第十八話 最終決戦!平和を守れボウエイジャー

 デスガルム総司令とボウエイジャー六人が、ねずみ色をしたおなじみの採石場で最後の死闘を繰り広げている。


 だが、デスガルム総司令の実力からすれば、このような互角の死闘になっている時点でもう極めて不自然なことだ。本来なら、デスガルム総司令が最初に放った軽い一撃だけで、ボウエイジャーはもう全滅に近い状態になっていても全くおかしくない。

やはり、デスガルム総司令の体には、出撃前にマグゴリア連隊長の手で何らかの秘密工作がされていて、本来の力が発揮できない状態になっているのに違いなかった。

 戦闘状況の中継をテレパシーで受信しながら、戦闘員Aの胸には突き上げるような悲しみと苛立ちがこみ上げてきた。


 だが、今はデスガルム総司令の身を案じている場合ではない。すでに戦闘が始まってしまった今、単なる戦闘員にすぎない自分の微々たる戦闘力では、デスガルム総司令の後を追ったところで何の助けにもならない。逆に邪魔なだけだ。そんな自分の無力さをいくら嘆いたところで、そこからは何も生まれない。

 それよりも、たとえ状況が絶望的であろうが、今の自分に何ができるかを考えて、最後の最後までそれを全力でやり続けるだけの事だ。そう考えた戦闘員Aは、ボウエイジャーではなく、一人で秘密基地に残っている万代博士に戦いを挑むことを選んだ。


 ボウエイジャー秘密基地の司令室に自分を転送させたら、転送が完了した瞬間から、動くもの全てに何も考えず即座に攻撃をしかけると戦闘員Aは心に決めていた。

しかし、転送された司令室には誰もいなかった。

 万代博士、一体どこへ? と戦闘員Aは一瞬戸惑ったが、ハッ! と状況を理解すると反射的に身を伏せた。伏せた戦闘員Aの体のすぐ上を光線銃の軌跡が貫く。


「いい反応だ、名もなき戦闘員!」

 脳内に聞き覚えのあるテレパシーが流れ込んできた。万代博士ことフエキ・イオニバス氏の声だ。

 戦闘員Aはその声には一切反応せず、手に持っていた建物破壊用の電磁斧を躊躇なく思いきり自分の足元に振り下ろした。轟音を立てて司令室の床全体が崩れ落ち、戦闘員Aと万代博士は床もろとも一つ下の階に転落し地面に激しく叩きつけられた。それが彼の返答だった。


「おい、攻撃はちょっと待て戦闘員! お前のような話の分かる奴を私はずっと待っていたのだ。お前と取引がしたい!」

 しかし戦闘員Aはやはり何も答えず、再び斧で地面を激しく叩きつけた。さらに轟音をたてて、もう一フロアが崩落した。


 二度の崩落で、周囲はもはや床材なのか天井の板なのか備品なのか区別のつかない瓦礫ばかりとなった。立ちのぼる砂ぼこりで、周囲は白っぽく霧がかかったようだ。


「どうして話を聞くことすらせずに襲いかかってくる。お前は参謀だろうが。敵との交渉を一方的に打ち切るなど、参謀らしくもない愚の……」


 万代博士がそう言いかけた時、博士の懐に戦闘員Aが飛び込んでいた。

 一度目の崩落の混乱に紛れて、戦闘員Aは気付かれない程度に博士との距離を縮めていたのだ。そして二度目の崩落の瞬間、力強く地面を蹴ると跳躍して一気に間合いを詰め、斧での攻撃に絶好の至近距離につけた。電磁斧を思い切り振りかぶった戦闘員Aは、万代博士の胴に力いっぱい叩きつける。


 斧の衝撃力は、地球の兵器でいうと巡洋艦に装備された速射砲に匹敵する威力を持つものだ。しかし、万代博士はそれがきれいに腹部に直撃し、轟音と共に後方に大きく吹き飛ばされてコンクリート壁に叩きつけられたにも関わらず、何も効いていないといった様子で平然と立ち上がった。博士は戦闘員Aを睨みつけると、ニヤリと唇の片側だけをわずかに上げて笑った。


