31守護の剣使えねー説1

 僕達は突き刺さった剣をぐるりと囲むようにしていた。


 僕の右手にはジャック、左手にはミルカ。剣から目を上げれば向かいにはリリーとメリールウ先生が立っている。

 剣視点で見れば、皆から覗き込まれている形だろう。


 正直、すぐにでも宿に帰って着替えたかった。あとシャワーも。服だけじゃなく少し頬にも付いたスライム液で実はかなり気分が悪いんだ……。

 でも僕の私情よりも今は剣をどうするか考えないとならなそう。

 真面目な話、古書街街路の中央付近に着弾ってか着剣?しているから通行の妨げになりつつある。

 歩行者は多い割に馬車や車なんかの車輌交通量はかなり少ない通りみたいだけど、全く通らないわけじゃないからね。

 この国では馬車や牛車、機械式や魔法式の車、調教テイムされた魔物も車輌に入るから、時々珍しい騎獣きじゅうも目にできる。さすがにテイムドラゴンは見ないけどね。もしも連れて来てもたぶん大き過ぎて通りに挟まる。

 多くの本好きや読書家が足繁く通うこの古書街通り周辺はエンジン音なんかの騒音を嫌うらしく、だからだろう静かに荷物を運ぶためにそういう生き物だけを連れている人もいた。

 そんな通行人達はこっちを避けてはくれるけどとても邪魔そうな顔はしていたね。

 通報されて道路交通法云々とかで王都の治安を担当する騎士達にしょっ引かれる前に早く何とかしないと。

 僕の事は後回しで我慢我慢がまん……。不快感を紛らわすために、箒を手にしたメリールウ先生は白衣の魔女っ娘ロリロリ~、なんて思いを馳せてみる……ってうええ、そういや現状先生にもスライム液がたっぷり付いてたよ。折角の白衣が薄緑に汚れてる。

 失敗した。もっと別の事考えるんだった……。

 内心で大きな溜息をついた。


「アル、それ拭きなよ。スライムのせいで結構心が参ってるんじゃない?」


 何か良い案はと考えていると、ミルカが花柄のハンドタオルを僕の頬に当てて気遣うような視線をくれる。

 さっきのリリーもだったけど、躊躇いなく私物を犠牲にしてくれる気持ちは有難かった。

 でも、でろでろのスライム液が折角の可愛らしいハンドタオルに染み込んで申し訳ない……。しかもこれサーガの土産物屋で気に入って買ったやつじゃなかったっけ? 腹を決めてさっさと自分ので拭けばよかった。反省。


「後で洗えばいいし、汚れは気にしないで使って?」

「……ありがとう」


 遠慮しようにも結果的にもう手遅れだし思いやりを素直に受け入れる。拭き拭き、拭き拭き。拭き拭き拭き拭き拭き拭き。


「ねえミルカ、悪いけどこれもらってもいいかな?」

「え? 別にいいけど、どうしたの?」

「だってさ、白かったのにめっちゃ薄緑色の染みになってる。ホントごめん。王都で気に入ったのあればそれで返すってのは駄目かな。もしくは、またサーガに行った時に同じの買ってもいいし」

「スライム染みって通常洗濯で大抵落ちるし、落ちなくてもこの程度なら漂白剤浸け置きで一発よ。ほんとアルったら気を遣い過ぎ。髪飾りだってこの前もらったばっかなのに」

「え、アルがミルカちゃんに髪飾りを?」


 何やら微笑ましそうな面持ちで僕達の様子を見ていたリリーが目を丸くした。

 リリーとミルカはさっき簡単にだけど自己紹介し合っている。彼女がミルカの胸ら辺を凝視して数秒間沈黙した時はヒヤッとしたけどさ。あと、ミルカの方が一つ歳下だからか律儀にもミルカはリリーに敬語を使っていたっけ。

 すると横で聞いていたジャックが面白そうな顔をした。


「そうなんだよ。いきなり露店のあんちゃんと交渉し出してさー、俺も驚いた」

「そ、それはさあ、言ったよね、お礼にと思ってだよ!」


 僕は内心焦った。

 ジャックが変に勘違いするといけない。

 弁解してジャックにだけこっそり力説する。


「勝手してごめん。でも他意はないから安心して!」

「えッ……マジかよ。微塵もないのか下心?」

「うん、ないない!」


 正直ミルカの喜んだ顔が見れて嬉しかったけど、不和の元、横恋慕の疑いの芽は摘んでおかないと。

 そしたらジャックが何故か気まずそうにミルカを見やった。

 まさかかえって下手な言い訳に聞こえた……とか?

