第5話 エルフ姫の決意


 エルフがいたらダークエルフがいるのがファンタジーのお決まりごと。そして、その2つの種族は歪み合っているのもお約束ごと。しかし、どうして、というのは明らかではない。宿命なのか、運命なのか。

 エルフであるルキがダークエルフと会いたくないというのは、そういう約束が理由なのか? よくわからない。

 ただ、そのときのルキの表情があまりにも重たかったことが覚えている。聡明そうめいでありながらどこか能天気で自信たっぷりな少女に一筋の影を落とした。その影は重たく、大世界樹の出口へと向かう途中も、ルキは寡黙かもくに前を進み、今は話をしないでくれと小さな背中が物語った。

 ――エルフ姫を黙らせたダークエルフは一体何だ?

 そんなことを思ったボクはダプに聞いてみることにした。

「ソーレンのダークエルフって、なんだ?」

「そうですね」

 ダプはしばし口を閉じ、ゆっくり頷いた。

「わかりました、渡り人様。お答えします」

「ありがとう」

 ダプはスルーで行くかなと思ったが、意外にもカノジョはボクの質問に応えてくれてありがたかった。

「精霊が世界樹に還ることができずに死を受け入れる時、その死を見届けるのが葬斂そうれんのダークエルフ。すなわち、精霊の送り人です」

「送り人ってことは、死を見届けるのですか?」

「それは違うのぅ」

 ボクたちの会話に聞き耳を立てていたのか、前を進んでいたルキは立ち止まった。

「死を見届けるのではなく、精霊をひつぎに入れておるのじゃ」

「棺に入れる?」

「ダークエルフは精霊が亡くなる前に精霊を石の中に閉じ込め、精霊石を生み出す。精霊石は精霊の棺というワケじゃ」

「でも、精霊って死ぬ前に世界樹に戻るのでは?」

「何らかの理由で世界樹に戻れない精霊もおる。ダークエルフはそんな精霊をとむらうために精霊の送り人として存在する」

「なるほど、精霊石を世界樹に送り届けるために」

「それも違う」

 ……ここまで違うと言われたら恥ずかしい。

「ダークエルフは精霊石を人間の市場で売買しておる。精霊石は珍しいから、と、高く売れるそうじゃ」

「それって、精霊を売り物にしてるのじゃ……」

「いえ、ダークエルフは世界樹に戻れない精霊だけを選んでいますし、精霊石は必ず世界樹に戻ってきます」

「ダプの言葉が真実であればの話じゃがな」

 やはり、ルキはダークエルフについてあまり好ましく思っていないようだ。

「妾達、精霊樹林のエルフは精霊の守り人、対して、葬斂そうれんの民であるダークエルフは精霊の送り人。どちらも精霊にとってはなくてはならない存在じゃ。じゃが、ダークエルフの行動にはちらほらしておる」

「エルフの里だけで世界樹を求めに来たのはそういうことか?」

「そうじゃな」

「でも、それだけじゃないでしょう? ルキ様」

「それだけというのは?」

「考え方が違うから相それない」

「ええ、特に死生観は。……ですね」

 ダプはゆっくりうなずく。

「すべての者は等しく滅びる。ならば、無様にちるのであれば、原型を持たせたまま、やさしい死を与えることが正しい。それがダークエルフの信条でございます」

「妾達エルフは、天より授かった生命をどんなカタチにしろ最後まで生き抜くことが正しい、と、考えておる」

「穏やかな死、と、我慢強い生。ダークエルフとエルフが対立しているのは生に対する考え方です」

「まったく宗教的だな」

「人間の神に対する考え方はわからぬが、精霊と共に生きるエルフの死生観はそんなものじゃ。じゃから、妾達の考えはお互い理想的に過ぎないと主張しあっているのじゃ。さて、渡り人はどう思う?」

