第十七話 脱出!

 軍医が出ていって全くの無音になった室内を、戦闘員Aはあらためて見回してみた。それで初めて気づいたが、ベッドと簡単な医療機器が運びこまれたこの部屋は、先日ドルカース連隊長に放り込まれたのと同じ独居房だった。


 あまりの不可解な出来事に脳が興奮して、脈動するような鈍い頭痛がずっと頭に響いている。戦闘員Aは一旦、ベッドに横になって心を落ち着けることにした。すると次第に頭痛が収まってきて、なんとか考え事ができるようになってきた。


 一体、これはどういう事だ。


 全く身に覚えのない濡れ衣である。

これは何者かが自分を陥れようとして仕組んだ陰謀に違いなかったが、戦闘員Aにはそのような事をされる心当たりが全く無かった。


 他の連隊の者から、ここまで恨まれるようなトラブルを起こした覚えはない。最も可能性が高いと思われたのは、つい最近編入されたばかりの第二連隊のメンバーだ。戦闘員Aは編入早々、マグゴリア連隊長に次々と建設的な提案をして、それが結果的にとんでもない量の仕事を増やす事になった。

 しかしそれだって、別に第二連隊のメンバーに決して無茶な量の仕事を振ったわけではない。ほとんどの仕事は戦闘員Aが超人的な努力によって自力で片付けたので、確かに煙たがられてはいただろうが、殺害しようと思うほどの恨みを買うとは思えない。


 嫉妬か、とも思った。ドルカース連隊長の戦死で第四連隊から編入されてきたよそ者が、マグゴリア連隊長に認められようとスタンドプレーに走っている。このままでは自分の地位が脅かされる、と思った幹部戦闘員の誰かが、嘘の破壊工作をでっち上げてマグゴリア連隊長に告げ口したのかもしれない。

 しかしそれも、殺害を決意するほどの動機としてはやや弱いように思える。


 となると、我が軍の内部にいると思われる裏切り者の仕業か。戦闘員Aはデスガルム軍で唯一、ボウエイジャー打倒のために有効な策を次々と提案してくる。その存在を邪魔に思った裏切り者が、このような形で戦闘員Aの排除を狙ったという可能性はないだろうか。

 もともと戦闘員Aは、デスガルム軍カイジンが出撃する先々に、まるでその出撃を知っているかのように毎回徒歩で現れるボウエイジャーの事を以前から不審に思っていた。

 デスガルム軍で開発したボウエイステルスがあっさりデスガルム軍に寝返った時に、親衛隊の内部に裏切り者がいるという戦闘員Aの疑念はほぼ確信に変わった。


 だが、仮にそうだとしても一体誰が裏切り者なのか。


 カイジンの出撃先を知っているのは幹部戦闘員に限られるので、それだけで候補は第一~第三連隊の連隊長と幹部戦闘員十数名程度に絞られる。

 その時戦闘員Aは、先日ドルカース連隊長によってこの独居房に収容された際に、秘密裏に独房内に持ち込んだ中継ルーターの事を思い出した。現在、戦闘員Aの両手と胴体はベッドに拘束されて身動きは取れないが、テレパシーを使って中継ルーターと接続する分には体が動かせなくても問題はない。


 運のよい事に、中継ルーターは健在だった。戦闘員Aが部屋を出た後も、看守はルーターの存在に気づいておらず、撤去されずにそのまま置かれていたようだった。戦闘員Aはこの幸運を喜び、裏切りの容疑で自分が撃たれて収監されるに至るまでの事件の調書にアクセスしてみた。それを見れば、誰が自分を陥れようと罠にはめたのか、何か手がかりが見つかるかもしれない。


 幹部戦闘員の裏切りという重大事件なだけに、この顛末はデスガルム総司令も参加する会議で報告されていた。色々な会議の議事録や資料の中に記載があったので、調書を見つけ出すのはそれほど難しい事ではなかった。調書にはこう書かれていた。


