013.「孤独にならない歩き方」

電脳人バイナルが作ったリムだ? テメェふざけてんのか?」


 結論から言おう。

 俺の説明は大失敗に終わった。

 通された場所は、どうやら事務スペース内で応接用に備えられた一角らしい。レイルズのリムで通された部屋に比べればだいぶ庶民的、というか、パーティションで区切られへたったソファと安っぽいガラステーブルの置かれたこれは、応接室と呼んで良い物か。俺は上座側にある二人がけのソファの上で身を縮め、対するゲンイチロウは肘掛け付きの一人用ソファに座る。

 面と向かい合い、機体の素性について打ち明けたいと告げたとき、ゲンイチロウはいたく興味を引かれた様子で、これなら話を聞いてくれると調子に乗った俺も悪かった。しかし、俺がアンダイナスに乗り込むことになった経緯を話し始めた辺りで、ゲンイチロウの顔に浮かんだのはあからさまな不機嫌。とはいえそこで話を止めるわけにもいかず、街道でレイルズと話した時の下りに差し掛かったところで怒りが爆発。

 そして今に至る。


「それに何だ、三千年前からやって来た? 馬鹿にしてんのか? お前な、嘘吐くにしてももうちょいマシな嘘にしとけよ。駆け出し小説家の三文話の方がまだ出来がいいってもんだ」


 それについては面目次第も無い。語る俺自身、現実感の欠片も無い話だなとは思っていた。でも事実なんだから仕方ないじゃないか。俺悪くない!


『……全てを馬鹿正直に言う人がいますか』


 耳元に付けた小型ヘッドセットからも、呆れた声が聞こえてくる。穴があったら入りたい気分。

 とはいえ俯いて怒りの声を聞き続けるというわけにもいかず、顔を上げればゲンイチロウは話す気すら無くしたのか、片胡座に頬杖突いて明後日の方を見ている。


「……ゲンさんも、アンダイナスが普通の機体じゃないって言ってただろ」


 ぼそりと呟いた空しい抗弁に、しかしゲンイチロウはこう返す。


「あのな、限度ってもんがあるんだよ。確かにワケ分かんねぇ機体だけどな、あれっくらいならフルネイチャーメイドだったら何とでもなるってんだ。デトリンクで作られた試作機なんざ、一晩で三桁潰したって話だってある。噂話レベルなら、碧の巨像ブルージャイアントってのもあるしな。そいつの同型って言われりゃまだ納得も出来るけどよ」


「ブルージャイアントって、名前だけは聞いたことあるな」

「知らねぇのか、蟲狩りバグハンターの間じゃ有名だぞ。ファルテナ近郊で、グレイブディガーって銘付きネームドのバグ相手に単機でバトってたって話だ。まぁグレイブディガーは結局今もいるし、クラス4相手に単機って時点で眉唾だけどな」


 世の中、上には上がいるってことだ。井の中の蛙、大海を知って赤っ恥。


「大体、電脳人バイナルっつったらバグどもの生みの親じゃねぇか。そんなのが作ったリムならよ、もっとこう、ドギャーンって感じのバリバリに凄ぇのに決まってる」

「語彙力少な!」

「うるっせほっとけ!」


 思わず突っ込んでしまった。が、話の中で気になる言葉が出て来た。


電脳人バイナルがバグの生みの親、ってどういうこと?」

「なんだよ、あんな法螺吹いたくせにそれも知らねぇのか。眉唾物の与太話だぞ」

「あんな法螺話して、その上質問ばっかりでごめん。でも、聞きたい」

「……しょうもねぇ話だぞ。あのな、そもそもバグってやつぁ何のためにいるかって話だ」


 ——バグとは何なのか。


 それは、この世界に生きる人なら誰でも一度は疑問に思うことだ。

 無数の物量で大地に蔓延り、およそ人間には作れない高度な機構を持ち、しかし知能は低い。人を襲う個体も数多い一方で、群れを作って人里を襲う例は稀。個体によっては、近くに生物が居ても無関心に土を掘り返したり、一心不乱に土壌を捕食してはアルカリ化して排泄したり、金属資源ばかりを好んで捕食する種もいる。

 しかし、機械は機械だ。それを作った存在がどこかにいる、そのはずなのだが、生産施設にしても一向に見付けることは出来ない。一体どこからやって来るのか、何の目的で作られたのか、それは研究者がいくらフィールドワークを行おうが解明されないまま。