「両方共、正しいと思うよ」

「正しいか」

「ボクたちの世界はそういう考えに出会ったら、一瞬深く考えて、忘れる。すぐ生活とかを考えるから。そういう意味じゃ、ルキの世界はちゃんと理想持っていて、いいと思う」

「どっちが間違っているとか思わないのか?」

「お互い認め合う。これ大事じゃない?」

「いや、どちらかが間違っているはずじゃ。生き方は死ぬか生きるかの2つしか」

「もっとあるんじゃない?」

「もっと?」

「楽して生きるというヒトもいたら、生産的に生きるというヒトもいる。今が楽しければいいというヒトもいたら、今を大切にするヒトもいる。でも、そんな生き方を考えないで、周りが見えないヒトもいる。けれど、そういうヒトだって生きているから、生き方って枠にこだわらなくてもいいと思う」

 って、うまく言えないな。こういうのうまく言える大人になりたいものだ。

「ふむ……」

 でも、ルキにはボクの言いたいことが伝わったようだ。

「最後まで生き抜きたいと願う人間もいるのか?」

「たいていの人間はそうだろう」

「穏やかに死にたいという人間も」

「そんなこと考えたくないけど、いつかはそう考える」

 ヤバい病気にかかったらそう考えると思う。

「ふむ……」

「やっぱり、どうやって生きるって、一つに絞れない。だから、そのヒト自身に、生き方は委ねられている。どう生きるか死ぬかは」

「……そうじゃな」

 ルキのカオに笑顔が戻ってきた。

「スッキリした、渡り人よ。貴公は妾のふさいだ気持ちをうまく渡ることもできるのじゃな」

「どういう意味?」

「さての~~、言ってみただけじゃ」

 ルキは立ち止まらせていたその足を動かし、前に踏み込む。

「……そうか、認め合うのか」

 ボクは少女のかぼそい声を耳にした。

 

 大世界樹から出た。門番にいたあの警備兵達が何処にもいなかった。

「何処に行ったんだ?」

「あの人間にしぼられているのじゃろう」

 ボク達はそう言葉を交わすと、異世界列車が待つ場所へと向かうことにした。


 異世界列車が見えてきた。異世界列車に多くの人だかりができていた。

「そういえば、列車があることを話すの忘れていたな」

 ボクは人だかりに向かって軽く走る。すると、人だかりの向こうに何かが見えた。

 ……虫だ。サイのような大きさをしたイモムシらが人だかりの方に向かって突進してくる。

「いくら何でも大きいって!」 

「妾の世界でもああいうバケモノは居らぬぞ」

 さすが大世界樹。イモムシのサイズまで大だ。

「って、まさか異世界列車を狙っていないか?」

 いくら何でもこれはまずい! 異世界列車が大世界樹から転げ落ちた大惨事だ。

「急ぐぞ」

 ボクらは駆け足で異世界列車へと向かった。


 異世界列車の周りでは人間とイモムシが戦っていた。

 槍を持った人間達はイモムシの腹や胸を突き刺し、イモムシの体力を奪う。しかし、イモムシはそんな槍の攻撃など痛くないと言わんばかりに動き廻り、人間に突進する。イモムシにぶつかった人間は跳ね跳ぶが、転げ落ちないように根っこにしがみつく。