 疑いの芽がむくむくと!?


「ジャック本当に本当だから!」

「う、お、おーそうか……はは……」


 うう、歯切れが悪いなあ。無意識に手にしたミルカのハンドタオルをぎゅうっと握り締めて次なる否定の言葉を探していると、リリーが僕の不自然な手の力みに気付いてか、腕を伸ばして触れて来た。


「そっか、アルは……」

「僕が、何?」

「相変わらず優しいんだなって」


 それ以上は何も言わず、困ったように眉を下げられる。

 何に対してか憂えているようだった。


「リリー?」


 僕の手の力が抜けたのに安堵してか、リリーはくしゃりと笑った。


「アルはホントお馬鹿さんなんだから。……それは私もだけど」

「ええと……?」


 よりわけがわからなくて僕はリリーを困惑しきりに見つめるしかなかった。

 輪が崩れ、緩やかに弾き出されたようなジャックとミルカは並んで絶句。いや「ぐはっ手握りかよ」「うぐっ二人の絆が沁みるわ」とか胸を押さえて血を吐いた。


「二人共大丈夫ッ!? まさか何かの流行り病とか?」

「いや、うん、まあ平気だ。ちと心臓に強烈なジャブを食らって苦しくてさ……」

「へ、平気よ。頭を鉄パイプで殴られたような頭痛がするだけで……」

「全ッ然平気じゃないよそれ!」


 ギョッとしておろおろする僕とは違い、リリーは二人を案じるのは同じでも冷静に自身の腰ポーチから何かを取り出した。


「もし良ければ、この薬草使って? 気分が良くなると思うよ」


 ――出たあああっ!


 リリーの謎の(結局謎じゃなかったけど)薬草!!

 旅立ちの日の薬草とはまた違った葉っぱが彼女の手には載せられている。


 は? 何これ新種の薬草? だって何か……レインボーなんですけど。


 今度こそ絶対毒草だよねこれ!! まっまさかジャックにミルカって恋人がいるのに悲嘆して血迷って二人を毒殺するつもり? でなけりゃジャックと無理心中? そうでないならライバルを消そうと?


「リリー早まるなあああ! いくら思い詰めてるからってそれは間違ってるよ!」

「アル? ……私が何を思い詰めるの?」


 ひいいッ急激にリリーの目が仄暗く……っ。

 ハッそうだよそうだよーッ、僕が薄々リリーの気持ちに見当が付いてるって知らないんだった。もちろんジャックだって気付いてないだろうし。


「いやいやいや何も思い詰めてないよね! 言葉のあやじゃないけどあやだよアハハッ。いやー凄いな初めて見るそれはリリーの優しさでできた薬草かな~?」

「もらった薬草だよ……元婚約者くそ野郎から。高価な物だし勿体なくて捨てるに捨てられなくて、どうせなら王都で売ろうと思って持って来てたの」


 地雷ーっ!!


「アハハハハそっか、薬草に罪はないもんね!」

「でしょ」


 嗚呼僕の方こそ心労で血を吐きそう。

 ヌルヌルスライム液とはまた違った辛さ!


「ありがとうリリーさん、でもこれ薬草とかじゃ治らない病だから」

「えッ病? ミルカホントに病なのッ!?」


 流行り病って冗談半分ってかブラックジョークだったんだけど!


「そうだミルカの言う通りだ。俺も、俺のこの病は俺の運命の女神にしか治せない……」

「ジャックも何言ってんの!?」


 台詞気持ち悪いって猛烈に突っ込みたいけど直には突っ込めずにいると、小首を傾げるもリリーが大人しくいわく付きの薬草を仕舞った。


「もーっ皆楽しそうにお喋りしてないで、これどうするか考えようよー!」


 一人蚊帳かやの外状態だったメリールウ先生が教師の威厳を捨て去ったのか失念しているのか、その場で飛び跳ね可愛らしく頬をぷくぷく膨らませて怒った。

 ああそうだったそうだったー。頭を撫でてあげると、ロリ先生は機嫌を直した。

 さあっと、気を取り直して再度剣に集中集中!





