第十四話 宇宙最強!悪夢のデスガルム総司令

 万代博士の誘拐作戦が失敗に終わってから、戦闘員Aはすっかり無口になった。テレパシーのトーンに生気はなく、常にどこか声を掛けづらい雰囲気を醸し出していて、時々ボソボソと発する短い発言には鬼気迫るような凄みがあった。


――あれ? デスガルム軍って、思っていたほどは強くないんだなと。

――ボウエイジャーは私が自分の護衛用に、半分趣味で作り上げたものですよ。そんな趣味の護衛部隊が、もし世界最強と名高いデスガルム親衛隊をあっさり倒してしまったとしたら……?

――それはとても愉快だなあ、なんて。


 戦闘員Aの脳裏に、万代博士ことフエキ=イオニバス氏が言い放ったこの言葉と、彼のいやらしい笑顔が何度も蘇ってくる。そのたびに戦闘員Aは、わき腹の肉を掻き毟って壁に投げつけてしまいたいような衝動に駆られた。


 屈辱。


 自分は何の後ろ楯もない一般戦闘員からの叩き上げで、世界最強のデスガルム軍、その中でも最精鋭部隊であるデスガルム親衛隊の参謀に抜擢された。戦闘員Aの心を支えている自己肯定感は、ほぼ全てがその成功体験と自負心だけで構成されている。

 そんな彼にとって、デスガルム軍を侮辱するイオニバス氏のこの言葉は、自分自身への侮辱であった。そして、イオニバス氏の言葉通りにボウエイジャーに敗北を続けているというこの否定できない現実が、また彼の悔しさを倍増させているのだった。


 絶対に、イオニバス氏を倒す。


 その一念だけで、戦闘員Aはひたすら戦略を考え続けていた。

 あの言葉がイオニバス氏の本心ではなく、ただの安い挑発である事は、彼も重々承知の上だった。ボウエイジャー有利で進んでいるこの戦争を長引かせれば長引かせるほど、両者の戦力差は広がり、より有利な講和条件を勝ち取れる可能性が高まる。そのために、イオニバス氏はあのような安い挑発文句でわざと戦闘員Aの怒りを誘ったのだろう。


 だとしたら、デスガルム軍が地球侵略を諦めて撤退する事が、実は最もイオニバス氏を困らせることであり、すぐにでも司令室に対して地球侵略の中止と退却を進言すればよいようなものだが、戦闘員Aはそれをしなかった。


 戦闘員Aは、自分で自分の事を合理的な人間だと思っていた。むしろ、合理的な判断ばかりしているために、時にはそれが冷酷で人情が無いと他人からは思われているのではないかと気にしているくらいだった。常に有形無形の損得を考え、総合的に利益になるのならやるし、利益にならないのならやらない。自分はそういうシンプルな価値観で動く人間であると、戦闘員Aは自らの性格を分析していた。


 ところが今回の件に関しては、いつも通りに淡々と損得勘定をして、より多く得する方をただ選べばいいだけの事なのに、なぜかそうする事ができない自分がいた。


 私にも案外幼稚なところがあるんだな、と戦闘員Aは己の中の意外な一面を初めて知って不思議な気分になっていた。合理的で冷徹だと思っていた自分に、相手の挑発にプライドを傷つけられてムキになるという熱い一面がある事は正直驚きだったが、不思議と悪い気持ちはしなかった。


 イオニバスの野郎。いいよ、お前の挑発に乗ってやるよ。


 私はバカだ。自軍のために最良の選択肢を選ばず、安っぽい挑発に引っ掛かって、兵士たちを無駄死にさせる選択肢を選んだ無能な参謀だ。

 でもイオニバス。賢いお前には一生分からないと思うが、そういうバカの、非合理的な一撃が、誰も予想しなかった突破口を開いたりすることがあるのも戦争だ。

 何としてもお前の喉笛に喰らいついて、引きちぎってやる。世界最強のデスガルム軍、なめてかかっていると痛い目みるぞ。


 そんな彼が打ち出した次の作戦は、デスガルム総司令の直々の出陣であった。


 それも今回は、いつものように最初に上司のドルカース連隊長に提案し、ドルカースを通じて総司令に話を通すのではなかった。

ドルカースに一切の事前の相談はせず、デスガルム総司令と全連隊長が参加する定例の全体会議の場で、いきなりデスガルム総司令に対して直訴をしたのだった。


「弊、戦闘員Aより申し上げます! 誠に僭越とは存じますが、現在の戦況をつぶさに鑑みるに、次回の我が第四連隊の出撃巡におかれましては、デスガルム総司令閣下の御親征を賜りたく、ここに意見具申するものであります!」


