第3話「呪音」

 ピィンポ~ン!


 入店音が鳴り響く。

 

 SEに言われるまま執事に車をださせ移動した宗也がいるのは何の変哲もないファミリーレストランだった。


 執事を一度屋敷へと帰したが宗也は不安で一杯だった。不安とはSEに対してではなく妹のことだったが、「今日の内は絶対安全です」とSEが言うのでしぶしぶ近くのレストランにやってきていた。


 車中、事件のあらましを説明した宗也は、今は特に話すことは無く無言でSEと二人、入店したのだった。

 

 宗也たちは禁煙席に座り、変に思われないようドリンクバーを頼み向かいあった。


「意外だったと思いますが、ワタクシこう見えてもタバコ吸えないのですよね。吸えるとカッコイイかと思うのですが、どうも口に長時間入っているものは苦手でして、飴とかガムもダメなのですよ」


 ドンッ!


 宗也は怒りにまかせてテーブルを叩くと、捲し立てるように喋った。


「そんなことは聞いていない! あれは一体何だったんだ! それにあんたも変な術みたいのを使っていたし、生霊と言っていたから犯人がいるんだろう? そいつは誰だ!」

 宗也の声に周囲の視線が集まる。


「ふぅ~~」


 SEはため息をつき、やれやれ困ったなといった感じで苦笑いを浮かべる。


「落ち着いてください。わざわざここに来た意味がなくなってしまいますよ」


 SEが言うにはファミレスのように適度に雑音があるところの方が重要な会話をしていても誰も気にもとめない為、内緒話にはうってつけとの事だった。

 宗也はその意見に賛同した訳ではないが、この男が話すのだったら何でもよかった。


「さて、今からの話でおおよそ質問された答えを言えると思いますので、少々長くなりますがお付き合いください」


 ゴクッ。


 SEはドリンクバーを取りに行かず、ウエイトレスが置いていってくれた水を一口飲んでから話を始めた。


「まず、ワタクシが行ったものとあの死神のようなモノは同系の能力です」


 いきなり能力と言われても宗也はわけがわからず首を捻った。


「そうですね。超能力だと思っていただければ良いです。実際には言霊とか暗示、催眠術とかの方が近い分類です。まぁ、その中間だとでも思っておいてください。ワタクシにも今一つどういう原理かわかりかねるモノですので。これらの能力には共通点が1つあります。それは音を起点にしているということです。なので、ワタクシはこの能力及び能力者を」


 SEはあえて言葉を切り、含みを持たせた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 バンッ!


「エコーズ! 『残響する者達』と言っています。残念ながらあまり浸透していないのであくまで勝手に言っているだけで、これから能力者を見つけたら言い回って浸透させていくつもりです。まぁそれは置いといて、今回妹の麗子さんや宗也さんのご両親が被害に逢われたのはその中でも、エコーズvar呪音というものです」


「呪音? それもあんたが名付けたのか?」


「えぇ、もちろんです。漢字は呪いの音と書きます。造語ですね。映画の方の呪怨に掛けています。あ、ご安心ください。呪音のエコーズと逢うのはこれが初めてではないので、ある程度対策はできています。たぶん、前回のときに祓い屋なんて称号をつけられたのでしょう」


 ピッ!


 SEは人差し指を立てると、


「今から呪音の特徴を説明させていただきます。まず、この呪音というヤツですが、音の中でも呪いの音がもとになっています。例えば、死ねとか憎い、なんであいつだけ、私だけ、そういう音です」


「おい、ちょっと待ってくれ。じゃあ、僕たちは誰かに恨まれていたってことか? 両親ならまだしも妹まで?」


「えぇ、そうなりますね。人間の感情なんて他人にはわからないものですよ。ましてや、どこで恨みを買うかなんてなお更です」


 SEは最後の方は意識的にか小声で呟くように言っていた。


「…………」


 カランッ。


 暫しの静寂を破ったのは溶けて崩れた氷だった。


「さて、次の特徴ですが」


 SEはゆっくりと中指も立て話をもとに戻し始めた。


「呪音は遠隔操作ができます。というよりそれが最たる特徴でしょう」


「ッ!! じゃあ生霊ってのは!」


「えぇ、まぁ、言葉のあやですが、どちらも生きている人間の思いによって誰かを苦しめているという点では一緒ですね。つまり犯人はいるってことですよ。わざわざファミレスに着たのもあの屋敷だといつ犯人に聴かれるかわからなかったからです。屋敷に犯人がいるとも限りませんが念には念を入れてです。しかし、そういう風に人の幸せを奪おうってヤカラはホント許せないですよね」


 ザワザワザワザワッ!


 そう言うSEの顔は笑っていたが、目は全く笑っておらず、むしろこの笑顔はいかにして犯人を殺してやろうかという悪意に満ちたような笑顔だった。


 ごくりっ!


 宗也はSEのそんな顔を見て息を呑んだ。しかし、同時にこの男は敵討を果たすにはこの上なく頼もしいと感じていた。


「あぁ、すみません。……ちょっと飲み物でも取ってきますね」

 

 片手で顔を隠すようにして、今度は申し訳なさそうにほほ笑んでからSEは席を立った。


 すぐにSEはオレンジジュースとコーラを持って戻ってきた。


「宗也さんはどちらがいいですか?」


「いや、俺はどっちでもいいから早く続きを話してくれ」


 宗也の前にコーラが置かれ、SEはオレンジジュースを自分の方へ置いた。


 ズズズゥゥ~~。


 オレンジジュースを一気に飲んでから話を再び始めた。


「えっと、どこまで話しましたっけ? あぁ、そうそう、呪音の特性でしたね。あとは呪音、呪いと言うだけあって1つの対象に対して1日に影響を与えられるのが30分までという制限が付いています」


 ???


