30スライム居ない平和な王都4

 手掛ける武器達が所狭しと部屋を囲む棚に並べられている。

 ここは王都にある老舗武器工房ウィリアムズ。


「おや……?」


 工房の主人アーノルド・ウィリアムズは木製の分厚い作業台での作業の手を止め、ふと顔を上げた。

 今は武器装飾の一つ、貴石の象嵌ぞうがん作業中だった。

 彼は武器本体の制作だけでなくその装飾までを一手に引き受ける。工芸や美術への造詣も深く腕も良い。彼の手掛けた武器はどれも性能抜群かつ洗練されたデザインと評判だ。

 故に国内屈指の人気武器職人なのだ。


「遠くで風が動きましたか」


 魔法武器も扱う職業上、必要な感覚でもある魔法感知に長ける男性は一人囁きを落とした。落ち着いた声が広い工房内の空気に溶ける。

 おそらくはあのピンク色の髪をした童顔な顧客に配送を頼んだ剣が原因だろうと彼は推測する。

 これまでも何度か剣が自ら動こうとする兆候を感じ取った事があったものの、実際に大きく動いたのは約五十年ぶりくらいか。十年以上前にもやけに剣が騒いだ日が覚えている限りは二度程あったが、結局は諦めたように大人しくなった。

 古い剣なので、普段はさやごと展示されていて動かないようにきつく金具で固定されていたせいもあっただろう。

 しかし五十年前はその金具を壊してどこかへと飛んで行った。

 あの時は世界各地に異常な強さの魔物が出現していて、この国の討伐に奔走していた王国騎士団の後々の団長の一人がその剣の使い手となった。ただ、異常な強さと言っても歴代のような勇者が必要なレベルではなかったので、各地で順次倒されていったようだ。


 言い伝えの通りなら、あのつるぎが使い手を求め自ら動く時は、この王国にいや世界に決まって何か予測不能の事態が起こる。


 良くも悪くも。


「使い手を選り好みするとは言え、うーむ、これは一度引き取りに行くべきか……」


 目を落とした手元の貴石がデスクライトの光を取り込んでキラリと輝く。

 しばし黙考し「さて」と呟くと彼は再び作業に戻る。


「まあ、切りの良いところまで終えてからでもいいでしょうかね」


 件の剣の鞘は現在騎士団の手にあるので、剣はもしかしたら帰巣本能でそっちに行くかもしれないが、ならばそれでもいいか、と彼は楽観的に独りごちた。






 ごくりと、空気とおののきを飲み込んだ僕の顎先から、ポタリと汗が滴った。

 唾を飲み込んだはずなのに、咽が渇く感覚が拭えない。

 きっとそれだけ極度の緊張状態だって事だ。


 僕の爪先スレスレの地面には、ビィィィイイイィィィィィィ……ンンン……ン、と弦のような振動音を立てる一振りの美しい剣があった。


 屋根より高い上空からまっすぐ一直線に落下してきたらしいとは言え、石畳の石をかち割って貫通し、剣身の三分の一は埋まる形で深々と地に突き刺さっている。

 あと三センチずれてたら完全アウトで足の指が六本になってたよ……。

 向こう側は見えないのにまるで透き通るように錯覚する深みのある色合いは、不純物の極めて少ない氷みたいに薄青い。更には磨かれた大理石の床みたいに僕の姿をくっきりはっきり映し出している。


 変な表現だけど、剣に凝視されるってこんな感じっ。


 ってゆーか、何じゃこり「ふぁああああああああーッ!」


 叫びたいのはやまやまだったけど、その前に別の悲鳴が聞こえた。

 やっぱりさっきのは気のせいじゃなかった?

 顔を上げれば、空には人影が。

 尾を引く悲鳴は女性のもので、ドップラー効果を引き連れて僕の真上に迫っていた。


 けけけ剣の次は人おおおっ!?


 硬直の余り避ける余裕はない。

 直撃すれば互いに命の保証はなかった。

 人が落下してきたらむしろ下敷きの方が危険だって言うし。


 マジでええええええッ!?


「アル!!」


 ミルカが咄嗟に魔法杖を構えて何らかの魔法を発動。

 魔力の噴出に彼女の毛先が弾けた。


 刹那、ズシリとしていた両手の紙袋の重みが一瞬にして消え去り、前方に突如現れた何かに強く押されて尻餅を着く。


 ななな何事!?


