第7話 廃クラさん達は立候補する

 柏木を保健室に置いてきた俺たち。

 保健室まで柏木はジルに抱きかかえられ所謂いわゆる「お姫様だっこ」の形で運ばれた。

 が、気絶しぼうしていた柏木に抱きかかえられていたという自覚はなかっただろう。

 それとジルに投げ飛ばされた挙げ句、保健室までの道中お姫様だっこでだきかかえられて運ばれたことを他生徒に目撃されたことにより、柏木の残念な武勇伝エピソードに新たなページが書き加えられた出来事でもあった。

 保健室で俺たちは軽く事情聴取を受け、その後ジルは今回の事件の主人公はんにんということで職員室に呼ばれた。

 そして今、俺と長田さんは選挙管理委員会せんきょかんりいいんかいのある多目的会議室かいぎしつの前に立っている。

 俺が会計に、長田さんが会長に立候補する手続きをするためだ。


「本当に立候補するの?」


 恐る恐る長田さんの顔を覗き込む。


「ここまで来てなに言ってんの? それに立候補しないといけないのはあたしよりあんたっしょ?」


 長田さんの顔はきりっと引き締まっている。いかにも今から戦場に乗り込もうと覚悟を決めた顔だ。


「それはそうだけど……」


 ひとつため息をつき、俺も覚悟を決め、会議室の戸を「ガラガラガラ!」と開ける。

 ひんやりと冷気が廊下に流れてくる。

 会議室の中は冷房クーラーが効いているようだ。

 部屋の前方に机を並べ選管せんかんの委員が四人、それとは別に後ろの方に生徒が数人固まっている。


「え~と、立候補の手続きはここでいいのでしょうか?」

「はい、こちらで受け付けています」


 委員の位置までちょっと距離があるので声を少し張って聞くと、向こうも少し張った声で返してくる。

 会議室の端にたむろしている生徒達の視線が突き刺さる。

 訝しげな目で見ている者もいればにやにやと嘗め回すように俺たちを見ている者もいる。

 俺たち以外の立候補者なのかな?

 だだっ広く、伽藍堂がらんどうな会議室の中を委員のところまで歩いて行こうとすると屯していた一人の女生徒が近づいてくる。

 少し波がかった明るいの長めセミロングの髪、赤いセーラーブラウスにスカート。

 ――赤とかあまり見ない気がするけど特注品かな?


貴方あなたがたも立候補なさるのかしら?」


 と、髪をかき上げ、自信満々な表情で聞いてきた。


「え~と俺は会計に。で、この人が…」

「あたしは会長に」


 それを聞いた瞬間、女生徒とその周りの生徒達とりまきが長田さんを珍獣を見るかのような目でじろじろとと見て笑い出す。


「あなたが会長? その格好なりで?」


 その言葉にわずかに眉を動かした長田さんだが、特段動揺した様子は見せない。


「それにあなた、会計なんて立候補してまでなるようなものではございませんことよ?」


 俺に対してもうすら笑みを浮かべ言い放つ。


「え? そうなの?」

「会計やその他の役職は会長に当選したものが任命するのが慣例ですわよ」

「じゃあなんで百川先生は俺に立候補させようとしたんだ?」


 俺のその言葉にうなずいて一人なにやら納得する女生徒。


「百川先生が? ……ああ、なるほど。では、そちらの方も百川先生に会長に立候補するように言われたのですね?」

「いや、あたしは別に誰からも特にそんなこと言われないで、自分から立候補しようと決めたんですけど」


 長田さんの回答に対してさらに笑みを浮かべる女生徒。


「いえ、そう否定なさらずともわかりますわよ。あなたは私の引き立て役として会長に立候補することを百川先生に勧められたのだと」


 その言葉に長田さんの顔が険しくなる。

 女生徒は片手で拳を作りもう片方の手に打ち据えて。


「これで合点がいきました、百川先生が「あなたなら会長になれる」と私を会長に立候補することを勧めてくれたわけが」


 女生徒から明かされるまさかの爆弾発言じじつ?


