第十六話 忍び寄る影


 久しぶりの自室に戻った戦闘員Aは、部屋でくつろぐ間もなく新しい職場、第二連隊の会議室に向かった。以前から用意していて、今まで日の目を見なかった作戦の資料を山のように携えて、うきうきした気分で戦闘員Aは新天地での最初の仕事に取り掛かった。


「では、早速ではありますが、この案をご覧ください」


 戦闘員Aはスクリーンに映像を映し出した。以前、ドルカース連隊長に握りつぶされた、一度に五体のカイジンを出撃させる作戦案である。マグゴリア連隊長であればきっとこの提案の価値を理解して、採用してくれるに違いなかった。


「なるほど。確かに一度に五体出撃させれば、相手の戦力を分散させて勝率が上がる可能性は十分考えられるな。面白い」

 そう答えたマグゴリア連隊長の言葉に、戦闘員Aは喜びを感じつつもガックリと拍子抜けした。今までの上司の元で味わってきた、あの苦労は一体何だったんだろうか。

 ところが、つかの間の喜びはマグゴリアの次の言葉ですぐにかき消された。


「ただ、この提案の中ではまだきちんと明らかになっていない部分があるな。

 まず、相手の戦力を分散させるというのはこの作戦の最大のメリットだが、逆に最大の不安材料は、四体をエネルギーコーティング無しで出撃させなければならないという点だ。今ではボウエイステルスが加わって相手は六人に増えたから、五体をコーティング無しで出さなければならず、以前よりさらに不利になっている。

 このあたりのメリットとデメリットは、きちんと定量化されているのか?」


 戦闘員Aは反射的に「一番めんどくさい質問が来たな」と思った。

 彼はマグゴリアからどんな質問が来るかをある程度予想して、それに対する答えもあらかじめ用意して説明に臨んでいる。その予想される質問の中でも、来たら一番厄介だなと思っていたのがこの「メリットとデメリットの量をきちんと数値で表現して比較分析しないと、正確な判断ができないのではないか?」という質問だった。


「いえ、それは実施しておりません。なぜかというと、戦闘能力というのは置かれた状況や相手との相性などによっていくらでも変化しますので、全てのパターンを厳密に定量化しようとしたら、とんでもない作業量になってしまうからです。

 それに、そうやって苦労して定量化したところで、前提がわずかでも狂ってしまえば結果も大きく変わり、全く意味のない分析になってしまいます。ですので、そこまで神経質に定量化をせずとも、大枠さえ掴めていれば十分かと思っております」


 戦闘員Aは事前に考え抜いていた回答をよどみなく伝えた。だが、マグゴリア連隊長はそれでも全く納得していない様子だ。

「もし意味は無いとしても、一つもシミュレーションも試算もせずに、きっとうまくいくはずですという感覚的な説明では、さすがにデスガルム様のご了解も得られないだろう。そこは推定でもいいから何らかの数字を置いて、定量化はやらないといかん」

「……はい。了解しました」


 戦闘員Aが言いたいことを渋々飲み込んで指示を了承すると、さらにマグゴリアは几帳面そうな口調で質問をかぶせてきた。

「あと、六体のカイジンを一斉投入するとして、作戦中に六体をどう動かしていくのかについての案はあるのか?」

「はい。まず六体を同時に一か所に投入し、変身直後のボウエイジャーに襲いかからせます。ただ、ここでわざと一旦劣勢のふりをして六体がそれぞれ別方向に撤退し、ボウエイジャーを分断させ……」

「それ以外の案は?」

「……は?」

「それは第一案で、比較検討用の第二案や第三案も当然用意しているのだろう?」


 そんな事はごく当然だと言われてしまうと、戦闘員Aとしては黙るしかない。

 第二案や第三案のような、どうせすぐボツになるものをわざわざ形だけ作っている暇があるなら、その労力と時間をもっと別のことに費やすべきだと戦闘員Aなどは思うが、マグゴリア連隊長はそうは考えないらしい。


「……この案をご提案するに至るまでには当然、数多くの案を考えて比較検討しております。その中で最も良いと考える案をこうしてご説明していますので、他の案も無いわけではありません。しかしこの案と比べればどれも弱点があって、案としては一段劣ります」