 何もなければ普通に綺麗な剣だと思ったに違いない。

 大抵剣ってのは押す力で叩き切るものだけど、この剣は鋭い刃の具合いから少ない力でも破格の切れ味を発揮するだろうと想像できる。指先で不用意に触れれば間違いなくスッパリいくレベル。

 これは両刃剣だけど、片刃の長得物――刀を彷彿ほうふつとさせた。


 そんな剣を前に僕が思う事はただ一つ。


 ホンット刺さんなくてよかったあああ!!


 その汚れ一つない青白い刃を見る度に背筋が薄ら寒くなる。不可抗力だったけど植え付けられた恐怖心は拭えない。絶対触りたくないッ。


「さっき引っ張ってみたけど、人の力じゃビクともしないと思うよ」

「いや意外と抜けるかも。俺達冒険者して少しは鍛えられたし。

ちょっと見てろな」


 リリーの検証報告にジャックが一人良い所を見せようと力こぶを作る。力自慢したい気持ちは理解できるけど僕は呆れた。


「ジャックさすがにこれは無理だよ……」

「ものは試しだって」


 案の定、柄に齧り付くようにしながらどれだけ引っ張っても、剣は毛ほども動かない。

 そのうちジャックは力み過ぎて真っ赤になった顔で息を切らせてへたり込んだ。


「ぷはーッホント駄目だなこりゃ。がっちりハマッててホント石みたいにかってーよ」

「だから言ったのに」

「アルもやってみろって。アルの武器って剣だし扱いなら慣れてるだろ?」

「それとこれとは別だよ」

「ははっそれもそうか。んじゃもし抜けたらそのまま使うってのはどうだ?」

「……どこをどう論理を組み立てたらその理屈が出てくるんだよ」

「いいじゃんいいじゃん、でもマジで一回やってみろって。案外スルッといくかもだろ」


 やれやれと左右に首を振って僕は項垂れるようにしてハァ~と大きな溜息をついた。


 だから気付かなかった。


 その剣がまるで期待するように淡く光り輝いたのを。

 皆がハッと息を呑み剣を見つめたのを。


「僕には実家から失敬してき……コホン、持ってきたのがあるし、しっくり手に馴染んでるから他のは必要ないよ。それに何かその剣は……――嫌だし」


 嫌だし、嫌だし、嫌だし、嫌だし……。


 ……ん?

 何か今、どっかで台詞がリフレインした気がするけど、気のせい?


 そんな不思議な気はしつつ目を上げると、音が聞こえた。


 ――ピシッ!


 と。


「え、なに?」


 出所を見れば突き立った青白い剣身に大きくヒビが入っていた。

 皆も呼吸すら忘れたように刮目している。


「な!? は!? 嘘おおおっ!? いきなり何で? さっきまでは何ともなかったよね?」


 僕がそう叫ぶ間にも、ピシピシピシ……と大小のヒビが増えていき、終にはパアンッと砕け散った。

 カラン、カララン……と小気味いい音を立てて残った剣の柄が地面に跳ねた。

 僕は、僕達は皆呆気に取られてしまって言葉もない。


「ふぁあああああぁ~そんなああああああ~~……」


 へなへなと座り込んだメリールウ先生が青、白を通り越して土気色になって白目を剥いた。

 可愛らしいミイラがいっちょ出来上がり~。


 居合わせた通行人までがことごとく足を止めて絶句する中、最悪の光景に僕は静かに手で目元を覆うほかなかった。





「……ね、ねえジャックどうするよこれ?」

「あーまあとりあえず、拾うか。それからだろ」

「あ、うん、そうだねー……。あ、先生その箒借りますね」


 案外冷静なジャックに感化されて落ち着きを取り戻した僕は、とうとう倒れ込みうんうん唸っている先生の手から箒を引き抜くと石畳を丁寧に掃いて一か所に欠片を集めた。

 危ないからしっかり小さな破片まで回収しないとね。

 どこか近くの店から塵取りを借りてきたリリーがそれを手渡してくれる。


「ねえアル、地面に埋まった部分はどうするの?」

「うーん、そればかりは今は何ともならないよね。放置するしか……」


 リリーはしゃがみ込んで地面を覗き込む。指でいじくるのは怪我の危険があるとさすがに認識しているのか手は出さない。近くに木の棒でも落ちてれば良かったんだけど生憎いつも清掃されているらしいこの街路にはなさそうだ。


