012.「騒音の中で」

 昼飯に選んだのは『スキヤキボウル』なるメニューが自慢のレストラン……というか定食屋で、ほんの一分と少し待っていたら出てきたのは、見まごう事なき牛丼だった。

 乗っている肉はほんのり甘めかつ醤油味のたれで煮込まれ、わずかに食感を残した玉葱にも味が染みている。ご飯と肉は三対一の割合で盛られ、当然あつあつな上に温玉まで乗っていた。これで、底の深い皿じゃなくて丼に入っていたら牛丼以外の何物でもない。

 だが付け合わせの『ツケモノ』と称した葉野菜のピクルス、てめーはだめだ。

 何故酢の味がする。何故鷹の爪を入れない。何故白菜じゃなくてホウレン草……! 許せん、俺が食いたかったのは糠にしっかりと漬かった滋味溢れる白菜漬けだ。こんな緑黄色野菜のビネガー漬けは求めていない、っていうかアクが強い野菜をピクルスにするとか人を殺す気か。

 今まで食事については何の文句もなく食えてきたけど、今日だけは我慢できなかった。野菜を無駄にするやつは、クワに割られて死んじまえ。


「というわけですよ」

『ユートは食事にうるさい人ですね』


 結婚相手は苦労しますね、とエミィは嘆息しつつ言う。そんな先のことなんて気にしてられません。

 さて、俺は今、トキハマを放射線状に伸びる高架を進むモノレールの中だ。緩い楕円形をしたトキハマは、縦横と斜めの四本、それに外周部と中間部に環状線が二本走っている。そのうち、南側に向かうモノレールが今の進行方向。どこに向かっているかと言えば。


「お色直しをしたアンダイナスとは初対面だな」

『……私は以前の機体色の方が好みだったのですが』

「目立たないように、って心遣いなんだから、有難く思っておこうよ。ほとぼりが冷めたら戻してもいいし」


 あの戦闘の後、レイルズの機転で移送された、アンダイナスの保管先である工房に向かっている。

 工房の正しい名前は、カドマ・ハンティング・ファクトリーというらしい。名前の通り、バグハント関係専門なんだろう。


「エミィは、カメラそっちから中は見てるよね? どんな感じなの、工房って」

『もうハンガーの中に収まっていますし、シャッターが閉められていますから、中の様子はあまり。それに、昼夜を問わず音がしてゆっくりできないので、外部からの入力は全て切っています』


 そう述べる声は、若干辟易としている。リムなんてでかい物を扱う以上は騒音もそりゃあ盛大に響き渡っているんだろう。

 対して、俺が乗るモノレールは静かなもんだ。内装は俺が知る電車と大差ない感じだけど、何か違うと思ったら、座っていると眠気を誘ってくれる車輪の音が何もしない。


「こっちは逆に静かすぎて落ち着かないな」

『常温超伝導ラインの上を滑走していますから。摩擦が無ければ騒音も出ないので、都市部の移動手段にはよく使われています』


 ここでも未来を感じた。リニアモーターカーなんて、乗るのはまだまだ先だと思ってたんだけどな。


 ◆◆◆


 トキハマは、小さな湾に面した高さ100メートル弱の上げ底の中に、五つの階層を持っている。一番下が陸港があり、またバグ接近時に備えて居住者がいない(ことになっている)基礎層ベースレイヤー。そこから順に、基盤層インフラレイヤー工業区画層ファクトリーレイヤー商業区画層コマースレイヤー居住区画層レジデンスレイヤーが重なる。居住区画は、階層の露天とその下の地下に分かれていて、高額所得者は露天側に集中する。これらが、直径5kmほどのトキハマの全てだ。

 階層の厚さは種類ごとに異なるけど、そのうち戦闘用リムも含めた大型リムの往来を念頭に置き、30メートルを確保した階層が二つある。それが、基礎層と工業区画層。

 第二層から第五層までは、都市内の各所に配置されたエレベーターで上下間の移動ができるようになっている。また、リムについては第一層から第三層までを貫く大型のものが用意されている。俺達が目指している工房は、その第三層にあるわけなんだけど。

 モノレールの駅を降り、見つけたエレベーターに乗り込んで降り立った第三層。それは、有り体に言ってしまえば戦場だった。

 30メートルと言葉で言ってしまえば簡単だけど、実際に見ればかなり高い。その上、大型リムが縦横に動き回るため、軒を連ねる工房もその間を走る通路も、大きさはかなりのもの。そこを建築物のような大きさのリムが轟音を立てて歩き回り、そこかしこでは職人とリムのドライバーが足音に負けじと大声で話し合う。


