最終話「BETWEEN!」

 異世界での燃えるような夜が、明けた。

 そして、燃え上がる城を確認してから、遊馬アスマとナルリはソロモンリングでゲートを開いた。城の地下の遺跡を、モンスター達に使わせてはいけない。これは、あらかじめアイゼルと相談して決めたことだった。

 今、再び遊馬は見慣れた六畳一間ろくじょうひとまに戻ってきた。

 続いて門から出てくるナルリに、そっと手を差し伸べる。

 その手に手を重ねて、彼女も強気な笑みでかたわらに立った。


「さて、あとは……まあ、そうなるよね」

「あ、うん……えと、手伝おっか? あたしも、ほら……共犯者きょうはんしゃ? だし」


 遊馬の部屋は、見事に汚れていた。

 数千人の避難民が門から門へと移動したのだ。それも土足で。たたみを拭き掃除して、よく天日てんぴに乾かした方がいいかもしれない。そう思ってふと時計を見ると、この部屋を出発してから時間は動いていなかった。

 異世界での一夜は、現実の世界……遊馬の世界では一秒にも満たなかった。

 そのことを口にしたら、ナルリは腕組み考えてからパッと表情を明るくさせる。


「ほら、遊馬ってあたしの、あたし達の時代の過去っぽいじゃない?」

「そっちの異世界が進んだ文明ってのは認めるけど……もしそうなら」

「うん、そうだとしたら……ソロモンリングも含め、門は空間だけでなく時間も超える」

「つまり、僕達は出発した時間軸の現代に戻ってきたんだね」


 納得し終えたと同時に、バタバタと階段を上がってくるスリッパの音が聴こえた。

 同時に、ドアの外に気配が立つ。

 ナルリが珍しそうに顔をのぞき込んでくるのは……遊馬が露骨ろこつあせりを顔に出したからだろう。彼はそのまま、急いでドア越しに声をあげる。


「姉さん? 僕だけど、どうかしたかな?」

「どうかした、じゃないわよ! ドタバタうるさかった! あんた、なにやってんの?」

「えっと……ちょっと、その、救世主を」

「……勉強し過ぎた? 壊れた? あのねー、大学も国立一本とか考えなくていいんだからね!」

「ど、どうも……その、ええと……あ! そ、そう、友達が来てるんだ」

「あらそう? 友達ねえ……グフフ、女友達?」

「そんなとこ」

「じゃあ……やってんのか聞くだけ野暮やぼだったわね、フハハハハハ! 姉はいつでも生温なまあたたかく見守ってるぞ、弟よー!」


 謎の勘違かんちがいをふくらませながら、姉の気配はドアの外から去った。

 安堵の溜息をついて振り向くと、ナルリが何故かすがめてくる。

 美少女ヒロインがしてはいけない表情で、ほおふくらませてブスッとにらんでくるのだ。


「……友達なの? あたし。遊馬とあたし、友達なんだあ。ふーん」

「や、それは言葉のあやというもので。参ったな」

「ふふ、でも嬉しい。遊馬でも、あわてるこってあるんだ。それに、友達……最初はそれでもいいよ。また……きっとまた、会える気がするから」

「いや、でも……とりあえず、友達というより、仲間。……相棒、かな」

「うん」


 二人は、今来た門と反対側の方向を一緒に見詰める。

 本棚にできたうずから出てきたから、今度はナルリが帰るために押入れ側に門が開くはずだ。

 だが、そこで遊馬は奇妙なものを見付けた。

 それは、押入れのふすまに貼り付けられた一枚の紙だ。

 達筆たっぴつな文字が几帳面きちょうめんに並べられている。

 文字だとわかったのは、ソロモンリングのおかげだ。

 すぐにナルリがそれをがし、読み上げる。


「えっと……なになに? 救世主ナルリ殿と遊馬殿へ。国と民の危機を救われたこと――」


 救世主ナルリ殿と遊馬殿へ。

 民の危機を救われたこと、感謝の言葉もございません。

 また、ナルリ殿には格別の温情をたまわりました。

 頂戴ちょうだいしたつるぎ氏族しぞくの宝とし、子々孫々まで受け継がれるでしょう。

 星をもるとおっしゃったこと、それをたくされたことの意味……

 力を持ちつつ、それを使わぬ道を選んで、今……民のために戦いましょう。

 民こそが国、その民を守る全てが私の戦いと覚悟しております。