「私にもミルカちゃんみたいに魔法が使えたら良かったのに。……例えばえぐるのとか」


 深い意味はないんだろうけど、技チョイスが絶妙に怖い。


 リリーはメリールウ先生同様に魔法を使えないと思ってたけど、明確に現象を引き起こす系の魔法を使えないだけで、実は先読みとか直感にも似て感覚的にしかわからないような魔法を使えるんじゃないかと今日の彼女を見て僕は思っていた。本人にも自覚はなさそうだけど。

 きちんと測定してみたらレアな能力を秘めているかもしれない。

 魔法に自覚のある僕とジャックは普通レベルだし能力もレアでも何でもない。

 他方、普通魔法にプラスして神聖魔法を使えるミルカは当然優れた術者だ。そんな魔法の才の塊ミルカは浮かない表情を誤魔化すように苦笑する。


「うーんでも、良し悪しですよ。使えても、ここじゃ今はちょっとわけあって控えたいので役に立たないですし」

「へえ、魔法術者にも複雑な制限とか事情があるんだね」

「あ、ええまあ……」


 ついさっきは使っていたのに今は駄目なんておかしいと思うだろうけど、リリーは不躾けだと思ったのかそれとも不審には感じていないのか深くは掘り下げなかった。僕はこっちに何でって訊かれなくて良かった~とホッとしていた。

 ミルカを苦しめてきたイレギュラー能力だ。

 これは僕がおいそれと他人に教えるわけにはいかない。

 彼女が自分で明かすのでもない限り。

 そこはジャックも同じ気持ちだろう。

 そんなジャックは粉々になった剣だった物を見つめ下ろして渋い顔をしている。


「さすがにこれを届け先に持ってくのは無理だろうな。預かった工房とやらに行くべきだと思うんだがー……どう思う?」


 ジャックの提案に異論は出なかった。残った部分はきっちり石畳の中だし、尖った部分が地上に出てるなんてわけでもなさそうだから往来の障害にはならないだろう。

 貴族の屋敷で骨董品の壺を割ってしまったメイドよろしく大いに不安そうにしていたリリーは、僕達も一緒に行く旨を伝えると安心したようだった。……まあね、ロリ先生だけじゃ不安しかないよね。僕だってリリーの立場だったらそうだ。

 リリーは早速先生を起こしにかかり、そういうわけで、皆でぞろぞろと工房に向かう運びとなった。






 新王都との境が近い古王都の一角。

 公園に隣接し、伝統工芸品から金属製品、その他様々なモノ作り業者が店を構える界隈、統一された灰色い石の建物の一つが目的地の例の武器工房だった。


 メリールウ先生の証言通り、店先に一本の剣というシンプルなデザインの真鍮しんちゅう製の看板が掲げられていたので、苦労もなく見つけられた。

 ここから借りたという空飛ぶ魔法の箒の柄を握り締め、店の前に立ち止まって心の準備をしていた先生が「い、行くわね、行くんだからね?」と意を決してガラスの扉を押し開ける。

 まるでちびっ子勇者みたいなロリ巨乳ちゃんにもうほとんど教師の威厳は残っていない。


 来店を告げる涼やかなベルの音を潜ると、すぐさま既製品が並ぶ店舗に繋がっていた。


 人気のお店だって言うし、オーダーメイドみたいだから受付か何かがあるのかと思ってたけど違うみたいだ。広さはちょっとした街角のパン屋さんくらい。

 今はたまたまなのか先客もいない。

 壁は建材の灰色石が剥き出しで、所々に穴を穿うがって杭なりフックなりが打ち込まれていて、そこに武器が掛けられている。壁掛けできないような品は壁際に置かれた台や棚に整然と並べられていた。照明は明るいけど、装飾としての小物の一つ壁絵の一つもない店内は質素だ。関係ない物は置かない主義なのかもね。ここの職人の気質なのかもしれない。