「え?」


 それに驚く俺と長田さん。

 なんだそれ?

 百川先生はこの人を会長に勧めていたの?

 そんな話俺たちは知らないぞ。


「なるほど。貴方たちにはその事実を知らされていなかったようですね? それを知ってなお、貴方たちは立候補するおつもりでいらっしゃるのですか?」


「いや、だからあたしはももちーには何も言われてなくて自分で立候補しようと思っただけなんだって」


 その言葉に何度も得意げにうなずく女生徒。


「なるほど、なるほど、わかります。きっと貴方たちは百川先生に何か弱みを握られていて立候補せざるを得なく、いまさら後にはひけない、と。それを私に言うわけにはいかない。そういった状況なのですわね」


 俺に関しては弱みを握られているってのは当たってるから勘が鋭いのはわかるけど、ずいぶん思い込みの激しい人だな。


「弱みを握られてるのはこいつだけだって……」


 長田さんは一つため息をつくと


「いいや、もう。手続きしよう……」


 いかにもうんざりといった様子で反論することを諦める。

「ガラガラガラ」と戸が開く。

 入ってきたのは百川先生と灰倉さん。

 灰倉さん、帰ったわけじゃなかったんだな。


「はぁ、やっぱりあなたも立候補するのね……それよりも新学期早々騒ぎを起こさないでね、あなたたち」


 俺たちを見るなりため息をつき、うんざりした表情を見せる百川先生。

 騒ぎって何だ?

 ――ああ、ジルのことかな?

