第七話 若き戦士たち

 その日、戦闘員Aは従軍弁護士の部屋にいた。


 五体のカイジンを一斉投入する作戦は上司に却下され、必殺技をかわす作戦は失敗に終わったが、それでも彼は諦めてはいなかった。次の作戦を立案し実行に向けて動き出したが、ただ、今回の作戦案は少々注意を要するものだった。


「彼らは軍人ですよね。たとえ変身前であっても」


 揺るぎのない、まっすぐな瞳で従軍弁護士の目をじっと見つめながら、戦闘員Aはきっぱりと言い切った。

 意図的にそういう態度を選んだのは彼の作戦で、目力と迷いのない口調で、なんとか従軍弁護士の判断を押し切ってしまいたいという思いからであった。だが、法律のプロである従軍弁護士は、そう簡単に都合のよい法的判断を下してはくれなかった。


「戦闘員A殿、さすがにそれは無理があります。彼ら五人に関する調書、当然あなたもご覧になったでしょう?」

 従軍弁護士はそう言うと、五つの分厚い紙の束を戦闘員Aの前にバサッと乱雑に広げた。


 その五つの紙束にはそれぞれの表紙に「真地野 大護」「城永 万里夫」「長壁 守」「矢倉 みのり」「嘉手納 千代」という名前と共に顔写真が貼られていた。その下には生年月日や住所、経歴、家族構成などが事細かに記載されている。ボウエイジャーに変身する五人の戦士たちの身辺を、徹底的に調べ上げた調書だった。


「彼らはボウエイジャーとして戦闘行為を行っている事を、周囲に一切秘密にしています。それで普段は大学生であったりアルバイト店員であったり、一般人と全く変わらない生活を送っていて、どの軍事組織にも所属しておりません。となると、法律上の扱いでは彼らは間違いなく民間人になります。

 確かに、我々が出撃する日とその前日は必ず休日にしているなど、戦闘行為に備えた行動の痕跡は確かに見られるものの、それを以て彼らが軍人であると判断するのは、法的にはかなり無理のある解釈といえましょう」

 そう冷静に言い放つ従軍弁護士に、戦闘員Aはひるまず食い下がった。


「しかし、ボウエイジャーは軍隊なんですよね。軍隊なんだから、ボウエイジャーに対して我々が攻撃を仕掛けて撃破、殺害する事は戦闘行為であって法的には問題ないわけだ」

「そうですね。ボウエイジャーに対して我々が戦闘行為を行う事は、法律上も全く問題はありません」

「でも、その一方で、ボウエイジャーに変身する前の、真地野 大護たちに対して危害を与える事、これは法的には許されないと」

「はい。変身前の真地野 大護たちは民間人ですから」

「うーん。やっぱりそれは理解できないなぁ」


 戦闘員Aはそう言って、打合室の椅子の背もたれに背中を預けた。従軍弁護士は、堅苦しく背筋を伸ばしたまま姿勢を崩さない。法律がそのまま人格を持ったような、生真面目一徹な男のようだった。


 戦闘員Aは次巡の攻撃で、変身する前にボウエイジャーを倒してしまうという作戦を立案しようと思っていた。そんな彼が真っ先に気にしたのは、この作戦が国際法で禁じられている「民間人に対する故意の攻撃」に該当するかどうかであった。


 昨今、戦争の「不殺化」は世界のトレンドである。

 特に第七世代以降、軍隊の主力が航空機や戦車からカイジンに変わり、戦争の形態が遠距離からの砲撃戦から近距離での格闘戦に変わってからは、誤爆や誤射、巻き添えによる死亡の可能性が格段に低下した。そのため、むやみに民間人を殺害する行為は、過去とは比べ物にならないほど国際的な批判を受ける行為となっている。

 戦闘員Aもそんな世間の空気は十分承知していて、だからこそ作戦を立案する前にこうして従軍弁護士に相談しているのだった。しかし弁護士の示した見解は、彼にとっては実に不都合なものだった。


「ボウエイジャーには攻撃してもいいけど、変身前の生身の状態では攻撃してはいけないなんて、どう見ても不自然じゃないですか! だって彼らは同一人物なんですよ?