 「ただな、こんな話があんだよ。俺達がいるこの『大陸』の外側、別の場所に、とんでもねぇ広さの森や草原が広がってて、それを作ったのがバグどもだっつーな」

「ってことは、バグはつまり、自然環境の再生をするためにいるってこと?」

「ああ。で、バグどもを動かすために電脳人バイナルってやつらが、ハニカムの塊の中に住んでるっつー話だ。与太話だよ。大体、どうやって他の大陸に行けってんだ」


 航空機械は容易く撃墜され、遠洋には海棲型のバグが蔓延るこの世界で、大陸の外ってものは行こうとしても行けるものではないらしい。

 そして、話を聞いてる間にようやく、俺の話が法螺話と一笑される理由もわかった。話が大きすぎるんだ。アンダイナスなんていうまだ理解し易い存在と比べて、バグやそれに纏わる事象は全て、彼らの理解のずっと外側にある。


「ま、話はこれで終わりだ。とりあえず金を払ううちは、お前は客だ。他言無用と言われた以上は、銀の背中シルバーバックがここにある、なんてこと触れ回ったりもしねぇよ。さっきの話もいい暇つぶしだと思っておいてやる」

「……ごめん。無駄な時間取らせた」

「ったくよぉ、他でこんな話すんなよ? 頭おかしいヤツだと思われて爪弾きモンになるからよ……ん?」


 ゲンイチロウの言葉が途切れたのは、部屋にノックの音が響いたからだ。間もなく扉が開き……、

 そこで。

 嫌な予感フラグがもう一つ残っていたことを思い出した。


「ただいま兄ちゃん! あとお茶持って来たよ! いっやー、バイト長引いちゃってさ、観光客ってのはどうしてこう……どしたの?」


 盆の上に湯気の立つ湯呑みを乗せて登場した女の言葉が、しかし途中で止まる。そりゃそうだろう、我ながら脱力しきっているのがわかる。人が来たところでする態度じゃない、それはわかるが許して欲しい。

 何しろ現れたこの女、ソウテツの話に依ればサツキだったか、濃紺色の忍装束に鎖帷子を中に着込み、頭は鉢金を巻いたポニーテール、足下は足袋の上に草鞋履き、つまり。


「忘れてた、リアルニンジャ……クノイチか」

「あれ、お客さんもニンジャ好き? いやー、トキハマならサムライとニンジャなんて誰が言い出したんだろうね、お陰で毎日ショーも超満員で」

「お前な、バイトの衣装着たまま帰ってくんなっつってんだろ」

「だってこの格好だと面白いんだもん。声掛けられて『カトンノジュツやってくれ』っ、とかさ、あっははー。出せるわけ無いじゃんね? 大体兄ちゃんだって、鍜治打の衣装のまんまじゃん」

「俺はいいんだよ、外で着るわけじゃねぇ」


 威張るサムライと、テーブルの上にお茶を置いて回るクノイチ。空気は一気に弛緩し、俺は勧められるままに湯呑みを口に運ぶ。

 入っていたのはコーヒーだった。


 ◆◆◆


 『大潮丸』と看板の掲げられた料理店は、居住区画層レジデンスレイヤー露天側の南、サクラダ通りストリートの一角にある。木造の外観は渋みを感じさせ、ムラサキ通りストリートのような派手派手しさは無い。看板の文字も、毛筆の落ち着いた書体。


 掲げられたメニューは、刺身の舟盛りや冷や奴、煮付けに卵焼きと純和風。和食に餓えた俺にとって、懐かしさが溢れるラインナップの数々だ。何これ超嬉しい。


「ちょ、ゲンさん、ここ茶碗蒸しまである!」

「穴場なんだ、この店は。安くて美味ぇ」

「ジュート君、そんなにニホン食好きなんだ? 連れてきた甲斐があるねー兄ちゃん!」


 向かいの席に座るゲンイチロウとサツキの二人が、弾む俺の声にこれまた嬉しそうに話す。服はさっきまでのサムライとニンジャじゃなくて、カジュアルに纏めたものごくごく普通のものだ。

 何故この二人と食事に来ているのかと言えば、俺が湯呑みに入ったコーヒーを飲んで「緑茶じゃないのか……」と呟いたのをサツキが聞きつけ、トキハマ通なら是非連れて行きたい店がある、と熱弁したためだ。また、ゲンイチロウとも保管料その他の話がまだだったこともあり、その辺の話をしつつ食事に行こうということになった。

 時刻は既に夕飯時で、店内には客も多いが、店員と顔馴染みらしいサツキはさっさと比較的静かな奥座敷に上がり込み、三人揃って座布団の上。席に着くや否や、ゲンイチロウは冷酒を注文し、当然のことながら俺はジュース。そして、同じくストローでジュースを飲むサツキもどうやら未成年らしい。