 ---おいてめぇ三日前に預けたうちの虎の子はまだ仕上がンねぇのかざけんな足の交換なんざ一日だろうがおううちの弟子がそっちの若ェのに世話になったらしいなやめてくださいよ親方ただ飲み屋で口喧嘩しただけですよう廃品回収はミクニヤミクニヤにご用命をシラサギ亭のサリーちゃんが明日店を上がるって話は聞いたか本当かよし今夜行くぞ待てお前給料日まで金が無ェって、


「……こりゃ凄い」

『ご理解頂けましたか』


 入院してからというもの、エミィとは四六時中と言ってもいいくらいに端末で話してたけど(お陰で着々と未来ここの常識も身に付いてきてる)、その理由もこうして今彼女がいる場所を実際に目にすれば理解できるというものだ。てっきりリム整備の音だけと思っていたけど、人がいればその話し声も凄い。耳栓が欲しくなるレベルだ。


「で、どう行けばいいの、これ」

『こちらの座標は特定しているのですが、肝心のユートの位置が屋内なので正確に特定できません。降りた場所からおおまかには把握出来ているのですが』

「その弱点は変わらないわけね……」


 スマートフォンのナビアプリが地下では役立たずなのと同じだろう。仕方なく看板なんかの目印は無いかと周囲を見回すと、


「——おい、そこの若いの! そんなとこ突っ立ってると踏み潰されるぞ!」


 すぐ横、1メートルもない距離にリムの足が、どがん、という音を立てながら床を踏み締める。って危ないなおい!


「往来で突っ立ってるんじゃないよ。歩道あるだろ、歩道」


 見上げれば、輸送用らしい六本脚ヘキサリムの操縦席から身を乗り出してこちらを見下ろし、顎で通路の隅を指す男が見えた。短く刈った髪に目つきの悪い顔、しかし粗野な感じは受けても不思議と悪印象はない。今の言葉が、乱暴ながらもこちらを案じた注意だから、というのもあるかもしれない。

 顎がしゃくられた方を見れば、白いラインで通路の端が区切られているのが見える。縦横無人に人が行き交っていたから気付かなかったが、それがここの安全通路扱いになっているらしい。


「すみません、ちょっと工房を探してたところで」

「工房? 見物人じゃないのか、お使いか?」


 お上りさんのように辺りを見回す姿からか、それとも作業着を着た人たちばかりの中で俺の服装が目立つからか、はたまた俺が若すぎるからか。

 どうも俺がリムに乗る人間だとは思われていないらしい。


「ちょっとリムの様子を見に行くとこなんです。カドマ・ハンティング・ファクトリーってとこなんですけど」

「KHFって、ゴリッゴリの戦闘系じゃないか。なら、陸港直通ベーターの近くだから、ここから結構歩くぞ」

「え、でもここの真下が南の陸港なんじゃ」

「知らないのか? 荷下ろし場はそうだけどな、停泊とメンテ用のゲートは離れてるんだよ」


 南側ゲート、という話だけ聞いて、真っ正直にその通りに来てしまったのが良くなかったようだ。


「教えてくれよなあ……」

『何も聞かずに降りていったのはユートじゃないですか。てっきり知っているものかと』


 呆れた声を出すエミィ。こっちは初めて来る土地なのに知るわけがない。


『私も何でも知っているわけではありませんよ』


 そう言われては、頼り切りの俺は何も言えない。途方に暮れて再度周囲を見渡すと、端末相手に話していた俺を不憫に思ったか、男が再び声を掛けてくる。


「その分だと迷子になりかねないな。乗って行け、こっちもゲートから外行くところだ」


 苦笑しながら脚を畳み、リムを乗り込める高さに降ろしてくれた男は、俺の目にはそれはそれはいい男に見えたのだった。


 ◆◆◆


「KHFにリムを見に行くってことは、お前さん蟲狩りバグハンターか。大変だな、若いってのに」


 そう言いながら、男は往来を見境なく歩く人達を器用に避けるよう操縦する。手捌き足捌きは俺の拙いものとは比べるべくもない、熟練した流れるようなもの。一週間前の俺の操作なんて、機体スペックにあぐらをかいた力技だったんだと思い知らされる。

