間章 A New Life

011.「トキハマ買い出し紀行」

 初めてまじまじと眺めるトキハマの街は、何というかカオスそのものだった。

 右に目を向けてみよう。わけのわからない図形のような文字と、その下に読める文字がごった煮で並ぶ、怪しげな看板が見える。その下には、やけに丈の短い浴衣風の服を着た店員が呼び込みをする姿がある。店名らしき「炸裂蟹光線」という言葉は何を意味するのか、よく見ればカニ料理らしきイラストが店の外観そこらに散りばめられているのだから、つまりそういうことだろう。

 その左隣、どうやら土産物屋の様子だ。置かれているのは忍者装束らしき黒ずくめに手裏剣、木刀、安っぽい着物に五重塔の形のペーパーウェイト。この街には五重塔なんてものまであるんだろうか。そして木刀には菊一水と彫り込んである。記録が正しければ、それは日本刀では無く現代日本のメーカー製日本酒の名前だ。

 さらに真向かいの店、こちらはいわゆる夜のお店の案内所というものらしい。当然のことながら俺は直接行ったことがあるわけじゃないけど、日本に居た時に昼間カラオケを探し歩いた時に目にしたことがある。様子が違うところを上げるとすれば、掲げられている案内対象のお店が揃いも揃って遊郭っぽいところだ。金髪の芸子さん写真はインパクトが凄い。


「病院から一歩出たらこれって、どうなの」

『どうも、この辺りはムラサキ通りストリートというトキハマ唯一の繁華街のようですね』

「そんなの見れば判る。判るけど、この勘違い感はどう言えばいいんだ……」

『享楽に間違いも何も無いと思いますが』


 悟りきったような平坦な声でエミィは言うが、俺が言いたいのはそういうことじゃない。いや、この感覚はエミィに言っても理解されないだろう。

 何と言えばいいのか、この歌舞伎町的な雰囲気に外国人が思う間違った日本的エッセンスをふんだんに盛り込んだような、この感覚。

 さらに、病院の表玄関を出てすぐにこれが広がるという、立地間違えてるだろうから始まる数々のツッコミ。


「三千年も経てば、文化なんていとも容易く曲解されちゃうってことか」

『サムライ、ニンジャ、スシ、ゲイシャはトキハマが誇る有数の観光資源だと聞きます』

「後半二つはともかく前半二つって観光資源なの!? っていうか普通にいるの!?」


 リアルサムライ、リアルニンジャがうろつく街なんて純日本人たる俺でも、いや日本人だからこそ、御免被りたいところだった。切り捨て御免とか暗殺とか勘弁して欲しい。……何でだろう、近いうちに本当に遭遇してしまいそうで怖い。

 とりあえず、この場所に立ってみて思ったのは、ここはとにかく精神衛生上よろしくない。


「……まともなホテルとかはどこに行けばあるの?」

『宿泊施設はもう少し中心部側に集中しているようですね。この通りを真っ直ぐ歩いて、大通りを渡った辺りです』


 ということは、そこに辿り着くまでにこの眼球を突き刺すようなけばけばしい光景の中を歩かなければいけないということだ。というか、今後通院するときもこの通りを歩く必要があるのか。

 入院中は、病室が裏手の公園に面していた方だったから大して気にしてなかったけど、裏口に直接行ける道順をちょっと真剣に調べないといけないかも。


「エミィは、この街に俺が馴染めそうだって言ってたけどさ」

『はい、そうですね』

「ちょっと、第一印象これだと馴染めそうも無いわ」

『ニホン文化とは難しいものですね』


 遙か長い時間を過ぎても日本は自国文化の誤解を取り除けていなかった、という事実は重く、異文化交流の難しさを肌身に感じさせ、ついでにこの光景はそれを通り越してやけっぱちになった結果なんじゃないか、と。

