第6話 灼熱の転校生

 暑い。朝から暑い。

 九月になったってのに、天気予報では今夏最高気温になるだろうということだった。

 九月ってまだ夏だっけ?

 季節がちょっとだけ後ろにずれてない?

 どこかの会社の販売予定日スケジュールかよ。

 冷房の効いた電車から灼熱の市街に放り出され、学校までそこそこの距離を歩かないといけない。

 しかしこの暑さ。

 朝だってのに道路からわき上がる熱気が肌にべったりまとわりき、毛穴という毛穴から汗が噴き出る。

 視界の先には熱気により発生した地鏡にげみずが見える。学校はあの逃げ水のさらにもっと先だ。

 一学期中何度も毎日通った道なのに、この暑さのせいで足が重くなり、気の遠くなるような距離に思えてくる。

 まとわりく熱気を押しのけ、各々おのおの制服は違うが他の埼ヶ谷高校の生徒たちとともに逃げ水の方向へ生ける屍ゾンビのように無心で歩を進める。

 進めれば進めるだけ逃げ水は俺から距離をとる。

 駅前の繁華街を通り抜け、少し古めかしい家屋が建ち並ぶ旧街道を渡り、住宅街のよく整備された歩道をひたすら歩く。

 道中河があり歩行者専用の橋が架かっているあたりで逃げ水はなくなる。

 橋を渡った先の細い道路は左脇に神社の参道があり、その道に沿って木が植えられいて影ができるためほのかに涼しさが感じられる。

 その道の中程、参道の反対側に埼ヶ谷高校の裏門がある。

 やっと着いた。

 俺を含め、埼ヶ谷高校生が続々と裏門に吸い込まれる。

 裏門を抜けた先の駐輪場を通り抜け昇降口げたばこで靴を上履きスリッパに履き替える。


「奥原~」


 名前を呼ばれ振り向くとそこには真っ黒に日焼けした顔があった。


「お前、柏木か? ずいぶん焼けたな」


 俺を呼んだ声の主は柏木かしわぎ夢斗むと

 真っ黒い顔から真っ白な歯を覗かせている。

 半袖の薄いピンク色のワイシャツに紺色のズボン、前髪をゴムで斜めに留めている。

 俺と同じ一年五組の生徒で、俺の数少ない友人の一人だ。

 柏木こいつはたから見る分には非常に美男子イケメンである。

 学校で柏木こいつが歩いているだけで女生徒が振り向くくらいだ。

 しかし何かが足りない。

 非常に残念な男で、告白してきた女生徒おんなのこにその場で「ごめんなさい」と言われるほどである。

 間違えのないように確認をするが女の子に柏木こいつが振られたのである。

 何かが足りないどころか、もしかしたら何もかも足りないといった方がいいのかもしれない。


「奥原は真っ白いままだな。家でゲームばかりしてたんだろ?」


 うん、否定はできない。暇さえあればTFLOをやっていた。


「柏木はそんなに真っ黒になってるけど海にでも行ったの?」

「海は行ってないけど、県営プールには行ったな~」

「県営ってコバト? 誰と行ったの?」

「一人に決まってんだろ!」


 安心した。

 と、同時にやっぱりかという気持ちになる。

 柏木こいつがプールのウォータースライダーやその他アトラクションで他の子供達に混ざってはしゃいでいる姿が容易よういに想像できる。

 非常に残念だ。


「あとはせみやカブトムシとか採ったり、魚釣りしたり…」

「小学生かよ…」


 残念すぎて泣けてくる。何より残念なのは柏木こいつはこれを素でやっているということ。

 高校生にでもなれば洒落しゃれが出て服装や行動に気を遣ったりするが、柏木こいつにはそのが全くない。

 服装からしてそうだ、制服のズボンはずいぶんくたびれており、傍目からは気づかないが、よく見ると所々修繕された形跡あとがある。

 自分で修繕なおしたのかは不明だが、随分といい腕前しごとだとは思う。

 多分中学校の時から履いてるものを直して使っているのだろう。

 ワイシャツもピンクって、どこで買ったんだそんなもん……。

 人並みに「モテたい」という気はあるんだろうが空回りというかズレているというか、いつも行動に移す時点でどうにも残念な結果にしかならない。

 そして残念なことの極めつけが、友人と言える友人が俺くらいしかいないということだ。

 そして俺も友人が柏木こいつくらいしかいない。

 うん、自分で説明していて泣けてくる。


「おはよー奥原、柏木」


 後ろから約一ヶ月ぶりの懐かしい声が聞こえる。

 振り向くと、現実世界リアルでは一ヶ月ぶりの女生徒ギャルが鞄の銀の小物シルバーアクセサリをジャラジャラと揺らして近づいてきた。

 一ヶ月ぶりって言ってもほぼ毎日ゲーム内でってたけど…。


「おはよーかなちゃん」

「おはよう、長田さん」


 一瞬言葉に詰まり、セルフィッシュさんと言いそうになってしまった。


「ちょっと柏木、かなちゃんは恥ずいんだけど」


 迷惑そうな顔をする長田さん。


「え~、かなちゃんでいいじゃない。かなちゃん可愛いカワイイんだから」


 柏木の残念なところの二、女子と話をするときはちょっとそっち系オネエっぽくなる。

 可愛いカワイイと言われれば普通女の子は喜ぶんだろうけど、長田さんの表情を見るとちょっと迷惑そう。

 柏木が美男子イケメンであるにもかかわらず、モテない原因はそこなのにこいつは全くわかっていない。

 教室に向かいつつたわいもない話をしていると、髪の長い女生徒が後ろから俺たちを追い抜く。


「おはよう、灰倉さん」


 長袖のブラウスに灰色のスカート、黒いタイツを履いたこの前と同じ格好をした灰倉さんに俺は挨拶をする。

 今日は今年最も暑い日になるってのにその格好はどうなの?