 俺はといえば、男の座るシートの横に備え付けられた小さな補助シートに、体を折り曲げるように座っている。荷物室に積み込み切れなかったのか、生活用品やら食料やらが雑多に積まれていたスペースを、何とか男が空けてくれたのだ。贅沢を言ってはいけない、この席は親切で用意されたものなのだから。ちょっと魚臭いけど。


「ええ、まあ……。その、大変なんすか、バグハントって」


 間の抜けた質問だったんだろう、尋ねると男は口をへの字に曲げて苦い顔だ。


「なんだ、ルーキーか。悪いこと言わないから止めとけ。バグハントなんて実入りはいいが、三年生きてられれば御の字だって言うしな。狩りに行くのか狩られに行くのか、わかったもんじゃない」


 思った以上に、バグハンターって仕事は厳しいものらしい。エミィとアンダイナスなんていう反則技チートが無ければ、俺なんて即座に棺桶に、いやそのための亡骸すら残らないんだろう。


「まぁ、事情があるんで」

「込み入った話は聞かないが、戦闘用リムなんて、売り払えば一財産じゃないか。そんで真っ当な仕事でも探す方がいいぞ。さもないと、俺みたいになる」


 諭すように言う男の言葉と、また先ほどから途切れない操作技術に、得心がいく。


「もしかして、おじさん」

「おじさんって呼ぶなよ、これでもまだ三十五だ。 ……調子に乗って大物狙って、返り討ちだ。リムだけやられて俺は五体満足だからな、贅沢は言んが」


 借金こさえて今は開拓村暮らしさ、と笑う顔は、どこかほっとしているような、ようやく怖いものから逃れることができたような。

 あの日の最後の光景が蘇る。突然現れた、小山ほどもあるバグ。動かない体と機体。叫ぼうにも声が出ない。もしかしたら、この人も、そんな。


「説教臭いこと言ってしまったな。ま、死なない程度に頑張ればいい……お、そこだ。表に看板出してあるだろ」


 指さす方を見れば、確かに見える。大きくKHFと縁取られたネオンの、……けばけばしい看板だ。ムラサキ通りを思い出す。

 若干引き気味になってしまったけど、とりあえず目的地はあれだ。げんなりしながら見ていると、リムの高さが下がっていく。


「ありがとうございます、助かりました」

「構わないよ、持ちつ持たれつって言うしな。俺はミツフサ開拓村の、フジワラだ。近くで狩りでもする時は寄ってくれ」

「ジュートです。わかりました、是非」


 そうして別れを告げ、リム用エレベーターに乗り込む姿を見送る。機体後方にマーキングされた狼のシルエットは、彼がバグハントをしていた頃の名残だろうか、呑気な図体には似付かわしくないな、と思った。


『開拓村は、周囲にバグがあまりいない、安全と判断された場所に作られるそうです。ただ、中核都市や衛星都市に比べればずっと危険なので、立ち寄った蟲狩りバグハンターは歓迎されることが多いと』


 エレベーターのゲートが閉まると、エミィがそんなことを教えてくれる。俺に言えることは、もう一つしかない。


「復帰したら、先ずはミツフサ行きだな」

『はい』


 そんな話を聞かされたら、行かないわけにはいかないじゃないか。


 ◆◆◆


「おう、お前さんあれアンダイナスのドライバーかい」


 来訪した俺を迎え入れた、白髪が混じった総髪の男が、先導しながら声を掛けてくる。

 けばけばしい看板と工房のでかい扉を前にして、どうやって中に入ったものかと思ったのも束の間、すぐ横にあるガラス製のドアからひょっこりと顔を出したのがこの人だった。入んな、とだけ告げたきり何も言わずに中を進み、今はバラされたリムのパーツらしい足が吊され、工作用らしい機械がそこかしこに置かれ、ツナギを着た他の整備士らしい人たちが慌ただしく行き交う、建物奥の巨大な部屋の真ん中を突っ切っている。