 “某日、マグゴリア連隊長が戦闘員Aの交信記録から不審な暗号を発見。そこでマグゴリア連隊長が部下の戦闘員に命じて、戦闘員Aの部屋を捜索させたところ、内通の証拠となる文書を発見。マグゴリア連隊長はただちに、戦闘員Aを捜索し見つけ次第射殺することをその場にいた全員に指示。彼らは戦闘員Aの行方を捜すべく船内を捜索したが、最初に戦闘員Aを発見したのはマグゴリア連隊長で、連隊長はその場で射撃した……”


 まさか、と戦闘員Aは息を呑んだ。


 全ての行動が、マグゴリア連隊長を起点にして起こっている。

 不審な暗号を発見したのも、戦闘員Aを捜索する指示を出したのも、戦闘員Aを発見して射撃したのも、全てがマグゴリア連隊長だ。様々な調書の内容を見比べてみたが、どう見てもマグゴリア連隊長が自作自演して自分を陥れたとしか思えなかった。


 親友である戦闘員Cの口添えもあったが、ドルカース連隊長を罠にはめた事で厄介者扱いになっていたはずの自分を、嫌な顔一つせず引き取ってくれたのはマグゴリア連隊長だったではないか。

 完璧主義すぎるゆえに、部下の提案に徹底的にダメ出しをしてしまうという欠点はあったが、問答無用で提案を握りつぶすドルカース連隊長と比べればずっとましな上司だと戦闘員Aは思っていた。確かに失望はしたが、きちんと部下の話を聞いて改善点を指示してくるマグゴリア連隊長のことを、戦闘員Aはそこまで嫌ってはいなかった。

 しかし、彼が敵から送り込まれた内通者だと仮定して、その前提で改めて今までの彼の行動を振り返ってみたらどうだろうか。

 対ボウエイジャー戦で次々と有効な策を出してくる戦闘員Aが他の連隊長の部下になって、その策がもし採用されてしまったら一大事である。それを防ぐために、進んで戦闘員Aを自分の部下に引き抜いて、彼が出してきた策を全て握り潰してやろうと考えていたとしたら――

 彼の完璧主義も、本当に完璧を目指しているのではなく、ただデスガルム軍の機能を麻痺させるために、わざとそう演じているのだとしたら――


 バラバラだった無数の点と点が次々と線でつながり、戦闘員Aの疑惑は確信に変わった。

 その時、戦闘員Aは七日前に開催された全体会議の議事録動画を発見した。

 その議題一覧を読んでまず戦闘員Aは息を呑み、深刻な顔つきで再生を開始した。マグゴリア連隊長が、涼やかな声で朗々と自分の提案をデスガルム総司令に説明していた。


「健闘むなしくドルカース連隊長も戦死された現在、誠に僭越ではございますが、今こそデスガルム総司令自らのご親征を仰ぎ、憎きボウエイジャーを撃滅すべき時であろうかと存じます」


 おかしい。なぜ裏切り者のマグゴリアが、わざわざ最強のデスガルム総司令をボウエイジャーと戦わせようとするのか。ボウエイジャーは確かに高い戦闘力を持っているが、エネルギーコーティングを施したデスガルム総司令とまともに戦ったら、十中八九勝てないことは戦争の素人が見ても一目瞭然である。

 出撃に莫大な費用がかかるという問題点さえ何とかできれば、最後はデスガルム総司令が全てを倒してくれる。その圧倒的な力の差があったからこそ、カイジン達が今まで連戦連敗であってもデスガルム親衛隊は恐慌状態にならずに済んでいたのだ。ボウエイジャーがデスガルム総司令に直接対決を挑むなど、まさに自殺行為である。


 それを、裏切り者の彼がわざわざ自分から提案するということは――

 この提案は罠だ。絶対に止めなければ!