 会議室の場が、地鳴りのような無数のテレパシーでどよめいた。


 何よりも一番目を引いたのは、戦闘員Aの直属上司であるドルカース連隊長の慌てぶりであった。オタオタと非常に分かりやすい素振りで驚きを示すと、思わず前方の連隊長席を立って、戦闘員Aの座っている後方まで発言を止めに行こうとして、隣に座っていたマグゴリア連隊長に制止される始末だった。このドルカースの様子を見た会議参加者の誰もが、第四連隊の内部で何か色々あったのだなとすぐに察した。


「ほほう。どういう事かな。申してみよ、戦闘員A」

 深いソファーに腰掛けたデスガルム総司令が、手に持ったグラスの中に入った経口摂取型の液体潤滑剤を揺らしながら発言を命じた。


「は。これまで我が軍は、カイジン戦力を以ってボウエイジャーを打倒すべく、鋭意作戦行動を遂行して参りました。しかし味方の被害甚大にして敵方の損耗は軽微であり、作戦の根本的見直しを要するものと認識しております」


 この発言に、今度はピタリとテレパシーが止んで、不自然なまでの静寂が会議室を支配した。

 これまで、誰もが細心の注意を払いながら、何重ものオブラートに包んだ穏便な表現で、連戦連敗の惨状を総司令に報告し続けてきたのだ。そんなみんなの配慮が、この大馬鹿野郎の迂闊な一言でぶち壊しになろうとしている。

 決してテレパシーには上げないが、戦闘員Aの言葉に対して「なんてことを言ってくれたんだ」という怒りと焦りが入り混じった感情が会場を支配した。


「なるほど。そこまで戦況は悪いと」


 何の感情も感じられないデスガルム総司令の短い静かな言葉に、会議に参加していた全員が一斉に震え上がった。

 果たして、デスガルム総司令の脳内でこの短い一言に続いている言葉は「そんな話は聞いていないぞ、ふざけるな」なのか「誰がこの状況を招いたのか正直に教えてみよ」なのか。誰もが思い思いに次のセリフを勝手に想像しては勝手に恐怖した。


「はい。しかしそれは、我が軍の参謀たちの作戦立案や、各部隊の戦闘の内容に問題があったのではありません。そもそもこの地球という未開文明の星に、ボウエイジャーという最新鋭の武装勢力が隠されていたという全く予想外の事態が、全ての原因であります」

「ほほう」

「我が軍に必要な事は、ボウエイジャーとのこれまでの戦いについて、各隊の作戦行動の不備を責めることではありません。敵戦力の見積りを改めることであります。

 つまり、カイジンよりも上位クラスの戦力、すなわちデスガルム総司令のご親征こそが、局面を打開する最良にして唯一の手段であると考える次第であります!」


 デスガルム総司令はしばらく無言で考え込んだ後、やはり短い言葉で戦闘員Aにこう申し渡した。

「うむ。その方の意見具申、一理ある」


 その言葉に、会場は相変わらず静まり返っていたが、心の中で誰もが胸をなで下ろした。これまでの連敗の責任を各部隊に問うべきではないという戦闘員Aの意見に対して、デスガルム総司令が「一理ある」と答えた事で、会議参加者たちの身の安全はひとまず確保された形となったからだ。


 デスガルム総司令の言葉は常に簡潔で無駄がない。「予算は?」と聞くと、秘書を務める女性カイジンが素早く察して総司令に該当の資料を手渡した。


「総司令自らがご出撃されるとなると、今年度予算は二十パーセントの超過となります。これだけの超過額となると、補正予算を議会に要請する必要があります」

「難しいな」

「その通りですね」


 デスガルム総司令と秘書の小声の会話に、安堵の一息をついていた会議室は再び極度の緊張に包まれた。

 この会話の結論は、彼らにとって死活問題である。親衛隊の特権を濫用して、彼らはこれまでの連戦連敗を本国に一切報告していない。そのため、補正予算を本国の議会に要請されてしまっては非常にまずいのである。補正予算は使わず、できれば予算内に収めるという結論にしてほしかった。


 デスガルム総司令は、デスガルム軍の司令官であると同時に、自らが軍内で最強の戦力を誇る強化戦士でもある。世界最強のデスガルム軍の中でも最強の戦士ということは、つまり彼自身が「生きる世界最強戦力」であることを意味している。