 灰倉さんは俺の声に立ち止まり、一拍おいてから半身だけ振り向き肩越しに


「おはよう」


 と一言だけ挨拶をし、そのまま前を向き教室へ入る。

 俺たちもそれに続いて教室に入る。


「おはよー佳奈子」

「長田さんおはよー」


 教室へ入ると長田さんへの挨拶が次々とかかる。さすがの人望の厚さだ。

 俺と柏木には……、特にない。

 いつものことだ、当たり前のこととしてもう慣れた。


「奥原、灰倉さんと仲いいの? つーかあの人の名前灰倉さんって俺今知ったよ」


 柏木は自分の席の机に鞄を置きつつ振り向いて言う。

 後半は灰倉さんに聞こえたらばつが悪いからか俺に近づき小声で話す。

 俺もこの前初めて知ったんだけど、たしかに一学期中はあまり目立たない生徒ではあった。

 ちなみに柏木の席は教室のほぼ中央に位置する俺の席の右斜め前だ。


「え~と、この前ちょっとある出来事があって…」

彼女カノジョなの? その出来事で仲が深まったとか? 奥原やるなぁ~」


 え? ちょっと、そんな大声で。

 振り向いて窓側一番後ろの席、灰倉さんの方をちらりと見る。

 携帯スマホを覗きこみ、まったく意に介していない。


「ちがうって、そのときあたしも一緒にいたけど、そんなんじゃなかったよ」


 前を向くと長田さんが俺たちのところまで来ていて俺が否定する前に否定する。


「うん、長田さんと灰倉さんの二人で俺の補習見てもらっただけだから」


 と、言うほど見てもらってもいないが。


「お前、馬鹿正直に補習受けたの?」

「え? どういうこと?」


 俺は驚いて聞き返す。


「俺、百川先生に宿題の増量と、ある条件で補習は無しにしてもらったよ?」

「お前も赤点だったのかよ。てか、まさかその条件って…」

「生徒会に立候補しろってことっしょ?」


 長田さんが俺より先に答える。


「あれ? 二人ともなんでそれ知ってるの?」

「奥原、補習終わらなくて、ももちーに会計に立候補しろって言われたんよ」

「奥原会計やるの? やったー! 俺やらないで済む!」


 柏木会心かいしん勝利のガッツポーズ。


「え? お前も会計やれって百川先生に言われたの?」

「やれってか立候補しろって。でも奥原がやってくれるなら俺、立候補しなくていいよね?」

「ちょっとまて、なんでそうなる。俺だって会計なんてやりたくねえよ」


 しかしいったいどういうつもりだ? あの先生は。

 俺たちに会計の立候補をさせるとか。

 ぴんぽんぱんぽーん と放送開始音が鳴る。


『まもなく始業式が始まりますので全校生徒は一年生から順に体育館に集合してください』


 ぴんぽんぱんぽーん と終了音。


「だるいけどいくか。集会は毎回退屈なんだよな」


 集会どころかお前は何時いつ退屈ダルそうにしているだろうが。

 …俺も人のことは言えないけど。




 体育館も暑い。

 いや、体育館だからこそ暑い。

 窓という窓、扉や出入り口を全開放フルオープンさせ、こんな時用のものなのか大型扇風機まで設置して稼働させている。

 しかし焼け石に水。

 外は風がほとんどない中、風通しが悪い屋内に全校生徒が集まってるんだ。

 もうちょっとどうにかならなかったものか。

