第十話 新しき仲間

 戦闘員Aは書き上げた始末書を軍監に提出すると、深いため息をついた。


 戦闘中に勝手に自らの持ち場を離れた軍規紊乱行為と、許可なく瞬間物質転送装置を使用した禁止行動の責による譴責処分。

 これが、先日のボウエイステルス出撃の際の身勝手な行動により彼が受けた処罰だった。加えてそれには、上司であるドルカース連隊長のパワハラまがいのお説教五時間コースがおまけについてくる。

 しかし、そんな事は戦闘員Aにとってはどうでもいい事だった。彼はただ、素晴らしい友人だった戦闘員Cの仇を討つ二度とないチャンスを逃してしまった事だけを深く後悔していた。


 さらに彼を憂鬱にしているのは、先日、あと少しという所までボウエイジャーを追い詰めていながら、最後の最後で突然うずくまり苦しみだして撤退を余儀なくされた、ボウエイステルスの異変の理由だった。


 瞬間物質転送装置で母船に撤退したボウエイステルスは、そのまま集中治療室に送り込まれて全身をくまなくスキャンされたのだが、彼が突然苦しみだした原因は「排泄反射行動の開始に伴う腹部疼痛」であったと判明した。要するに、便意をもよおしてトイレに行きたくなったのである。


 デスガルム軍の軍人たちは、戦闘中に不慮の尿意や便意に悩まされる事がないよう、全員が入隊前に民間の医療機関で肉体改造手術を受けて、排泄物自動処理装置を体内に組み込んでいる。

 そのためデスガルム親衛隊の科学部隊は、誘拐してきた地球の原住民も、排泄物は出ないものだと反射的に思い込んでしまった。それで、その前提でうっかりボウエイステルスへの改造手術を施してしまったのだった。


 とりあえず今回は、漏れ出した排泄物は医療班の方でなんとか処理したものの、今後どうするかについて、デスガルム親衛隊司令室では緊急会議が開かれた。デスガルム軍に所属する軍人は全員が排泄物自動処理装置を体に組み込んであるので、この母船の中にはトイレが一つもないのである。


 科学部隊は最初、誘拐してきた雄の原住民「松本 丈」に対して、身体を改造して排泄物自動処理装置を組み込むことを検討した。しかしデスガルム軍は、地球の原住民の身体に関する医学的知識をほとんど有していない。


 ボウエイステルスに組み込んだ変身機構は、大部分がボウエイジャーのコピーなので、これを松本 丈という地球人の体に組み込むのはそれほど難しくはなかった。同じ改造を行ったボウエイジャーの五人が問題なく生きているのだから、それと同じ機構を組み込んだ松本 丈もきっと問題はないはずだと、科学部隊は迷いなく手術することができた。


 だが、排泄物自動処理装置はもともとデスガルム人の身体に合わせて設計されたものだ。そんな装置を、デスガルム人とは体の構造が根本的に異なる地球人の体に組み込んだ時、彼の身体に一体どんな不測の事態が生じるかは全く未知数だ。

 すでに多額の予算をつぎこんでボウエイステルスに仕立て上げてしまった松本 丈に対して、今さらそのようなリスクの高い手術を行う事はあまりにも危険だった。


 結局デスガルム軍は、松本の身体に排泄物自動処理装置を取り付ける事は諦め、地球から強奪してきた簡易トイレを船内に設置する事にした。

 その結論に至るまでの数日間のゴタゴタの間、松本は便意や尿意のたびに世話係の戦闘員を呼んでは地球上の無人の公衆トイレを探して瞬間転送してもらい、横で戦闘員の監視を受けながら用を足すという屈辱的な扱いを受けることになった。

 松本 丈の脳には、デスガルム人は味方だと認識する強力なプログラムが組み込まれている。それでも松本は、いくら味方であってもこの仕打ちは酷すぎると言わんばかりの、不満げな表情をしていた。


 そうこうするうちに、前回の出撃から七日間が経過した。

 ボウエイステルスは再びエネルギーコーティング処理を施され、今度は直前にきちんと簡易トイレで用を済ませたうえで出撃した。戦闘員Aの口うるさい意見具申にもかかわらず、今回もサポート役の五人の戦闘員は同行せず、ボウエイステルス単独での出撃になった。中身が地球人であるボウエイステルスに、戦闘員の指揮はさせられないというのがその理由だった。


 悠々と現れたボウエイステルスの前に、本当に一体どうやって毎回我々の瞬間物質転送先を察知してくるのか、ボウエイジャーの五人が徒歩で現れて立ちはだかる。

 しかし今回はいつもと少し様子が違っていた。ボウエイジャーの五人は、ボウエイステルスと戦うことに対してどこか腰が引けていて、前回の敗戦の恐怖を引きずっているかのようであった。