 思わず瞑ってしまった目を開けると、そこには大きなゲル状物体がましましていた。


「へあ?」


 本能的にそれが何だか察して頬をヒクつかせて見上げる僕の目は、たるんだ皮膚なのか贅肉なのかわからない薄緑色の一部を捉え、そいつは視線に気付いたようにぷるるんと体を震わせるやぐるりと目と口を僕の真正面に回してきた。


 勝手知ったる我が家よろしくよく見知った目鼻立ち。

 見上げる僕と見下ろすそいつ。

 これがロマンス小説ならきっと絶対フォーリンラブ。


「ス……!?」


 言葉を出力できない憐れな程の驚嘆と狼狽ろうばい

 いつにない至近距離で目が合って、一、二、三、にたあ~。はいお約束の僕ブチギレひゃっはー展開だ、とはならなかった。


 目が合った直後に「ふぁああああああああああああっ! ひゃあああんっ! あうううっ!」――ボワンッ!……ってなったからね。


 僕は元よりジャックもミルカもリリーも通行人も、その場の誰もが唖然として絶句していた。

 目の前で起きた一連を説明すると、僕のすぐ傍に何~故~かッ背丈程のスライムが出現、その上に見事人が落下ってわけだ。


 衝撃をほとんど吸収する最高のクッションとなったスライムは落下威力で消滅し、優秀な寝具同様に低反発タイプでもあったのか、その人は程ない高さから地面にべちっと落ちたも同然の衝撃しか被らなかった。

 でっかさから言って普通種じゃないだろうに、上空からの強力な脳天直撃で呆気なく昇天したなんて、どれだけそいつがいなかったらヤバかったか知れない落下の衝撃か。他人事ながら背筋が震えた。予想通り魔宝石は高値の付く青色。

 でかスライムは剣のある位置を器用に避けての出現の後、僕を押し退け尊き役目を終えた。命散らす寸前、凹んでホラーに顔を歪めてたけど僕の心にはじわりと感謝の念が湧く。

 嗚呼スライム、貴様がいなければ、僕は潰れたカエルになっていたよ。ギリギリ当たらなかったとしても眼前にスプラッタな光景を見る羽目になるところだった。トラウマだ。

 貴様の犠牲は忘れない。心は全く痛まなかったけど。


「アル大丈夫!?」

「あ、はは……運よく何とか、助かったみたい……」


 一番近くにいたリリーが真っ先に心配してくれる傍ら、放心気味の僕は押し飛ばされた際に体に付着したヌルヌルを手で触った。

 幻覚でも白昼夢でもない、現実のスライム液だ。死にそう……。

 しかも何やら書物が散乱してもいた。中に交じって紙袋もちゃんとある。

 多分僕が手に持ってたリリーの荷物だと思うけど、何で?

 放り投げたわけでもぶつかられて取り落としたわけでもない。


「ごめんリリー、何か知らないけど大事な本が……」

「それはとりあえず置いといていいからね。アルこそスライムと接触してたけど大丈夫なの? 主に精神的に」

「大丈夫じゃない。今すぐ服引きちぎってシャワー浴びたい。けどさ、けど……こんな場所で自棄になって真っ裸になってらんないじゃん!?」

「……落ち着いてアル」


 じんましんが出そうなくらいの嫌悪感を必死に訴えると、リリーは宥めるようにハンドタオルを差し出してくれる。

 スライム液で綺麗なそれを汚すのはさすがに忍びなくて断ったよ。


「おいアル! 大丈夫か!?」

「アル怪我はない!?」

「う、うん、……ふはっ、汚れちまったけど、何とか平気さ」


 ミルカと共に駆け寄って来たジャックがささくれた僕を引っ張り起こしてくれる。


「今の奴は無臭タイプみたいだから気をしっかり持て。他には大事なさそうで良かったよ。でもスライムは一体どこからだ?」

「それは僕も是非知りたい。近くに他の魔物はいなかったはずなのに」


 あと本の散らかりようの謎も。

 ……何となく、僕の中に推測はある。僕の視線は自然と疑いの矛先たるミルカへと向いた。


「魔法使ってくれたんだよね。ありがとうミルカ。でもさっきのあれってもしかしなくても…………ミルカ的スカかな?」

「う、そうよたぶん……。ホントはもっとカッコよく助けたかったんだけど。ごめんなさい……」


 ミルカは罪の意識を感じてか俯いた。


「やっぱそうかよ。でもまっ結果的には助かったんだからいいじゃんなー?」

「うん、ジャックの言う通りだよ」


 で、でもミルカ的スカで一体何がスライム化したのかなー? それが解明しないうちは安心して眠れそうにない。ごくり、と唾を呑み込む僕の横ではジャックも同じ思いだったのか咽を鳴らしている。