 

 それはあくまで状況証拠に基づく推測に過ぎない。しかし戦闘員Aには不思議な確信があった。

 マグゴリア連隊長は、敵である大富豪フエキ=イオニバス氏と密かに内通している。そして、どういう方法なのかは不明だが、彼はきっとデスガルム総司令の身体に対して、戦闘能力を下げるような細工を秘かに施そうとしているのだと思われる。

そして、そんな弱体化工作がされているとは知らない総司令をボウエイジャーと戦わせ、総司令が異変に気付く前に速攻で決着をつけてしまうつもりなのだ。


 そうと分かれば、とにかく早急にこの独居房から脱出して、真相をデスガルム総司令に伝えなければならない。まずはこの、ベッドの手すりにつながれたこの両腕の手錠と、胴回りを固定しているベルトを外すことだ。

 そこで戦闘員Aは人の気配を感じて、独居房の入り口の金属扉の方を振り向いた。独居房の外に看守がやってきて、扉の外からのぞき窓でこちらを見ている。その顔を見て、よし、まだ俺はツイていると戦闘員Aは思った。


 そこに立っていたのは、以前、ドルカース連隊長に独居房に放り込まれた時に世話になった看守である。戦闘員Aはマスクの下で密かにニヤリと笑うと「よう。久しぶり。また世話になるよ」と他人には通信内容が分からない個別テレパシーを使って親しげに声を掛けた。

 看守も「ダンナ、なにやってんすか」と笑うと、こんなにしょっちゅうここに入ってきた人、見たことないですよと呆れた顔をした。


「前に入った時に、ずいぶん居心地が良かったもんでね」

 戦闘員Aの軽口に、看守はやれやれといった表情で首をすくめると、

「ドルカース連隊長がダンナをここにブチ込んだ時は、さすがにダンナがお気の毒だと思いましたけどね。まさか裏切り者だったとはなぁ。あの時親切にして損しましたぜ」

 と言った。しかし口調は笑っている。

 どうやらこの看守にとっては、たとえ裏切り者であっても前回の収監時に「世話になったお礼」と称して分不相応なほどの大金をくれた戦闘員Aは「いい人」であるらしかった。


「なあ看守さん。私が裏切り者ってのは、それ誤解だぜ。裏切り者は逆。マグゴリア連隊長の方だ。私はあいつにハメられたんだ」

「ヘェそうですか。それはよござんすね」

「だいたい、もし私が軍を裏切ってこっそり敵とつながっているとしたらだな。あんな全員が揃った会議の場でデスガルム総司令に直訴するような、目立つようなバカな真似をわざわざ自分からするかと思うか?

 マグゴリアは私の存在が邪魔だったから、まず私を自分の部下にして行動をこっそり監視しつつ妨害しておいて、最後は私に裏切り者の濡れ衣を着せて殺そうとしたんだ」

「はいはい、分かりましたよ」


 戦闘員Aの話を不真面目そうに聞き流す割に、叱りつけてその場を去るわけでもなく、軽くあしらうような返答をしてくる看守の様子に戦闘員Aは苦笑した。これは話し方を変えた方がよさそうだ。

「まあ、誰が裏切り者かどうかなんてのは、あなたにとってはどうでもいい事だよな。よし、ストレートに言おう。看守さん、あなたに絶好の儲け話がある。あなたには一切迷惑を掛けない。そして私はそのお礼として、あなたに三万ジニー払う。どうする?」

 戦闘員Aの単刀直入な物言いに、看守はニヤリと笑みを浮かべると「ダンナ、やっぱ私あんたが好きですよ」と答えた。


 独居房の収監者に対する食事は、通常なら入り口の扉は開けず、扉の下の方に細く開けられた受け渡し口から提供する。

 しかし今回の戦闘員Aは、手錠と金属の拘束具でベッドに両手と胴体を固定された状態でベッドごと独居房に入れられている。これでは受け渡し口まで食事を取りに行くことができないので、食事を戦闘員Aに提供するために看守が扉を開けて独居房内に入っていくのは別に不審なことではない。


 戦闘員Aからの三万ジニーの振り込みを確認した看守は、「昼食だよ」と言って独居房の扉を開けて中に入った。戦闘員Aのベッドの上に食事用のテーブルを設置し、その上に食事のトレーを置く作業をはじめる。

その作業中、看守はさりげなく監視カメラと戦闘員Aの間に立ち、自分の背中で手錠と胴の拘束ベルトをカメラの視界から隠した。そして、自分の手元が監視カメラには見えなくなる絶妙な角度で手錠と拘束具を操作して、こっそりと解錠した。