「それはお前の考えだろう。デスガルム様や私が同じ風に考えるとは限らない」

「は。失礼しました」

「上司に何か提案をする際には、最低三つは案を用意して、その中から一つを選んでもらう形にするのが当然だ。それが上司と折り合いをつけながら仕事を進めていくということだ」


 その意見に納得はしなかったが、戦闘員Aはとりあえず頭を下げて答えた。

「了解いたしました。それでは第一案だけでなく第二、第三案もご用意した上で、デスガルムへの上申書を作成いたします」

「その三つの案それぞれに、さっき言った定量化データを付けて、ちゃんと一目でメリットとデメリットが分かるような状態にしておくようにな」


 マグゴリアからの指示に、思わず戦闘員Aは言い返した。

「しかし……定量化データと簡単に言いましても、先ほど申し上げた通り、それを作るには前提の置き方の検討で膨大な作業が発生しますし、それを第二案、第三案についても作るとなると作業量も二倍三倍になります。とても次回の出撃までには……」


 どうせ使いもしないのにわざわざ案を三つも用意し、しかもその使わない案についても、完璧なデータを揃えて説明をしろというのである。そうやって進めれば確かに丁寧ではあるが、結局は無駄になってしまう作業があまりにも多すぎやしないか。

 しかし、マグゴリア連隊長はそこで全く手を緩める気配はない。

「最悪、次回の出撃に間に合わなくてもそれは仕方ないだろう。それよりも、ろくな試算もせず感覚だけに頼って作った不確実な作戦案を、デスガルム様に提出する方がよほど大問題だ」

「は……」


 戦闘員Aがふと周囲を見回すと、居並ぶ第二連隊の幹部戦闘員達は「また始まったか」といったウンザリした顔をしている。なるほど、バカな上司と一緒に話をするのは大変だが、頭がいい上司というのも一概に良いものではないのだな、と彼は悟った。

 その後、何度か打ち合わせをしていくうちに、戦闘員Aもマグゴリア連隊長の仕事の進め方を徐々に理解してきた。そして静かに失望を強めていった。


 マグゴリア連隊長は、デスガルム親衛隊きっての知恵者と名高い幹部である。外から眺めていると、説明は理路整然としていて分かりやすく、打てば響くような明快な受け答えは、聡明でとても頼りがいのある上司のような印象を受ける。

 しかし内実では、その理路整然とした完璧な説明を作り上げるために、部下たちは膨大な検証作業と細かすぎる資料作成を強いられているのであった。これだけ手間と時間をかけて全ての案件に準備をしていたら、それは説明も自信に満ちあふれたスムーズなものになるのは当たり前だろう。

 だが、その裏で彼の部下たちは疲弊しきっていた。

 マグゴリア連隊長に何か新しい提案をすると、その提案に対して十のダメ出しが入る。そこで十のダメ出しに答える資料を作ったら、またその資料にそれぞれ十ずつのダメ出しが入るといった有様なので、提案はいつまで経ってもマグゴリアの了承を得られず、なかなか実行に移されない。そのうち、面倒くさがって誰も新しい提案を出さないようになっていた。

 だから、やっている事は部外者から見ると的確で美しく見えるが、その実施量はあまりにも少ない。それに準備に時間がかかり過ぎて、着手するころにはすでに手遅れになっているものがほとんどだった。


 この人は、賢すぎる。

 誤った方向に賢すぎる。


 一難去ってまた一難だな。我が軍の連隊長にはどうしてこう、丁度よいくらいの人材がいないのだろうかと戦闘員Aは嘆いた。最初の希望が大きかっただけに、失望はひときわ大きかった。

 だが戦闘員Aは、そんなマグゴリア連隊長の細かすぎる要求などで屈するような男ではない。彼は働いた。それは昼夜問わずという言葉がまさに当てはまるような、命を削る働き方だった。朝から晩までずっと、仕事の合間に栄養剤の注入を受けながら働き、深夜になると重睡眠装置を作動させながら二時間だけ寝て、そして起きるとまた働いた。


 戦闘員Aを突き動かしているのは、デスガルム軍を侮辱し自分のプライドを踏みにじったイオニバス氏に対する怒り、そしてボウエイジャーに殺害された友人、戦闘員Cへの想いである。

 しかし、彼の心の鍋で長時間煮詰められるうちに、それらの本来の理由はドロドロに溶けきって、すでに元の形を失っている。そして、その溶けたエキスから析出した「ボウエイジャーを倒す」という固い執念の結晶が、彼に疲れを忘れさせ超人的な労働に駆り立てていた。