 一方のミルカは反省と落ち込み、自己嫌悪もあったかもしれない。見るからにそんな感情に沈んでいた直前までと違い僕達の言葉に幾分ホッとしてか頬を緩めていた。


「あ、落下してきた人は?」


 身を案じて見やれば、もぞもぞと動いているから生存はしている模様。


「いたいぃ~それにヌルヌル~。ほうきから落ちちゃったここは天国の地面? そんなぁマシュマロふわふわじゃなかったなんて……。イケメン天使さんはどこかなあ?」


 ……だけど地面に突っ伏したままだし精神的にも心配になった。


 綺麗なピンクの髪でポニーテールなんて、メリールウ先生を思い出す。

 着てるのは白っぽい上着……っていうか白衣な気がするなあ。


「えっ――メリールウ先生!」


 大丈夫かと問いかけようとした僕より先にリリーが走り寄って屈み込んだ。

 声が聞こえたのかその人は痛みを堪えるように震えながら上体を起こし顔を上げる。

 地面で打ったか擦ったかしたらしく、鼻の頭が赤い。


「ふえ? リリーちゃん?」

「やっぱり。大丈夫ですか先生? 立てます?」


 え、ホントにメリールウ先生!?

 それっぽいとは思ったけど。

 呆気に取られる僕と同様ジャックもびっくりしたように先生を見つめている。


「なあアル、メリールウ先生が何でここに?」

「ああ、まだ話してなかったね。リリーと一緒に来てるんだって」

「そうなのか。にしても懐かしいな、ロリロリ先生」

「……それ本人に言ったら駄目だよ?」


 幸い「どうしてここに? 工房に行ったはずですよね?」と若干圧を感じるリリーと話してて聞こえてなさそうだ。


「ええ? 先生なのあの子?」

「ミルカミルカ、あれでも成人してるんだよ」

「え!?」


 こっそりと教えてやると、ミルカが素っ頓狂な声を上げた。

 その声が気になったのか、メリールウ先生がようやく僕達の方にも視線をくれる。


「はわあっ!? アルフレッド君!? ジャック君まで!」


 打った鼻の頭を押さえて涙目で立ち上がったその人は、可愛らしいくりくりお目目を大きく瞠った。

 そんなメリールウ先生だったけど、視界の端にでも入ったのかハッとしたように剣を見て、瞬時に顔色を失くす。


「ああああその剣んんんんっ!!!!」


 で、惨状に泣き崩れた。


 そんな先生に追い打ちを掛けるわけじゃないけど状況を説明すると、ピンクポニーテールの白衣の幼女……は言い過ぎか、胸あるし。見た目少女のその人は何があったのかを説明すると命の恩人ミルカの手を取って感謝感激雨あられを告げ、次には重大過失に混乱する余り僕の前にジャンピング土下座した。


「ごめんねごめんねごめんねアルフレッド君っっ!!」

「えッ先生やめて下さいよ!」

「先生を辞めろ!? そりゃあわや大惨事だったもんね先生のせいでっごめんねえええ!」

「違いますよッ! 土下座をです」

「でも気が済まないよ~! アルフレッド君本当にごめんねごめんねごめんねえええ!!」


 スライムに直撃のメリールウ先生から御神仏よろしく何度も必死で拝み倒される僕は、極めて引き攣った笑みを浮かべた。先生に付いてたスライム液が微妙に跳ねてくるー。

 それにこれ、ロリを泣かせ謝らせ土下座までさせ……な鬼畜少年の図だ。


「頼むから皆も先生を止めてよ!」

「アルがサディストに見えるわ。……でもそれはそれで……ふふふふ」


 頬を染めたミルカが意味不明に含み笑っている。大丈夫かな?

 そんなミルカをリリーが怪訝そうに一瞥した。

 周囲の見知らぬ人からの好奇の視線が中々に痛い。

 とにかくメリールウ先生を皆で何とか宥めすかし、僕は往来の邪魔になっているそれへと目を向けた。


「ええとこの剣、どうするんですか? 深く突き刺さってる感じからして簡単には抜けなそうですよ」


 ロリ先生用にしては些かリーチが長い気がしないでもないけど、これが先生の武器なのかな?

