とある主任の接待

8:00

 「起きてください」の声と共に、体へ衝撃が走り、目がさめた。

 僕の坐っていたイスを蹴った人は、どこかへそのまま行ってしまった。

 中世RPG風の室内では、それにふさわしい姿をした人々が、せわしなく作業をしている。

 僕は机のうえに置かれていた書類を確認した。

 ミミズ文字の横に、よだれの水たまりができている。

 どうやら作業をしながら寝てしまったようだ。


 会長の急な来訪を告げられ、タル市の庁舎は戦場と化していた。

 現在、関係者総出で準備をしているところである。

 きりは異世界の開拓を効率的に進めるため、開拓地をひとつの都と六つの市に区分けし、各市に近隣の町を管理させている。

 その中でタル市は、開拓地の東北方面を管理しており、僕が常駐しているクンガも、その管理下に含まれていた。

 市長室の窓から空を見ると、くれないの鳥の姿をした精霊が飛んでいる。

 フェニクアでは、精霊が飛んでいる間は空が明るく、精霊が飛ぶのを止めると暗くなる。

 ちなみに、この世界の大地は平ぺったいそうだ。

 会長を迎える準備は、きのうの夕方からはじめられ、今日の朝になっても終わっていない。

 会長は、お昼前には来てしまう。


 タル市の職員が会長の来訪を知らされたのはきのうの夕方で、情報が飛び込んで来てから本来業務そっちのけで準備をしていた。

 たまたまタル市に居合わせていた僕は、「見捨てるのか」と市長に泣きつかれ、巻き添えを食う形で書類の作成を手伝っていた。

 現在、朝の八時である。

「おい、もう記録類は大丈夫なのか」

 顔が脂でテカテカの市長に声をかけられたので、作らされたチェックシートを確認した。

「先月、ユニコーンの角を倉庫に高積みした際に崩れて、フェニフびとがケガをした事故がありましたよね。あれの展開記録はできましたか」

 フェニクアでは、倉庫に二メートル以上の荷を積んだり崩したりするときに、フェニフびとに作業を任せてもいいが、切尾の者が立ち会うルールとなっていた。

 それをある町が怠り、フェニフびとがケガをして、精霊を怒らせた。

 聞くところによると、社長が謝罪のため、フェニクアに出向いたらしい。

 結果、再発防止策として、関係者全員にルールの再展開をし、サインをした記録を市町ごとに保管する指示が出ていた。

 市長が記録を確認した。

「ふたり足りない。夜勤で帰ったやつと、出張から戻って来ていないやつの分」

「私が代わりに書きましょう」

「ふたりいるぞ」

「右手と左手で書けば分かりません」

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