第21話金色の絹

翌12月24日(火曜日)、優花里が職員室を覗きにいくと、そこにはいつもと変わらないいい加減でだらしない聡史がいる。その出で立ちからは漢の猛烈な追撃からコカゲ達を護り抜いた猛将を想像することはできない。今までどおりの見慣れた聡史を見て優花里はひとまず安心すると同時に、学園内では[先生]だが、実際にはクンビーラとして優花里の[臣下]となる聡史にこれからどのように接すればいいのか不安にもなる。


「ところで朱美・・・」

「何?マジ顔してどうしたの?」

「実はね、前に見せてもらった報告書にあった神郡の旧家で発見された着物、あれ、農工大の繊維博物館にあるって先生から聞いたんだけどね、大学の博物館って一般人でも見学することできるのかな?」

終業式後、今年最後の臨時[定例会]が終わると、優花里は意を決して朱美に聞いた。

「な~んだ、そんなこと?今晩にでもお母さんに聞いてみるよ。たぶん大丈夫だと思うけどね。ってか、先生、何でそんなことまで知ってんのよ?」

「でしょ?聞いたこと外したこと無いからね、あの先生」

優花里は慌てて取りつくろう。


その晩、優花里が寝ようとすると朱美からメールが来た。

《28日までならいつでもいいよ、だって》

《では、明日の10時に八王子駅改札に集合ってことで》

(明日か・・・)

優花里は朱美に返事を出すと、蚕影山神社で会ったコカゲの姿を思い浮かべていた。

(昨日は一日中頭が混乱しまくってたから気付かなかったけど、コカゲさん、何処となく雰囲気がお母さんに似てたな・・・でも、コカゲさんのこと、お母さんもおばあちゃんも知らない。2人ともコカゲさんの直系の子孫なのに・・・コカゲさんが着てた着物、黄金色に輝いてた。金色姫、コカゲさんのことだったんだね・・・倭の侵略で豊浦郷から皆四散して、コカゲさんの伝説だけが残ったんだろうな・・・)


翌12月25日(水曜日)、優花里と朱美は小金井の東京農工大学工学部に赴く。

「中央線で東京方面に出るの久しぶりだね」

「最近は西八王子とか橋本方面がメインでたまに立川だもんね」

「とは言っても今日は東小金井までだけどね」

「じゃ吉祥寺まで行ってみる?」

「吉祥寺のスイパラ、何時でも70分制だってよ」

「それなら八王子の方がいいじゃん」

「じゃ、八王子に直帰しようよ」

「八王子は最近、立川に客奪われてるみたいだからね。地元で食べないとね」

「新規開拓する?」

「とは言ってもねぇ・・・駅の界隈はほとんど開拓しちゃったからねぇ・・・」

「駅から離れればまだ行ってないお店あるんじゃないの?」

「歩くのは嫌だよ!」

中央線快速の車中で優花里と朱美は取り留めもなく雑談をしている。東小金井駅で下車した2人は東側の裏口から東京農工大学の学生寮敷地に入った。

「こんな入口よく知ってるね?」

「ここにはお母さんと一緒に何回か来てるからね。繊維博物館は正門に回るよりこっちの方が近いんだよ」

2人は裏口から学生寮敷地経由でキャンパスを横切り正門脇の繊維博物館に着いた。そこには島教授が既に来ている。

「先生、今日はよろしくお願いします!」

「こんにちは、優花里ちゃん。それじゃ、行きましょうか」

優花里が挨拶すると、島教授は繊維博物館3階の収蔵庫に2人を案内した。収蔵庫では学芸員が準備をして待機している。

「これが神郡の旧家で発見された2033年前頃に造られた絹の衣服よ」

(ああっ、コカゲさんが着てたものだ。ボロボロになってるけど間違いない)

