10:00

 作業がようやく終わり、市庁舎の裏庭で寝ていると、あたりが騒がしくなってきた。

 どうやら、会長とそのお供が到着したらしい。

 僕は助っ人で駆り出された立場であったし、主任でしかなかったので、そのまま気づかぬふりをして寝ていようと思い、ふたたび目をとじた。

 しかしそれは、僕を呼びに来た副市長によって妨げられた。

「いいじゃないですか。見逃してくださいよ」

「むり。委員長のご指名」

 太鼓腹の副市長に、右腕をがっちりとつかまれた僕は、市長室に連行された。


 人口密度の高い市長室にこっそり入ると、市長の机に、純白の祭服を着た若い女性が坐っていた。 

 服装から、彼女のジョブが召喚士であることがわかる。

 この召喚士の女性こそが、きりグループ二十万人の頂点に立つ、会長その人であった。

 年は大学を出たばかりらしく、仮面をつけているので目鼻は見えないが、かわいらしい唇をしていた。

 ただ、その狐を思わせる仮面の文様が、時々、赤く発光しているのが少し怖かった。

 室内では、市長が恐るおそる、タル市の状況を報告していた。

 会長の反応をうかがっていると、となりに坐っている白髭の老人と目があった。

 老人は、ソードマスターの証である、時代劇の浪人を思わせる黒い服装をしている。

 僕が軽くしゃくをすると、老人は市長が話しているのを無視して話しかけてきた。

「よう、お袋さんは元気か」

 みんなの視線が僕に突き刺さる。

 僕は黙ってうなずいた。

「こいつのお袋さん、昔、切尾に居たんだよ。市長、見たことないか」

「いや、かがいんちょう、私はちょっと」

 市長の反応がわるかったので、老人はそれ以上話を続けなかった。


 輝血老人は、切尾商会ゆいいつの労働組合である、五丘労働組合いつおかろうどうくみあいの委員長であった。

 この人に敵対することは、切尾グループの労働者すべてを敵に回すのと同じであったため、管理職から非常に恐れられている。

 実際に、何人もの将来をしょくぼうされていた者たちが彼と対立して、出世コースから外れている。

 その中には、切尾家の眷属けんぞくすらもいたそうだ。


 あくびを飲み込みながら、市長の話を聞いていると、そうちょうが近づいてきた。

 ホーリーナイトである彼女は、朱色を基調とした衣服の上から、銀の胸当てと小手を身に着けていた。

 ご自慢のランスは手にしていない。

 代わりに、丸めた紙を持っている。

 歩いて来る課長は、銀の胸当てがすこしきゅうくつそうであった。

 人間界に居る時とは、お肉の付き方が明らかにちがう。

 人間界からフェニクアへ転移する際に、顔や体型に齟齬そごが生まれる場合があり、その原因を本人の願望に求める者もいるが、その真偽は不明である。

 僕の場合はフェニクアに来ると少し若く見えるらしい。

 横に立った雨相課長が黙ったまま、手にしていた紙で僕の目を突こうとした。

 僕は紙を奪い、抗議の視線を課長にひとつ送ってから、紙を広げてみた。

 するとそれは、僕が先ほど偽造した記録であった。


 会長は時折ときおりうなずきながら、市長の説明に耳を傾けていた。

「以上を持ちまして、計画に対する第2四半期までの進捗状況の報告とさせていただきます」

 市長が一礼すると、会長が手元の資料をめくりながら口を開いた。

「アイテム入手の進捗が計画を下回っているけれど、年度末までには必ず、最低でも前年度実績は上回るように。もっとプロセス管理をしっかりして、問題点を一つひとつ確実に潰すこと」

 会長のお言葉に、市長は恭しく頭を下げた。

「あと、あれ。先月の労災の展開はどうなっているの。あの件は、私まで精霊に文句を言われたんだぞ」

 忌々いまいましげに言い終えると、会長は一気にお茶を飲み干し、グラスを机に叩きつけた。

 雨相課長にあごで促された僕は会長に近づき、「失礼します」と言いながら記録を渡した。

 間近で会長の仮面を見ると、目のあたりに穴も何も開いていない。

 どうやって周りを見ているのだろう。

 不思議な仮面を眺めていると、会長から「ちゃんと漏れなくやってあるようだ」とのお言葉をいただいた。

 僕は自信を持って「はい。もちろんです。会長」とおじきをした。

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