 いきなり疲れた頭で、毒々しい色の街を歩きながら、俺はそんなことを考えた。


 ◆◆◆


「で、これからのことだけどさ」


 案内されたトキハマ中心部で適当なホテルの適当な部屋にチェックインし、エミィにそう話を切り出す。

 ちなみに部屋の値段はちゃんと見てなかった。とりあえず腰を落ち着ける場所が欲しかったし、何より今、俺はちょっとしたお金持ちだ。そんな細かいこと気にしない。……いや、後でもうちょっと安い部屋探してみるけどさ。いいじゃん初日くらい。

 さらについでに言ってしまうと、トキハマの中心部は至って普通の街だった。雰囲気としては、新宿のオフィス街とかそんな感じ。ムラサキ通りと呼ばれるあの一帯だけが特殊みたいで、他は大抵似たり寄ったりな町並みが広がっているとのことだ。


「一応退院はしたけど、まだ完治もしてないし、暫くはトキハマでゆっくりするってことでいい?」

『無理を押して余計に怪我をしたり体調を悪くしては元も子も無いですから。その方向で概ね問題は無いでしょう』


 肋骨にひびが入った、と言うと簡単に聞こえてしまうけどこれだって立派な骨折だ。退院はしたけど、これからも完治までは定期的に通院しなきゃいけないし、正直今も痛み止めが無いと息をするのもちょっと辛い。当然激しい運動や、勿論リムに乗って都市の外でバグハントなんか御法度だし、当面はホテル住まいで街に慣れつつ完治後を見越した準備に専念するべきだろう。


『ちなみに、ホテル住まいと何度か言っていましたが、今後の活動資金を考えると現在の手持ちでは不安があります。長期貸出を行っている集合住宅アパートメントを探した方が良いでしょう』

「そんなすぐに底を突くような金額でも無いと思うんだけどなぁ」

『普通に生活するならそうですね。しかし、私達はアンダイナスを所持しています。今は工房のハンガーで保管して頂いていますが、そちらの費用や消耗品の補充、他にも生活必需品など』

「エミィさん以外と生活力高いっすね」

『一般常識的なことを言っています』

「へいへいさーせん、親のすねかじりな生活が長かったもんで」


 とはいえ、西暦2017年の男子高校生なんて九割九分は親と同居だろう。生活力の無さは俺と似たり寄ったりなもんだ、と思いたい。


「で、工房の保管費用は後で様子見がてら聞いてみるとしてさ。生活必需品も、まぁ服とか身の回りの物でしょ。残る消耗品って?」

『アンダイナスの弾薬や糧食です。これらは流石に補充しなければどうしようも無いですから』

「あの大砲の弾とかミサイルとかね」


 ん、ちょっと待て。

 補充するのってそれだけ? もっと大事な物があるような。


「あのさ、燃料とかってどうなってるの?」


 そう、燃料だ。流石にガソリンエンジンで動かしたりしているとは思わないけど、例えば某宇宙で戦う白い悪魔なら核融合炉だっけか。そうなるとプルトニウム? いやヘリウムだっけ。

 背中に内蔵されたブースターの噴射剤は水だって話は聞いたけど、そもそもそれを動かすためのエネルギーは一体どこから捻出しているのか。それに、持ち合わせている武装も電力消費の激しそうなものばかりだ。電力を使っているからには、それを生産するためのエンジンないしそれに相当する物があるはず。


『……燃料、ですか?』

「そうそう。あんなデカいロボット動かすのにノーコストでってわけには行かないでしょ? 燃料費もかなり掛かりそうな気がするんだけど」


 そこまで言うと、エミィは『ああ』と得心がいったような声、ついでに手を打ったような音まで。そこまで再現しますか電脳人。


『実際に見て頂いた方が早いですね。部屋の中に、テーブルライトがあったと思います。そちらを裏返してみてください』


 確かにテーブルライトはある。妙に小洒落たチューリップ型のライトシェードを付けたものだ。それを持ち上げて、俺の常識の中では有って然るべきものが無いことに気付いた。


「電源コードが無い?」

『ユートの知る世界では有線で電源供給を行っていたのですね。今の時代では、』


 テーブルライトを裏返す。丸いスタンド部分、そこに一辺が1センチくらいの正六角形をした部品が埋め込まれている。


『その、ハニカムと呼ばれる構造体が、電力を担っています』

「えーっと。つまりバッテリーってこと?」

『いえ、バッテリーはそれ自体で発電しますね。受電した電力を貯蔵し、補助電力と出力補正ピークコントロールに使われることも有りますが、ハニカムは発電機関では無く、受電装置です』