 料理が届くまでの時間で簡単ながらアンダイナスの保管に掛かる費用の話を片付け、目の前には刺身を始めとした懐かしい料理の数々が並んだ。早速、盛り合わせの中から青魚の一切れを醤油につけて口に運ぶ。

 なお、費用については伏せておく。敢えて言うなら、エミィの進言通りにホテル住まいは切り上げて、さっさと部屋を借りるべきだ。


「……刺身だ。鯵だ。ちょー美味い」

「海が近ぇからな、新鮮なもんだろ。しっかしジュート、お前よく箸の使い方なんて知ってたな」


 久々の生魚の味を噛み締める俺に、冷酒の入ったグラスを傾けつつゲンイチロウが言う。


「あ、それそれ。あたしも驚いたよ、座敷に土足で入ろうとして怒られるの楽しみにしてたのに」

「座敷に上がったのはそのためなの? 要らないよそんなサプライズ……」

「お刺身も全然抵抗無く食べちゃうしさー。トキハマの人でもそこまで出来る人なかなかいないよ?」

「ニホン文化の衰退は嘆かわしい限りだな……。そういやさ、ニンジャショーでバイトしてるサツキはいいとして、ゲンさんはなんで着物に袴なんて着てたの?」

「あー。ありゃな、うちの家業だ」


 結わえた髪を下ろしてただの長髪になったゲンイチロウを見て、ふと湧いた疑問を口にすると、返ってきたのはそんな答え。


「家業?」

「うちはリム整備の他に、刀鍛冶もやっててよ。鍛造中はあれがうちの正装だ」

「また趣味的な……」

「趣味って言うな。ちゃんと実用品だ」


 刀をどう実用するって言うのか。


「もしかして、蟲狩りバグハントにでも使うの?」

「おう。リムに乗ってない時の護身用だけどな、心得のあるヤツが使えば銃より役に立つぜ。金さえ出しゃ、お前さんにも一振り打ってやるよ」


 その時脳裏に浮かんだのは、サムライスタイルで日本刀を構え、襲いかかる小型のバグを何体もばったばったと切りまくるゲンイチロウの姿。

 いやいや、それこそ異世界ファンタジーだ。有り得ない。


「まぁ、機会があればってことで……。復帰したら稼がないとなぁ」


 日本刀自体は俺も好きだし、手に入る物なら欲しい。ただ、金が無い内は無駄遣い厳禁だ。

 次いで鮪らしい鮮やかな赤身を口に入れる。上に山葵をちょっとだけ載せるのも忘れない。


「不思議なヤツだな。物知らずなくせして、そういう妙なことは知ってやがる」

オタクナードってやつでしょー? あたしのクラスにもいるよ、普段口べたなくせしてリムの話になると止まらないの」

「人聞きの悪いこと言うのやめて!?」


 オタクが悪いわけじゃない。コミュ障とオタクを一緒にされるのが腹立たしいだけです。念のため。


「ま、三千年前からやって来て電脳人バイナルのリムに乗ってます、は笑ったけどな。オタクじゃ仕方ねぇか」

「いや笑うどころか怒ってたじゃないすか」

「何それ、兄ちゃんちょっと詳しく!」

「掘り返さないで欲しいんだけど!」

「教えて欲しかったら直接聞けよ。なかなか作り話にしちゃ面白かったぜ」


 水を向けられた俺に、俄然興味を持ったサツキが目を輝かせながら顔を向ける。

 法螺話設定になった以上は、この話は自爆物だ。もう勘弁して欲しい。が、目を背けたら今度は俺の隣に回ってくる。そのまま前のめり気味に「んー?」とか言ってこっちの顔を覗き込み、ついでに胸元が覘けて谷間と下着が見えた。ちなみに水色だった。

 ちょっとこの子ったら積極的。


「おいジュート」

「なんすか」

「サツキにゃ惚れんなよ」

「惚れないけど。惚れたら親父さんに殺されるとか、そういうベタな話?」


 ジュースの入ったグラスを直接口に付けながら返す。酒が回ってきたのか、口調は完全に面白がっているものだ。酔っ払い面倒くさい。


「いや、そんな物騒なことにゃならねぇが……トキハマを出て行く羽目になる」

「地味にリアルで嫌だな!」

「えー、あたしこんなひ弱なのとくっついたりしないよー」

「勝手にくっつけて勝手に振らないでくれる!?」


 そんな、気安い兄妹との遣り取りで、自然と顔が綻ぶ。

 打ち明け話は失敗したけど、この人達はいい人だ。今後も仲良くしていけたらいい、と思った。


 ◆◆◆


 思う存分に和食を堪能して会話も弾み、店に入ってから二時間を過ぎた辺りでお開きとなった。


「時間があったらまた来な。次は俺が打った刀も見せてやる」

「あ、じゃああたしの学校が終わったくらいに!」


 工業区画層行きのエレベーター前、別れ際に二人はそう言いながら扉の奥に足を進める。夜も更けてきたが、辺りは街灯もあって明るい。

 なお、常に日の当たらない階層内は夜になるとどうなるかと言えば、フロア内の照明が出力を落とすことで夜の雰囲気を作るのだという。生活のリズムを作るための工夫は欠かせない、ということだろう。


