第5話 廃クラさんの通った道

 いつも通り俺はログインした。

 セルフィッシュさんはログインしていたけどやはりジルはいない。


Sky:おはよう

Selfish:おっす


 いつも通りの挨拶。


Sky:今日もジルは来てないんだ

Selfish:ああ、俺がログインしたときからいなかったな


 本当にどうしちゃったんだろう。

 毎日欠かさずログインしていたのに。


Sky:何かあったのかな?

Selfish:さあな、何かあったとしても俺たちに何かできるわけでもないからな

Sky:それはそうだけど……


 ぼふん! そして ぱりーん…… と、セルフィッシュさんが珍しくクラフトを失敗させる。

 やっぱりなにか動揺しているのかな?

 口には出さなくてもジルのことが心配ないわけじゃないだろうし。


Selfish:ところでお前、最近どこに行ってるんだ? 昨日も何の目的なのかは知らないが、むやみやたらに駆け回っていたみたいだが

Sky:え~と、実はこの前あった出来事のあとミレニアムさんをずっと探してて、会ってお礼とか謝ったりとかしようかなと思ったんだけどまだ会えてないんだよ


 セルフィッシュさんにこの話題はまずいかな? とか思ったから誤魔化そうかなとも思ったけど、誤魔化したとしてもきっと何か悪い印象しか残らないだろうから正直に話した。


Selfish:いや、おまえ、ずっと探してるって、サーチして直接TELLすればすむ話じゃないか?


 このゲームでは相手がどこにいようが名前を検索サーチすれば直接個別チャットTELLもすることができる。


Sky:それはちょっとなんか違う気がして……


 しかし、効率を追い求めるセルフィッシュさんらしい言葉だとはあらためて思った。


Selfish:とりあえずサーチだけでもしろ。居場所がわかるから。それで直接会いに行けばいいだろ?

Sky:ええ? でもなあ……

Selfish:つべこべ言うな、もうサーチした。今やつはベナリスにいる。

Sky:ええ……、ちょっとセルフィッシュさん……?


 はじめからこうしてれば確かに早くミレニアムさんに会えたんだろうけど、なんだかなぁ……。


Selfish:どうするんだ? 行くのか? 行かないのか?

Sky:……行ってくるよ

Selfish:よし、行ってこい。それと、くれぐれも余計なことは言うなよ?

Sky:わかってるよ……


 俺はベナリスの最寄りの冒険者拠点キャンプへの瞬間移動ゲートトラベルの呪文を唱える。

 詠唱が終わると周りに鬱蒼うっそうと木が生い茂る拠点キャンプに一瞬で到着した。

 ここからベナリスまでは乗り物マウントに乗っていけばすぐ到着する。

 途中、好戦的アクティブ魔物モンスターもいるが、俺の戦闘職ジョブのレベルならからまれることはない。

 馬鳥マウントに乗り、背の高い木が生い茂る森、崩壊した旧世紀の遺跡をくぐり抜けると、少し開けた場所に出る。

 遠くの山が大きく抉れていたり、現実世界ではとても見ることの出来ないような形で非常に鋭く斜めに聳え立っていたりしている。

 世界が真生した際にそういう形になったらしい。

 しばらくするとベナリスの集落が見えてきた。

 初めてミレニアムさんに会った場所だ。

 そこに今、またミレニアムさんがいる。

 ベナリスの集落に到着。

 ミレニアムさんが居るとしたら、最初に会ったあの場所だよな?

 集落の片隅、裁縫ギルドの看板がある建物。

 そこの扉を開けると、俺が最初にここに来たときと同様、中からは作業をしている音が聞こえる。

 店舗部分から作業場をのぞき込むと、――いた。

 この前見たときと同じ姿、耳の長いバニラ族の女性、製作職クラフター装備ギアに身を包んだミレニアムさんだ。


Sky:こんにちは


 俺が挨拶をすると、ミレニアムさんはこちらに気づき製作クラフトの手を止める。


Millennium:お前はこの前の初心者か


 この返事からミレニアムさんは俺のことは現実世界の同級生クラスメイトではなく普通にゲーム内のいち冒険者プレイヤーとして扱っているんだろうなと判断した。


Sky:この前はありがとうございました。おかげさまで革の製作レベルもあの時から大分上がりましたよ

Millennium:そうか、お前が私のライバルになる日も近いのかもしれないな

Sky:いや、絶対無理! そこまでは絶対辿り着けませんって!