 せっかく鋭い頭脳を持っているというのに、その頭脳をスピーディーな作戦立案に活用するでもなく、無駄に完璧すぎる提案を作り上げるためだけに使うのがマグゴリア連隊長のやり方だ。そのやり方に対して、戦闘員Aは反抗することも適当にごまかすこともしなかった。真っ向から、がっぷりと組み合ったのである。


 マグゴリア連隊長が出してくる無数の確認やダメ出しは、通常であれば十日あっても完璧には答えられないような量のものだ。それを彼は、超人的な努力で翌日には全て調査を終え、万全の対策を検討し、きっちりと耳を揃えて回答を提出した。

 するとマグゴリア連隊長は、その回答に対してもまた微に入り細に入り指摘を加えてくるのだが、やはり戦闘員Aは、その翌日には完璧に全ての回答を用意してくるのだった。


 それだけではない。今回提案した「一回に五体のカイジンを出撃させる作戦」に関するダメ出しへの回答だけでも気の遠くなるような仕事量だというのに、さらに彼は、以前の全体会議で握りつぶされた「ボウエイジャーを無視してアメリカの大統領を誘拐する作戦」の再検討も、同時並行でマグゴリア連隊長に提案したのである。


 当然ながら、それに対するマグゴリア連隊長のダメ出しも熾烈を極めた。

 だが戦闘員Aは「一切逃げずに全て受け止めて、完璧に返し切ってやる」という揺るぎのない視線でマグゴリア連隊長の目を見つめ返すと、

「わかりました。ご指摘頂いた点は明日までに必ずご回答します」

と静かに答えたのだった。


 この暴挙に、第二連隊の幹部戦闘員たちの間でも、戦闘員Aはあっという間に浮いた存在になった。第四連隊から新たに編入されてきたA、あいつはやばい。目がおかしい。近寄らないほうがいい。

 そんな噂が広まりだすと、徐々に誰もが戦闘員Aと距離を置きはじめた。

 戦闘員Aが誰かに仕事を振っても、あれやこれやと理由をつけて断られてしまう。やれ時間が足りません、やれ関係部署が理解してくれません、と言い訳する同僚や部下の目には、何とかして面倒事を避けたいという意志が露骨に現れている。


 戦闘員Aは、そのような怠慢な言い訳に怒りもせず苛立ちもしなかった。

 その代わり、ダメだと言うのなら、どこまでならできてどこから先がダメなのか、その理由は何なのかと一つ一つ丁寧に確認していった。そして、できない事は別にやらなくてもいいから、できる所までは決められた期限までに確実にやれと言って、ひたすら理詰めで淡々と逃げ道を片っ端からふさいでくるのだった。


 そんな彼に災難が降りかかったのは、「一回に五体のカイジンを出撃させる作戦」のダメ出しの種をようやくほぼ全て潰し終わった、大詰めの日のことだ。

 病的なまでに口うるさいマグゴリア連隊長でさえ、これ以上は文句を付けようがないくらいまで徹底的に練り込まれた戦闘員Aの案を前に、ようやくマグゴリア連隊長も渋々首を縦にふった。あと数点の確認事項をクリアすれば、やっと正式な連隊長決裁が取れて作戦を実行に移すことができる。


 というわけで、その日は戦闘員Aにとって、ようやく上司決裁を取れた喜ぶべき一日だったわけだが、そんな最高の一日は予想外の出来事で暗転した。

 周囲に誰もいない通路を一人で歩いていた戦闘員Aは、突然背後から何者かに光線銃で後頭部を撃たれたのである。


 偶然その凶行現場に通りがかった作業員が驚いて警戒音を発し、すぐに介抱してくれたので、彼はかろうじて一命を取り留める事ができた。

 後で聞いたところによると、一発目の光線が命中した場所が頭の中心部からわずかに逸れたことと、一発目の衝撃で彼が前のめりに倒れ、そのおかげで二発目、三発目の光線が外れた事が不幸中の幸いだったらしい。