 灰倉さんは俺たちを一瞥いちべつして無言で委員の方に歩いて行く。

 長田さんは一瞬睨み付けるように灰倉さんと視線を合わせるがすぐに百川先生の方を向く。


「ももちー、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「俺も聞きたいことがある」


 そして俺たちはさんざん一方的にまくし立ててきた女生徒を指さし


「アレ、なに?」

「彼女、だれ?」


 と、問いただすと


「なっ……」


 と女生徒が驚く。


「なんなの? アレ? ももちーが会長に推薦したって本当?」

「なんで俺を会計に立候補させようとしたの? あの人に会計なんて立候補してまでなるようなものじゃないって言われたけど?」


 俺たちの矢継やつぎばやな質問に目を白黒させ、狼狽あたふたする百川先生。


「え~と、ちょっと待って。まず彼女のことから説明するわね。彼女は二年生の……」

山名やまな華凜かりんですわ」


 と、不敵な笑みを浮かべ胸を張る山名さん。


「合気部の部長と風紀委員長をしていて、問題………まあちょっとした有名人ね」


 いかにもげんなりといった表情で説明する百川先生。

 途中で引っ込めた言葉が気になる。


「そうですね、貴方たちは一年生ですか。でしたら私を知らないということも、もしかしたらあるのかもしれませんね」


 『有名人』という言葉に気をよくしたのか、さらに胸を張り自信に満ちた表情の山名さん。

 会議室前方の離れたところでしばらくそのやりとりを見ていた灰倉さんは前を向き委員に話しかける。


「立候補の手続きをしたいのですが」

「はい、でしたらこちらに推薦人二人と一緒に記入をお願いします」


 と、机に置かれた用紙に指を指す。


「なに!? 推薦人が必要なのか?」


 意図しない回答に驚き、腕を抱え考え込む。


「しかし先生も策士ですわね。このような方を会長に立候補させて私の当て馬になさるとか」


 腕を組み、目線で長田さんを指し示した後、百川先生を見下ろす山名さんは自信満々に言い放つ。


「当て馬? え~と、彼女が立候補することには私は何も関わってないんだけど……」


 その的外れな発言に一瞬目を丸くする百川先生。


「そういうことにしておいてさしあげましょう。まあ、彼女でなくとも誰がきても私が負けることなどないのでしょうから。だって私は……」

「すまない、そこの二人。私の推薦人になってもらえないか?」

「埼ヶ谷高校開闢はじまって以来の秀才…」

「え? 俺たち?」

「スポーツも万能…」

「はぁ? あいつなんかのために行く必要ないって。無視、無視」

「立てば芍薬しゃくやく…」

「でも……」

「座れば牡丹ぼたん…」

「推薦人は二人必要なんだ。お前達の推薦人にも私がなってやるから頼むから来てくれ」

「歩く姿は百合の花と詠われるほどの美貌…」

「はぁ、ならしょうがないか……」


 俺たちは独りで悦に入っトリップしている山名さんを置いて立候補の手続きをする灰倉さんのところに歩を進める。


「人望の厚さは大気圏を越え、太陽まで届かんばかり……て、ちょっと貴方たち、私の話が終わっていませんことよ!」


 自分に酔いしれ、恍惚だった山名さんが俺たちに気づき血相を変える。


「あ~、ちょっとごめん。すぐ終わらせるから。待ちきれないならどうぞそのまま勝手に続けといて」


 いかにも面倒くさそうに山名さんをあしらう長田さん


「え? あ? ちょっと……? 先生! あの方たちはいったい何なんですの?」


 俺たちに置いていかれ、呆気にとられる山名さんは百川先生に助けを求める。


「え~と、彼女は長田さん。男子生徒は奥原君。二人とも私が担当している一年五組の生徒よ」


 山名さんを百川先生に押しつけた俺たちは立候補の申し込み用紙に向き合う。


「すまんな。ここにお前達二人の記名を頼む」

「うん、わかった」


 俺はペンを受け取り、


 会長立候補者 灰倉美麗


 と書かれた下の推薦人の欄に「奥原蒼空」と記名をする。

 ……いまさらだけど灰倉さん「美麗」って名前だったんだ。読みは「みれい」かな?