 レベル上限カンストだってまだなのに、そこから先のことなんてとても想像もできない。


Millennium:ところで、お前が羽織っているのはこの前作ったフェンリルマントか?

Sky:はい、そうです。この前ウルフマントがHQになったやつを売ろうかとも思ったんですけど、もったいなくて染色して今の装備に投射しました


 俺は灰色だったフェンリルマントを黒く染色して投射――今装備している装備に見た目だけフェンリルマントの外見グラフィックを反映させて装備している。

 このゲームには元のアイテムの性能のまま見たグラフィックだけほかの装備を投影させて装備できる機能がある


Millennium:そうか、初めて作ったHQ品はことのほか思い入れのあるものだろうからな

Sky:はい! これは俺のお気に入りです


 やっぱり自分で作ったと言うだけで愛着がわく。しかもそれがHQハイクオリティ品になったんだ。


Sky:ミレニアムさんはよくここで製作をしているんですか?

Millennium:よく、というほどの頻度ではないが、たまに来たりはするな

Sky:やっぱり、製作の材料を買いにですか?

Millennium:それもあるが、ここが思い出の地だってこともあるかな

Sky:思い出の地?

Millennium:今でこそこの集落は閑散としているが、旧時代ここは多くの冒険者であふれかえっていた

Sky:旧時代?

Millennium:このゲームまだFLOと呼ばれていた時代、真生される前のことだ

Sky:ああ、なるほど


 そんな前からミレニアムさんは『TFLO』、いや『FLO』をやっていたんだな。

 そういえばミレニアムさん、名前の横に《LC》ってギルドの略称が出ているから、ギルドには所属しているみたいだけど、普段は俺たちみたいにそのギルドのメンバーたちとプレイしているのかな?


Millennium:この村に飛空挺の発着所があるだろう? 旧時代はあの飛空挺に実際に乗れたんだ

Sky:え? 今でも乗れる気がしますけど

Millennium:いや、今はただ受付に話しかけたら一瞬で目的地に移動するが、旧時代は実際に飛空挺に乗って時間をかけて移動していたんだ

Sky:え? まじで? ずいぶん面倒な仕様だったんですね

Millennium:たしかに面倒と言えば面倒な仕様ではあった。だが、飛空挺から見る地上の景色はすばらしかったし、たまに空賊やドラゴンなどに襲われることもあった。それを飛空挺に乗っているみんなで協力して倒したりすることもあったんだ。

Sky:なにそれ! すごく楽しそう

Millennium:ああ、人数が少なかったりした時や、まだ未熟な冒険者は船倉に息を潜めてずっと隠れてやり過ごしたり。何をするにもいちいち手間がかかったり面倒ではあったけどあれはあれで楽しかった


 俺もその時代、まだFLOだった頃を体験してみたかったな。

 画面上のキャラの表情は特に変わらないが、ミレニアムさんはなにか楽しげに語っているような気がする。


Millennium:そして私はここに裁縫ギルドの支店があったからクラフターになったんだ

Sky:そうなんですか

Millennium:みんなが集まるまでの待ち合わせの時間、ここで材料を買って製作をしたのが、クラフトを始めるきっかけだった


 当たり前だけどミレニアムさんにもまだ駆け出しのころがあったんだな。


Millennium:旧時代末期にはもうこの場所に人が集まることはなくなって、この集落も真生されたらきっとなくなるものだろうと思っていた。でも、規模は縮小されたものの裁縫ギルドも含めてこの村が残っていてくれたのは嬉しかった


 このゲームの歴史を見てきたんだな、ミレニアムさんは。


Millennium:ここが待ち合わせの場所ではなくなったあとも、度々この場所に来ては私はクラフトをしていた。それが今でも続いているんだ

Selfish:いったい、いつからお前はこのゲームをやっているんだ? 何年前の話だ? それは


 気がつくと俺の後ろにセルフィッシュさんが立っていた。

 いつから話を聞いていたんだ? 全く気がつかなかった。


Millennium:ほう、お前は?

Selfish:おっと、挨拶がまだだったな。こっちでは初めましてになるのかな、はいくらさん

Sky:ちょっと? セルフィッシュさん?


 現実のリアル名前ネーム出したら駄目だって!


Selfish:どうした? スカイ、俺は「廃クラさん」と発言しようとしたが変換し忘れただけだ


 いや、違う。絶対にわざとだ。


Sky:でも本人に面と向かって廃クラって呼ぶのもどうなの?