 武器工房ウィリアムズの主人。一体どんな人なんだろう。勝手にだけどゴツくて気難しそうで寡黙なイメージが浮かんだ。

 それとは別にやっぱり冒険者をしてると武器屋って心が躍る。様々な形状の武器を興味津々で見て回っていると声がした。


「いらっしゃいませ」


 暖簾の掛かった間口の奥から、片眼鏡モノクルを掛けた一人の白髪交じりの細身の男性が現れた。品の良さそうな老紳士って感じからするときっと接客担当の人だね。


「何かお探しですか? それともオーダーメイドをご依頼で?」


 たまたま一番近くにいた僕へと男性が話しかけてきた。

 僕は「ああええと」と曖昧に微笑んでメリールウ先生を振り返る。男性も僕の視線の先を追った。


「あ、あの、ウィリアムズさん、実は先程の武器配達を頼まれた者ですが……」

「ああ、貴女でしたか」


 おずおずとメリールウ先生が進み出ると、会話からして意外にも武器職人当人らしい男性は、連れの僕達を改めて認識して来店を歓迎するように微笑を浮かべた。

 先の第一印象通りに人当たりが柔らかで品の良さそうな人だ。立ち姿も背筋が伸びてていいから顔の皺の多さに反して老年というよりはまだ壮年並の基礎体力がありそうだ。

 齢七十を超えているくせに筋肉モリモリ度が化け物な僕の祖父とどこか通じる若さだね。

 ともかく、直前で想像した職人像は見事に的外れていた。


 ロリ先生に代わって剣のなれの果てを運んだジャックが先生の横につけ、その残骸の入った紙袋をすっと差し出す。


「これは?」

「……っ、そのっ、わわわ私が預かったあの剣、なんですぅ……っ。こんな姿にしちゃってごめんなさいいいっ」


 罪悪感に押しつぶされ、小人くらいまでしゅるるるー…と縮んだ(ようにも見える)メリールウ先生が深々と頭を下げた。

 男性は付けていた片眼鏡モノクルの奥の目もそうでない目も少しだけ意外そうに見開いて袋に入れられた物を見下ろしている。


「なるほど、そうですか。ふぅむむむ、こうなりましたか。……それでは立ち話も何ですし、奥へどうぞ」

「え、でもそんな……」


 怒鳴られるのも視野に入れていたメリールウ先生が、完全予想外といった顔付きで戸惑いながら相手を見上げる。


「色々とお話もあると思いますし、こちらからもそれについてのお話があります」


 僕達が訪ねた武器工房ウィリアムズの主人は、別段憤慨するでもなくよく落ち着いた様子で僕達一行を大切な仕事場の一室へと招いてくれた。

 きっと高熱を要する溶解炉なんかは敷地の奥の別の場所にあるんだろう。この部屋は武器の最終的な仕上げや微調整、装飾を施す場所のようだった。

 部屋の中央付近には大きな作業台が置かれ、壁際の棚は制作道具と作りかけの品で満たされている。

 棚を背景に、お茶をお持ちしますとか言い出しそうな物腰柔らかな工房の主人は、


「ひとまずは適当に寛いでいて下さい。お茶をお持ちしますね。お茶菓子も」


 まんま言った。


「お茶菓子! はーい!」

「いえいえいえいえお気遣いなく! ちょっと先生っ」


 彼の裁定を仰ぎに来たってのに、持て成されてどうするロリ巨乳。

 こっちもこっちならあっちもあっちで見た目通りの執事~な性格なのか、


「そうですか? ちょうど美味しい茶葉があるんですが……」


 と、給仕できなくてどこか物足りなそうにした工房主だったけど、詳しい事情説明もまだな僕達の居心地の悪さを察してくれたのか、ここに至った経緯に耳を傾けてくれた。

 しかも人数分の椅子を引っ張り出してきて、皆に作業台回りに腰かけるよう促してもくれた。時々王都の魔法学校の生徒が職業体験に訪れるらしく、ある程度の椅子は常備してあるとの事だった。

 忙しいだろうに手間を取らせた僕達を邪険にする素振りもないし、親切な人だなあ。

 ちょうど作業も切りのいい所まで終わったから気にせずに、なんて言ってたけど気配りまでできる完全無欠の紳士っぷり。いつぞやのジャックの似非えせ紳士っぷりとは似ても似つかない。


 そして彼は、僕達皆で記憶を手繰り補足し合った先の出来事を聞き終えるや、ふむふむと黙考し、短く一言。


「――それはショック死ですね」


 と言った。

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