 たとえば校内放送で済ませるとか……。

 俺たちから離れたところがなにやらざわざわしている。

 どうやら誰か倒れたようだ。まだ始まる前なのに……。


「こんだけ暑ければそりゃ倒れるわ…」


 俺の後ろの長田さんが愚痴を言う。


「俺も倒れそう……」


 さらにその後ろ、柏木が息も絶え絶えに訴える。


「……」


 俺は言葉すら出てこない。

 並びは俺が13番、長田さんが14番、柏木が15番と出席番号順に並んでいる。

 一年五組はまだはじの方だからましなのかもしれないが、二年生あたりの真ん中の方は地獄なんだろうな。

 集会が始まる前はこの三人で無駄話おしゃべりをしていたりするんだが今日はそんな気すら起こらない。

俺たち三人を含め、全校生徒がこの熱気に必死に耐えている。

 いつもなら集会前は騒がしくて、それを静めるべく先生達の怒号が飛び交っていたりするのだが今日は全くそれがない。


 早く始まれ、そして早く終われ。


 全校生徒がきっとそう思っていることだろう。

 スピーカーから「ポンっ」とマイクのスイッチを入れた音が聞こえる。


「それでは始業式を始めたいと思います。今日は非常に暑いため内容をいくつか省略します」


 全校生徒から一斉に安堵の声。

 校歌斉唱、夏休み中の生徒の活動への表彰などが削られるようだ。

 当然だ。

 こんなクソ暑い中歌ってなんかいられるか。

 どうせなら校長の内容のない無駄な話も省略してほしかった。




「終わった~」


 教室に戻ってきた俺たち。

 始業式は20分程度で終わった。

 それでも俺には永遠に思えるほどの長い時間に感じられたが……。

 ぐったりと机に突っ伏す。

 一瞬机はひんやりと冷たかったが、俺の体温を吸収しすぐに熱を持つ。

 このあとは学 活ホームルームがあってそれで終わりだ。

 授業はない。


「早く帰りたい……。帰って水風呂浴びてぐったりしたい……」


 俺の斜め前の柏木が呟く。

 早く帰りたいのは俺を含めこの教室にいるみんな、いや全校生徒同じ意見だろう。

 ……しかし学 活ホームルームが始まらない。

 始業式が終わってさらに時間が20分ほど経過している。


「先生何やってんだろ? 始業式早く終わってもこれじゃ意味ねえよ……」


 柏木が愚痴ぐちを言う。

 クラスのみんなもいらついているようでざわつく。


「ほんと遅いね。何かあったのかな?」


 そう俺が言ったそばから

 ガラガラガラ……。

 と、百川先生が疲れたような表情でやっと現れた。


「みんなごめんなさい。ちょっと手続きに手間取っちゃって」

「手続きって何かあったんですか?」


 ある生徒が聞く。


「ふふふふ、転校生がこのクラスに加わるのよ。きっとみんな驚くと思うわ」


 笑ってはいるが、やや据わった目のその笑顔は決して楽しそうではない。

 しかしその言葉に教室にいる生徒全員が狂喜乱舞おおよろこび

 全員このだるような暑さを一瞬忘れる。


「先生! 転校生は女子ですか? 男子ですか?」

「みんな落ち着きなさい! 早速入ってもらうから」


 そう言ってみんなを黙らせると。


「大場さん。入ってきなさい」


 ガラガラガラ!


