第6話 葬斂女王のダークエルフ

 大世界樹の世界から抜け出た異世界列車は異空の群雲を走る。さっき乗っていたときは異空の雲に興味を持っていたルキであったが、今はただ静かにため息をはく。 

「そんなにイヤなのか? ダークエルフに会うのが」

「別にイヤではないのじゃが……、どんなカオをして会えばいいか」

「世界が滅びかけています。助けてください」

「それが言えたらいいのじゃがな」

 ルキは首を左右に振りつつ、異世界列車の車窓を見る。異空に漂う雲は静かに横に流れるのみ、面白みなんて何処にもない。

「ダークエルフって怖いの?」

 ルキの隣に座っていたダプに尋ねると首を斜めに傾げた。

「そうですね。エルフと比べたら戦闘力がありますね」

「いや、そういうことじゃなくて……、雰囲気ですよ、雰囲気が」

「そんなに怖いと思うことはありませんよ。皆さん、いたって普通のダークエルフです」

「だからダークエルフの定義を教えて下さいよ」

「肌が焼けていて健康的です」

「いや、そうじゃなくて……、なんて言いますか、良いヤツ悪いヤツというくくりで言えば――」

「ダークエルフも世界樹に関わる種族、世界征服を企むようなヤツではない」

 ボクが悩ましげに頭を抱えると、ルキはそう言った。

「でも、ダークエルフの女王は大世界樹の下へと行く気がないんでしょう? もし行かなかったら、ルキの世界は滅びるじゃないの?」

「まあ、そうなんじゃが」

「じゃあ、悪者じゃない? エルフにしたら」

 ルキは返事することなく、口を閉ざす。

「渡り人様、元々、エルフもダークエルフも同じ心を持っていました。しかし、その心が時が経つに連れて少しずつズレていき、いつしか二人の種族にあった心はあいそれないものとなりました」

「”我慢強い生”と”穏やかな死”の2つに?」

「はい。世界樹が滅びるのであれば、それは自然の摂理。それがダークエルフの考え」

「世界が滅びる前に世界を救う。それがエルフの考え、強く生きたいと願う気持ちじゃ」

「エルフは異世界に渡る手段があったから世界を救おうとしているのか」

「そういうことじゃな。もし、お主が妾の世界に来なかったら、妾達は世界樹と共に滅びを受け入れていたのかもしれぬ。ダークエルフの考えと寄り添っていたはずじゃ」


 異世界列車は異空の群雲を抜け、草原の上で止まった。見たことのない風景だが、おそらくここはルキのいる世界だろう。

「そういえば、ダークエルフ、何処にいるの?」

「こいつが連れて行ってくれるのじゃろう?」

「え?」

 ボクの返事に、ルキたちは止まった。

「ダークエルフがいる場所ぐらいわかるじゃろう?」

「そこまで万能じゃないぞ。そこまで」

 ボクの一言でルキは戸惑い出す。

「なんと! ならば、どうやって行けば良いのじゃ? ダークエルフの元へは」

 そんなこと言われても、……場所さえわかれば行くことができるのだけど。

「そうじゃ! ダークエルフの衣服を嗅がせれば、持ち主の元に行くのでは?」

 ――イヌじゃないぞ、異世界列車は。

「人間がいる町で探してもらうのは?」

「それが一番いい手じゃな、それなら近くの町へ――」

「ルキ様」

 今まで黙っていたダプが声をあげた。

「あなたの付けているアクセサリーは何ですか?」

「チャネルじゃが」

「それなら精霊通信が使えるでしょう?」

「あ、そうか、忘れておった忘れておった」

 座席に座っていたルキはパッと立ち上がり、車両の端へと向かった。

「精霊通信って?」

「精霊具、つまりチャネルを持っている者同士で通話する方法です」

 ああ、エルフの電話ね。

「もしもしママ。妾じゃ妾じゃ、うん、ルキじゃ」

 イヤリングに話しかけるように手を耳に寄せる。端から見たらスマホで電話する小学生だ。

「ママに聞きたいことがあるのじゃが。うん、妾は元気、じゃが、大世界樹が変なことを言いおってな。あ、そうそう、大世界樹はなんと、男のコじゃったんじゃよ、男のコ。短パンでな、た・ん・ぱ・ん。すごいじゃろ! いや、大世界樹が短パンを履いておらぬぞ。妾よりも小さな男のコが大世界樹の精霊であって――」

「あの、すみませんが、そろそろ本題の方を……」

 すごく楽しそうに精霊通信しているところ、すみませんけど。

「おお、そうじゃった、そうじゃった。ママ、実はのぅ、その大世界樹がな、うん? そのコ、カワイかった? 態度は悪かったが、意外とこれがメンコクての――」

「いい加減にしてくれませんか、ルキさん?」

「わかったから耳元でドナるな」

 ホント、エルフのおしゃべり好きには困ったものだ。

「ダークエルフが何処にいるかわかっていない? えっと、今、他のコに聞いてみる? わかった、ちょっと待つ」

 どうやら、ルキのママはダークエルフが何処にいるのか情報を集めるみたいだ。

「――る、るる、るるん、るるーん♪」

 精霊通信って、保留音あるの?