Selfish:なんだ? お前はこいつの味方なのか?

Sky:いや、味方とかそういうことじゃなくて……

Millennium:かまわん。世間一般にそう呼ばれていることは私も承知している


 まあミレニアムさんくらいのレベルになれば自分でも自覚しているのかな。


Millennium:ただしハイクラの「ハイ」はハイクオリティ、ハイスペックの「ハイ」だ。つまりハイクラとはHQクラフターだということだ

Sky:おお、なるほど


 いまいち「廃クラ」って言葉になじめなかった俺にはすごく説得力のある言葉に思えた。「ハイクラ」って元々そういう言葉だったんじゃないかって思えるほどだ。


Selfish:なんだそれは……。都合良く解釈しすぎだろ……。あとスカイも納得するんじゃねーよ

Millennium:お前程度の凡人に辿り着けない高みに私は居るのだ。私がハイクラならお前は凡庸、平凡なクラフター、ボンクラといったところだな

Selfish:は?

Sky:ボンクラって……


 ミレニアムさん? それは違う意味になるし、面と向かって相手に言うことじゃないと思いますよ?

 ――と思ったけど、それはお互い様か。

 しかし、セルフィッシュさんには悪いけど思わず画面の前で笑ってしまった。


Selfish:あんたね、ボンクラとか目の前の人間に対して使う言葉違うっしょ


 急にセルフィッシュさんが長田さんになった。


Millennium:その言葉、そっくりそのまま返そうか?


 ミレニアムさんは、――灰倉さんもこんな感じで変わらなかったっけか。

 俺が最初にミレニアムさんに会ったときの雰囲気はもっと物腰柔らかかったけどなぁ…。


Selfish:つーか、あんた気づいたらいつもここで一人でいることが多いみたいだけど、ギルドのメンバーやほかのフレンドと一緒にプレイすることはないの?

Millennium:そんなものは、もういない

Sky:え? いないって?


 もしかしたら、セルフィッシュさん、聞いたらいけないこと聞いちゃったんじゃない?

 てか今、セルフィッシュさん『気づいたらいつも』って言ってた?

 てことは長田さん、普段からミレニアムさんのことサーチしてたんだな……。


Millennium:長田がこの世界を真生させて、みんないなくなった

Sky:え? でも《LC》ってギルドには入ってるよね?

Millennium:みんなもうこのゲームを辞めた。だからこのギルドで活動しているメンバーも、今はもう私だけだ


 ああ……、やっぱりこれって聞いたらまずかったんじゃない?


Millennium:真生された後も残っていた最後のメンバーはこう言って去って行ったよ。「長田が開発から外れれば帰ってくるかもしれない」と


 ミレニアムさんにそんな過去があったとは。

 それがミレニアムさんがおさP嫌いな理由だったのか。


Millennium:全部おさだのせいだ、おさだが悪い、おさだが私からすべてを奪っていったんだ

Selfish:あんた、おさだ、おさだそんなに連呼するのやめてよ

Millennium:なぜお前がそれに口を挟む、お前はおさだとは関係ないだろう?

Selfish:あんた、それ、わかってて言ってるんじゃないでしょうね?

Millennium:お前はおさだではないのだろう? お前は別の名前なのだから

Selfish:それ以上は言うなよ、さすがにあたしもブチ切れるから


 これは最初に長田セルフィッシュさんが灰倉ミレニアムさんのことを「はいくらさん」て言ったことへの仕返しか?

 やばい、あのときの事件が今度はTFLO《ゲーム》の中で繰り広げられようとしている。


Sky:二人ともけんかはやめてよ! セルフィッシュさんはけんかするためにここに来たの?

Selfish:だからあんたはこいつの味方かっつーの

Sky:だからそういうことじゃないって、俺は二人に仲良くしてもらいたいだけだから

Millennium:お前たち、けんかをするならどこかよそでやってもらえないか?


 あれ? いつの間にか俺とセルフィッシュさんのけんかになっちゃってる?