 受電、ってことは、何か外から電力を受け取っているって事か。


『電力の出力元は、衛星軌道上に存在する局所真空崩壊型の電力供給炉を使用し、エリントン力学で言うところのイーサ波を介して電力が供給されています。イーサ波については?』

「……聞いたことも無い」

『イーサ波とは、ヒッグス場の概念的な空間分布に於ける密度とそれに伴う質量のわずかな揺らぎに一定の伝播性があるところから発見された力場作用で、原子核相互作用・素粒子相互作用・電磁気力・重力に対して干渉を行うことから最終統一理論として全ての力場作用の大本であると結論付けられた揺力相互作用のことを言います。とはいえ力場作用としては透過性が有り、エネルギーとして伝達可能な波として伝播する対象は同一の元素間のみのため、受電素子には非常に原子量の高いデカルチウムという合成重金属を』


「すとっぷ! ストーーップ! ごめんもうわけわかんない!」

『エリントン力学は物理の基礎中の基礎ですが』

「俺の時代はアインシュタインの相対性理論とか量子力学なの! そんな未来の謎理論なんていきなり説明されてもわかんないって」

『超古典物理学ですね』


 超古典ときたよ。謝れ。俺の時代の物理学者に超謝れ。その古典的な時代から連綿と技術を追求した結果その技術があるんじゃないのか。

 ともあれ、聞いた言葉を繋ぎ合わせた俺の中での何となくな理解はこうだ。


「無線で外から電気を受け取ってるわけな」

『概ねその理解で正しいかと』


 最初からそう言ってくれればいいんだよ。まったくややこしい。

 大体、今言われた話をこの世界の人たちがどれだけ理解してるかも怪しいもんだ。たぶん、「なんか繋いだら電気が出てくる」くらいにしか理解されていないと思う。


『付け加えるなら、ハニカムには受電機能と共に、タイロン型量子演算器を内蔵しています。それ一つで、電力供給と演算機能をパッケージ化したコンピューターの最小単位ということです』

「そんな大層なものを作れるなら、リムなんか使って地べた這いずり回るよりも飛行機とか作っちゃった方が早いんじゃない?」

『生体人類には、未だハニカムを作るほどの技術力はありません。それらは全て、バグを解体して入手されたものですね。また、航空機械は使用できません。撃墜されます』

「撃墜、って何に?」

『複数ありますが、最も被害が大きいのはクラス5以上のバグですね』


 クラス5、っていうと3で体高8メートルから32メートルだから、……128メートル以上!?


『クラス5以上のバグを撃破した例も無いわけではありませんが、基本的にそのクラスから上は遭遇を回避する方が正しいと言われています』

「普通戦おうなんて思わないって、そんなサイズ。そりゃ、そんなのがいる中で飛行機なんか飛ばしたら目立つか」


 しかし、動力源までバグ頼みか。なんというか、バグに捨てるところ無しって感じだな。

 で、ここまで話を聞いてようやく話が元に戻る。


「常に外から電力を受け取れてるから、理屈ではいつまでも動き続けてられるし燃料も不要ってわけね」

『そうですね。敢えて言えば、ハニカム自体が永久的に動作することはありません。耐用年数を過ぎて動作を停止した場合は入れ替える必要があるので、それが燃料補給のようなものです』


