第22話縣一族の真実

「朱美、明日時間ある?」

《あるけど、どうしたのよ?いきなり》

「豊浦の蚕影山神社に行かない?」

《いいよ。でも、何故三賀日外したの?それにゆかりん、大丈夫?》

「何が?」

《鑓水の蚕影神社行った時、何か変だったじゃない?》

「ああ、あの時は・・・今はもう大丈夫だよ」

《なら行こうか。そう言えばさ、紗希ちゃんがね・・・》

1月6日(月曜日)、年末年始と考え抜いた挙句、優花里は朱美に真実を伝えようと決心した。朱美と鑓水の蚕影神社に行った時にはネックレスの金属板が未だなかった状態だったので朱美はコカゲを認識することができなかったが、コカゲが住む蚕影山神社に赴きネックレスの金属板を媒介にすれば、必ず朱美もコカゲに接することができるだろうと優花里は考えていた。そこで行くのであれば、三賀日を外してできるだけ人がいない1月7日を優花里はあえて選んだのである。


翌1月7日(火曜日)、優花里と朱美は蚕影山神社に赴いた。

「誰もいないね・・・まだ7日なのに」

「今日外出できるのは社会人以外しかいないよ。昨日から仕事始ってるからね」

三賀日から日が経っていないが、既に蚕影山神社は静寂を取り戻している。全く人影のない何処となく寂しい参道を登り詰め、優花里と朱美が蚕影山神社の本殿の前に立つと2人は[懐かしく暖かい光]に包まれる。

「ゆかりん、これって・・・」

「姫、今日はお友達と一緒ですね」

「ひゃ!」

光の中から突如現れたコカゲを見て恐怖にかられた朱美は、思わず優花里の背後に隠れ小刻みに震えている。

「怖がることはありません。お顔を見せてくれませんか?」

コカゲの言葉に促され、恐る恐る朱美が優花里の肩から顔を覗かせる。

「まさか・・・ムグンファ殿?」

コカゲは驚きの表情を隠さない。

「コカゲさん、ムグンファさんって誰ですか?」

「私達が豊浦に辿り着いた時のアガタ一族の当主、ホランイ殿の娘御でクンビーラの妻になった方です」

「ええっ!」

(先生、朱美にどういう感情を持ってるんだろ?)

優花里はこれまで聡史が朱美にどのように接してきたか記憶を辿っていた。確かに、聡史は関東五枚胴具足の件で朱美に執拗に絡んでいたが、あれだけのレプリカであれば朱美でなくても同じように絡んだだろう。この件以外で聡史が朱美に対して特別な行動を起こした記憶は優花里には一切ない。

(先生、自分の感情を押し殺して私達を見守ってくれてるんだ・・・)

「御名前は?」

「島・・・島朱美です」

ほとんど聞き取れないようなか細い声で朱美が答える。

「あなたがアガタ一族の末裔、朱美殿ですか。姫、朱美殿に私達の歴史を話しているのですか?」

「いえ、まだです」

「朱美殿、いい機会です。私の話を聞いてください」

コカゲは滅亡から現在に至る旧仲国の絹織物に関する歴史を朱美に話した。466年以降に関しては、縣一族の倭に対する抵抗の歴史でもある。

「ゆかりんがコカゲさんの直系の子孫でゆかりんが見た[夢]も真実・・・農工大で見た着物は今、コカゲさんが着てる・・・でも・・・」

朱美は小さく呟きながら、優花里の背中越しに真剣な眼差しでコカゲの話を聞いていた。

「私は・・・私は本当にアガタ一族の末裔なんですか?」

意を決したかのように朱美がコカゲに尋ねる。

「朱美殿、クンビーラの報告によると・・・」

コカゲは朱美に語りかけた。

「[関東]が倭を完全に打倒した承久の乱後のおよそ100年間は、[関東]の内部で血生臭い権力闘争があったものの、縣一族にとっては平穏な日々が続きました。しかし、尊治という倭王(後醍醐天皇)が[関東]に対する反乱を企ててから以降、縣一族は祖先が闘い勝ち取った自由と自治、それを保証する権力を守るために再び戦場に赴きます。縣一族は高師直殿と共に闘い続けますが、倭王の反乱を完全に鎮圧する直前に至った時、観応の擾乱に巻き込まれて一族の大部分を失ってしまいました。残された一族の者もその後の戦で皆自刃してしまい、結果、縣一族は高齢の縣下野入道殿と京の西山で山名時氏と戦い敗れ、高師詮殿と共に自刃した当主縣朝邦殿の和子のみとなり、その10年後には下野入道殿が訴訟に負け縣郷を失うという事態に至りました。縣郷を去った下野入道殿と和子は筆頭郎党の島左衛門尉殿に身を寄せることになり、後に和子は島家を相続することになります。その後、島一族は主君に恵まれず仕官と浪人を繰り返し各地を流浪していましたが、長享元年(1487年)から石脇城主の伊勢盛時殿(北条早雲)に仕え、以降、北条宗家の馬廻衆になります。天正15年(1587年)以降は北条氏照殿の強い要請で氏照殿傘下の武将となり、天正18年7月11日(新暦で1590年8月10日)、小田原合戦の責任を問われて氏照殿が自刃すると島一族は北条氏直殿に仕え、氏直殿の所領となった縣郷に戻ります。朱美殿は17世紀初頭以降、縣村の名主を務めた島家の流れを汲んでいますが、朝邦殿の和子と縣村名主の島家との230年に及ぶ長い空白期間は久平一族の地道な調査により埋められました。朱美殿が朝邦殿の直系の子孫であることがようやく1年前に判明したのです」

「・・・」

朱美は驚きのあまり絶句していた。朱美の父親は僅かな史料を頼りに自分の出自を探し求めてきたが、結果、17世紀初頭からしか詳らかにならず、家の伝承にある縣一族との繋がりは絶望的な状況にあった。しかし、コカゲは朱美が縣一族の直系子孫であると断言する。

「でも・・・証拠は、史料の裏付はあるんですか?」

「いずれクンビーラが詳しく説明してくれることでしょう。朱美殿、あなたはアガタ一族の末裔です。これからも姫を援けてください。お願いします」

コカゲは語り終えると静かに消えていった。


「ゆかりん、知ってたの?私がアガタ一族の末裔だってこと・・・」

コカゲが消えた本殿の前で、朱美は優花里に問いかけた。

「・・・知ってた。もっとも、知ったのは年末だけどね」

「誰から聞いたの?」

「・・・」

「教えてよ。何聞いても驚かないから」

「先生・・・先生はクンビーラなんだ・・・」

「そうなの・・・でもさぁ、何だかさっぱりしたよ!ゆかりんが先生とぎくしゃくしてたのも、こうしたことがあったからなんだね」

朱美は何かが吹っ切れたかのように急に快活になった。

「詳しい話は後で教えてよ!」

優花里との絆を明確に自覚した朱美は、優花里の手を取ると足早に歩き始めた。

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