「なあ戦闘員よ。今回の侵略、お前にとっても随分と奇妙な事が多かったろう。だが、これにはちゃんと裏があるのだ。

 お前ならそれをきちんと理解して、損得を計算した上で、これから私が提案する取引に応じてくれるものと私は信じている。だから話を聞くん……」


 その時にはまた目の前に、戦闘員Aがいた。

 これ以上なく精密な動きで電磁斧を振り回し、的確に急所を狙ってくる。

 しかし万代博士はそれを、生身の人間では絶対にありえない反射神経で軽々とかわした。


「無駄だ、戦闘員A。お前ごときの攻撃をこの私が食らうわけがないと、お前も分かっているだろう」

 博士は余裕たっぷりの表情で攻撃を次々とかわしながら、戦闘員Aの脳に直接語り掛けようとする。だが戦闘員Aはそれを完全無視して、直線的な動きで博士に飛びかかっては次々と鋭い連続攻撃を繰り出してくる。

 万代博士は戦闘員Aの動きを完璧に見切っているので、どの攻撃も寸前でかわして当たることは一度もなかったが、攻撃の度にテレパシーは中断されてしまい、一向に話が進まない。


 たまらず博士は大きく後方に跳躍すると、戦闘員Aと五十メートルほどの距離を置いた。さっきから戦闘員Aは興奮した犬のように一心不乱にじゃれついてくるし、自分の話を一切聞こうとしない。博士もだんだんと苛立ってきて、先ほどまでの余裕たっぷりの芝居がかった口調が崩れてきた。


「お前、いい加減にしろよ戦闘員。話を聞けと言ってるんだ。

 いいか、お前が全然話を聞こうとしないから、もう簡単に要点だけ説明するぞ。聞くんだぞ。いいな!

 お前も今まで、なんで民間の一個人である私が、ボウエイジャーのような強力な軍隊を持っているのか不思議で仕方なかったことだろう。それは当然のことだ」


 五十メートル先の戦闘員Aは、斧を構えて腰を落とし戦闘態勢を取ってはいるが、肩で大きく息をしている。先ほどから一瞬も切れ間なく連続で飛びかかっては渾身の力を込めた斬撃を繰り返しているだけに、さすがに疲労の色が濃い。


「以前お前に誘拐された時に私は、ボウエイジャーは私が自分の護衛用に、半分趣味のような理由で作り上げたものだと言ったよな。その時はそう説明しておいた方が都合が良かったのでそう説明したが、それは全部嘘だ」


 そして十分な間をおいて、博士は重々しい口調でこう言った。

「ボウエイジャーは、わがイオニバス社が開発した最新の軍事システムだ。我々のバックには、ヤブロコフ星など全部で十二の星で構成された秘密軍事協定『十二星連合』がいる。

 十二星連合から委託を受けた我がイオニバス社は、彼らの莫大な資金援助を受けながら極秘裏に最新の軍事システムの開発を進めていた。そしてついに、宇宙最強のデスガルム軍をも圧倒する、あのボウエイジャーを完成させたのだ!」


「ふふふ、驚いたか」と万代博士は続けたかったが、息を整えた戦闘員Aが、まるで自動機械のように迷いなくまたもや斧を構えて全速力で突進してくるので、余裕の台詞を吐く暇もなく再び飛び退いて距離を置いた。


「本格的に予算を付けて実用化研究に入ったのは十年前だが、最初の基礎研究から数えたら四十二年がかりの大プロジェクトだ。

 実験場として選ばれたのはここ『地球』の日本地域。この文明の低い星の純朴な原住民たちは、実験の真の意図も知らず、我々の言葉を何一つ疑わずに素直に信じて、喜んで自分から実験台になってくれた。

 原住民の奴らには我々の先端技術は一切教えず、我々が開発した軍事システムの基本的な操作方法だけを教えて使わせる。そうしておけば、最高機密の軍事技術に触れさせたところで、奴らの貧弱な知識ではその中身を一切理解できない。機密保持という意味でも最高の環境だった。

 それでもまぁ、巨大化カイジンへの対処法は少々面倒だった。もし、奴ら原住民の身体を巨大化してそれと戦わせてしまうと、そういう先端技術があるということに奴らが気付いて、発想を真似されてしまう恐れがあったからな。

その点、巨大ロボットに乗り込んで戦うというのは、第四世代の軍隊しか知らない奴らにとっても馴染みのあるやり方だったから実に都合がよかった。巨大ロボット技術なら、多少奴らに情報が漏れたところで、別に大した痛手でもない」