「はい」


 と、ペンを長田さんに渡す。


 ………………


 が、難しい顔をしたまま、なかなか記名しようとしない長田さん。


「どうした。記名を頼む」


 しびれを切らした長田さんに灰倉さんが催促をする。


「『お願いします~、長田様~サインをしてくださいませ~』って言ってくれたら書いてあげてもいいよ」


 意味のない茶番を灰倉さんに促す。


「別にかまわんがお前も同じことが私にできるか? くだらんことはいいからさっさと書いてくれ」


 それを灰倉さんは適当にあしらう。


「ぐぬぬ……」


 と、渋々名前を記入する長田さん。


「あの方達のことはわかりましたが、私が知りたいのはなぜあの方達に生徒会に立候補するのを勧めたのかということです」


「え~と、たしかに奥原君には会計に立候補するように言ったけど、さっきも言ったとおり長田さんには会長に立候補するように私は言っていないわよ?」


「それは本当に本当なのですね? では、先生と一緒に入ってきたあの方はいったい何なのですか?」


 灰倉さんを指さす。


「あの子は灰倉さん、彼女も私のクラスの生徒よ」

「彼女はいったい何の役職に立候補させるつもりなのですか?」

「え~と、彼女にも私はなんにも言ってはいないんだけど……彼女も会長に立候補するみたいよ」


 おそらく面倒くさいことになるであろうことを察した百川先生は一瞬答えるのを躊躇したが、諦めたように言い切る。


「!? か、か、か、会長!? か、か、か、彼女も会長に立候補す、す、する……するんですの?」

「山名さん?」


 予想以上に仰天し慌てふためく山名さんに驚く百川先生。


「いかにも、……いかにもではございませんか! 長い黒髪に万人を掌握するような鋭い眼光!」


 絶叫する山名さんに振り向く離れた場所にいる俺たち三人。


「綺麗に整った清楚な身なりといい、まさにいかにもといった会長の風格ではございませんか!」


 灰倉さんを指さし、顔を強張こわばらせ露骨ろこつ狼狽すうろたえる山名さん。


「なんだ? アレは?」

「さあ?」


 指を指された灰倉さんの疑問に、いかにもうんざりな様子で答える長田さん。


「先生、私をたばかりましたわね?」


 百川先生の方を振り向き憤怒の表情で迫る。


「え?」


 それに対し怯えた子羊のように縮こまり、目をぱちくりとさせる百川先生。


「先生が何をたくらんでいるのかはわかりませんが、私が彼女の引き立て役になることはございませんことよ」

「だからあの子達のことに関して私は無関係ノータッチなんだってば……」


 涙目な百川先生。


「では何故なぜ、彼女と一緒に会議室ここにきたんですの?」


 さらに詰め寄る山名さん。


「それは灰倉さんが立候補しようとしたけれど、どこで受け付けているのかわからずに校内を探し回って迷いまくった挙げ句、最終的に私のところに来たからここに案内しに一緒に来ただけよ」


 何を言っても全く聞き分けのない山名さんに百川先生はうんざりした様子だ。


「嘘です! あのような方がそんなドジっのような振る舞いをするわけがありません」


 さらに百川先生に襲いかからんばかりの山名さん。


「私を評価してくれるのはありがたいが、人を見た目だけで判断するのは感心出来るものではないと思うぞ?」


 腰に両手を当て、ため息をつく灰倉さん。


「あ~、それに関しては100%ひゃくぱー同意するわ」


 見た目だけならたしかにこの三人の中では灰倉さんが一番会長ぽい。


「そもそも、あの二人は会長に立候補するもの同士、敵なわけでしょう? なのにお互いの推薦人になるということは、それこそ先生を含め裏で結託している証拠なのではないのですか?」


 なおもあらぬ深読みをする山名さん。


「そんなものただの数あわせに過ぎん。推薦人が必要だとわかった時に偶然たまたま見知った顔の二人がいたというだけだ」

「あたしも納得はいかないけど、こいつの言ったとおりたまたまだっての」


 淡々と答える灰倉さんと、渋い表情の長田さん。


「そもそも対立候補同士が推薦人になれるものなんですの? 選挙管理委員!」


 と選管に振ると


「え~と、詳しく調べてみないとわからないですけど……たぶん問題はないかと……」


 少し困った様子で答える。


「~~~~ッッッ!」


 帰ってきた回答に、首を絞められた鶏のような表情で、声にならない声を上げる。


「わからない……。私にはわからない……。そんなに簡単に敵同士手を組めるものなのですの……?」

「敵同士だって手を組むこともあろう。それがまつりごとというものだ。貴女あなたも会長に立候補するようだがそれができないのでは、言っていいものかはわからんが貴女あなたは上に立つ者の器ではないと私は思う」

「そうそう、はらわた煮えくりかえってても笑って手を組めなければだめっしょ」


 いやいや長田さん、あなた推薦人の記名ずいぶん渋ってたじゃないですか。


「あなたは好敵手ライバルというものに出会ったことははないのか? 敵であってもお互い認め会える間柄ということだ」

「!?」


 長田さんは目を大きく見開いてその言葉に驚き、灰倉さんの方を向く。


「ここまで……、ここまで馬鹿にされたのは初めてですわ……。百川先生! 貴女が何を企んでいるのかはわかりませんが、私が会長の立候補を降りることはございませんことよ!」


