第十二話 さらわれた万代博士(前編)

「無敵戦隊サイキョウジャー」の乱入により、デスガルム軍は大事を取って出撃を一巡見送った。

 情報部の分析では、彼らのような古参戦士は年に一回程度、研修の講師として現場に復帰しているだけで、定常的な活動はしないとのことだった。確かにサイキョウジャーは一回だけの登場でいずこともなく去っていき、その後の行方は全く分からない。

 それを見て連隊長たちは、半ば強引に情報部の分析は正しいという結論に持っていくと、一巡見送っていた第四連隊の出撃をさっさと再開する事にした。

 その結論の牽強付会ぶりに戦闘員Aはうんざりしたが、彼が提案した万代博士誘拐作戦を、これでようやく実行に移すことができる。

 過ぎたことは過ぎたことだと戦闘員Aは素早く気持ちを切り替えて、目先の作戦に全力を集中する事にした。


 誘拐自体は実に簡単なものだった。万代博士は少し間の抜けた愉快なおじさんといった雰囲気の人で、外敵の襲来を警戒するような緊張感は微塵もない。しばしば陽気に調子の良い事を言ってはボウエイジャーの面々から呆れ顔でたしなめられていて、その様子からは、彼が宇宙最強クラスの武装勢力を一人で作り上げた天才科学者だとは到底思えない。


 戦闘員Aは、博士がボウエイジャーと一緒にいない時を狙って誘拐をしようと虎視眈々と様子を伺っていたのだが、その作業が余りにもバカバカしい事にすぐ気がついた。

 彼は警護もつけずに一人で暮らしていて、水戸市の郊外にある地下秘密基地からフラフラと外に出ては、茨城県庁あたりの市街地を当てもなく散策したりしている。秘密武装勢力の指導者としては、あまりにも無用心なことこの上ない。

 ボウエイジャーの面々とも常に行動を共にしているわけではなく、時々開かれる秘密基地でのミーティングの時に会う程度だ。誘拐に適したタイミングはいくらでもあった。


 博士が一人きりになった時に、瞬間物質転送でミノムシ型カイジンを送り込んで万代博士の身柄を確保し、誘拐はあまりにもあっさりと成功した。


 誘拐した万代博士は最初、宇宙空間に停泊中のデスガルム親衛隊の母船内に監禁しておく予定だった。

 だが、もし何らかの方法で万代博士がボウエイジャーに連絡を取り、彼らに自分の監禁場所を教えてしまったら、彼らは博士を奪還するために母船まで駆け付けてきてしまうだろう。母船を危険に晒すわけにはいかないという理由で、デスガルム軍は地球上の廃ビルをこっそり占拠してアジトとし、博士の監禁場所にした。


 コンクリート打ちっぱなしの殺風景な灰色の小部屋の中で、万代博士は拘束具で椅子に手足を縛りつけられていた。博士は大げさにおびえた様子でキョロキョロと周囲を見回し、わざとらしく顔をゆがめながら体をよじって脱出を試みていたが、そんな事で拘束具が外れるはずがない。

「お前がいなければ、ボウエイジャーも何もできまい」

 ミノムシ型カイジンが勝ち誇った様子でそう言って高笑いすると、万代博士はいかにも苦しそうな表情で「くそう。なんて卑怯なやつらだ」などと、無念さをにじませたセリフを繰り返している。

 警備役として部屋の隅に控えていた戦闘員Aは、そんな博士の様子を先ほどから冷静に観察し続けていた。今のところ、博士の姿はどこから見てもごく普通の地球人だ。違和感は何一つない。


 ――よし、揺さぶりをかけてみるか。

 戦闘員Aは、隣にいるミノムシ型カイジンには分からないように、個別送信で密かに万代博士だけにテレパシーを送った。


「いいかげん、その不自然な芝居はやめませんか、博士?」


 万代博士の反応は、戦闘員Aの予想した通りだった。

 博士は一瞬だけ動きを止めたが、その後は何事も無かったように再び「私たちはデスガルムなどには負けはしない!」などと必死の形相を作りながら、馬鹿な原住民のふりを続けている。


 そのわずかな反応を、戦闘員Aは見逃さなかった。

やはり、万代博士は異星人で確定だ。


 もし彼が本当に地球の原住民であれば、テレパシー能力を開発されていないので、そもそも戦闘員Aがテレパシーを送っている事にすら気づく事ができない。博士が一瞬でも動きを止めたという事が、彼がテレパシーの受信能力をもつ異星人である事のこれ以上ない証拠であった。