 当初俺は、この世界を異世界だと勘違いしていたけど、それはある意味で正解だったのかも知れない。

 途方も無い未来ってものは、過去の人間からすれば異世界と何ら変わりは無い。


 ◆◆◆


 エミィ先生の科学講座がひと段落したところで、また外に出た。次に向かったのは、中心部の目抜き通りにあるショッピングモールのような複合商業施設。

 何を買うといえば、俺の服だ。


この服ツナギ一着だけで生活するわけにもいかないしな」


 今の服装は、落ち着いた藍色に染められたツナギ型の作業着だ。アンダイナスに乗り込むまでは、白地のロングTシャツにグレーのスウェットという見るからに寝間着スタイルだったんだけど、この服でもし人に会ったらまずい、と主張したらエミィが操縦席に常備してあったらしいこれを勧めてきた。

 上まですっぽりと着るのも暑苦しいから、今は腰まで穿いて、その上は袖をベルト代わりに縛り、トップスはシャツのみ。スウェットよりはましだけど、これで人前に出るのも気が引ける。


『よくホテルのフロントも部屋を貸してくれたものですね。ツナギ一着で他には荷物もなし、怪しいことこの上無いでしょう』

「……ずっと白のワンピースな人に言われたくは無いんだけど」

『私の服が持つバリエーションに気が付かないとは……やはり半人前ですね』

「ここぞとばかりに半人前って言うの止めよう!? っていうかそんなに種類有るの?」


 毎回白のワンピースじゃん。


『私の服は、襟元やフリルのデザイン、袖の有無にスカート丈違いで128通りあります』

「わかるか! 地味に衣装持ちだな!」


 便利だな電脳人。っつーかゲームの衣装チェンジみたく、もう少し分かりやすく違いを出してくれ。

 なお、さっきからエミィとの会話はヘッドセットじゃなくて端末を使って行っている。人出の多い場所で盛大な独り言もどきは羞恥プレイだ。

 今俺がいるのは、複合商業施設……セントラルモールという名前らしい、の二階ファッションフロア。辺りはアパレル系の店舗が軒を連ね、真ん中を屋内通路が通っていて、その中央にある案内表示の横。

 未来世界なら案内表示も立体ホログラフィックみたいなフューチャーテイスト溢れるものになっているのかと思えば、ただの平面ディスプレイに表示されているだけだ。ただ、解像度はえらく高いしフロアマップの店舗を触れば店の概要が表示されたりと、かなり凝っている。


「これだけ店が多いと、どこに行ったらいいか迷うよ」

『確かにそうですね。男性向けブランドだけでも20店舗ほどあるようですし』

「あと、流行のコーディネイトが全くわかんない。俺の地元だとテーラードジャケットに細身のパンツとか穿いてたけど」

『では、参考でこちらを。蟲狩りバグハンター向け情報誌のキャメレオンズという雑誌です』


 言うや否や、端末に戦闘用リムの頭部に身を預けるやけにイケメンっぷりが眩しい男と、その周りに記事の文句が所狭しと並ぶ紙面が表示される。一目で情報誌とわかる表紙のセンスは時代が移り変わっても同じか。


「なんでカメレオン?」

虫を捕食バグハントする生物だからではないかと』


 お前も爬虫類だ、と言われた気分だった。

 試しに端末の筐体横側を指で弾いてページをめくる。このあたりの操作は、一週間の入院生活で慣れたもんだ。


 ――燃える男の対大型装備は、120mmハードポイント徹甲弾! 合わせる砲身はバリエーションに富んだワトソン社レールガンで決まり!!


 ――増圧蓄電器ブーストキャパシタ気になるところ、ユーザー100人公開アンケート! 重量対出力パワーウェイトレシオ徹底比較


 ――正念場の仕事着は? 各都市陸港で一般モデルのコーディネイトからトレンドを探る。時代はコントロールシートでの動きやすさよりもファッション性にシフト


「……頭痛くなってきた」

『今開いているところですね、カラーの63ページから』

「まあ、仕事着なら少しは参考になるか」


 ――アドラスを拠点に活動するスミス=ウォーレンさんのチョイスはレザーテイスト溢れるスタッドジャケット。グローブとパンツまで合わせた服はパンキッシュの一言で、見所を尋ねると「俺らの仕事はただ戦うだけじゃねぇ、魅せるのさ。生き様を」との男気溢れる