 すると、それまで神妙にしていた戦闘員Aが、いきなりネコ科の猛獣のような敏捷さでベッドから飛び上がった。ベッドの上に展開されていたテーブルと、その上に置かれていた食事とトレーが、戦闘員Aの膝で蹴り飛ばされて派手な音を立てて周囲に飛び散る。

 そして戦闘員Aはすかさず目の前の看守に殴りかかり、一発殴られた看守はたまらず吹き飛んで壁に叩きつけられ、気を失ったのかそのまま動かなくなった。戦闘員Aはそんな看守には一切目もくれず、猛然と扉から外に逃げ出していった。


 その間、ほんの数秒ほど。あっという間に行われた突然の脱走劇――

 ――を装った二人の演技だった。


 戦闘員Aは独居房を後にすると、走りながらテレパシー回線を次々と切り替えて、デスガルム総司令が発するテレパシーを必死で探した。


 デスガルム総司令がマグゴリア連隊長の提案を受け入れ、自ら出撃する事を決断したのは七日前。おそらく今はエネルギーコーティング処理の最終段階か、もう出撃の直前であろう。その前に何としてでもデスガルム総司令と会い、マグゴリアの裏切りを告発し、出撃を取りやめてもらうしかなかった。


 二つ上の階の広い部屋から、多数の人たちが発する雑多なテレパシーが聞こえてくる。会話の内容からみてどうやら、デスガルム総司令の必勝を期する出撃セレモニーがその部屋で行われているようだ。

 走ってその部屋に向かいながら、今さらながら戦闘員Aは躊躇した。今の自分の立場は、独居房に収監中の裏切り者である。そんな自分がデスガルム総司令の前にいきなり現れ、本当の裏切り者はマグゴリア連隊長だと主張したところで、すぐに衛兵に取り押さえられて再び独居房行きか、最悪その場で蜂の巣にされるだけなのではないか。


 そんな不安が一瞬頭をよぎったが、戦闘員Aはその考えを即座に頭の中で打ち消した。その場で蜂の巣にされるのなら、それはそれで仕方がないではないか。

 蜂の巣にされて死ぬのも死だが、もしここで死を恐れて足を止めて、それで出撃したデスガルム様が戦死してしまったらどうなるか。自分はおそらくその後の人生でずっと、なぜあの時に足を止めてしまったのかと、自分自身を責め続けることだろう。

その時の自分は、たとえ身体は生きていても魂は死んでいる。進んでも死、止まっても死。どちらにせよ結局待っているのは死なのだ。


 だったら、全力を尽くした上での死を選ぶまでだ。結果がどうだったかはこの際関係ない。その時に自分が全力を尽くしたかどうか、それだけだ。


 そう自分に言い聞かせながら階段を駆け上り、デスガルム総司令がいると思われる広い部屋の隣の小部屋までたどり着いた戦闘員Aだったが、この部屋さえ抜ければ目的地だという希望と若干の安堵は、扉を開いた瞬間に粉々に砕け散った。

 その小部屋には、まるで戦闘員Aがデスガルム総司令の元に向かう事をあらかじめ予見していたかのように、マグゴリア連隊長がたった一人で待ち構えていたからである。

 反射的に、戦闘員Aは一旦開いた扉を即座にバタンと閉じてその場に伏せた。一秒ほど遅れて、マグゴリア連隊長が撃った光線銃が扉を貫通して五発ほど飛んできて、廊下の壁を焦がす。判断が一瞬でも遅かったら、戦闘員Aは撃たれて即死だったろう。


 マグゴリアの野郎、万が一の侵入者にもちゃんと備えていたか。

 出入り口が一か所しか無い部屋を出撃セレモニーの会場に選んで、その入り口の外を自分自身が固めているとは、さすがにそつがないな――戦闘員Aはそんな事を思いながら、来た道を引き返して全力で逃げ始めた。

 独居房を脱出してそのまま駆け上がってきた戦闘員Aは丸腰だった。相手が武装して待ち構えていたら、もう逃げるしかない。

 こんな時に敵の準備の良さを褒めているなんて、自分は一体何のつもりなんだと戦闘員Aは自分自身を不思議に思ったが、緊急事態の時の思考というのは案外そういうものなのかもしれない。