「この星の原住民をたぶらかして軍隊の真似事をさせて、何が楽しいのですか?」

 戦闘員Aはそう問いかけたが、抜け目のない万代博士はもう全く反応しなかった。


「我々が、この星を極力傷つけないよう細心の注意を払って侵略し、占領した暁には原住民に高度な文明を授けて共存共栄を目指していることくらい、我々と同じ文明人であるあなたなら、十分にご存知でしょうに」


 万代博士は相変わらず戦闘員Aのテレパシーを完全無視し、「卑怯だぞ、デスガルムめ!」などと、囚われた哀れな中年男のわざとらしい演技をやめようとしない。


「あなたは、この星の原住民を使って我々の侵略を阻止しようとしています。しかしその行為は無駄な破壊を増やすだけでなく、この星の文明の発展を阻害し、決してこの星の原住民の為にはならないということも、あなたは十分理解しているはず」


 それでも万代博士は完全にだんまりを決め込んでいる。

 そこで戦闘員Aは、彼に自分の正体を吐かせるため、カマを掛けてハッタリをかます事にした。これはかなりの賭けだが、こうでもしない限り、この狡猾な異星人は絶対に尻尾を出さないだろう。それに戦闘員Aには、今回の自分の推理に不思議なほど確信があった。「自信を持て。絶対に俺の推理は間違っていない」と内心は不安でたまらない心を奮い立たせながら、さも全てを知っているかのように自信満々な態度で、彼はテレパシーを送った。


「だって、ヤブロコフ星人が、我々の侵略のやり方を知らない訳がない」


 この戦闘員Aの渾身のハッタリに、万代博士は引っ掛かった。

 さすがに動揺を表情に出すような初歩的なヘマはしなかったが、迂闊にも博士は再び一瞬だけ動きを止めてしまったのだ。博士のそのわずかな反応を、戦闘員Aは見逃さなかった。すぐに畳みかけて万代博士を揺さぶりにかかった。


「おや? 一瞬だけ動きが止まりましたね今。図星でしたか?」

「……」

「我々の情報網を甘く見ないで頂きたい」

「……」

「我々は、ただあなたと交渉がしたいだけなのです。互いに文明人同士、戦闘ではなく話し合いで相互の理解を図るべきではないでしょうか」

「……」

「いかがですか博士?」


 戦闘員Aのその言葉に、ようやく万代博士はテレパシーを返してきた。冷徹で落ち着き払った、とても低い波長の精神波だった。


「さすがだな。どこまで調べた?」


 重々しい威厳に満ちたその心の声は、普段の飄々とした愉快な博士の雰囲気からは全くかけ離れたものだった。慣れた手つきで短刀をためらいなく首筋に突きつけてくるような凄みがあった。少しでも自分を怒らせたら、その短刀で一切躊躇せずお前の喉を掻き切るぞ、という抜き身の覚悟が伝わってくる。

 しかし一方で博士は、そのテレパシーと同時進行で、ミノムシ型カイジンに誘拐された哀れな地球人という下手な演技を続けていた。


 野郎、ついに馬脚を現わしやがったな。やはりこの飄々とした呑気な博士は全部演技だったかと、戦闘員Aは自らの推理にますます確信を深めた。

 私の推理が正しければ、この万代博士という人物は、私の揺さぶりに対して間違いなくこういう反応をするはずだ。この圧倒するような威圧感のある重いテレパシーは、自分が万代博士の正体であろうと確信していた、ある人物の人物像とも完全に一致する。

 戦闘員Aは、ここは自分の推理を信じて、畳み掛けるようにさらなるハッタリで賭けに出るべき時だと判断し、最大の切り札となるカードを切ることにした。


「さあ? どこまででしょうか。ご想像にお任せします、フエキ=イオニバス殿」


 この賭けは成功した。

 万代博士の正体がヤブロコフ星人の大富豪、フエキ=イオニバス氏だというのは、戦闘員Aの単なる推理に過ぎない。それも、その推理はただ推論を積み上げて消去法の結果導き出されたものに過ぎず、その正しさを裏付ける具体的な証拠は何一つない。

 だが、結果的に彼の推理は正解だった。

 そしてこの戦闘員Aの一世一代のハッタリに、万代博士は、デスガルム軍の調査が自分の身辺のすぐ近くまで及んでいるのだと完全に勘違いした。


 そこまで調査しているのであればもう隠しても意味がないと、万代博士は認識を切り替えたようだ。身体では哀れな囚われの博士の演技を続けたまま、彼は不敵な笑みを織り込んだテレパシーを戦闘員Aに返してきた。

「さすがは世界最強のデスガルム軍。一体どうやって調査したのか、教えてもらいたいものだ」

「世界最強は伊達ではないのですよ、イオニバス殿」

 戦闘員Aも不敵に笑い返した。

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