「参考にならねぇ!!」


 記事と一緒に写っていた写真は、海外ロックフェスの写真で見たような、一曲演奏するたびギター振り回してネック折っちゃう感じのオッサンだった。だめだ、この本全体的に世紀末風味をトッピングした、星が俺に囁いちゃう系の空気を感じる。男の拳的な。こんな服着た人、トキハマを歩き始めてしばらく経つけどさすがに一人も見たこと無いぞ。


「これ、絶対にやんちゃしてます系の人たちの本じゃん……。もっとこう、スマートなやつ無いの……?」

『注文が多いですね。では、有名バグハンターの紹介記事など』


 次いで出された写真は、縦ストライプの見るからにビジネスマン然としたスーツを着た、細身にフレームなしの眼鏡が光る男前。


「180度ジャンルが違う……!」

『基本的にリムの中で過ごす仕事ですから、着たい服を着るのが一番ということでしょう』

「さっき見せた雑誌の意味は!?」

『悪い例、ということで』

「お前絶対遊んでるだろ!」


 叫んでから気付いた。

 周りを見れば、漫才のような遣り取りを見ていたらしき通行人が立ち止まり、俺に対して生暖かな視線を投げかけている。


『注目の的ですね』

「誰のせいだ……!」


 尚もこちらを見続ける好奇の目から逃れるように、俺は手近な店に逃げるようにして飛び込む。結局羞恥プレイになってた!

 

 ◆◆◆

 

 一時間と少しばかりを服選びに費やし、買ったものにそのまま着替え、端末越しのエミィに見せる。


「どう、これ」

『70点といったところですね』


 エミィさん相変わらず辛口。でもまあ、七割得点ならまずまずといったところだろう。

 今着ているのは、カーキ色の細身なカーゴパンツ、上は無地の白いフルジップパーカーに、フードを出して黒のナイロンっぽい素材のミリタリーシャツを羽織ってる。足元はアウトドア用らしい、黒地でかなりソールが厚いクォーターカットのブーツ。キャンバス地のスニーカーにも目移りしたけど、ぺらぺらの靴で荒れ地は頼り無い。

 他にもパンツやインナーは何枚か買ってあるし、当面はこれで着回せると思う。こういう無難な服は需要があるのか、どの店でも取り扱いがあって有り難い。


『悪くはないのですが、地味ですね』

「当たり障りないって言ってよ……。大体、本気で流行り物に飛びついたらさぁ」


 辺りを見回す。ハイブランドらしい店舗に飾られたマネキンが纏うのは、ラメっぽい光沢が眩い鮮やかな白のスーツ、中に着ているのはワインレッドの襟付きシャツ。素晴らしいセンスだ。俺なら着たくない。


「ちょっとあれは無理」

『それは同感ですが』


 どうも、今の流行りは彩度が強めの服らしく、ショッピングモールの中を歩く人も何かしら原色系や光沢のあるものを着込んでる。なもので、俺もシャツは少し光沢のあるものを選んでみた。表面がコーティング加工されていて、角度によってはぬめっとした光沢が出る感じ。

 とはいえ頑張れるのはそれくらいまで。群衆に埋もれる、いいじゃない。没個性もまた個性。


「とりあえず服は買ったし、他の生活用品とかは部屋を借りた後でいいよな。余分なもの買って、トキハマを離れるときに荷物になっても困るし」


 言いながら、何枚かの服と数日間世話になったツナギを詰め込んだ、これまた服と一緒に買ったダッフルバッグを担ぎ直す。


『シート下に大きめのラゲージスペースもありますし、置ききれなくても後方シートが空いていますよ』

「荷物置きは助かるけど。後方シートは使わないでおくよ」


 そこはエミィの指定席だからな、とは言わないでおいた。


『そうですか。なら、無駄な買い物はしないでおく方がいいですね』


 その意図が伝わったかはわからないが、少し頬笑んでいるように見えたのは気のせいか。ちょっとした自己満足に浸りながら、俺は出口に足を進めた。

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