 我々軍人は、たとえ非番の日に武器を持たずプライベートで活動している最中に、運悪く戦闘行為に巻き込まれて殺されても文句を言えません。それは軍人が心得ておくべき当然の覚悟であり常識です。異星人である彼らには、その常識も適用されないということですか?」


 そう詰め寄る戦闘員Aに、従軍弁護士は冷たく言い切った。

「戦闘員A殿、それは違います。法律では軍人と民間人の境界線は『戦闘能力の有無』によって定義されます。変身前の彼らには戦闘能力が無い。だから軍人ではなく民間人と定義せざるを得ないのです」

「うーむ」と戦闘員Aは腕組みをして考え込んでしまった。


 彼らの法解釈を悩ませているのは、ボウエイジャーが使用する「変身」という独特のシステムである。

 デスガルム軍をはじめとする現代の軍隊に所属する軍人は、全員、身体に強化改造や機械化を施していて、超人的な身体能力と装甲を有している。それは直接戦闘には参加しない、補給や修理に携わる間接部門の軍人も例外ではない。

 だから軍人と民間人の区別は簡単で、身体を軍用に改造していれば軍人、改造していなければ民間人である。たとえ非番で武器を携帯していない時であっても、改造によって超人的な身体能力を有している以上、軍人は戦闘能力を有していると解釈され、法律上は民間人とは違う扱いになるのである。

 しかしこの「変身」を行うボウエイジャーの場合、果たして彼らの扱いは軍人になるのか民間人になるのか。その線引きには前例がなく、法令の条文と過去の判例を参考にしながら新たな解釈を考えていく必要があった。


「ですけど、相手が民間人である場合でも、例えば秘密裏にスパイ活動を行って敵国に機密情報を流していた民間人を軍が発見して、殺害したりするようなケースは普通にありますよね?」

「はい」

「その場合は、身体改造していない民間人を殺害しても罪には問われないわけですから、そのようなケースと同じ解釈を適用して、ボウエイジャーに変身する前の民間人である彼らを殺害する、というやり方は十分ありうるのではないですか?」


 従軍弁護士は一瞬だけ「あー。いかにも素人さんにありがちな質問だなー」という辟易した表情を見せた。

「『民間人による軍隊の幇助行為』の適用ですね。これはですね、ケースバイケースで案件ごとに法解釈が分かれるので、我々にとっても一番厄介な案件なんですよ。

 確かに、おっしゃられるような解釈で押し切るというのも不可能ではないとは思いますが、その理屈とストーリーで民間人殺害が許容されるとは、一概には言い切れない部分があります。

 特にあのゾルダーク疑獄以降は、安易に幇助行為を適用して判決を下す事に対して、法曹関係者は慎重な姿勢を取る人がずっと増えましたからね……」

 そう言って従軍弁護士は言葉を濁した。そして、もし軍隊の幇助行為という法解釈を用いて変身前のボウエイジャーの殺害に踏み切られるのだとしたら、私の一存では何とも判断できません、事前に本国の法務部にも相談して、万全のシナリオを描いてからでないと、後日遺族から訴追されるリスクがありますとの見解を述べた。


 その回答に今度は戦闘員Aが頭を抱えてしまった。今、本国に報告が行くのはデスガルム親衛隊としては非常にまずいのだ。

 デスガルム総司令自らが率いるこのデスガルム親衛隊は、総司令の特権として、その作戦行動についての本国への細かい報告義務を免除されている。それを良い事に、四人の連隊長たちは相談しあって、今回の地球侵略でボウエイジャーを相手にさんざん苦戦しているという現状を、まだ本国に一切報告していないのである。

 最初の頃は、苦戦するといってもせいぜいあと四巡か五巡もすれば片が付くだろうし、その後で報告すればよいという理由で本国への報告を控えていた。最終的に侵略に成功してさえいれば、途中に多少のトラブルがあっても何とかごまかしきれるだろうという目算があった。

 それが、ずるずると何巡も侵略失敗が続くうちに、報告もできず侵略も進まずで、親衛隊の四人の連隊長たちはもう引くに引けない状態になってしまっていた。

 この泥沼の状況に最後にどうやって落とし前をつけるのか、心の中では全員が戦々恐々としていたが、もはや誰もそれに答える事はできなかった。そんな状態なので、本国に連絡や相談など絶対にできるわけがなかった。


 戦闘員Aは、法律に目鼻がついて服を着ているようなこの従軍弁護士が相手では、この方向で議論していても埒が開かないなと思い、論点を変えてみる事にした。

「では、あなたがおっしゃるように、仮にボウエイジャーが変身前は民間人、変身後は軍人に該当するのだとして、その場合、彼らはどの段階で軍人に切り替わったという判断になるのでしょうか」


 戦闘員Aは、ボウエイジャーが変身後に必ず行う民族舞踏の間に攻撃を仕掛けられないだろうかと考えていた。あの定例の儀式の間、彼らは防御姿勢も全く取っていない完全無防備状態なので、まさに絶好の攻撃機会なのだ。

 しかしこれもまた、従軍弁護士の見解は非常に都合の悪いものだった。


「彼ら五人が順番に民族舞踏を終え、最後に『鉄壁戦隊、ボウエイジャー!』という掛け声と共に全員でポーズを取り、そのポーズを解除した瞬間ですね。その瞬間が、民間人から軍人に切り替わったタイミングであると法律上は解釈されます」


 ええっ⁉ そこなの? 判定厳しすぎない? と戦闘員Aは愕然とした。

「それでは、彼らの儀式中には全く攻撃できないではないですか!」

「そういう事になります」


 この法解釈には、戦闘員Aのテレパシーも思わず荒くなってしまう。

「なぜですか! だって先ほどの説明では、戦闘能力があれば軍人、無ければ民間人という定義でしたよね?

