ep.3 起死回生の号外HR


「痛えなあ、もう」

「あ……ごめん」


 なぜあたしは謝っているのだろう。とりあえず乱れた服をととのえ、ベッドから立ち上がる。裕太は裕太で蹴飛ばされた肩をさすりながら、はいはい、と不機嫌な声で返事をしドアを開けた。


「……」


 謎の沈黙。そこにいるのは、誰?


「あ」


 居場所要らない人だ。髪の毛は濡れていて、肩にはタオルがかかっている。飲み会すっぽかして今ごろお風呂入ってたんだ。ってかあなた、よく見るとめちゃくちゃカッコいいね?ってか今の格好めちゃくちゃナイス、エロい。


「……ええっと、一男部屋にどうして先輩方がいらっしゃるんですか」


 居場所の要らない一年生――崎田くんが首をかしげる。まあ、訊きますよねえ。ってかここ、一男部屋だったの?マジか。元カレ、バカか。


「ちょっとだけ、優里乃に用があって……」


 裕太がしどろもどろになりながら答える。まあ、あながち間違ってはいない。「用(意味深)」ってやつ。


「いやあ、うちは突然こいつにこの部屋に引きずり込まれただけだから……」

「おい」


 裕太にたしなめられ、あたしは舌を出す。崎田くんはというと、クソみたいな酔っ払い二人を冷たい目で見下ろしている。そりゃそうだ、サークルの合宿中に他人の部屋で不純異性交遊を働く老害二人組なんて、ゴミにも満たない。


「ごめんね、今出てくよ」


 あたしは勝手にそう告げた。裕太と崎田くんの横をすり抜け廊下に出る。裕太も慌てたようにそれに続く。背後でドアが閉まる音がした。崎田くんの呆れた顔が、脳裏にこびりついて剥がれない。余裕ぶって見せているけれど、正直めちゃくちゃ恥ずかしい。こんなの、他のサークル員に伝わったら――


「おい、優里乃」

「うるさいだまれ。指一本でも触れたら殺す」

「……さっきは悪かったよ、俺も酔ってたし」


 酔っていれば何しても良いって言うんですかあ? 本当に勝手なやつだ、今も二年前も。大股で歩き出す。とりあえず、宴会場に戻ろう。


「志歩とは別れたんだ」

「えー、残念ね」

「俺たち、やり直せたり」

「しない」


 ですよねえ、と裕太は項垂れた。人をなんだと思ってんだ。


「優里乃さあ、なんか変わったよな」

「分かる? さっすがカレ。あのね、髪色変えたんだ。二年前はココアブラウンにしてたんだけど今はね、寒色系のアッシュ。大人っぽさを目指して――」

「そうじゃなくて」


 呆れたように笑われる。


「正直になったよな、良くも悪くも」


 だって、そうするって決めたんだ。


「自分の心に嘘ついたって、損するばかりですから」

「損、ねえ」


 裕太は自分の顎に手を当てた。


「優里乃は俺と付き合って、損したと思う?」

「めちゃくちゃ損した。時間の無駄だったと思う」


 そう言ってしまってから、勝手に落ち込んだ。――アーソナにいた時間は、やっぱり無駄だったんだ。その後の二年間も無駄だったのだとしたらあたしの大学生活は、本当になんだったのだろう。


「まー、本当に損得だけで世界が回ってるんだったらお前みたいな冷静なやつが一番幸せになるんだろうよ」


 元カレが酔った勢いで発した妙な捨て台詞をBGMに、あたしはズンズンと前に進んだ。――見てろよ。



 世界は損得で回っている。あの二年間で私はちゃんとその事に気づけたのだ。あたしはもう、絶対に損なんてしない。そして起死回生の場外ホームランを打ってやるんだ。


 学生生活、残り5ヶ月。アーソナの秋合宿で、あたしは最後の悪あがきを決意するのだった。

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