 隣の百川先生に言い放つ。


「だから私は……、はぁ…、もう何を言っても無駄ね…」


 うんざりを通り越してあきらめの表情の百川先生。


「貴女が本命であったにしても、私が噛ませ犬になることは決してございませんことよ!」


 灰倉さんに指をしつつ後ずさりをする山名さん。


「私が負けることなんてあり得ない……。私が絶対に勝つんだから~~~!」


 そう言い放ち、戸を「ガラララッ!」と乱暴に開け放ち会議室から出て行く。


「山名さ~ん!」


 と、それを追いかける取り巻きたち。

 戸を「ピシャッ!」と閉めるのを忘れない。

 突然の大嵐に巻き込まれうんざりする二人。

 俺もだから三人か。

 いや、まだいた、百川先生も含めて四人。

 たぶん選挙管理委員の人たちもだろうからここにいる全員なんだろうな……。


「何だったんだアレは?」

「あたしが聞きたいわ…」


 やれやれという表情の灰倉さんに対して、何か一戦交えた後のような疲労困憊の長田さん。


「百川先生が知ってるんじゃない?」


 俺がそう言うと三人の視線が百川先生に向く。


「え?」


 山名さんから解放されたと思ったら俺たちから攻撃対象ターゲットにされ、顔を引きつらせる百川先生。


「そうだよももちー、ももちーがアレを会長にしたん?」


 長田さんが会議室後方の百川先生のところまで移動して詰め寄る。

 俺たちもそれに倣ってついて行く。


「え? え~と……。ほら、今見たとおり彼女思い込みがすごく激しいでしょう? 私選挙管理委員会せんかんの顧問になったから選管の子達と生徒会選挙の掲示物とか作ってた時、彼女がそれを興味ありそうに見てたから私が声をかけてみたんだけど、それが彼女を会長に推薦したとかそういう話になっちゃってたみたいね……」


 目を泳がせながら必死に説明する百川先生。


「それ本当なん?」


 と長田さんが一歩詰め寄って問いただすと


貴女あなたも私を疑うの? 本当にもう信じてよ……そうだったわよね?」


 百川先生が涙目で選管の委員に助けを求める。


「私がその場にいましたけど、確かに百川先生の言う通りでした」


 離れた位置にいる俺たちに向かって張った声で答える選管の女生徒。


「ね? わかった? 本当でしょう?」


 ならこの話は本当なのかな?


「じゃあ俺と柏木に会計に立候補させた理由わけは?」


 俺も疑問をぶつける。


「え~と……、それも私がせっかく顧問になったんだから選挙を盛り上げようと思って。毎年会長選挙しかやらないから他の役職の選挙もあれば盛り上がるかな? って」


 やはり目が若干泳いでいるのがちょっと気になるが、言っていることに関しては矛盾はない、――ように思える。


「そうだ、あなた達、大場さんと知り合いだったの?」


 防戦一方だった百川先生は逆に俺たちに質問をする。


「え? ジル…、大場さんが何か?」

「あなた達のことだと思うんだけど、名前を知らないからってあだ名で呼んでたわよ。セルフィーとか、スカイとか……? ネットで知り合ったとか言ってたけど」


 俺と長田さんはその質問にはっと思い出し、灰倉さんは息を呑んで目を丸くする。


「あ、そうだ。そういえばジルに俺たちの現実世界の名前リアルネーム言うの忘れてた」

「ジル……あんにゃろ……」

「なに…? あの転校生も……なのか?」


 灰倉さんはおそらくTFLOの名前を出そうとしたのだろうが直前で飲み込んだ。


「え? なに? 灰倉さん。あなたも知り合いなの?」

「いや、私は多分知り合いじゃない……と思う」


 と、百川先生から視線をそらす。


「ももちー、その話はちょっとこっちでしてもいいかな?」


 百川先生を廊下に連れ出そうとする長田さん。


「え? なんで?」

「いいから!」

「なんなの? ここじゃ駄目なの?」


 長田さんは先生の手をとり無理矢理廊下にひっぱり出す。

 

 多目的会議室は特別教室のある別棟べっとう一階の一番はしにあるため人通りは全くない。

 会議室の中には選挙管理委員がいるため長田さんは人を避けたのだろう。


「ごめん、ももちー。この話はあまり他人に聞かれたくないから」


 腰を屈め百川先生の目線で手を合わせる。


「え? ……まさかネットで知り合ったとか大場さんは言っていたけれど。出会い系とかそういういかがわしい……」

「そんなんじゃないってば!」

「そのようなものではない!」


 長田さんと灰倉さんの息の合った怒号にびくっと一瞬体を震わせる。


「じゃあ何なの? 何で大場さんはあなた達を知っていたの?」


 目に涙を溜め聞き返す百川先生。


「これはあまり現実世界リアルの人には知られたくはないことなんだけど、あたし達TFLOってオンラインゲームやってるんよ」


 長田さんは百川先生に一歩詰め寄り、かろうじて俺たちだけに聞こえる声で答える。


「オンラインゲーム? ゲームの中で知り合ったってこと?」


 その答えに先生は首をかしげる。


「うん、それにジル、あたし達の名前知らなかったっていってたっしょ? ゲームの中では現実世界の話はなるべくしないようにしていて、お互いの素性すじょう、職業だって、あたし達が高校生だってことも知らなかったんだから」