「あ、はい。ジュート=コーウェンです。……あの、まだ自己紹介してませんでしたよね?」

「レイルズの奴から話は聞いてるよ。えらく若いのが来るって聞いてたからな」


 見るからに、職人気質、という風体の人だ。来ている作務衣と髪型のせいで、リムの整備士というよりは刀鍛冶と言われた方が余程しっくりくる。


「ここだ。今、うちのせがれが中にいる。……おい、ゲン! 客だ」


 辿り着いたのは、部屋の一番奥、三つ並んだこれも巨大なシャッターのうち、右側。通用口らしい扉が有るのにそこまで行かず、どでかい声で男が呼び掛ける。そういや名前聞いてなかったな。まぁ、どうやらこの人がカドマさんって人なんだろうけど。


「あの、カドマさん」

「ソウテツだ。カドマはここに何人もいるからな」


 じろりと、初めて俺の方を見ながらカドマ……ソウテツが言った。こええ。


「心配いらねぇよ、お前さんのリムはしっかり仕上げてある」


 がしゃ、と折り重なっていたシャッターが動き始める音が響き、ゆっくりと天井の方に巻き上げられていく。奥にあるはずのアンダイナスは、しかし黒く塗装されたからか、闇の中で未だに見えてこない。

 そのうち、部屋の中の灯りに照らされ、人影があることに気付いた。あれが、ソウテツの息子という……

 そこで。

 ムラサキ通りで得た、嫌な予感が的中したことを悟る。


「よお。お前さんがジュートってやつか。ここで整備士やってるゲンイチロウだ、宜しく……どうした?」


 姿を現した男が口上を述べ、しかし途中で止まる。そりゃそうだろう、我ながら凄い顔をしている自信がある。初対面の人に対してする顔じゃない、それはわかるが許して欲しい。

 何しろ現れたこの男、ゲンイチロウだったか、鱗模様の濃い灰色の小袖に袴、頭は癖の強い長髪を頭頂部の少し後ろで一本に結わえ、足下は雪駄履き、つまり。


「ここで……ここで出てくるか、リアルサムライ」

「おっ、解るクチだな!」


 笑顔でリアルサムライことゲンイチロウがサムズアップ。濃い顔にきりっと太い眉の男らしい面立ちに、やけに似合うのが腹立たしい。そして、あまりにベタなその姿に、俺は脱力するしか無い。

 考えてみれば、ソウテツからして服がそれっぽいから、予想はしておくべきだった。ただ、リムの整備工房での出現はあまりにも予想外に過ぎる。

 だが、ソウテツさんによるとアンダイナスの整備をしたのはこの人だ。やっぱり、礼は言っておくべきだろう……と気を取り直し、改めて向き直る。


「……ジュート=コーウェンです。挨拶に伺うのが遅れてすみません。あと、整備の方ありがとうございます、ほんと助かります」

「畏まることねぇよ。大体入院してたって話だろ、そんじゃ仕方ねぇ」


 差し出された手に握手で応えると、その手は思った以上に分厚くて力強い。見た目の印象が強すぎたけど、悪い人じゃなさそうだった。


「俺もここじゃ若手だからよ、改まった口調はよしてくれや。とりあえず出来映え見てくれ、細けぇ話はその後だ」

「わかりました」

「あん?」

「……わかった」


 若いと言っても十歳くらいは年上に見えるからタメ口は遠慮しておいたら、どうやら本当に苦手らしい。言い直すと途端に笑顔になり、親指で開ききったシャッターの奥を指す。

 アンダイナスは、その印象を大きく変えていた。塗装し直して黒地に赤いラインが目立つ姿になり、見た目のゴツさもさらに増したように思う。ちなみに腕の傷は、どうやら上から継ぎ当てて塞いだらしいけど、塗装のお陰でそれほど目立つことはない。


「塞いだ穴だけどよ、どうやら電装系の一部も持って行かれてたみたいでな。見立てた感じ、マニピュレーターと手首んとこの電磁コイルだ。試運転は忘れずにやってくれや」


 抉り取られたにしては、それだけ繋ぎ直せば問題ない程度の被害で済んだらしい。


「結構大きくやられてたから、もう少し他にも不具合出てそうなもんだけど」

「腕の装甲から下は中空構造っぽくてな。あれ、コイルガンに使うんだろ? 取り回しを軽くする目的もあるんじゃねぇか」


 砲身の保護と、腕として扱う際の構造的強化のために、敢えて太くハリボテのように外装で覆ってるような節がある、とのことだった。中までみっちりと詰めてしまうと重くなり容易く振り回せなくなるから、中身をなるべくスカスカにして出来るだけ軽くなるようにしているんだろう。