 と、戸が開くと


「おおおお! お……」


 クラスのみんなから一瞬歓声が上がるがすぐに静まりかえる。

 入ってきたのは背が非常に高くスタイルもそれに負けないくらいに良い、所謂いわゆるモデル体型の女生徒。

 しかしみんなが驚いたところはそれだけではない。

 ブラウスにスカートという、普通の女子高生JKの制服だが、褐色の肌で金髪に顔黒ガングロメイク、足下あしもとはルーズソックスという黒ギャルファッション。

 『驚いて声も出ない』というのは、まさに今ここで起こっている状況のことなのだろう。

 だが、その光景は俺の知っているギャルファッションではない。

 偏見かもしれないが、顔黒ガングロメイクというのは顔がでかかったりするのを誤魔化ごまかすためのメイクであまり品のいいものではないと俺は思っていた。

 しかし目の前の顔黒それはいかにも日本人の平たい顔ではなく、目と鼻にそれなりに凹凸おうとつのある顔にしたものであるから、――実際に見たことはないので想像でしかないが――古代エジプトあたりの王族のような気品さえ感じる。

 目の周りを薄く白い所謂いわゆる逆猫熊パンダメイクにしているのがそれをさらに際立てている。

 ルーズソックスもそうだ。あれは日本人のいかにもな短足大根足を誤魔化ごまかすためのものなのだろう。

 しかし身長の半分以上はあるのではないかと思えるくらい長い脚に巻き付くルーズソックス《それ》は、また別のファッションなのではないのかと思えるほどだ。

 というか日本人なの?

 それよりも俺たちと同じ高校生なの?

 パリあたりのファッションショーで見るような光景だよ? これは。

 その女生徒は教壇に上がると、黒板の前でチョークを見つけ、それを拾い、黒板に文字を書き始める。


 大 場 ジ ル


 とゆっくり丁寧に書くと、こちらを向きにっこり微笑み


「うちの名前は大場ジルで~す。みんな仲良くしてね~」


 と両手を頭の上で振り、細かくぴょんぴょん跳ねる。


「おおおおおお!」


 歓声があがる。

 大場さんの年相応な笑顔と第一声に「ああ、同じ高校生なんだ」と俺を含めみんな安心したからなのだろう。


「はいはい、みんな静かにして」


 大場さんの隣にちょこんと立っている百川先生がみんなを静める。

 しかしどこぞのファッションショーにいてもおかしくないくらいなモデル体型の大場さんと、いかにも日本人的な子供体型ちんちくりんな百川先生。

 なるほど、これは公開処刑だな。

 百川先生がここに来たときから何か嫌そうな表情をしていたのはこれが原因か?


「大場さんはオーストラリアから親御さんの仕事の都合で転校してきました」


 ああ、やっぱり日本人じゃないんだ。

 でも「大場」って名字みょうじなんだから多分片方の親が日本人なのかな?

 ん? なんだろう?

 何かちょっと心の奥に引っかかるようなものを感じる。

 う~ん、思い出したくても思い出せないようなちょっと気になるむずむずしたこの感じ。

 そんな違和感に疑問を抱いていると、視界のはしに何かちょこちょこ動くものが見える。

 そちらの方を向くと、窓際一番前の席、長田さんが泣きそうな表情でこちらを向き、大場さんに向かって控えめだが何度も指を差している姿があった。

 ん? なに?

 ああ、そうか、自分がこのクラスで一番のギャルだと思ってたらそれ以上のギャルを見せつけられちゃったからショックを受けてるのかな?

 そう思った俺は長田さんに「大丈夫だよ、長田さんも負けてないよ」というつもりでにっこりと笑顔で返した。

 長田さんはため息をつき前を向く。

 ん? 俺の対応間違ってた?




 学 活ホームルームもやっと終わった。

 大場さんには廊下側一番後ろの席が与えられ、早速同級生クラスメイトのみんなに囲まれている。柏木もその中にいた。


「大場さん日本語上手うまいよね~。どこで習ったの?」

「お母さん日本人だから。お父さんも日本語上手いけど。あと日本のアニメとかもよく見るよ」


 俺もあの中に加わりたかったけど長田さんに呼ばれて窓際一番前、大場さんとは対極の位置にある最も遠い長田さんの席にいる。


「奥原、気づかなかった?」


 小声で俺に尋ねる。


「ん? 何が?」

「はぁ~」


 長田さんは盛大にため息をつく。


「オーストラリア 女子高生JK ジル」

「ん?」

「この三つの単語で何かひらめかない?」

「ん? ……まさか?」


 そうだ、俺が感じていたこの違和感の正体は……。


「それにあの格好ファッション。あたしが教えたもので、ゲーム中ジルがやってた奴だよ」

「そういえばそうだ! じゃあ大場さんって!! ジルって!」

「奥原! 声が大きい」


 長田さんは慌てて俺の口をふさぐがみんなの視線がこちらを向く。


「あははは、なんでもないから」


 そういえばこの三つの単語なら補習の時灰倉さんの前でも言った気がしたけど。

 と、灰倉さんの席を見てみたが姿がない。

 もう帰ったのかな?