 もともと万代博士は、この説明をもっと詳しく時間をかけて得意げにやるつもりだった。デスガルム軍の人間がこの驚愕の真実を聞いて、慌てふためく様子を眺めてみたかったのだ。

 ところが戦闘員Aは驚くどころか、自分の話を聞いているのかどうかすら怪しい。いつ戦闘員Aが飛びかかってくるのか分からないので、博士も腰を落とした警戒態勢を取りながら、早口で手短に要点だけを説明せざるを得ない。


「この星の公転周期における一年間を任期として、原住民の若者からなる戦隊を結成して敵部隊との実戦を想定した訓練を行い、所定のデータを収集したら解散。

 最初の三十二回目までの訓練は、実際に戦うのではなく全て仮想現実空間で行なったのだが、原住民たちは今いる場所が仮想現実なのか現実なのかの区別すらついていなかった。本当に愚かな未開人どもだ」


 そう言い捨てて、万代博士は深く邪悪な笑みを浮かべた。これがあの間の抜けた愉快な万代博士の真の姿だと知ったら、ボウエイジャーの六人はあまりの衝撃にきっと卒倒することだろう。

「前の戦隊で得られたデータを反映させ、改良させた次の新しい戦隊を設立する。その試作サイクルを繰り返すこと実に四十二回。三十三回目以降は現実の地球上に犯罪組織や武装集団などを誘い込み、それと実際に戦わせながら実戦のデータを蓄積していった。

 そしてようやく、我々は世界最強のデスガルム軍に比肩する戦闘力を持つ軍事システムを作り上げるに至った。この戦いは、我々の長きにわたる開発の最後の総仕上げにあたる」


 万代博士が、見下すような傲慢な眼で戦闘員Aを睨みつける。

「宇宙最強のデスガルム親衛隊を地球に誘い込み、我々が作り上げた最強の軍隊『鉄壁戦隊ボウエイジャー』が、それを完膚なきまでに叩きのめす。

 その時、我々の計画はついに完成するのだ!」


 そう万代博士が誇らしげに言い放ったのと、突進してきた戦闘員Aが渾身の力で博士に斧を叩きつけたのがほぼ同時だった。激しい火花と共にゴキンという鈍い金属音が響いたが、今度は万代博士が後方に吹き飛ぶことはなかった。

 万代博士は戦闘員Aが振り下ろした斧を片手でやすやすと受け止めていた。そのまま斧の刃を握って軽くひねると、斧は戦闘員Aの手からもぎ取られ、後方に大きく吹き飛んだ。


「力の差は、知っているだろうがッ!」


 そう一喝すると博士は戦闘員Aの首根っこをつかみ、少し持ち上げるとそのまま真下に叩きつけて地面に押さえつけた。戦闘員Aは抵抗する事もできない。

 休みなく続けた攻撃でエネルギーを使い果たしたのか、戦闘員Aは荒い呼吸で大きく肩を上下させていたが、それでもヘルメットで隠された奥の顔だけは、鬼のような形相で万代博士をずっと睨み続けていた。


「もっと賢い男だと思っていたよ戦闘員。誰もが我が身かわいさだけで動いていて、全く現実を見ようとしないデスガルム軍の中で、お前だけが唯一、我々の企みを見抜いて的確に抵抗してきた。マグゴリアからの報告で私は全部聞いている。

 信じてもらえないとは思うが、私はお前を買っているのだ。だからこそ、デスガルム軍の中では唯一、お前となら取引をしてもいいと思った」


 博士の言葉に、今まで頑なに無言を貫いていた戦闘員Aが、ぼそりと一言だけテレパシーを発した。

「デスガルム星を、なめるなよ」


 そう言うと戦闘員Aは、素早く左手を伸ばすと博士の顔面をわしづかみにして、左腕にこっそり仕込んでいた爆破装置を作動させた。いつか万代博士と戦う日がくると想定して、彼が以前に用意しておいた相打ち覚悟の最終手段だった。