 瞬間物質転送装置が普及し、世界中どこへでも一瞬で軍隊を送り込む事ができるようになった以上、全ての戦闘現場にデスガルム総司令を投入してしまえば理論上は常に不敗となる。だが費用対効果の問題があって、その必勝作戦が採用される事は決してない。


 というのも、デスガルム総司令がその最強の戦闘力を発揮するためには、採算を度外視した莫大な量のエネルギーが必要になるからである。総司令がパンチ一発、キック一発を放つたびに、カイジン一小隊が出撃する時に必要とするのとほぼ同等量のエネルギーを消費する。

 そのため、通常の敵を倒すためにわざわざデスガルム総司令自らが出撃してしまうと、たとえ戦闘に勝ったとしても、実は負けた側よりも多額のコストがかかっていたというバカバカしい事態になりかねない。

 よって、デスガルム総司令クラスの戦力をもつ最強戦士が出撃するのは、敵国の同レベルの敵が攻めてきたような深刻な事態の時に限られている。そのような最強戦士はどの国も一人か二人しか保有しておらず、その戦士の敗北がすなわちその国の敗北を意味するという、国防の最後の要であった。

 そんな、デスガルム星で最高峰の戦闘能力を持つデスガルム総司令が出撃すれば、さしものボウエイジャーも、石臼ですり潰されるようにあっさり撃破される事は間違いない。ただ、問題はその出撃費用である。

 地球という大した特徴もない未開の惑星を征服するために、わざわざデスガルム総司令まで出撃させたとしたら、その莫大な戦費をどう本国に説明すればいいのか。


「戦闘員A。貴官の意見具申、直ちに実行に移すことは難しい。ただ、その内容は十分に検討の必要ありと判断する。本国への補正予算申請も視野に入れつつ、連隊長会議で議論させよう」


 デスガルム総司令が重々しくそう申し渡したところで、自らの部下が引き起こしたこの恥ずべきスタンドプレーに耐え切れなくなったドルカース連隊長が、勢いよく挙手して大声でがなりたてた。


「総司令に申し上げます! 戦闘員Aが申す通り、現在の局面には確かに厳しい面も一部で見られるかもしれません。しかし、まだ総司令が御自らご親征頂くほどの状況には至っていないものと存じます。これより作戦の練り直しを行いますので、今しばらくご猶予を頂きたく!」


 そんなドルカース連隊長に、デスガルム総司令は静かな声で尋ねた。

「具体的に、どのように作戦案を練り直すのだ?」

「は……! それは……その……。カイジンの戦意を高めて……」

「戦意を高めるという策は、以前から何度も聞いている」

「あ……。例えば新しい武器を……カイジンに……」

「どの武器であるか?」

「それは……、いましばらくご猶予を頂ければ、きっとご用意を……」

「いつまでに用意する?」

「え……、できるだけ早く……」

「話にならぬ」


 その時、さすがにこの状況はまずいと思ったか、隣に座っていたマグゴリア連隊長が助け舟を出した。

「デスガルム総司令に申し上げます。戦況は確かに厳しくはございますが、まだデスガルム総司令が御自らご親征されるまでの深刻さではないものと存じます。

 かといって、これまでのように通常のカイジンを投入し続けていたのでは、いつまで経ってもボウエイジャーに損害を与える事はできません。ですのでここは、その中間を取って、我々四人の連隊長のうちの誰かが出撃するというのはいかがでしょうか?」


 全身びっしょりと冷や汗にまみれたドルカース連隊長は、藁をもつかむ思いでその助け舟に食いついた。

「そうです! それです! 一般のカイジンの戦闘力では少しばかり奴らに手こずりましたが、我々連隊長の高い戦闘力をもってすれば、ボウエイジャーなど楽勝でございます! 連隊長の誰かに出撃をお命じ頂ければ、直ちに奴らを粉砕してくれる事でしょう!」

「よし。それではドルカース。次巡はお前が出撃せよ」

「はい?」

「連隊長のお前がボウエイジャーを倒すのだ」

「……え?」


 呆然と立ち尽くすドルカース連隊長の姿を少し離れた席から眺めながら、戦闘員Aは心の中で密かにガッツポーズをした。


 デスガルム総司令のご親征が実現すればよし。実現しなくとも、ドルカース連隊長を罠にはめて陥れられれば、それでも十分よし。

 全ては戦闘員Aの狙い通りだった。

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