「る! あ! ママ! 今、別に口ずさんでいないぞ、口ずさんでいないぞ! だから笑うな!!」

 すごく楽しそうに歌っていたぞ、保留音に合わせて。

「それでダークエルフは。何? 聞いたことないぞ、そんな場所。うんうん。世界樹の裏側ってことは、エルフの里の反対側にあるのか? なぜ、そんなところに。うん、うん、うん。そうか、ダークエルフも世界樹の危機を感じておったのか。うん、わかった」

 会話の一部分だけしか聞き取れなかったが、ダークエルフはだいぶ遠い所にいるということか。

「夕食は? 食べて帰る!」

 ずいぶんと気楽だな、おい。

「はいはい、ま~た、バイバイじゃ」

 イヤリングから手を離すと、ルキはボクらの下へと戻った。

「ふたりは、夜、外食で良いか?」

「何の会話をしていたんだよ!」

 自由奔放なエルフ姫に思わず、そんなことを言った。


「ダークエルフはエルフの里の裏側、トルレストにいるそうじゃ」

「トルレスト。ステップが広がる大高原ですね」

「じゃが、トルレストは既に大地の加護を失い、世界の滅びに侵食されていると、ママは言っておった」

「ダークエルフ達は?」

「世界の滅びから逃げ遅れた精霊達を探すために、そこでキャンプを立てておるそうじゃ」

「そうですか」

 ダプはそういうと静かにうつむいた。

「さて渡り人よ、場所はわかったじゃろう。ダークエルフはトルレスト、世界の滅びの中心に居る。後は頼む」

「わかった」

 ボクは異世界18きっぷを取り出す。

「トルレスト。ダークエルフの女王がいるキャンプへ」

 草原の中央で立ち止まっていた異世界列車は汽笛を鳴らす。ゆっくりと動き出した列車は加速をし、草原の中を駆け出した。

 

 異世界列車は草原を抜け、山道を越え、ステップ大高原を往く。時折、馬に乗った人間達がボクらを凝視する。ボクとルキはそんな人間のあっけに取られたカオを見ては笑い、異世界列車の旅を満喫していた。