 可愛らしくお花の短剣とか魔女っ娘ステッキとかピコピコハンマーで良かったのに。

 するとメリールウ先生は項垂れて唇を震わせた。


「どうしよう、工房から頼まれた届け物なのに……」

「え、頼まれ物……そうなんですか?」

「ふええそうなんだよおぉ~っ!!」


 よりにもよってかあ。そりゃ泣きたくもなるよね。

 預かった品をこんな道端に無残にも……いやある意味伝説的に突き立てちゃったんだしさ。

 この偉大なる芸術を引き抜きし者は選ばれし勇者だ!……とか宣伝したら誰か抜きに来ないかな。

 いくらするのか知らないけど高そうな剣だし、奇跡的に折れなかった幸運はあれ非難は免れないだろう。

 弁償もあり得るかもしれない。

 弁償って言えば、先生の本拾わなきゃ。どこも破れてないといいけど……。

 一人あわあわしているメリールウ先生の横では、剣を引っこ抜こうと試してビクともしなかったリリーが諦めたように嘆息した。


「先生落ち着いて? これ相当の力じゃないと抜けないと思います。どうにかして抜いてから後のことは考えましょう?」


 保護者リリーに諭されて、メリールウ先生は大人しく頷いている。

 ひとまず先生の世話を彼女に任せる事にして、その間に本を拾って紙袋に入れ直す。幸いどの本も壊れてはなかったし奇跡的にスライム粘液も付着してなかったからホッとした。僕とは対照的だね、ハハ……。あー、乾いてきて一部がカピカピしてきたよ。でも帰るまで我慢我慢。

 それに何だろう今日は本を拾ってばかりいるなあ。手伝ってくれたジャックとミルカにお礼を言って、僕は胸の内にもやもやしていた疑問を二人に聞いてもらおうと思い、だけどその前にリリーに重要な点を確認しないとならないと顔を向ける。

 僕の予想通りなら、とんでもない事実が隠れている。


「あ、リリー全部で二十冊だよね?」

「え、二十? ううん、アルに持ってもらった方には二十一冊あるはずだよ」

「あははははは!」

「アル……? 急に大笑いしてどうしたの?」


 リリーからすんごく怪訝にされたけど仕方ない。だってどうして笑わずにいられよう?

 僕は、いや僕達は、この目で人類稀に見るファニーな現象を見たも同然だってのに。


「ミルカあのさ、もしかしてスカって魔物以外にも効くの? 何かさ、本が一冊どこかに消えちゃってるんだよね。散らかっちゃったし」

「ああそういえばどうして本がって思ったけど、そういやアル紙袋持ってたもんな。散らかってたのはそれか」

「うんそう」

「でも何で散乱したんだ? アルが尻餅ついたってああはならないだろ。まるで魔法の影響みたいだよな」

「うん、スカの影響で散らかって、同時に一冊が消えたんだと思う」

「消えたのか一冊? スカで?」


 重々しく首肯する僕。ジャックは怪訝に眉を歪めた……が、まもなくハッと息を呑む。更には探偵のように顎に手を当て唸る。


「それじゃあさっきのスライムのまさかの原料は……!?」


 僕が本入り紙袋一式を目で示して頷いてみせると、友は悲愴な顔付きになった。

 行使者本人のミルカを見れば、心当たりがあるのか口に手を当てて居心地悪そうに視線を逸らしている。その様子に一層僕の確信が増大、百%から百二十%、いやいやグーンと千%へパワーア~ップ。

 ミルカのスカ魔法は魔物以外のそこらの物体にも御・利・益・確・実・!?

 お兄さーんスライムはどこから来たの~?

 はっは~、それはね~、――本さ!

 僕は何故か子供向けの歌の舞台を脳裏に展開しつつ、ジャックと揃ってミルカを見やる。

 心のどこかではまだどうか違うと言ってくれ!!……という一縷いちるの望みを抱いて!


「その、私もまさかとは思ったけど…………うん、そうみたい」


 くッ、この世は何て無常……!


「さすがに人相手はまだないけど……この先も無いとは言い切れないわ」


 おお絶望よ、いつ僕達の傍らに……!!


「倒しても本に戻らなかったみたいだし、ごめんなさい弁償するわ。幸い魔宝石は高値で売れる物みたいだし、本代の足しにはなると思う。アルの知り合いの本なのに大変な事しちゃった……。本当の本当にごめんなさいっ!」


 深過ぎる程深く腰を折るミルカに僕もジャックも慌てた。


「いや、スカってミルカの意思とは関係ないんだし、結果的に先生が助かったのはそのスカのおかげなんだからしょげないでよ。そもそも僕を救ってくれようとしたわけだし、本当にありがとうなんだよミルカ」

「俺からも、無二の友とうちの先生を護ってくれてありがとうと言いたい。サンキューなミルカ! さすがは俺達のミルカだよ!」

「アル、ジャック……」


 とは言つつ、実は危うく発狂しそうだったとは言わない。

 一歩間違えば僕にスカ効果が出てたかもしれないんだ。

 スライムになったらもう人生終末。お先真っ暗どころかドブ色ウンコ色。本気で干からびに砂漠に行くか刃物剣山にダイブだよ。


 ミルカ的スカってもろ刃の剣だなあ。


 にしてもスカ魔法の新事実発覚は大きな収穫だった。

 魔物は最初から魔物だからスライム化しても倒せば終わり。

 でも物だと倒せば魔宝石が得られるだなんて。

 ふふふはははは、路端の石ころから一攫千金も夢じゃない?