 これはいける! と戦闘員Aは心の中で快哉を叫んだ。襲いかかるボウエイステルスに、五対一でありながらも圧倒されるボウエイジャーたち。侵略を始めて以来、ここまでボウエイジャーが追い詰められたことは一度もなかった。

 ボウエイステルスの攻撃を受けて地面の上に転がったボウエイジャー五人は、何やら口々にボウエイステルスに向かって懸命に呼び掛けている。

その呼び掛けの内容が機械で自動翻訳され、司令室で戦況を眺めている戦闘員Aの耳にも入ってきた。


「ジョー君、目を覚まして」

「ジョー、お前はデスガルムに操られているんだ」

「やめるんだジョー、俺はお前とは戦えない」


 ん? と戦闘員Aは彼らの言葉に違和感を抱いた。科学部隊が誘拐してボウエイステルスに改造した松本 丈という男は、なにやらボウエイジャーと顔見知りであるような口ぶりではないか。

 戦闘員Aは、近くにいた科学部隊の戦闘員に尋ねた。

「一つ質問なのだが、ボウエイステルスのベースになっているあの松本とかいう原住民、彼はボウエイジャーの五人と面識があるのか?」


 科学部隊の戦闘員は胸を張って誇らしげに答えた。

「ええ。面識があるどころか、松本はあの五人とは昔からの大の親友です。少し前まで親友だった人間が、敵であるデスガルム人の手先になって自分たちに襲いかかってくる。彼らにとって、これほど心が折れるショックな出来事はありません。

 それに、相手が親友であればボウエイジャーも反撃を躊躇するはずです。相手の戦意をくじき反撃を封じる。どうです? 完璧な作戦でしょう。素晴らしいではありませんか?」


 戦闘員Aは内心、この腐れ外道どもめ! と科学部隊の非人道的なやり方を心の中でなじった。

 誇り高き世界最強のデスガルム軍人たるもの、コンプライアンスを常に意識し、人道に反する行為は厳に慎むべきではないのか。彼は最初そう憤ったのだが、ただ、近しい者同士で仲間割れさせる事で攻撃を躊躇させるというのは、確かに戦術としては理にかなっている。それに、これまでの連戦連敗を考えると、戦い方の人道性など構っていられない切羽詰まった状況であることも間違いなかった。


 戦闘員Aは内心の憤りを隠して冷静に答えた。

「なるほど。それは有効なやり方かもしれんな。だが、無二の友人だった者を味方に引き込むという事は、ボウエイステルスが我々を裏切って友人の元に戻ってしまう危険性も高くなってしまうのではないか?」


 科学部隊の戦闘員は、愚問だと言わんばかりに大きく首を左右に振った。

「戦闘員A様、それが不可能だからこそ、我々はこの作戦を採用したのです。

松本 丈に施した脳へのプログラミング処理を解除することが、どれほど不可能に近いものなのかは、あなたもよくご存じの事ではないですか。

まして地球の原住民が持つ幼稚な脳科学技術で、このプログラミング処理が解除されることなど、絶対にありえな――」


 その時、科学部隊の戦闘員のテレパシーをかき消すような大きな声と打撃音が、スピーカーを通じてデスガルム軍の司令室内に響き渡った。


「ジョー、目を覚ませエェ!」


その音に、司令室内の全員が戦闘の様子を映し出した大スクリーンの方を一斉に振り向いた。

 そこには、ただ一人フラフラと立ち上がったボウエイレッドが、ボウエイステルスを一喝して頬をひっぱたく姿が映っていた。こんな原始的な攻撃など、ボウエイステルスならば簡単に回避できたはずだが、彼はその一撃をあっさりと食らうと、反撃もせず呆然と立ち尽くしている。


「お前は、俺たちの、仲間だろうが!」


 ボウエイレッドの必死の呼びかけに対し、身じろぎもせず固まったままのボウエイステルス。その姿に戦闘員Aは驚愕した。

 デスガルム軍が松本 丈に施した脳へのプログラミングは、友情だとか仲間だとか、そういう感情で左右されるような表層的なレベルのものではない。松本 丈は「空腹になれば何かを食べたくなる」「疲れると眠くなる」といった生存本能の一部として「デスガルム軍は味方である」ということを深く脳内に刷り込まれている。

ボウエイステルスにいくら友情や過去の思い出を訴えかけたところで、それは腹を空かせた人に対して「お腹いっぱいでしょ?」と訴えて食欲を消滅させようとするようなものだ。彼がそれに反応する事は理論上、絶対にありえない。

 しかし、ボウエイステルスはボウエイレッドの叫びを聞いて硬直し、そして頭を抱えてその場にうずくまってしまった。信じがたいことだった。


「緊急事態! ボウエイステルスに異変! これより通常戦略フェイズを破棄、緊急対応フェイズ、パターン7に移行する。待機中のカメムシ型カイジンは直ちにボウエイステルスの回収に向かうこと。繰り返す、待機中のカメムシ型カイジンは直ちに――」