 カッ!と一瞬の白い閃光が無音で周囲を包んだ後、爆風が一瞬遅れて周囲の瓦礫を大きく吹き飛ばした。

 しかし、爆風が収まった後にそこに居たのは、顔面に若干の損傷を受けつつも、微動だにせず戦闘員Aの首を押さえ続けている万代博士と、左腕が消滅し、自らが作り出した爆風でむしろ万代博士よりも激しく損耗している戦闘員Aだった。


「……気は、済んだか」


 そう問いかける万代博士の言葉に、戦闘員Aは答えなかった。

 デスガルム軍を救うため、そして万代博士に一矢報いるため、自分が考えうる事は全てやった。それでも、万代博士にはこの程度の傷しか与えられなかった。これが自分と敵の埋められない実力の差だ。


「私はお前を買っている。命を粗末にするな」


 もはや相手側から情けを掛けられるほど、全てにおいて敵側が格上だった。我が軍は「世界最強」という驕りの中で、いつしか内部が腐りきっていた。その驕った空気を変える事ができず、そのまま放置し続けた事が、思えば敗北の始まりだった。


「あと、以前の誘拐の時のことだが、作戦の途中でデスガルム軍に撤退されては困るので、お前を焚き付けるためにデスガルム軍を侮辱した。

 戦略上、どうしても必要だったので仕方がなかったが、敵に対して最低限の礼を欠く態度を取ることは自分でも本意ではなかった。今さらだが、本当にすまなかった」


 万代博士がそう言って頭を下げた時、戦闘員Aの中の何かがポッキリと折れて、全身の力がぐにゃりと抜けていくのを感じた。そしてマスクで隠された彼の目から、音もなく静かに涙が流れていった。


 やめてくれよ。

 お前には憎たらしく失礼で傲慢な敵であってもらわないと、私は困るのだ。

 ことごとく自分の策を封じられて自分の軍は敗北、私は左腕を失った。その上に敵であるお前から非礼を詫びられるなど、それで私の自尊心はこれから、一体どこに寄りかかればいいというのだ。


 するとそこに、緊迫した声のデスガルム軍のテレパシー連絡が入ってきた。

「緊急事態! 緊急事態! デスガルム総司令、エネルギーコーティングの効果が発現しておりません! 総司令の戦闘能力、むしろ低下しています!」

「デスガルム総司令、左腕部に損傷、機能低下! 右胴部に敵の攻撃が直撃、損傷甚大!」

 おそらく万代博士の脳内にも、ボウエイジャーからの戦況報告が伝えられているものと思われた。

「そっちにも連絡が来ているのか?」

 戦闘員Aがそう尋ねると、万代博士は「ああ」とだけうなずいた。


「何を細工したのかは知らないが、デスガルム総司令が倒されたら我が軍も終わりだ。後はお前たちで好きにデスガルム星を切り取るがいい」

 放心したようにそう言う戦闘員Aだったが、それに万代博士は意外な答えを言った。

「いや、デスガルム星の植民地化は考えていない。むしろ今まで通り、デスガルム星には世界最強の軍事力であってほしいのだ」

「どういう事だ?」

「デスガルム総司令はボウエイジャーと戦って倒されたのではなく、味方の裏切りで不意を突かれて攻撃され、本来の実力のほとんどを発揮できぬまま倒された、という事にしておきたい」

「なぜそのような事を?」

「その方が我々、『十二星連合』にとっては都合がいいからだ」


 しばらく沈黙が続いた。「まあ、すぐには理解できないのも無理はないな」と万代博士が得意げにニヤリと笑うと、戦闘員Aは真顔でこう尋ねた。

「……十二星連合? なんだそれは」

 万代博士はカッとなって叫んだ。

「お前! それはさっきから私が丁寧に説明してやっていただろうが!

 ヤブロコフ星以下、十二の星で構成された秘密軍事協定だよ! この秘密軍事協定が、我々イオニバス社にボウエイジャー開発を委託して莫大な資金援助を……ってお前、今までの私の話、全然聞いてなかったのか!」


 戦闘員Aは静かに答えた。

「何か喋ってるなというのは気づいていたが、お前を殺す事だけに集中していたので内容は一切頭に入っていない。だいたい、これから屍になる相手の話を聞いたところで意味はないだろう?」


 ――こいつ、これだけ実力差があると十分知っていながら、それでも本気で私を殺す気でかかってきていたのか。

 すでに勝負は決していたが、その言葉に万代博士は得体の知れない恐怖を感じた。

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