 戦力は均衡きんこうか。いや、イモムシの大群はまだまだ大世界樹の根っこからやってくる。このままだと人間達はジリ貧だ。

「これは皆さま! 待っていました」

 異世界列車の前に立っていたアンドレはボクたちを出向かう。

「何ですか、これは?」

「ワームです。いつもは世界樹の根っこにいる虫の魔物です」

「いや、なぜ皆さんは異世界列車に来たのですか」

「おそらく、この乗り物が発した振動によって、彼らは起きたのでしょう」

 そういえば、大世界樹の根っこで走っていた時、だいぶ揺れていたからな。目が覚めて怒っても仕方がないか。

「みなさんが異世界列車を守ってくれたんですが」

「いや、あまりにもワームが多いから、大世界樹を捨てて皆で逃げようとして来たんですか、扉が開かなくて――」

「ええ! 勇敢に戦っていました! ええ!」

 アンドレよ、真面目に報告する警備兵の口を塞ぐな。

「妾達が来たことでワームを起こし、そなた達を困らせたのは事実のようじゃな。しかたがない。ここは妾が一肌脱いでやろう」

「女のコ一人で戦える相手ではありませんよ」

「確かに、いたいけでかわいいオンナのコ一人では戦える量の相手ではないじゃろうな」

 いたいけでかわいいのは置いといて、ルキはボクらの前に立ち、軽く手首のストレッチをする。

「じゃが、妾は溜まっておる。大世界樹の精霊共が妾の身体を通過して、ものすっごくマナが蓄積されておる。いやいや、これを使わぬ手はない。イヤ、むしろ使ってみたい」

 口角が曲がり、ニッと笑う。

「魔法が制御できず、吹き飛ばされても責任は問えぬぞ」

「皆! エルフ姫と敵の線上に立つな! 避けろ!!」

 危機を感じたアンドレは命令し、人間達はルキの前から逃げていく。

 エルフ姫の目の前にいるのは大量のワームだけだった。

「我が身体にたぎる精霊から授かりし魔法の力よ、遷移せんいせよ」

 エルフの少女に向かって風がそよぐ。少女の手元からゆるやかな風が生まれ、そして暴れだす。


「ほころびたマナのつながりは風のタペストリー、手のひらで被り重ねてテンペスト。あらゆるものを食いちぎれ暴風、ちりあくたと吐き出せ!」


 詠唱が言い終え、ルキの手の中でうごめいていた風のゆらぎが息を吐いた。

 ――竜巻。竜が巻きあげたとぐろの嵐がワーム達を噛み付いた。

 純粋な破壊のみを楽しむ、牙むいた竜巻。それは竜の息吹に等しい。

 少女の目の前にいた幾十のワーム達は詠唱どおり、風の刃に切られ、元の姿を失った。

「これがエルフの精霊魔法」

「大世界樹の精霊達はルキ様に貸したその力、少々強すぎたみたいですね」

 ダプは口元をおさえ、穏やかに微笑んだ。

「精霊が体内を通り抜けて、マナの通り道が生まれる。ルキ様はその通り道にデタラメなまでに魔力を注ぎ、強力な魔法にしました。その力は大魔法使いが詠唱する魔法の何倍にも」

「……何倍も」

「腕につけたチャネルで倍。指につけたチャネルで倍。耳につけたチャネルで倍々」

「えっと……」

「更に、ここは大世界樹。精霊樹林よりも魔力に満ちたフィールドで発せられるその魔法はその何倍にも、いえ、何十倍、何百倍にも強まって――」

「あの……、ホントですか」

「いえ、少しました」

 ダプはふふっと笑った。

「でも、ほんの少しですよ」

 ホント、意外とおちゃめな所があるな、この精霊さん。


 ルキの眼前には敵がいなかった。ついさっき暴れまくっていたワームは、大世界樹の根っこまでをももぎ取っていたルキの魔法で消えた。

「たわけじゃな。た・わ・け」

 ルキはパンパンと手を叩き、ニカっと笑った。

「どうじゃ渡り人、妾の魔法は? すごいじゃろう」

 ルキはボクの腕を肘でグリグリとおさえつける。

「ルキ様、調子のりすぎですよ」

「じゃが、大世界樹の危機は去ったぞ。ダプ。残った奴らはしっぽをまいて逃げおった」

「まあ、それはそうですが……」

 ダプはこれ以上何か言いたかったようだが、そのまま、口を閉じた。

「異世界から来た人ってスゴイですね」

 ルキの魔法を見ていたアンドレはそんなことを言った。

「あんな魔法を軽々しく使うなんて。あなたもそうなんですか?」

「使えない使えない」

 あんな見るからにヤバい嵐の魔法が使えるか。

「まあ、そうですよね、ハハハ」

 アンドレが空笑からわらいする中、ルキはボクのそばに寄る。

「さて、渡り人。異世界列車を動かしてくれ」

「はいはい」

 ボクはルキの言うとおりに異世界18きっぷを取り出すと、異世界列車の扉は開いた。

「これ動かしているのはあなたですか」

「ええ、まあ、一応」

「使えるじゃないですか、すごい魔法」

 確かに、まあ、そうなるか。

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