 彼らはまず五人が横一線に並んだ後、腕に装着した装置を作動させます。すると謎の発光現象によって彼らの全身が光に包まれ、それでボウエイジャーに変身します。戦闘する時の姿に見た目が変わったんだから、その時点で彼らはもう軍人でしょうよ。民族舞踏と儀式を行うのはその後なんだから、仮に我々がボウエイジャーの儀式中に攻撃しても、それは民間人への攻撃には該当しないと考えるのが自然じゃないんですか?」


 苛立つ戦闘員Aに、従軍弁護士は冷静に回答した。

「確かにお気持ちは分かります。しかし、何しろ未知の異星人の事でありますから、我々の常識で変身完了したと判断したら、実はそうでは無かったと後で判明するケースも十分あり得るわけですよ。その場合、故意ではないので殺人にはなりませんが、過失致死に問われる可能性は十分にあります」

「いや、どう見ても外見が変わった時点で変身完了してるでしょうよ!」


 従軍弁護士は、少し落ち着いて下さいと戦闘員Aをたしなめた。

「本当に、それで変身は完了しているのでしょうか? 私が懸念しているのは、彼らが『鉄壁戦隊、ボウエイジャー!』という掛け声と共に全員でポーズを取った時に、もう一度全員の体が一斉に発光している点なんです」

「それに何の問題が?」

「つまり、腕に装着した装置を作動させた段階では、まだ姿形だけがボウエイジャーに変わっただけで、戦闘能力を有していない中間段階にあるのではないかという点を、私は懸念しているのです。その可能性はゼロではないと思います」

「はあ? すみません、どういう意味ですかそれ」


 身を乗り出して詰め寄る戦闘員Aに、従軍弁護士はまじめくさった顔で説明した。

「例えば、脱皮直後の昆虫は殻が固まるまでしばらく時間がかかるように、彼らボウエイジャーも変身を開始してからそれが固定するまで、しばらく時間が掛かっているという可能性が考えられるのです。

 あるいは、最後の発光現象には変身状態を身体に定着させる効果があるとか、ひょっとしたらそういう事情があるのかもしれません」

「何言ってるんですか、さっきから。普通に考えて、姿形が変われば戦闘能力も発生しているに決まってるじゃないですか」

「いえ、我々とは体の構造が全く違う異星人のことですから、我々の常識を当てはめて考えるのは禁物です」

「……」


 戦闘員Aは黙りこくってしまったが、構わず従軍弁護士は続けた。

「もしそうだった場合、あの儀式中にボウエイジャーを攻撃して彼らを殺害してしまうと、地球の侵略が完了した後で、ボウエイジャーの遺族が損害賠償を請求してくる可能性は十分に考えられるわけです」

「……しかし、そんな事を言っていたら、いつまで経ってもボウエイジャーに攻撃などできないですよ」

「当然、ずっと攻撃できない訳ではありません。彼らが明確な攻撃意思を持って我々に襲いかかってきた時点からは、もう間違いなく変身終了と見なして問題ありません。

 その点、彼らが最後に五人でポーズを取り、『鉄壁戦隊、ボウエイジャー!』と名乗る行為は、武装組織の結成宣言と我々に対する宣戦布告であると明確に解釈できます。ですから、この行為を行った時点が民間人と軍人の境界線であると定義しておくのが、戦後に訴追されるリスクを避けるためには最も妥当であろうかと」


 戦闘員Aは、なんだかもう何も反論する気力も無くなってしまい、吐き捨てるように言った。

「そこまで敵の事を気遣ってやらないといけないのですか」

 従軍弁護士はにこりともせず答えた。

「敵のためではありません。自分たちのためです」


 常に国際法を意識して行動し、あらゆるステークホルダーへの配慮を欠かさない事が、侵略後の統治をスムーズにするだけでなく、各方面からの批判に対して自らの身を守ってくれるのです。

 そう言って全く譲る気配を見せない従軍弁護士に、戦闘員Aは深々とため息をついて、打合せ室を後にした。


 結局、次巡の第四連隊の出撃では何も目新しい作戦も無く、ボウエイジャー達が変身ポーズを取る間、カイジンはただコンプライアンスを遵守してボケーッとそれを眺めていて、そしていつものようにあえなく敗北したのであった。

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