 ボウエイステルスの出撃を管轄している第二連隊のメンバーが、異変を機に慌ただしく動き始め、司令室内は一気に緊迫した雰囲気になった。しかし悲しいかな、この作戦の担当ではない第四連隊の戦闘員Aは何も手出しする事はできない。ただボウエイステルスが無事に回収される事を祈りながら、司令室の大モニターを黙って眺めているしかないのだった。

 大忙しの第二連隊の通信を邪魔しないよう、戦闘員Aは隣に座っていた部下の戦闘員Lに低品位回線でテレパシーを送った。


「カメムシ型カイジン、エネルギーコーティング無しでの出撃になるが大丈夫なのか?」

「緊急事態だし、仕方ないという判断なのでしょうね」

「まあ、ボウエイステルスを抱えて瞬間物質転送で母船に戻ってくるだけだから、戦闘しないですぐ逃げてくれば大丈夫か」


 ほどなくして、戦闘現場に瞬間転送されたカメムシ型カイジンの姿が司令室のスクリーンに映し出された。カメムシ型カイジンはうずくまっているボウエイステルスを背中から抱えると、「ボウエイステルス、おうちに帰るぞ~」とコミカルな声で宣言した。

 しかしあろう事か、次の瞬間、それまで微動だにしなかったボウエイステルスが、彼の体を抱え上げようとしたカメムシ型カイジンの腕を乱暴に振り払ったのである。そして、吹っ切れたように立ち上がると、先ほどまでの弱々しい様子とは一変して、実に堂々とデスガルム軍からの寝返りを宣言した。


「やっと目が覚めたぜデスガルム! 俺はもう迷わない。覚悟しろ怪人ども。俺は『見えざる鉄壁、ボウエイステルス!』」


 そう叫ぶとボウエイステルスは、ボウエイジャーが毎回変身時に行う三秒ほどの民族舞踏を行い、決めポーズを取った。他のボウエイジャーとは異なる彼独自の振り付けである。

 戦闘員Aは呆気に取られた。なんなんだこれは。

我々の味方として作り上げられたボウエイステルスが、解除不能であるはずの脳へのプログラミングをこうもあっさりと解除し、そして、まるで以前から用意してみっちり練習でもしていたかのように、地球の民族舞踏の自分専用の振り付けを完璧に踊るとは。

 こんなことは普通に考えて到底あり得ない。あまりにも不自然すぎる。


 これは、もしや――


 突然のボウエイステルスの寝返り宣言で上へ下への大混乱に陥っている司令室の中で、戦闘員Aだけが唯一人冷静に、大画面に映るボウエイステルスの姿を静かに睨み続けていた。

 内通者か、外部からの潜入者か。その方法はわからない。

 ただ、少なくともこれが、彼単独で行われた発作的な裏切りではない事は確実だ。

 誰かが、裏で何かを仕組んでいる。それもかなり大規模に、ずっと以前から計画的に。

 ふむ。我々が相手にしているのは、どうやら非常に狡猾で、頭が良くて、先を読むのに長けた者であるようだな。

だが、そいつの尻尾をつかむ手掛かりは、無いわけではない――


 そう沈思黙考していた戦闘員Aだったが、次の瞬間、彼は司令室の大スクリーンに映し出された光景に愕然とし、驚きのあまり思わず椅子からずり落ちてしまった。その拍子に「……ギィ?」という間抜けな威嚇音が出てしまい、周囲の戦闘員の失笑を買った。

 戦闘員Aがスクリーン上に見たのは、巨大カメムシ型カイジンを倒すべく、自分用の巨大ロボを呼び出しているボウエイステルスの姿だった。


 ……なんで?

 なんで今さっき裏切ったばかりのやつが、自分のロボ持ってんの?

 おかしくね?

 それ絶対変じゃね?

 ロボ作るのなんて、どう考えても設計から完成まで二か月はかかるんじゃね?


 これまでのボウエイステルスの信じがたい裏切り劇の裏で、何者かが手を回していたと仮定して、顛末を整理するとこうなる。

 敵方は、デスガルム軍がボウエイジャーをコピーしてボウエイステルスを作り出すという事を、あらかじめ知っていた。その上で、厳重な脳へのプログラミングを克服してボウエイステルスが我々を裏切るように、手術の最中にこっそりと何らかの細工を施した。しかも、裏切り後のボウエイステルスが乗るための、巨大ロボまで事前に用意していた。それなのにボウエイステルス自身は、自らの意志でデスガルム軍を裏切ったと信じ込んでいる。


 一体誰が、そんな手の込んだ裏切り工作を親衛隊内に仕組んだのか。

 その時戦闘員Aは、かなり前に情報部の戦闘員が報告してきた、ある人物の名前を思い出していた。


「万代博士――」


 戦闘員Aは、この人物を何とかしなければならないのではないか、と直感でそう思った。特に根拠はなかったが、その直感はおそらく正しいと、確信に近い自信があった。

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