 宗也は困惑の表情を浮かべ、


「30分? それじゃあ、対して効果ないんじゃ」


 チッチッチ!


 SEは指を振り、


「その認識は甘いですね。人間、30分も永遠同じ呪いの言葉を聞いていればすぐにおかしくなりますよ、30分過ぎたあとでも、人間の脳ってのは気にしないようにしようとすればするほど余計エコーします。実際は一日中だと思ってもいいくらいです」


 一瞬SEは悲しそうな笑顔を見せたがすぐに普通の笑顔になり、


「まぁ最たるものは今の三つですね。あとは応用です。この応用の仕方は使い手によって違うのでなんとも……、発想の数だけ応用が利くってとこですね。また、エコーズにはルールというか原則みたいのがありまして、それは、汎用性と能力のパワーが反比例するというものです。使い勝手の悪いエコーズ程パワーは高くなります。ワタクシの能力は割と使い勝手のいいものでして、パワーでは呪音に全然敵いません」


 SEは肩をすくめながら言った。


「おい! それじゃあ、妹は――」


 サッ!


 SEは掌を突き出し宗也の言葉を遮った。


「そこは問題ありません。パワーが弱いからといって勝てないかと言うとそうではないです。むしろ戦闘においては応用力が高い方が有利とも言えるくらいです」


 ホッ。


 宗也はその言葉を聞くと、胸を撫で下ろしたが、すぐに考えが変わり、


「ところであんたの能力ってのは何なんだ? 能力を聞いておかないといくら言葉で勝てると言われても信用できない!」


 と言い放った。


「それも、そうですね。では実際にお見せして説明しましょう!」


 そう言うとSEは、「ふわんふわんふわ~ん」と言って宗也の額に触れた。


 ふわんふわんふわ~ん。


 どこからともなく音が聞こえてくると、宗也の意識は飛び、一瞬のブラックアウトを体験し、宗也が見たものは先程見た妹の部屋でのSEの一件であった。


 ただ先程と違うのは、自分がこの後起こることを知っているのと、自分の見ている光景は同じなのにどこか客観視しているということだった。

 

そして場面は丁度SEがあの死神みたいなモノを出現させるところだった。


「ドッドッドッドッ、バ~~ン!」


 先程と同じようにSEが言葉を発したその時、


「ワタクシの能力は擬音です。そして擬音を発し手で張り付けることで効果を表します」


 と、なぜか宗也のすぐ横からSEの声が聞こえてきた。


「――ッ」


 宗也は驚き声を上げようとしたが声が出せなかった。


 ゴッゴッゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!


 宗也は声だけでなく動けないことも悟り戦慄していたが、


「すみません。無駄です。これは宗也さんの記憶でしてワタクシ以外見ることも喋ることもできません」


 姿なきSEの優しい声が響いた。


 場面はいつのまにかSEが死神のようなものを切り裂くシーンになっていた。


「ザンッ!」


 SEの声、そして、その後に何かが切り裂かれたような音が鳴り響き、死神のようなモノが消え去っていく。


「これは……、SEが声として発した言葉通りのことが起きている。もしかしてこの能力は!」

「ええ、そうです。擬音の音のイメージがそのまま効果に繋がる。これがワタクシのエコーズ、エコーズvar擬音です」


 そこで宗也の視界は再びブラックアウトした。


*


「ハッ!」


 宗也は眼を覚ますと、そこはちゃんとさっきまでのファミレスで前にはSEがニヤニヤしながら座っていた。


「ワタクシのエコーズは理解していただけましたか?」


 宗也は少しボンヤリとしながらも、「あぁ」と返事をし、時計を確認すると、先刻から1分と経っていなかったどころか、周りを見渡した感じでは数秒しか経っていないようだった。


「敵に能力を悟られたくなかったので、あのような手でご面倒おかけしました」


 SEは軽く頭を下げてから話を続けた。


「あとですね、これは全てのエコーズにいえるのですが、特定の音に対して耳がよくなります。ワタクシでしたら擬音はかなり遠いところからでも聞こえますが、これはあまり関係なさそうですね。さて、では犯人と思われる人を探しにいきましょう。心当たりはありますか?」


 トン、トン、トン、トン、トン。


 SEの問いに宗也はテーブルを叩きながら考え、そしてゆっくりと口を開いた。


「あんまり、考えたくないことだけど、やっぱり父と母が狙われたことから会社関係及び遺産関係だと……、でもそうなると一番怪しいのは叔父なんだ。でも、叔父が犯人だなんて……。よく昔は遊んでくれたし、もう一人の父親みたいだった。妹を狙うなんて考えられない。それに父が死んだ時一番悲しんでいたのも叔父だったんだ」


 SEは微笑みながら、


「まぁ、とりあえずその叔父さんの処に行ってみましょう。何かわかるかもしれません」


 そしてSEと宗也はファミレスを後にした。

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