「今度は何か、お土産でも持って行くよ」

「なら、セントラルのミカズキッチンがいいな!」

「少しは遠慮しろ、お前は」


 仲のいい二人を笑って見送るうちに、扉が閉まる。途端に、辺りは火が消えたように静かになった。

 それが寂しい、と思う気持ちはあるが、それは今日出会った人が良い人だったからだ、と思うことにする。それに。


『出だしこそ躓いてましたが、良い結果に収まりましたね』


 エミィが声を掛けてくる。二人と話していた間、彼女は一言も声を発しなかったけど、どうやらしっかりと聞いてはいたらしい。


「いい人たちだったからね。そのうち、エミィとも話せればいいんだけど」

『……私は、いえ。説明のしようも無いでしょう』


 電脳人バイナルの話をした時のことを言っているんだろう。確かにゲンイチロウは眉唾物だと言っていたけど、実際に目にしたら信じてくれるかも知れない。


「エミィの素性は抜きにして、さ。仲良くなるに越したことは無いだろ?」

『そうですね。……ええ、そうなってくれれば』


 いまいち歯切れの悪い物言いだけど、俺は承諾と受け取った。これから、あの人達と話す機会は幾らでもあるのだから、これから少しずつ、エミィを紹介するタイミングを探っていけばいい。

 さて、それはそれとして。


「ところでエミィ」

『はい?』

「なんで着替えてるの?」


 端末越しのエミィの姿。

 それは、いつものワンピース姿じゃなくて、ハイゲージの黒ニットに濃いベージュのミニスカートという出で立ちだ。


『……いえ、ただの気分です』

「嘘つけ。今まで白のワンピースしか着てなかっただろ」


 ああ、そうか。俺が服を買うときに、ワンピースしか着てないって言ったからか。


『それに、ユートは今気付いたように言っていますが、私は工房で話した時には着替えていましたよ』

「そんな前から?」

『白のブラウスでしたが』

「全身見ないで気付くかそんなの!」


 だけど、今の服も妙に似合ってるんだ。くそ、人の服を70点とか言うだけはあった。

 既に歩みは、中央部のホテルに向いている。二人を見送ったエレベーターの位置は、割と中心部寄りだったから、敢えてモノレールに乗り込むほどの距離でも無い。

 なら、歩く道すがらを、今日はあまり話せていなかったエミィとの時間にするのも悪くない。


「……まあ、悪くはないんじゃない? 新鮮な感じするし」

『褒めるときははっきりと褒めた方が好印象ですよ』

「注文多いな!」

『どうですか?』


 端末の中で、エミィが全身を一回転させる。当然答えは決まっていた。


「……似合ってるよ」


 言ってやると、エミィは今までの不機嫌顔から、照れたような顔になる。

 本当に、言葉とは裏腹に表情には出やすいやつだと思う。


『そうですか。では、次はこちらを』

「まだあるんだ!?」


 一瞬でエミィの服が切り替わる。今度は、荒いボーダーのブラウスに濃い赤のプリーツスカート。


『どうでしょうか』

「いや似合ってるけど。どうやって揃えたの、この服」

『ユートの買い物中に、画像を集めました。ビジュアルさえ揃っていれば生成は容易です』

「便利だな電脳人……」


 高層住宅ばかりが連なる町並みは、夜になれば人気も疎らだ。時折すれ違う人も、エミィと俺との話には特に気を向けたりせずに通り過ぎていく。

 エミィは画面の中で、次々と着替えを続ける。俺が褒め、綻ぶ表情は女の子のそれだった。電脳人だろうが何だろうが、目の前にいるのは、ただの女の子だ。

 ホテルまでの道のりはまだある。ただ、退屈はしないで済みそうだな、と。

 急ぐでもなく、のんびりするでもなく、ただ真っ直ぐに歩きながら、思った。


 ◆◆◆


 蛇足ながら。

 エミィの一人ファッションショーは、朝になるまで続いた。

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