 まあその前に本の弁償の話をつけるのが先だけど。


 リリーとメリールウ先生の方を見やれば、意外にも説教に発展中だ。


「先生、今度から危ない物を空から運ぶのは駄目ですよ?」

「ふぁああごめんなさいリリーちゃん。でもねその剣が勝手に飛び出して行ったのよ。工房の主人さんもそんなような事態があるかもって言ってたし。先生もびっくりしちゃって借りてきた魔法のほうきから落ちちゃったの」

「どうやって空から落ちてきたかと思えば、魔法の箒で飛んできたんですか。次からは迷子になりそうでも地上から運ぶこと、わかりましたか先生?」

「はぁい」


 きっと地の性格は見た目通りのロリロリなのかもしれなかったメリールウ先生は、教え子達の生温かーい視線を感じたのかようやく自分の立場を思い出したようで、誤魔化すように空咳をすると背筋をピッとして大人びた表情を取り繕った。あのー今更ですけど?


「先生、ところでその、先生がリリーに頼んで買った本なんですけど、僕のために一冊駄目にしてしまったので弁償させて下さい。それか、同じ物があればそれを探します。なのでどんな本が教えてもらっても構いませんか?」

「そうなのお? だけどぉ弁償なんてとんでもないよ~。命を救ってもらったんだからむしろ先生がアルフレッド君達に何か埋め合わせをしないといけないくらいだよお。だから気にしないでいいからね」

「え、それでいいんですか? 先生の求めた書物ですし、専門的で高価な古書だったんじゃ?」

「そこまで高い本じゃないから安心して? リリーちゃんに他にもたくさん揃えてもらったから内容的に差し障りもないしね。先生の専門分野って内容の被る本が多いからね」

「そうなんですか。ならこっちも気が楽ですけど」

「うむうむ、そうなんですね~。だから楽にせよ~、なんてね!」


 先生はきゃわゆい時代劇キャラになって僕達の気を紛らせてくれた。あー、和んだー。とりあえず本の弁償はしなくてよさそうだね。……クククならば魔宝石はこちらの手に落ちるか。とにかく、先生の仕事にも影響はなさそうだし安心したよ。

 すると、そんなメリールウ先生の所に箒が降りてきた。


「あっ、忘れてたよお箒ちゃん!」


 ちらと自分の話をされたからってわけじゃないだろうけど、乗り手を失い上空を彷徨さまよっていた箒がふよふよと今になって路上に降下して来た。剣に巻かれてたんだろう布をちゃんと柄に引っ掛けて。な、何てできた箒なのかしらっ!

 安堵して柄を握る先生を眺めながら、そう言えばど僕は首を傾けた。


「剣が勝手にって先生は言ってたけど、普通独りでに動くもの?」


 僕は自分の腰にある剣を思わず見下ろした。想像できない。


「魔法剣ならあり得るかもしれないわ。持ち主が定めた条件下にあれば標的を追尾するとかもできるし、自律型機械も同然だもの」


 疑問に答えてくれたのはミルカだ。


「へえ、凄いなあそれは」


 無駄に地面に刺さるとか、とんだ自律型だよ……。

 改めて僕は例の剣を見やる。


「まあ何にせよ、どうにか抜いて届け先に持って行くか、刃こぼれしてるだろうし工房に逆戻りか、だよね」

「でも俺達で抜けるかこれ?」

「私が魔法使って周囲の地面を砕いてみる? 後で魔法で修復するし」

「それがいいかもな」

「え、ちょっと待ってジャック、ミルカ! ――スカが出たら大変だよ」

「「……」」


 失念していたのかハッと息を呑む二人。


「スカ? 何それくじ引き?」

「なになにぃ~? ガチャなら先生もよくするよぉ~」


 リリーはキョトンとして、メリールウ先生は箒を手にこてんと小首を傾げた。きゃわゆい。

 押し黙るパーティー組とは対照的に事情を知らない学校組は呑気だった。ま、さもあらんだよぉ~。

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