「他は特に問題なし?」

「おう。関節部で噛んでた砂を落としたのと、目に見える範囲でスラッジ化してたオイルの交換くらいで、他は綺麗なもんだ。……この程度の損害で、よくも二桁数のクラス3を蹴散らしたり出来たもんだ」


 スラッジっていうのは、劣化したオイルが砂埃や他の細かいごみと混ざり合って固着した物のことだ。自転車整備でもよく使う言葉だから、これはよくわかる。放置しておくと、可動部が重くなったり、酷くなると部材が削れたりするのだ。

 そして当然といえば当然だけど、運び込まれたタイミングや元の色から、こいつが何をやらかした機体なのかは自明だった。

 しばらくここで世話になりそうだし、ついでに聞いてしまうか。


「レイルズからは、何て聞いてんの? その、こいつアンダイナスのこととか、俺のこととか」

「客の詮索はしねぇことにしてるんだ。聞いてるのは、えらく若いのが取りに来るってのと、この……アンダイナスか、こいつについては他言無用ってくらいだな」

「助かる。ちょっと、まぁ……事情もあるから」

「とは言え、リム整備なんて仕事だとよ、触るモンの素性は調べないわけにゃいかねぇ。レイルズんとこで作った長期稼働評価試験機だって? 見え透いた嘘つきやがってまぁ」


 小袖の懐から端末を取り出して、ゲンイチロウが苦笑いしながらぼやく。表示しているのはアンダイナスの機体諸元スペックシートのようだ。出所はちらっと見ただけで察しが付いた。


 ---所有者:レイルズ商会 型番:N/A 種別:戦闘用(長期稼働評価試験機) 識別名:UNDINAS


「やっぱ、触ればそういうのって分かるもんなの?」

「ちょいと見たくらいなら誤魔化せるだろうけどよ。ガワはともかく中身はブラックボックス化されてやがるし、スペックシートは一見正しそうで全くの出鱈目、大体エネルギーソースのラインが見当もつかねぇ。ボンボンが道楽に作ったにしちゃ過ぎた代物だ。こんなもん、ウチ以外に持ち込んだら大騒動にならぁ。大体、整備するってのにコントロールシートに入れねぇってどうなってんだ。お陰で見て呉れだけしか触れねぇ。こっちは掃除屋じゃねぇんだぞ」


 憤懣やるかたなしという風情で、ぼやきは止まらない。さっきのフジワラさんの反応から察すると、この工房は相当に名が知れているようだから、矜恃もあるだろうに変な仕事を押し付けられれば鬱憤も溜まるという物だろう。

 シャツの胸ポケットから端末を取り出し、そっとエミィに呼び掛ける。


「……なんで操縦席に入れてやんないの?」

『女子の私室に、見ず知らずの男を易々と入れたくはありません』


 私室扱いなんだ。じゃあ、そこで三日間過ごした俺はどうなるんだ。


「中に入れたくないのはわかったけどさ。せめて、少しくらいは事情の説明とかしてあげた方がいいと思うんだけど」

『あまり気乗りしませんね。レイルズは最初から事情に通じていましたが、一般の生体人に電脳人こちらの話を持ち出すと無用なトラブルを起こしかねません』


 エミィの懸念は理解出来る。しかし、これについては俺にも考えがある。


「でも、アンダイナスの預け先で不審に思われたままってのも良くないだろ? 俺達がこの辺で活動しやすくするためにも、協力者を作っておいた方がいいんじゃないかって」

『……まぁ、一理ありますね』


 もう少し説得に手間がかかると思ったけど、珍しくエミィもあっさりと納得してくれた。

 そうと決まれば。


「あのさ、ゲンイチロウさん」

「ゲンでいい。……なんだ?」

「少し静かなところで話したいんだけど」


 暗に人が居ないところで話がしたいと持ちかけると、ゲンイチロウは少しばかり考える素振りを見せてから、何時の間にか部屋の中心に行っていたソウテツに大声で呼び掛ける。


「親父! 応接室は空いてたよなぁ!」

「おう、使いな。後でサツキに茶でも持って行かせる」


 間断なく工具の音が響き渡る室内で、しかし二人の声はよく通る。ソウテツに至っては、張り上げてるわけでも無いのに聞こえるのは、一体どういう声の出し方をしているのか。


「こっちだ」


 とだけ告げ、ゲンイチロウが歩き出し。


 後を追いながら、俺は何から話すべきかを考え始めた。

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