第九話 ボウエイステルス登場

「確かにこれは素晴らしい成果だ。この短期間で科学部隊はよく頑張ってくれた」


 目の前にひざまずいて下を向いている全身黒ずくめの男を眺めながら、戦闘員Aは満足げに言った。彼の脇に控えた科学部隊所属の戦闘員は説明を続けた。


「ボウエイジャーの『変身』システムについては、七割程度ですがそのメカニズムを解析完了しました。残り三割については、何しろ非常に珍しい技術が使われているので苦労している面もありますが、それでもほぼ全容が解明されるまで、それほど時間はかからないでしょう」


 戦闘員Aは少し不安になって尋ねた。

「という事は、このコピー戦士はボウエイジャーの解析が全部は完了してない段階で作られているという事だよな。それでもちゃんと使い物にはなるのか?」


 科学部隊の戦闘員は自信満々にうなずいた。

「大丈夫です。解析が完了していないといっても、それは存在理由のわからない無意味な機構がいくつか組み込まれているという事です。あっても無くても全く何の効果も及ぼさないので、とりあえずその機構の部分だけは、何の手も加えずにまるまるコピーしてみたのですが、完成テストでも全く問題は起こりませんでした。

 それに、戦闘能力はテストで実証済みです。シミュレーションでは我が軍のカイジンを圧倒的な強さでねじ伏せました。ボウエイジャーを構成する生体強化技術をベースに開発し、一部は我々のカイジン技術の最新鋭のものを組み込んでさらに強化しましたので、おそらくボウエイジャー五人の戦闘能力をも上回っているものではないかと」


 うむ、ご苦労だった、と戦闘員Aはうなずいた。

 科学部隊は連日連夜、ほぼ不眠不休で必死にボウエイジャーの技術の解析を進めてくれた。それで、この短期間でコピー戦士の開発まで成し遂げてくれたのだ。その超人的な奮闘ぶりは特筆に値する。

 それだけに、頑張った科学部隊の心情を害さないよう、戦闘員Aは慎重に言葉を選びながら科学部隊の戦闘員に尋ねた。


「ところで……。一つ質問したいのだが、この戦士のデザインは、もう少し何とかならなかったのかね?」

「は?」

「この新戦士、こんな姿形では、まるで我々の味方というより、ボウエイジャーの仲間のようではないか」

「それは仕方のない事です。ボウエイジャーの技術を解析し応用して作り上げた戦士ですから、姿形がボウエイジャーに似通ってしまうのは当然の事といえます」


 科学部隊の戦闘員は全く悪びれる様子もなくそう言い放ったが、戦闘員Aはどうにも納得できなかった。単なるデザインの問題なのだから、たとえ意味のない飾りでもいいから、我が軍のカイジンのような角やら触手やらを外付けで生やして、我が軍らしい見た目にしてやれば済むだけの話ではないか。


 二人の前にひざまずいているこの黒い服装の戦士は、目の部分が黒いバイザーで覆われ、口の部分が銀色の黒いマスクをかぶり、胴体の装備の造形もまるでボウエイジャーそのものである。こんなまぎらわしい格好では敵味方の識別上も支障をきたすのではないか。


「それにしても、実際にボウエイジャーの解析を通じて痛感しましたが、本当にこのボウエイジャーの『変身』というシステムは技術者魂をくすぐる素晴らしいものですね。一体どんな優秀なエンジニアが開発をしたのか、一度会って話をしてみたいものだと科学部隊のメンバーは口をそろえて言っておりますよ」


 そう言って科学部隊の戦闘員は笑った。技術者という人種は、敵味方など関係なく、優れた技術に対しては素直に敬意を払うものらしい。

「それに彼らのこの洗練されたフォルム、これがまた無駄がなく機能的で実に理にかなっています。敵が作り上げたものながら、実に美しい」


 そういって、尋ねてもいないのに科学部隊の戦闘員はベラベラと興奮気味に話し始めた。どうやら研究を進めるうちに、科学部隊は皆がすっかりボウエイジャーを構成する技術のファンになってしまったらしい。

 この黒いコピー戦士の造形が、自軍のカイジンではなくボウエイジャーに似ているのも、それらしく言い訳はしているが、間違いなくこいつらの個人的趣味だな、と戦闘員Aは確信した。


「ボウエイジャーの技術を土台に、我がデスガルム軍の技術を融合させて誕生したこの究極戦士。名付けて……」


 科学部隊の戦闘員は自信満々に胸を張って宣言した。


「見えざる鉄壁、ボウエイステルス!」


 そこは少なくとも「ボウエイジャー型カイジン」じゃないのか? と戦闘員Aは思ったが、科学部隊が連日連夜、夜を徹してボウエイジャーの変身システムの解析のため頑張ってくれていたのを知っていたので、本質とは関係のない造形や名前くらいは彼らの好きにさせてやろうと、敢えて指摘することはやめておいた。


「このボウエイステルス、おそらくもう散々試しているのだとは思うのだが、地球の原住民をベースにするのではなく、デスガルム人をベースにして同じように作ることはやはり無理なのか?」

 戦闘員Aがそう尋ねると、科学部隊の戦闘員は申し訳なさそうに答えた。


「それは無理ですね……。このボウエイジャーの変身システムは、地球の原住民の遺伝子形状に合わせて作り上げられているので、構造が全く異なる我々デスガルム人の遺伝子に組み込むことはできないのです。

 間に遺伝情報の翻訳システムを組み込むことで、何とかできないものかと何度も挑戦してみたのですが、システム発動のポイントとなる特定のタンパク質の組み合わせを、デスガルム人の身体はどうしても合成できなくて……」