「でも名前がジルだからって、ゲーム中でも本名でやる? それに名前も顔も知らない逢ったことのないゲームでの知り合いが都合良く転校してきて同級生クラスメイトになるとか」


「いや、あんた。どの口がそれを言うか?」


 長田さんが呆れ果てる。

 そうだった。

 俺たちだってそうだったじゃないか。このクラスにはそんな都合良く遭遇エンカウントした生徒が俺を含めて三人いる。


「とりあえず聞いてみる? それではっきりすることだし」

「ちょっとまって。あたしが聞くから。あんたじゃ危なっかしいから」


 そう言って立ち上がる長田さん。

 俺が危なっかしいというのは否定出来ない。

 そして長田さんと俺はそろそろとジルを囲む集団に近づくと


「ねえ大場さん。さっきアニメ見るって言ってたけど他に趣味ってない? たとえばゲームをやるとか」


 長田さんが何気なく輪に交ざり質問をする。


「う~んと。ゲームも好きだよ。日本のゲーム。最近はネトゲとか」


 俺たちは「ネトゲ」という言葉に反応する。


「へ~。それってどんなの? スマホでやるゲームとか?」

「違うよ。パソコンとかでできるゲームなんやけど。みんなと一緒に遊べるやつ。うちはCS4でやってるんやけどね」


 Crystal System 4。通称CS4。

 世界中で普及している家庭用ゲーム機だ。

 TFLOはこのCS4でも遊ぶことが可能できる

 それよりも、この微妙な関西弁っぽい喋り方、確かに覚えがある。


「そのゲームって楽しい?」

「うん、楽しいよ。TFLOトウルーファイナルロアオンラインって名前のゲームなんやけど。この中でもやってる人いない?」

「え~なにそれ~」

「あ~しってるよ~、でもやったことな~い」


 などと飛び交う中、俺と長田さんは顔を見合わせる。

 これは、間違いない……いや、「まだだ」と長田さんは首を横に振っている。


「いないか~。そのゲームのことで最近ちょっとミスっちゃって、一緒に遊んでいる仲間に何も言わないで日本に来てから「日本でやってるんだよ~」って驚かせようと思ったら回線の契約してないからプレイできないし、契約し終わってやっとできると思ったら、いつも遊んでる回線じゃない違う回線からつないでる、って警告されてアカウントロックされちゃうしでまだできてないんよ」