優花里は感慨深げに衣服を眺める。この衣服が2000年も時が隔たっているコカゲと自分を繋いでいると思うと目頭が熱くなる。優花里は黙って衣服を見つめ続けている。

「優花里ちゃん、何がきっかけであなたはこの衣服に興味を持ったの?」

「この着物の模様、これと同じなんです。だから、私、この着物についてもっと知りたいんです」

優花里は島教授にネックレスを見せる。

「ああ、以前、朱美ちゃんが写真で見せてくれたものね。優花里ちゃんのネックレスだったのね。写真を見て私も気になったから民俗学をしてる友人に聞いてみたけど、彼は[これだけでは何とも言えないね。ただ、衣服が発見された土地には蚕影山神社があって金色姫伝説が伝わってるから、養蚕信仰の中で形成された何かの象徴じゃないのかな?]と言ったんだけど、私が[この衣服は2000年前に造られたのよ]と言うと彼は[それじゃ俺も全然わからないよ]って匙を投げたの。そして、この衣服に関して私達は何も知り得てない。唯一わかってるのは、この衣服が2033年前頃に絹糸で造られたということだけ。もうお手上げよ」

「先生は金色姫の伝説を御存じですか?」

「ええ、もちろん知ってるけど、インドからこの国に養蚕が伝わったということはあり得ないのよ」

「日本では天竺はインドを意味するだけでなく、遥か彼方の異国という意味で使われることがあります。金色姫伝説にある天竺もインドではなく中国より更に先、例えばベトナム北部だとしたらどうなりますか?旧仲国がベトナム北部にあったとしたら・・・2000年前の航海技術であれば、黒潮に乗って台湾、南西諸島経由で関東まで来ることは十分可能です」

「あっ・・・」

優花里が説明すると、島教授が反応する。

「そのお話、もっと聞かせて」

「私も今はこれ以上考えることができません。だから、もっとこの着物のことを知りたいんです・・・」

島教授は優花里に話の続きを頼むが、優花里は自分がこれまでに体験した事実を言うわけにもいかず話を終わらせてしまう。朱美は2人のやり取りに呆気にとられている。

「研究室に来る?見せたいものがあるから」

島教授が誘うので、優花里と朱美は島教授についていく。研究室で2人は様々な絹糸の組成や電子顕微鏡写真の説明を受けた。

「これらのサンプルにはそれなりの数のベトナム北部のものが入ってるけど、あの衣服に使われてる絹糸はどのグループにも属さなかったの。だけど、日本や中国のサンプル数に比べたらベトナム北部のサンプル数は少ないうえに考古学的な遺物はほとんど無いから、ベトナム北部を再調査すれば何か出てくるかもしれないわね。黒木君!外国旅費はあとどれくらい残ってるの?」

「先生、この前の学会出席でもうカラッポですよ」

研究室の隅から黒木君が返事をしている。

「しかたがないわね。今年は国内でデータ収集ね。黒木君、来年ベトナムに行くから今から事前調査しといてね」

島教授は黒木君に指示を出した。

「ただ、ひとつ問題なのは、仮にベトナム北部で造られたものであったとしても国内の遺跡から出土したものでない以上、2000年前に渡来したとは断定できないってことよね・・・そんなにあの衣服のことが知りたければ、うちの大学に来ない?朱美ちゃんでも合格できる大学よ。優花里ちゃんなら確実よね?」

「・・・」

「何よ、失礼ね!」

朱美はふくれた。


「農工大か・・・入試、難しいのかな?」

帰りの車中で優花里が朱美に尋ねる。

「ゆかりんは数学とか理科系の成績いいから大丈夫だと思うよ。私、文系の科目で点稼いでるのに、お母さん、わかって言ってるのかな?ってか、ゆかりん!お城したくて史学志望じゃなかったの?」

「ああ、そうだったね、何故だろう?」

優花里は苦笑いしながら答えた。

「ゆかりん、何かあったの?昨日から変だよ。先生と何かぎくしゃくしてたし・・・」

「特に何もないけど・・・」

「そうだ!今日さ、北澤珈琲行ってみる?」

「北澤珈琲、最近行ってないよね。行こう!行こう!」

(何時朱美に話せばいいのかな・・・話しても信じてくれるだろうか・・・いや、このまま黙ってた方がいいのかもしれない・・・)

優花里の心は揺れ動く。

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