第2話「探偵」

 部屋に入ると、宗也は入口に背中を向け椅子に腰かけていた。

 部屋は無駄に広い割に置かれているものは宗也が座っている机と椅子、そして来客用の革張りのソファーだけであった。


 思わずSEは辺りをキョロキョロ見ていると、


 グルリ。


 宗也は椅子を回転させSEたちの方を向きつつ、


「ここは、殺された父の部屋だった。そこを全て片づけて、こうしてお前らみたいな怪しい奴らと会うための部屋にしている」


 宗也の言葉はまるで事件を必ず解決してやるという意思表示にも思えた。


目配せで大原に外へ出るよう促し、


「で、貴方が祓い屋探偵のSEか?」


 宗也はあえて尊大な態度で接した。

 SEは特に気にすることもなく、


「えぇ、ワタクシがSEです。ただ、祓い屋探偵というのは少し違いますね」


 ツゥ~。


 まさかの発言に宗也の頬に冷たいものが流れた。


「ど、どういうことだ! ことの原因がわからないからアンタのような怪しい奴でも祓い屋で探偵というから依頼したんだぞ!」


 チッチッチ。


 SEは優雅な動作で軽く指を振ると、


「いえいえ、勘違いはよくありません。一応探偵というのは本当ですよ。ただ、ワタクシ一度も祓い屋と名乗ったことはありません。周りが勝手にそんな噂を言っているだけですよ。それに幽霊なんて一度も祓ったことないんですけどね」


 SEはオールバックの髪を指で撫でつけながらニヤニヤしながら言った。


「自称はしないが、他称はされているということか。だが、幽霊を祓ったことはないっていうのはどういうことなんだ! 訳がわからない!」


 宗也は髪をクシャクシャと掻きながら目の前の男を睨むと、依然SEはニヤニヤと良い笑顔で笑っていた。


「そうですね。実際に見た方が分かり易いです。今、誰か被害にあっているんでしょう?」


 ドドドドドドドドドドドドドドッ。


「なぜ、わかったんだ?」


 再び冷や汗を掻きながら宗也が聞くと、


「ワタクシは探偵ですよ。簡単な推理です。さて、ワタクシ、他称では祓い屋と呼ばれています。そして本業は探偵です。この二つを同時に必要とするのは現在進行形で被害がある場合ですよね。でなければもっと身元がシッカリした方々を頼みますものね」


 SEは苦笑しながら言った。

 宗也はその言葉を聞くと、しかし、そんな曖昧な理由だけで本当にそう思ったのだろうか? と考え苦い顔になった。


「まぁ、粗方正解だが、身元がシッカリしている奴らなら母が倒れたときにすでに雇った。そのどれもが役立たずだったけどなッ!」


 ギリギリギリ!


 宗也は拳を力一杯握りながら苦々しげに呟いた。


「……そうでしたか。まぁ、情報が少なかったので半端でしたね。やはり名探偵とはまだまだ名乗れそうにない。さて、まだ推測の域を出ませんが、もしかしたらお役に立てるかもしれません。さぁ、そろそろ移動しますか?」


「あ、あぁ、妹を頼む」


「ああ、被害にあわれたのは妹さんですか。なるほど、それでは急いで行きましょう。案内してください」


 ニッコリとするSEに促され、宗也は部屋を出た。


               *


 宗也の妹の部屋も同じ二階にあり二人は少し歩くだけでたどり着いた。


 ぎぎぃい~~~。


 建てつけが悪いのか不気味な音をたてドアが開くと、中には女の子らしく、いくつかのぬいぐるみや高級そうな人形が並べられ、ピンクを基調とした壁紙によりファンシーな雰囲気が強調されていた。しかし、その中でこの可愛らしい雰囲気に似つかわしくなく、顔面を蒼白にした少女がベッドに横たわっていた。


「彼女が妹の麗子だ」


 ゴッゴッゴッゴッゴッゴ!


 少女は年相応の可愛らしい顔立ちを本来しているのであろうが、驚くほど蒼白で、手足が痩せこけ、まるで死人のようだった。


 ……すぅ……すぅ……。


 時折聞こえる微かな呼吸音によってのみ少女が生きている証になっていた。


 キッ!