 扉を蹴破る轟音と共に「戦闘員Aが脱走したぞ、あっちだ」というマグゴリアの叫び声が後方から聞こえてくる。そして光線銃の発射音が数回。しかしその時すでに戦闘員Aは、清々しいまでの思い切りの良さで瞬時に自分の作戦の失敗を認め、躊躇なくデスガルム総司令の元に行く事を諦めていた。そして、まずはこの場から少しでも離れるという、その一点だけに思考を集中させていた。

 この切り替えの判断の早さが、最初の数歩の出足に差をつけた。マグゴリア連隊長が部下を呼んで追跡を始めた時にはもう、戦闘員Aはいくつかの廊下の分岐を駆け抜け、どこに逃げたのか分からない状態になっていた。


 一方、戦闘員Aは初動でまず最大の危機を脱すると、すぐ近くにある戦闘員用の備品倉庫に向かった。

 この司令船の船内は、第八世代の軍隊にふさわしく、いつどこに外敵が瞬間物質転送で侵入してきたとしても即座に捕捉し反撃できるよう、監視カメラと各種センサーで常時くまなく監視されている。逃走中の自分の姿も当然捕捉されているはずで、おそらく十数秒後には完全武装の警備兵が自分のすぐ隣に瞬間転送されてくる。事は一刻を争った。

 備品倉庫に入ると戦闘員Aは、ベルトで腰に装着するタイプの個人用瞬間物質転送装置を棚から乱暴に引っ張り出すと、装着して電源を入れた。転送先を手早くインプットしながら、倉庫の中に何か武器がないか素早く目を走らせる。たまたま近くに建造物破壊用の強力電磁斧が置かれているのを見つけた戦闘員Aは、空いた方の手でそれを掴んだ。


 脳内には、デスガルム総司令のいる部屋の会話がテレパシーで流れ込んでくる。見送りのために集まった戦闘員達が、ご武運をお祈りします、お頼みしますデスガルム様、などと勇ましいテレパシーで口々に叫んでいて実に騒がしい。

 デスガルム総司令が「それでは行ってくる」とだけ短く言うと、周囲の群衆たちは一斉に万歳、万歳と叫び始めた。係員が「瞬間物質転送、はじめます」と宣言すると万歳の声はひときわ大きくなり、そしてデスガルム総司令の体は物質転送パルスを受けて一瞬光り輝くとその場から消滅した。それと同時に、モニターに放映されている地球上の映像に総司令の姿が現れた。


「始まってしまったか……。私は出撃を止められなかった……」


 今さっき、侵入者を待ち構えていたマグゴリア連隊長を見た瞬間、戦闘員Aはわずかに抱いていた希望を諦め、次の行動に向けて早々に気持ちを切り替えたつもりだった。

 マグゴリア連隊長はデスガルム総司令の出撃という罠に向け、周到な準備をしていた。それに対して自分が狙っていたのは何か。誰一人味方がいない上に裏切り者にされて独房に収容されているという、圧倒的不利な絶望的状況からの一発逆転だ。そんなもの、よほどの幸運に恵まれない限りは失敗するのが普通だと、最初から覚悟はしていた。

 それでもやはり、あの圧倒的なまでに強く凛々しいデスガルム総司令が、敵の汚い罠にはまり無残にも撃破されると思うと、戦闘員Aは感情の昂りを抑えられなかった。

 その光景を想像するだけで、「宇宙最強のデスガルム軍」だけが自らのプライドを支えている戦闘員Aにとっては、吐き気と共に涙が止まらなくなる。


 ――だめだ。悲しむのは最後だ。私にはまだやる事がある。

 絶対に、最後まで私はあきらめない。


 そして、戦闘員Aは瞬間物質転送装置を作動させた。

 転送先は地球。


 デスガルム総司令との最終決戦のため、ボウエイジャー六人は揃って出撃している。そしてボウエイジャー秘密基地にはたった一人、万代博士ことフエキ=イオニバス氏だけが残されていた。そこが戦闘員Aの選んだ転送先だった。

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