 戦闘員Aは、どこか悲しそうな顔をしながらつぶやいた。

「惜しいものだな。もしこの変身技術を我が軍でも実用化できれば、私たちのような異形の存在を作らなくても済む。敵ながら、実に人道的な技術だとは思わんかね」

「そうですね……。いつの日かデスガルム星でもこの技術を実用化して、軍属でも非番の時は民間人に戻って生活ができるようになれば……」


 二人はそこで押し黙ってしまった。

 デスガルム軍の軍人はみな、超人的な戦闘力を身につけるために人為的な肉体改造や機械化の手術を施している。もちろんそれでも通常の社会生活は送れるし、普通に結婚もするし子供も作るのであるが、外見だけは民間人と大きくかけ離れたものになってしまう。


 そのような大きな代償を払ってでも軍での仕事を志願し、社会のために尽くすデスガルム軍人は、一般市民からの大きな尊敬を受ける名誉ある存在であり、待遇の面でも通常の職業よりずっと恵まれている。だが、そうは言っても、自らの体に一生取り返しのつかない変更を加えて異形の存在になるという哀しみは、実際に軍人になった者でなければ理解できないものなのかもしれない。

 だからこそ、普段は民間人と何一つ変わらない身体で暮らしながら、戦闘時だけカイジンに変身できるというボウエイジャーの五人に、戦闘員Aはどこか羨望のようなものを抱かずにはいられないのであった。


「まあ、確かに理想を言えば、デスガルム人をベースにしてボウエイステルスを作ることができれば、裏切られる心配がないという点で一番安心ではあります。

 ですが、誘拐して生体改造を行ったこの原住民の脳には、我々が仲間であると認識させる強固なプログラミングを施しております。それを解除する事が不可能なのは、あなたもご存知の通りでしょう。ですので、裏切りの危険性については、実用上の問題はないかと考えております」

「うむ。結果が楽しみだな」


 こうして実戦投入されたボウエイステルスは、緒戦でデスガルム軍の予想をはるかに上回る戦果を挙げた。


 当初、司令室の中にはボウエイステルスの実力を危ぶむ声も少なくなかった。ボウエイステルスはボウエイジャーのコピーなのだから、同じものを五体揃えなければ互角にならないのでは、という意見もあった。だが、デスガルム軍にはエネルギーコーティングという独自の技術がある。一日しか持続しないのが難点だが、これを施せばカイジンの能力は軽く十倍以上に跳ね上がる。

 デスガルム軍のエネルギーコーティングを施されて出撃したボウエイステルスは、一対五という大きな数的不利にも関わらず、驚くべき強さでボウエイジャー五人をあっという間に撃破したのであった。


 傷ついて地面に転がるボウエイジャー五人を前に、戦闘員Aは思わず拳を握り、司令室のモニターの前で強く念じた。

「何を悠々と歩いているボウエイステルス! そんな所で無駄に余裕を見せなくてもいいから、急いで駆け寄って全員にさっさと止めを刺すんだ! チャンスは目の前に現れた時に確実にものにしておかないと、すぐに逃げていくんだぞ!」


 しかし、そんな戦闘員Aの願いも空しく、千載一遇のチャンスは、つかみ取る寸前でデスガルム軍の手のひらからこぼれ落ちていった。

 地面に転がるボウエイレッドまであと一歩という所まで近寄ったボウエイステルスが、いきなりその場にうずくまり、身悶えして苦しみだしたのである。


「警報! ボウエイステルスの生体に原因不明のトラブル発生! 危険です! 直ちに撤収させて応急処置を行います!」


 医療班や科学部隊が慌てて走り回り、やにわ騒然とするデスガルム軍司令室の中で、戦闘員Aはただ一人「なぜサポートの戦闘員を現地に送っていない! 今からでいい! 戦闘員を送り込んでボウエイジャーに止めを刺すんだ!」とテレパシーで周囲に呼びかけた。

しかし司令室内が警報体制に移行し、緊急テレパシーの方が優先配信されるようになってしまったため、その声は誰にも届かなかった。


 通常なら、カイジンが出撃する際にはサポート役の部下として戦闘員五人が随伴するのだが、今回の出撃ではその姿が見えない。

後に判明した事だが、特殊な試作戦士であるボウエイステルスでは五人の戦闘員の指揮はできないという判断から、ボウエイステルスの運用を管轄している第二連隊は、戦闘員を付けずに単独で送り出していたのだった。


 くそっ! と戦闘員Aは舌打ちした。こうなったら俺がやるしかない、と彼は司令室の外に走り出て、腰にぶら下げた瞬間物質転送装置を作動させた。目的地は地球、ボウエイジャーが倒れている地点である。

 無断で持ち場を離れる事、独断で瞬間物質転送装置を使用する事。いずれも後で始末書は確実な軍規違反行為だが、親友だった戦闘員Cの仇を討つ最高のチャンスを、みすみす指をくわえて見逃すわけにはいかなかった。


 バチュン、という音とともに物質転送装置が作動し、戦闘員Aは地球に降り立った。十五メートルほど先に、ダメージで身動きが取れなくなったボウエイジャー五人が地面に転がっている。すぐさま止めを刺そうと武器を構えた戦闘員Aだったが、彼はそこで動きを止めた。

 ボウエイステルスの突然の異変から撤収という、わずか数分間のタイムロスの間に、ボウエイジャーたちは息を吹き返していた。武器を杖にして再び立ち上がった彼らは、満身創痍で足取りもフラフラとしていたが、その眼は燃えるような戦意をすっかり取り戻していた。


 こうなっては万事休すだ。戦闘員Aは絶好のチャンスを逃した事に歯噛みをしながら、再び瞬間物質転送装置を作動させ母船に帰還した。

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