 女を捨てて、これより私は未開の地を……この剣を抜かずに切り開きます。

 再び民に安住の地を約束することで、恩義おんぎへの報いへ変えさせて頂きます。


 ――第八王女だいはちおうじょ、リーン・ル・


「……うそ、遊馬……えっと、これ」

「ん、もしかしてもなにも、そうなんじゃない?」

「リーンって、あたしの氏族の始祖しそ、一万二千年前の人だよ? つまり」

「ナルリと僕が助けたのは、ナルリのご先祖様だったんだね。ナルリ、君はやっぱり自分の一族のためになにかを成し遂げたんじゃないかな」


 驚きに固まっていたナルリが、パァァァっと笑顔をかせる。

 感極かんきわまった彼女は、遊馬に抱き付いた。

 ナルリの胸に顔を押し付けられながら、そのまま押し倒される遊馬。


「遊馬っ、あたし、あたしっ! こういうことって、あるんだね」

「お、重いよナルリ」

「重くないっ! ……そういえば、あの時も……あの骸骨ガイコツ野郎をやっつけた時も、あたしの胸に飛び込んできた」

「今は、君の胸におぼれそうだけどね」

「……はさまんないでよ、えっち」

「はは、挟まるのは得意なんだ。って、ああ……時間みたいだ」


 遊馬に馬乗りになったナルリが、上体を起こして振り返る。

 押し入れの前に今、つどう光が渦を巻いて……門が出現した。

 ナルリとの別れの時が来たのだ。

 それでも、ナルリは立ち上がらない。


「また、会えるよね?」

「うん。ソロモンリングを持ってるからね。……これ、英語のテストで楽できちゃうな」

「バカ……じゃ、じゃあ……そろそろ、行くね?」

「ん、また。また会おう、ナルリ。僕はいつも、全ての世界に挟まってるから」

「うん……じゃあ、また。あっ、そ、そうだわ! ソロモンリング!」

「うん?」


 ナルリは右手のソロモンリングを一度外して、


「こ、こうしとくから! あんたも、ほら!」

「えっと、それは――!? 待って、ナルリ……指輪が光ってる」


 二人のソロモンリングがまばゆく輝き出した。

 その意味をもう、二人は知っている。

 しかし、ナルリの帰るための門しか見当たらない……その時。


「ふえええっ、そこの人ぉ! どいて、どいてどいて、どいてくださいなぁぁぁぁ!」


 不意に声がってきた。

 それで天井てんじょうを見上げた遊馬とナルリは、目を丸くする。

 天井に今、巨大な門が開いていた。

 そして、そこから……渦巻く中から、女の子が落ちてくる。

 ナルリにまたがられて身動きが取れぬ遊馬は、顔面で彼女の尻を受け止めてしまった。


「ひゃっ! ふう……た、助かりましたのぉ」

「ちょっと! なによあんた、誰? って、その指輪っ!」

「まあ、ごきげんよう……あら? あなたも指輪を? これは素敵な女性からもらったのですわ。わたくしの名は――」

「いいからそのでっかいお尻、遊馬からどけなさいよ! あ、あれ? これって――!?」


 その時、

 そう、今しがた落ちてきた少女が、自分の異世界から門を通じて……この部屋を経由して進む、他の異世界へ向かって。


「えっと、とりあえず二人共……降りてくれないかな、って!? お、落ちてるね」

「落ちるわっ、ちょっと! なによもうっ!? さっき戻ってきたばかりなのに!」

「あらあら、まあまあ……これでわたくしも、異世界で大冒険ですのね、うふふ」


 こうして遊馬は、再び光となって時間と空間を超えた。

 次元をも超越ちょうえつした先へとぶ中で……再び冒険が始まる。

 非日常はいつも、いつでも、いつまでも。常に、そして永遠に日常を取り囲み、なんでもない日々を挟んで無数に存在している。そのことを改めて尻……もとい、知り、遊馬は再び異邦人エトランゼとしての冒険に巻き込まれていくのだった。

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BETWEEN 異世界 TO 異世界! ながやん @nagamono

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