 腕を抱え、少し考え込む百川先生。


「……ん? てことは大場さんはあなた達のことは全く知らないで偶然私たちのクラスに転校してきたってこと?」

「そういうこと」


 俺は頷く。


「本当に!? そんな偶然ってあるものなの?」


 俺たち三人の顔を一人一人まじまじと見回す。


「本当に稀だがあるみたいだな。私はこれで二度目だ。いや、延べ人数にすると三人に出会ったことになるのか?」

「うん、俺と長田さんと灰倉さん、この三人もこの前まで、――ほら、この前補習の時この三人でいたでしょ? あの時まで同じゲームで一緒にプレイしていた仲間だって知らなかったんだよ」

「え~!? そうなの? そういうことってよくあるものなのね?」


 声を上げて驚く百川先生。

 まあ普通驚くよね。

 俺も今でも信じられない。俺の両脇にいる二人だけじゃなくジルまでもがまさか同級生クラスメイトになるとは


「よくあるものでは決してないと思うが…。それに私はこの二人の仲間というわけではない」

「そうなのね……。え~となんて言ったかしら? TFLO…?」

「そうTFLO」

「うふふ…このゲームをやれば私にも、もしかしたら出会いが……」


 百川先生は目の焦点の定まらない据わった笑顔を見せる。

 補習の時、俺が見たのと同じ表情だ。


「だ~か~ら~、出会いとかそういう目的でやってるんじゃなくて全く逆なんだって。そういうことに巻き込まれてトラブルになったりするのが嫌だからお互いに素性を隠してプレイしているんだし、純粋にプレイしたいからこそ現実世界リアルでもこのゲームやってるってことを知られたくないくらいなんだから」

「そうだ。そんな不純な動機でやるものではなく、極めてまじめなゲームだ」


 まあ中にはそういう目的でやってるプレイヤーもいるんだろうけど……。

 しかし、そういうことだったのか。なぜだかはあえて今まで聞かなかったけど、長田セルフィッシュさんがACギルドの方針で現実世界リアルのことを聞いてはいけないって言ってた理由わけは。


「冗談! 冗談だから! 本気にしないで」


 二人に詰め寄られ、慌てる百川先生。

 いや、さっきの表情、冗談には全然見えなかったんですけど?


「だからこのことは誰にも話さないでね? ももちーだからだよ。ももちーがあたしらの先生だからこのことは信頼して話したんだからね?」


 長田さんが百川先生の手をとり切実な表情で訴える。


「わかったわ。でもくれぐれも節度を持って学業もおろそかにせず…って、あなたたちならまあ大丈夫……なのかしらね……」


 途中俺の方を見て言いよどんだぞ?

 一つため息をつく灰倉さん。


「では、用が済んだから私は失礼させてもらう」

「ちょっと待て。あんたあたしらの推薦人の署名がまだっしょ」


 長田さんが灰倉さんを呼び止める。


「ふん、覚えていたか」


 得に悪びれたそぶりを見せない灰倉さん。

 再び会議室の中に入り、長田さんの会長と俺の会計の立候補の手続きをする。

 灰倉さんも推薦人の記名をしっかりしてくれた。

 三人の手続きが終わり、みんなで一緒に帰ろうと俺は提案したが、灰倉さんは自転車通学だから、長田さんは通学に使っている駅が俺と違うからと、三人見事に別の方向に帰るという理由で叶わなかった。

 ちなみにジルは特に問題はなかったということですぐに帰されたようだった。

 柏木のことについては家に帰るまで忘れていたが、あいつのことだ、きっと大丈夫だろう。

 ……たぶん。

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