 しかし、そんな旅も終わりを告げる。一面に生い茂っていた草木が少しずつ枯れ、大地の地割れが酷くなる。一面青空だった空がいつしか鈍色にびいろへと遂げていく。

「これが世界の滅びですか……」

「ダプさん、世界の滅びがわかるのですか?」

「わかるも何もマナが薄いんです」

 ダプは樹の精霊、精霊だからかマナの感じ方がヒトとは違うのか。

「精霊が通った後はマナにあふれておる。じゃが、精霊がいないのじゃからマナは存在せぬ」

「はい……」

 ダプは手すりにもたれ、つらそうな表情を見せる。

「大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。軽いめまいを覚えたぐらいで」

「ダプよ、つらかったら近くの町へ行くぞ。渡り人もそれでよいじゃろう」

「いえ、それよりも。ダークエルフのキャンプへ行きましょう」

「しかし」

「ワタシが苦しいのでしたら他の精霊はそれ以上に苦しんでいるはずです」

 ダプはルキの頬を両手で触り、強く見つめる。

「いいですか。あなたはエルフ姫、精霊樹林のエルフ姫です。精霊を守るのがあなたの使命です」

「精霊を守るのであれば、ダプも」

「ワタシは死にません。世界の滅びに怯えただけです」

「ダプ!」

「怖がらないでください。世界樹にいる精霊達はあなたの帰りを待っています」

「……わかったのじゃ」

 ダプは静かに両手を放した。

「お見苦しい所をお見せしました」

「いえ」

 ダプはそれっきり何も言わず、静かに座席に座った。カノジョは口静かな女性だけど、強い母性のある樹の精霊なんだと思った。


 異世界列車は少しずつ速さを落とし、荒れ地の中央で止まった。

「着いたみたいですね」

「うむ」

 ボクとルキは立ち上がり、異世界列車のドアの前へと行く。

「ワタシも一緒に行きます」

「いいのですか?」

「待つ方が辛いので」

 ダプの気持ちを受け取り、ボクらは異世界列車へと降りた。

 マナのない大地は本能が逆立つ。恐怖が刺激される。

 ――ここから逃げたい。

 ここにいてはいけない。ここには間違いなく、何かが欠けている。

「なんだよ、これは」

 水気のない風が肌を撫で、鳥肌が出てくる。

「自然が死んでおるな」

 ルキは地面の裂けた砂を握りしめ、パラパラと風に散らせる。

「これが世界の滅びなのか……」

「はい、そうです。世界樹が枯れた後、世界はこの大地と同じようになります」

「ダプよ、こんな苦しい場所に居て良いのか?」

「ホントに苦しい時は、渡り人様、お願いします」

「え、えっと、任せてください」

 何をすればいいのかわからなかったが、多分、異世界列車で近くの街まで運んでくれと言ったつもりだったのだろう。

「ところで、渡り人よ、なぜ、ここで止まったのじゃ? キャンプなど見えんのに」

「いや、ここで合っていると思うけど」

 異世界列車は”場所”をきちんと提示すれば、その場所に着くようにできている。今まで旅した中で間違った場所へ着いたことは一度もない。

「むぅ」

 ルキがほほを膨らます一方、ダプは何かを見つけた。

「あそこに誰かいます」

 ダプの言うとおり、荒野の上で黒い影があった。その黒い影をよく見ると黒の装束を身にまとっている。

「無防備じゃな、あやつ」

 ルキはそうつぶやくと、黒い影の方へと向かっていく。

「警戒しろよ、ルキ。敵がいるかもしれない」

「まともな人間ならこの地から逃げとるし、ダークエルフなら群れを為す。それでもこの地に残っているとしたら、そやつは一人のみ」

 ルキは黒い影の下へと辿りつく。

「――ラギーヌ」

 黒い影は立ち上がり、こちらを見た。


 白色の髪を持ち、紅い目をした耳の長い女性。背がだいぶ高く、表情はキリッと引き締まっている。一目見て、カッコいい。普通の女性よりも筋肉が発達しているからそういう風に見えるのだろうか。

 それよりもっと注目するのはカノジョの筋肉にある。血管が見えるほど発達した腕の筋繊維、それと対応するようにアスリート並の硬い太もも。けれどそれは見せる筋肉ではなく、使える筋肉か。

「誰?」

 カノジョのジャマをしたのか、不機嫌な返事が聞こえた。

「妾じゃ。ラギーヌ」

 ルキはラギーヌのイラつきにビクともせず、言葉をつなげる。

「ぅうん?」

 ラギーヌはルキをあっちこっちと見つめる。

「……誰? エルフみたいだけど」

「エルフじゃよ、エルフ」

「エルフがこんなところにいたら干からびる」

「妾は干物エルフじゃない!」

 なんか白ワインを飲みながら優雅にテレビゲームとかしてそうだな、そのエルフ。

「久しぶりですね。ラギーヌ様」

「ダプ?」

「はい、ラギーヌ様」

 ラギーヌとダプが向かうあう。

「うん、ひさしぶり、ダプ。調子は?」

「最悪です」

「そんな涼しげなカオで言われても困る」

「いえ、いつも、ワタシはこんなものですよ」

 ダプはクスッと笑う。しかし、ラギーヌはその笑みに反応しない。

「何があったの? ……エルフの女王は」

「世界樹を見守っています」

「世界樹は?」

「少しずつ力を失ってきました」

「ホント?」

「はい。だから、エルフの姫であるルキ様を連れてきました」

 ダプはルキの方を向き、手招きする。手招きされたルキはそそくさとラギーヌの下へと行く。

「あなたがルキ?」

「そ、そうじゃが」

 ルキは少し怯えながら応える。

「元気な女のコに育ったんだ」

 ダプはルキの視線と水平に合わせるように膝を曲げながら、話しかける。

「そう面に向かれて言われると恥ずかしいぞ」

 ルキは照れながらボクを見る。すると、ラギーヌはルキの視線上にいたボクに気づいた。

「……下僕?」

「げぼく違う!」

「下僕じゃないんだ。残念」

 ダークエルフの女王は何に期待していたんだ……。

「こやつは渡り人のなんちゃらカズヤ」

「青春カズヤ!」

「あおはーる? あおはる! あーおはーる……?」

 ラギーヌは楽しみながら何度もボクの名前を繰り返す。

「か、カズヤと言ってもらえると嬉しい」

「あおはーるがいいと思う」

「カズヤでよろしくお願いします」

 ルキとは違ったオトボケ天然系か? というか、エルフってこんなのばかりか?

「そういえば、渡り人って言っていたけど――」

 ダプは静かに頷く。

「はい。世界樹の伝承どおり」

「来たんだ。世界樹が枯れる日が……」

「世界の滅びが来た地はどんな感じですか?」

「かわいそう。嫌になるぐらい。できれば、居たくない」

 ラギーヌはそういうとボクらを背にする。

「でも私がいないと、滅びから逃げ遅れた精霊は消えてしまう。このコのように」

 ボク達はラギーヌのそばに近づく。

 ――輝きがあった。小さく息をするような輝きがラギーヌの手にあった。

「世界樹へ還れぬ精霊よ、この世から消える前に。せめて、この世界にいたキオクだけは残るように、精霊石としてそのカタチを残し給え」

 ラギーヌの詠唱とともに輝きはゆっくりとカタチを作り出す。手のひらが魂の鋳型いがたとなって、光の集まりが一つの石として造られた。

「精霊石じゃな」

「はい。この地に残っていた精霊です」

 ラギーヌは静かに目を閉じ、精霊石を両手で握りしめながら、天に向かって祈りを捧げる。


 ――葬斂そうれん王女のダークエルフ、ラギーヌ。その名にふさわしい荘厳そうごんたる王女の姿に、ボクの目は奪われていた。

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異世界18きっぷ 2枚目 ー大世界樹の世界とふたりのエルフ姫ー 羽根守 @haneguardian

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