 戦闘員Aは意識を失ったまま昏睡状態を続け、七日後にようやく目を覚ました。体を起こそうとする戦闘員Aを、気付いた軍医が慌てて制止した。


「体を動かさないで。絶対安静ですよ」

「私は一体……?」


 後頭部がズキズキと痛い。脈の動きに合わせて、一定のリズムで痛みが襲ってくる。


「頭を撃たれた事、覚えていませんか」

「いや全く……。そうか、撃たれたのか私は。頭にとんでもない痛みと衝撃を感じて、過労で脳出血でも起こしたのかなと一瞬思ったんだった。でも、もうその後は意識が飛んでしまって全然記憶がない」

「これ見ますか? これだけの状態で、あなたの頭部がほぼ無傷なのが本当に信じられませんよ。よほど当たり所が良かったんでしょうね」


 そう言って軍医はベッドの脇に置いてあった戦闘員Aのヘルメットを指差した。そのヘルメットは後頭部の広い範囲が黒く焼け焦げて炭化していた。装備がこれだけ損傷していながら、戦闘員Aの頭部にほとんど損傷がないのは確かに奇跡に近い。


「それで、犯人は逮捕されたのか?」

「は?」

「私を撃った犯人だよ。船内に敵のスパイがいるのか、それとも密かに紛れ込んだ破壊工作員か。いずれにせよ司令船内でこんな殺人未遂事件が起きるなど言語道断だ。一刻も早く犯人を見つけ出して逮捕しなければ司令室が危険だ」


 立ち上がろうとした戦闘員Aを、少し不自然なほど慌てながら軍医が制止する。

「え……ちょっと待って。絶対安静ですって。体を起こさないで」

「絶対安静になどしてられるか。私を撃った犯人が今この瞬間にも、司令船に破壊工作をしている最中かもしれないんだぞ。保安部は何をやっているんだ。テレパシー暗号化装置を貸せ。今すぐ保安部に連絡を取って状況を確認する」

「いや、だから犯人は……」

「早く装置を貸せと言っている!」


 ベッドから上半身を起こそうと腕を振り上げた戦闘員Aは、そこで自分の腕が何かに引っかかって、途中までしか上がらない事に気づいた。


 「ん?」と思って自分の右腕を見ると、右腕には手錠がはめてあって、移動式ベッドの柱と鎖でつながれている。左腕の方を見ると、左手も手錠でベッドの柱とつながれている。ふと自分の腹部を見ると、腹のあたりに巨大な金属製のベルトが締められていて、ベッドから起き上がる事ができないように拘束されている。


「なんだこれは?」


 軍医が、汚物でも見るような軽蔑の目つきで戦闘員Aを睨んだ。お前のような奴にも、最低限の礼儀を保って会話してやっているんだから感謝しろ、とでも言いたげな口調で軍医は答えた。


「破壊工作しようとしていたのはあなたでしょう。せっかく運良く拾った命なんですから、軍事法廷に出られるくらいまでには回復してもらって、洗いざらい話して頂きますからね」


 何が起こっているのか、戦闘員Aは全く状況がつかめなかった。ちょっと待て、私が破壊工作? そんなバカな事を言っているのは誰だ、と戦闘員Aが慌てて尋ねると、軍医は静かに答えた。


「マグゴリア連隊長です。証拠も十分すぎるくらい揃っていますよ。そもそも、あなたを撃ったのも連隊長です」


 その言葉に、戦闘員Aは思考停止した。ずんずんと酷くなっていく等間隔の後頭部の鈍痛が正常な思考が妨げ、全く考えがまとまらない。どういう事だ、どういう事だ、どういう事だ……


「あなたは秘かに敵方と通じて、船内の重要区画に多数の爆薬を仕掛けた。もう全部わかっているんですよ。あなたは爆薬で母船を爆破した上で、ボウエイジャーにこの船の場所を伝えて彼らを呼び込み、親衛隊を壊滅させるという計画を実行しようとしていた。

 でも、最近のあなたの挙動を不審に思ったマグゴリア連隊長は、ひそかに行動を監視されていたんです。

 それで、あなたがその計画を決行しようとしたその日、連隊長はようやくあなたの邪悪な計画の確たる証拠を発見しました。正式な手順を踏んで逮捕していては、その間に計画を実行されてしまうと判断したマグゴリア連隊長は、やむなくあなたをその場で射殺する事を決断したそうです」


 そして軍医は冷たくこう言い放つと、部屋を出ていった。

「全てを話すまでは、自殺もさせませんよ。この裏切り者」

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