残響する真実
タカナシ
第1話 「序章」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
暗雲が立ち込める中そびえ立つ洋館。その洋館の一室で青年は怒っているような苦しんでいるような、なんともいえない表情をしながら待っていた。
ギリギリギリギリ!
……ポトッ、ポトポトッ。
親指の爪を血が出るほどに噛んでおり、時折時計を見つめた。
青年の名前は
だが、これは宗也が特別優れていたからではない!
ドッドッドッドッド!
宗也の父は1か月前頃から突然の体調不良に陥り、それが原因でノイローゼになりペンを使い自身の両耳を刺し自らこの世を去った。
当初はノイローゼということで片が付いたが、その1週間後、宗也の母も同じように体調不良からノイローゼになり、そして同じように自殺した。宗也の母の葬儀が終わったのがつい先日であった。
ドンッ!
宗也は重厚な木の机に拳を叩き付けた。
そして今、宗也のたった一人の家族である妹の麗子(れいこ)が同じように体調不良により床に伏せっているのだった。
バァーーン!
「これは誰かの仕業だッ! どうやっているか知らないが、誰かの手によって父と母は殺され、そして今ッ! 妹までがその毒牙にかかろうとしている!」
メラメラメラ!
宗也はその眼に決意の炎を燃やし、何としてでも妹だけは救おうとしていた。
「父や母は会社を営む上で敵を作ることもあっただろう。恨みで殺されるのも止むなしだ。だが、だが妹は、麗子は違う! 彼女が何をした! まだ中学に上がったばかりでこれから世界を知っていく彼女がッ!」
バンッ!
宗也は再び机を力の限り叩いた。
丁度そのとき、
ディンドーン!
来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。
執事が客人を迎え入れるだろうと推測し、宗也は自室の椅子に腰をドカッと降ろすと、今日呼び寄せた探偵に舐められないよう身構えた。なにせ、普通の探偵とは明らかに一線を画したあからさまに怪しい探偵なのだから。
*
当館の執事である
初老であるにも関わらず大原はキビキビと歩く。その移動中、モーニングのネクタイを確認し、完璧な執事姿で本日来訪する怪しげな探偵を出迎えるためドアの前までやってきた。
ギギギギギギ~!
両開きの格式あるドアは不気味な音をあげ、開かれると、
ド~ン!
そこにはなんと、誰もいなかった。
大原が数秒悩んでいると不意に、
シュッ!
皮鞄だけが放り込まれた。
ぺたっ。ドドドドドドドドドッ。
次にドアの縁に左手だけ見え、ゆっくり、ゆっくりと男は入ってきた。
男は漆黒のスーツに身を包み、そのスーツと同じくらい黒い髪をベッタリとオールバックにして、自身の鞄を軽く踏みつけながら執事の方を向いた。
「ようこそ御出で下さいました。祓い屋探偵の
SE? イニシャルか? それともシステムエンジニアの略か? 大原は当主から本日の来客の名前と職業を聞いた時、こんな奴で大丈夫か? 自分が宗也様の為にシッカリしなくてはと思っていた。そして大原は、せめて本名だけでもと思い質問を口にすると、
バッ!
男の手の平が大原に向けられ、人懐っこい笑顔を向けた。
大原は驚きながらも、こういう笑顔が、いい人の笑顔なのだろうとも思っていた。そして男の次の言葉を待った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。
「あんまり……、本名は好きじゃあないんです。で、仕事上はイニシャルのSEと名乗らせえもらっています」
そこで、大原はドキッとした、SEと名乗ったこの男、先程はいい人という印象だったが、笑顔は何も変わっていないはずなのに極悪人なんじゃないかとも思えた。
笑顔の質がわからない。表情がわからない。まるで能面のようだと、大原にはこの笑顔が不気味だった。
SEは、ポンッと鞄を蹴り上げ掴むと、屋敷の中を一瞥し、
「たぶん、二階の部屋だと思うのですが、案内していただけますか?」
SEはニッコリと笑いながら大原に尋ねた。
なぜ、この男は宗也様が二階にいることがわかったのか。いや、たぶん屋敷の作りから推測したのだろう。そう考えたが、初めに受けた不気味な印象のせいで何かこの男にはあるのではないかと大原は不安になっていた。
カツカツカツカツ。
SEは小気味良い靴音をたて、大原の後に付き屋敷の廊下を歩いていた。
「ふむ、いいお屋敷ですね。花瓶一つにも気を使っている。あぁ、すみませんね。ワタクシ沈黙が苦手でして。何か話しませんか?」
「かしこまりました。それでは失礼を承知でお聞きいたします。なぜ、ぼっちゃん、いえ、宗也様のお部屋が二階だと?」
「別に全然大丈夫ですよ。そうですね。二階から音が聞こえたので」
その言葉を受け、大原は耳を澄ませた。
…………。
「特に何も聞こえませんが……。私ももう年ですかね」
「イエイエ、ワタクシ昔から耳が人より良いと自負しておりますので、聞こえなくても落ち込む必要はございませんよ」
SEの目が一瞬細まったがすぐにもとに戻り、言葉を続けた。
「ところで、全然大丈夫という言葉ですが、実際は日本語としては間違っているんですよね。全然のあとは否定が来ないといけないのですが。お年を召した方には気になるかもしれませんね。でもワタクシは別に国語の教師ではないので、言葉は通じればOKだと思っているんですよ。頭の頭痛が痛いとか断トツトップとかも別にいいと思うんですよね。通じれば全てOKだと。執事さんはどう思いますか?」
大原はいつの間にか国語の話題になったことに気もとめず、この質問に答えた。
「そうですね。私は正しい日本語の方が美しいと思いますが、この大原樹、当主の命は絶対。宗也様がイエスと言えばその通りにいたしましょう!」
ドンッ!
大原の眼には、死をもいとわないという確固たる忠誠の輝きが見てとれた。
「私は絶対に主君を裏切りません。それが武藤家で執事をしている私の誇りです」
柔和な笑みを浮かべながら大原は答えると不意に立ち止まり、手で1つの扉を指し示した。
「さて、SE様、こちらが宗也様のお部屋でございます」
コンコン。
大原が軽くノックをすると、中から、「どうぞ」と声が掛った。
これが宗也とSEの出会いだった。
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