結局どこに就職することになったの? 都庁職員? 将来安泰じゃん、すごい」


 二年ぶりに姿を現したあたしの事が物珍しかったのか数人の同級生が声をかけてきたけれど、ありがとう、そんなことないよ、と無難で意味のない言葉を繰り返しその場を諫めた。四年の老害が注目を浴びるなんていうみっともない事態は避けたい。


 今回の合宿の「主人公」は、三つ下の学年。すっかり大学生活に慣れてきた一年生たちだ。現在、大学祭を目前に控えている。サークルの運営学年は大学祭終了と同時に引き継がれるのだ。部長、副部長、会計、広報、新歓担当――数え上げるとキリのないほどの役職を彼らに振り分ける。秋合宿の目的はそこに有ったりする。


 それで、冒頭の事態。


 一年生の中でなんかちょっと目立っとるな、こいつよく喋るな、と思っていた男子が案の定部長を押し付けられそうになって、そしたらその男子が「サークルやめる」なんて言い出したから軽く修羅場になっている。


 180cmくらい有りそうな高身長、整った顔立ち、絶妙にチャラくて綺麗めな服装、なのに髪の毛は染めていない。ついさっきまで朗らかに喋っていたくせに突然飛び出した「やめる」発言。なんというか、超絶ギャップ人間だな、なんて思ったりする。


「ちょっと、優里乃。中に入ってよ」


 一緒に運営やってた頃は副部長だった志歩しほに押され、よろめく。老害がうろちょろしても気分悪いだろうな、なんて思って部屋の外から傍観していたあたしは期せずして話し合いのお部屋に身体を滑り込ませてしまった。


 そんで、くだんの一年生と視線がコンニチハしてしまったわけ。


「ど、どうも」


 不必要な時に限ってよく通るあたしの声。控えめに抑えるはずだった挨拶に、一年生たちは一斉に頭を下げる。――こんなの、まるで「お局様」じゃん。


 ま、そりゃそうか。


 自分がいずれは「四女」と呼ばれる立場になるなんて思ってもみなかった。一年生――あたしが「一女」と呼ばれていた頃、四年生の先輩が怖かったのをよく覚えている。当時はまだサークルの運営のことなんてこれっぽっちも分かっていなかったけれど、一つ上の先輩方が彼らに叱られているのを盗み見たりして怯えていた。明日は我が身、と。


「じゃ、俺戻るから。――すみません、そこ通ります」


 先程の男子が筆記用具とプリントを手に取り立ち上がる。あたしと志歩の間を割って通ろうとする彼は、あまり「一年生」には見えなかった。


 ……で、自分でも本当に意味が分からないんだけど。


「籍は外さないことをお勧めする」

「え?」

「休部状態にしておけば良いんじゃない?大丈夫、半年間一切練習やイベントに参加しなければそのタームの 部費は徴収されないから」


 何を言っているのだろう、あたしは。一年生のそいつも不思議そうな顔をしてあたしの事を見下ろしていた。


「ちょっと優里乃、元会計としてそれはどうなのよ」

「ほんとそれな」


 志歩にたしなめられたけれど、ウィンクひとつに指パッチン、適当に同意を示す。


「でも、わざわざ自分で自分の居場所をなくす必要もないかって思って。最後の砦を残しておくのも悪くはない気がする」

「……それって」


 志歩が言いよどむ。そうだよ、あたしの事。あたし自身の事なんだ。


「都合のいい――」

「あー、はい、すみません」


 志歩の言葉を遮り、は大声を出す。



「もう決めたことなんで。やめます、俺。その分部費収入が減るとか俺にとってはどうでも良いことですし、そこに口を挟むのはやめてください。それに、別に居場所なんて求めてないですから」


 すげえ尖ってるな、おい。脇をすり抜けていく彼の後ろ姿に向かって小さく呟いた。



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