Selfish:あたし達は別にけんかしてるわけじゃないっつーの

Millennium:すまんな、私も煽りすぎた。お前が気を悪くしたのなら謝る。


 おや? 灰倉ミレニアムさん今日はやけにあっさり引き下がるな。


Millennium:だが火種を最初に植え付けたのはお前だ。いつぞやの出来事もお前が原因だったであろう。その火種が原因でお前達が仲違いしたときに私が恨まれても困るからな


 たしかにあの時の長田さんはなぁ……。


Selfish:つーかあたしとスカイのけんかじゃねーし、あたしがスカイと仲違いとか、そんなことあるわけないっしょ

Millennium:だったらこの場でけんかをするのはやめてくれ。お前がどこから聞いていたのかは知らないが、ここは私の大切な場所なのだ。けんかをするのならよそで頼む


 そういうことか、ここはミレニアムさんにとっての聖地なんだな。


Selfish:わかったよ。スカイ、それじゃ帰るぞ

Sky:ちょっとだけ待って


 お礼は言えたけど、もう一つここに来た目的が果たされていない。


Sky:ミレニアムさん、この前はごめん。せっかく勉強見てくれようとしてくれたのにあんなことになっちゃって

Selfish:お前、それここで言うことか?

Millennium:そうだ、それにお前が謝る必要はない

Sky:でも、俺、失礼なことしなかった? ミレニアムさん嫌がってたような気がしたけど

Millennium:もう一人からは大いに嫌がらせをされたが、お前からは何一つそんなことはされていないぞ?

Sky:そうなの? ならよかった


 やっぱりあれはセルフィッシュさんが言ったとおり勘違いでよかったのかな?


Selfish:気は済んだか? なら帰るぞ

Sky:待って、セルフィッシュさんもせっかくここに来たのならミレニアムさんに謝って

Selfish:お前な……

Sky:ミレニアムさんも謝ったんだからセルフィッシュさんも謝って


 俺はセルフィッシュさんに迫る。


Selfish:なんであたしが……

Sky:謝って


 さらに迫る。


Selfish:……この前のこと、今日のこと、とりあえずごめん


 よかった、謝ってくれて。


Millennium:私もすまなかった。ここは私にとっては汚して欲しくはない場所なのだ


 完全に仲直りって訳じゃないだろうけど、とりあえず良かった。


Sky:うん、それじゃ帰ろうか、セルフィッシュさん

Selfish:そうだな。邪魔をしたな

Sky:さよなら、ミレニアムさん

SkyはMillenniumにサヨナラの挨拶をした。

Millennium:その言葉は好きじゃない。またな


 ん? 「さよなら」って言葉が?

 俺はセルフィッシュさんとともに瞬間移動ゲートトラベルの呪文を唱える。


Selfish:あんたには絶対に負けないからね


 詠唱の終わり際に長田セルフィッシュさんはミレニアムさんに対して言い放つ。

 何でわだかまりを残すようなこと言うかなあ……。

 詠唱が終わると俺とセルフィッシュさんはギルドハウスの前に降り立った。

 ギルドハウスの中に入り、一息ついたところで


Sky:ところでセルフィッシュさん、いつから話を聞いていたの?


 俺はセルフィッシュさんに問いただす。


Selfish:旧時代がどうこうと言っていたあたりかな。建物の外にいたら聞こえてきた

Sky:盗み聞きはよくないよ? セルフィッシュさん

Selfish:だったらTELLで話せば良かっただろう。SAYで話してる以上誰かに聞かれることがあるんだからお前も気をつけろよ

Sky:それはそうだけど……

Selfish:しかし旧時代から、それもあの話からすると結構な初期からやっていたみたいだが

Sky:旧時代、っていつからこのゲームは始まったの?

Selfish:真生されたのが一年前、その前の旧時代、FLOがサービスを始めたのがそこからさらに五年前くらいか? だとしたらあいつはいったいいくつの時からこのゲームをやっていたんだ?

Sky:セルフィッシュさんは真生されてから始めたんだよね?

Selfish:そうだ、俺は一年前に真生されたタイミングでこのゲームを始めた。しかしあいつはさらにその前、中学生どころか下手したら小学生時代にこのゲームを始めたことになるかもしれないな


 小学生でネトゲを初めてしかも廃人クラス……。

 現実世界リアルの灰倉さんがちょっとずれているように思えるのはそういうことだからなのか? 

 いや、それは偏見か。


Sky:そんなに前からやってるならセルフィッシュさんがミレニアムさんに勝てなくてもしょうがないよね

Selfish:だからあたしはあいつに負けてなんかないっつーの


 今日のセルフィッシュさんはは時折ちょくちょく長田さんが顔を出す。

 

 そして、TFLOに明け暮れた夏休みも終わり俺たちは二学期を迎える。

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