 SEは少女の身体を睨みつけると、


「あ~、これはワタクシに頼んで正解ですね」


 と独り言のように呟くと、ベッドの脇に行き、片膝をついた。


「ドッドッドッドッ、バ~~ン!」


 マンガに出てきそうな擬音をわざわざ口で言い、直後、少女の額に手を当てた。

 宗也は、なんだこいつは? ただ、痛いだけの奴でまたしても人選を誤った。すぐに別の人物を探さなくてはっ! と考え、呆れたような疲れたような絶望が滲み出る表情をしていた。

 しかし、異変はすぐに訪れた。


 ドッドッドッドッ、バ~~ン!


 どこからともなく先程SEが口にした音が聞こえ、麗子の枕もとに髑髏の顔をし、黒いローブを被った男とも女ともつかない、まるで死神を思わせる何かが音を発しながら表れていた。


「……ぇぇ、……ねぇぇ、……死ねぇぇ……死ねぇぇ!」


 死神のようなモノが発する音は徐々に鮮明になっていった。


「っ!」


 宗也は絶句し、あろうことか妹を残し、後ずさってしまっていた。


「……やはり、呪音ですか」


 じゅおん? 呪怨か? いや、今はそんな場合じゃあ、SEの言葉に反応し、宗也は妹のもとへ勇気を振り絞り駈け出した。


 がしっ!


 宗也が妹を抱き抱えると、


「心配には及びません。ワタクシがお二人の命は保証します」


 バッ!


 麗子と死神のようなモノの間を遮るように手を入れ、


「ザンッ!」


 またしてもSEは擬音を口にし、そのまま死神のようなモノに掌を当てた。

 死神のようなモノの顔面に丁度、ビンタのような感じで当たり、直後、


 ザンッ!


 という音がし、死神のようなモノの頭部が真っ二つになった。


 ズッ、ズズズ、ズィ~。


 頭部の片方がゆっくりと落ちて行き、床に落ちた所で黒い霧になって消えた。残る身体の方も頭部が消えたのに合わせるかのように消えていった。


「宗也さん。もう大丈夫ですよ」


 その言葉を聞き、宗也はゆっくりと麗子をベッドへと寝かす。ベッドはほとんど沈みもせず、麗子の身体を受け止める。


 SEは無事を確認するように麗子の顔を覗き込んだ。


「今までのダメージがかなり残っていますね。これは彼女の力が必要ですね……」


 独り言のように呟くSEを前に宗也は不安な様子を隠そうともせず、尋ねた。


「れ、麗子はまだダメなのか……?」


 それに対し、SEは極めて冷静に貼り付けたような笑みを壊すことなく伝えた。


「いえ、今はまだいままでに受けていたダメージが残っている状態です。予断は許さない状態ではありますがゆっくり時間をかければ治ります。それにワタクシの仲間にこういう状態を治せる者がいますのでご安心ください」


 SEは両手の人差し指を立てると宗也の口元に当てて、無理矢理に笑みを作り出す。


「依頼人の笑顔を取り戻すのがワタクシの仕事です。ほら、笑顔ですよ。スマイルです。貴方も妹さんも笑顔が一番似合います」


 SEが浮かべた笑顔は今まで見た中で一番自然な、顔がくしゃっと縮んだような子供みたいな笑顔だった。

 自然と宗也も笑顔を浮かべる余裕ができ、同時に冷静に周りが見ることができるようになった。


「SE、ありがとう。妹をもう少しよろしく頼む」


 バッ!


 宗也は深々と頭を下げる。


「いえいえ、そんなもったいないお言葉ですよ。それにまだ犯人がわかっていないですからね」

「ああ、そうだ。その通りだッ!」


 頭を下げているため、宗也の表情は見えないが、その声からは激しい憤りが見てとれた。


「ところで一体、さっきのは何だったんだ?」


「今のは、その、何と言いますか、生霊みたいなものです。貴方は関わらない方がいい」


 今までにないほど冷たく、SEは言葉を返した。


 ぐ、うぅ、ぐぐぐぐぐ!


 正直、宗也は悩んでいた。目の前の男がこれ以上聞かない方がいいと警告している。しかし、自分には両親が殺された恨みがある。ここで引くわけにはいかないと。


「……僕は、僕はすでに家族を殺されている! あれの正体を教えろ! いや、教えてください。頼むッ!」


 SEは困ったような笑みを浮かべながら、「仕方ないですね……」と呟いた。


「まぁ、本来は隠すようなものではないんですが、今回はものが少しやっかいなのであまり聞かないほうがいいのですが……、わかりました。とりあえず場所を移しましょう」


 宗也はうなずき、大原に妹を見ておくよう伝え、SEについて屋敷の外へ向かった。この事件の犯人を必ず捕まえると心に誓いながら。


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