 これは最近ジルがログインしていないという事実にも符合する。

 決まりかもしれない。

 長田さんも俺に頷き、確信した表情を見せる。


「ちょっと、大場さん、いいかな? ちょっとだけ向こうで話がしたいんだけど」

「ん? いいよ?」


 長田さんが大場さんを連れ出そうとすると、周りがちょっとざわつく。


「長田さん。大場さんをどうするの?」

「きっとシメるんだ。ギャルの序列をわからせるために」


 長田さんに野次が飛ぶ。


「シメねえし! ちょっと個人的に聞きたいことがあるだけだっつーの」


 大場さんの手を取り、連れ出そうとしたところで後ろを向く。


「あとあたし、ギャルとかそういう括りで見られたくないんだけど? 序列だとか格付けだとかそういうものも嫌いだし。あたしはあたしだから」


 声をちょっとあららげる長田さん。

 序列は嫌いだって言ってても灰倉ミレニアムさんの上にはいておきたいんだよね……。

 う~ん。…まあ、いいか…。

 長田さんはそのまま大場さんを連れ出そうとする。

 俺はちょっと恐縮しながらそれについていく。

 しれっと柏木もついて来ようとするが


「お前は来るな」


 俺が止める。


「え~? なんで? 奥原はいいの?」

「俺はいいの。俺は関係者だから」

「え~。じゃあ俺も関係者…おぅふ!」


 長田さんが前蹴りを入れる。腰を引いてけようとした柏木だが、それが災いして大事なところに入ったようにも見える。

 前屈みになり悶絶する柏木。


「ごめんね~。本当に大切な話だから邪魔しないでね~」


 笑顔ではいるけど、ちょっと殺気がこもってたぞ。


 廊下に出た俺たち。他のクラスの生徒達が大場さんを見て驚きの声を上げる。

 長田さんは周りを確認してから


「大場さん、TFLOでもしかしたらACってギルドに入ってない?」


 大場さんに近づいて俺たちにしか聞こえないくらいの声で話す。


「ん? 入ってるけど、何でそれ知ってるん?」


 ああ、やっぱりだ。

 このジルはゲーム中TFLOのあのジルだ。


「あたし、セルフィッシュ。こいつ、スカイ」


 自分と俺を指さしてすげー短い、たぶんこれ以上ないという端的な説明。


「ん?」


 ジルはその説明を理解していないのか首をかしげ笑顔で返す。


「こいつ、スカイ。あたし、セルフィッシュ。あんた、ジル。あたしたち三人ともみんなAC」


 それぞれを指さし、手振りジェスチャーで説明する。

 なんで片言カタコトなんだ。

 ジルは日本語しっかり理解できますよ?

 しかしやっと理解したのか、笑顔がみるみる驚きの表情になり両手を頬に当てる。


「Oh my ……まじで!?」

「嘘みたいな話だけど本当なんだよ。俺も驚いたよ、まさかジルが大場さ…んぷ!」


 言い切る前に目の前が暗くなる。


「まじで! まじで! まじで~! やばい! やばい! やば~い! マジでこんなことってあるの?」


 ジルは俺と長田さんの首に腕を回し同時に抱きしめている。

 ジルは背が高いから俺の顔の位置に丁度胸が! 日本人離れしたそのチチが!

 片方の巨乳デカチチが思いっきり顔に押しつけられてますけど!?

 長田さんもジルにチチを押しつけられ悶絶している。

 なすがままのその状況で俺は思い出す。

 ああ、そうだった。

 ゲーム中のジルはよく俺たちに抱きつくんだった。

 現実世界リアルでもやっぱりそれは変わらないんだな。

 でもゲーム中とは違うことがある。

 それはちゃんと体温と柔らかさと匂いが感じられるということ。

 ジルの少し汗の混じったいい香りに包まれる。

 ブラウスも汗でちょっと湿っているけど嫌な感じはしない。

 今年最高に暑い日だってのにこんなに密着されたらそれだけでたまらないっていうのに何か心地が良い。

 ジルの柔らかさが直に感じられているということが俺の感覚を麻痺させているのかもしれない。

 麻痺している感覚の中で


「ジルちゃ~ん」


 と、なにか近づいてくる気配がする。

 突然俺に押しつけられていた柔らかい圧力が消える。


「ごあ゛っ」


 腹の底からひねりだしたようなうめき声。

 なんだ? 何が起こった?

 俺はちょっと下がって状況を確認すると、ジルが腰を落とし、後ろにいる柏木の鳩尾みぞおちに肘を入れている。

 え? なに?

 なんでこんなことになってるの?

 そしてそのまま左手で柏木の右手首を掴んで引きつけ、片膝をつくと同時に右手を返し上に向け「とんっ」と軽く柏木の腹を突き上げ掴んでいる手首をひねる。

 すると柏木はその手首を支点に弧を描いてゆっくりと宙を舞う。

 非常にゆっくり、――あくまでも物理法則の範囲内でだが――仰天びっくりした表情のままゆっくり宙を舞う柏木。

 落下直前なぜか笑顔になり


「へぶん!」


 と俺の真横に落下する。


「柏木ー!」


 ぴくぴくと笑顔のまま痙攣する柏木。


「……なんで……奥原達がジルちゃんとハグしてるから俺もハグしようとしたら……何で俺だけ……」


 息も絶え絶えの柏木をジルがあきれた表情でのぞき込む。


「あ~。うちに後ろから襲いかかったらあかんよ? 体が勝手に動いちゃうから」


 なんだその自動発動能力オートスキルは?

 どこぞの超一流暗殺者スナイパーか?


「柏木ー! しっかりしろー!」


 俺は柏木の手を取り呼びかける。


「目的は達せられなかった…けど…悔いはないさ……俺には見えたんだ……天国が……」


 そう言い残すと柏木は力尽きる。


「あー死んだ。こりゃ死んだわ」

「柏木―! 死ぬなー!」

「十分手加減して投げたつもりだけどなぁ。大げさやなぁ」


 その前にぶちかました肘は?

 俺からはよく見れなかったからどの程度の威力があったかは推し量れなかったけど柏木すげえ声出してたよ?

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