銀を灯す花

何だ!?何が起こっている!?

男は訳も分からず瞠目する


ごろん

足元に独楽のように首が回る

少女の喉を絞めていた男

うつろに眼を見開いたまま


血しぶきの爆心地を信じられぬ思いで見る

血だまりの中、けほけほと喉を摩って蹲る、可憐な少女

少女がゆっくりと瞳を上げる

針でついたような瞳孔。きらめく虹彩。見るものを闇の底へと突き落とす


「忌々しい人間どもめ。滅してくれる」


全身の筋肉が氷に浸かったようにひきつれる。剣を取り落としてやっと、身体に張りつめるそれが恐怖だと気付く


少女はしばし、思い通り動くか確かめる様に手のひらを動かしていたが

ぱちん

思いついたように指を軽くならす


ぱしゃん

熟れたザクロのように人がはぜる


「ふん、魔王に流れる暗く淀んだ畏怖の念も、なかなか使い勝手の良いものだな」

ぱしゃぱしゃぱしゃ

シャンパンのコルクのように首が弾け飛んでいく

ねじ切れた首の穴から断末魔が笛の根のように漏れる


「やはり人間の爆ぜる音は良いな。心地良い」

くすくす

血煙の中から笑い声が響く


なんだ、何なんだこいつは、小娘の皮をかぶったこいつは誰だ!?

これは、この光景はまるでおとぎ話に聞いた

魔王……


魔王が小首を傾げる。さらさらと黒髪が艶めく

「お前、何を笑っている?」

ちがう、あまりの恐怖に頬が引きつれているのだ

なのに目が剥がせない


ああ、とルーインが小さく得心する。薄く笑む

「我に見惚れたか」


男の全身が痺れる

死の間際に脳が感じる異常な恍惚


ああ、何て美しい――!


どんな恍惚もどんな快楽も、どんな景色よりも美しい

それが最期の思考

怯んだ賊のひたいにぴとりと冷たい指が当たる。


ぴん

爪弾く


悲鳴も上げずにはぜた肉塊が壁の染みと化す


ルーインが僅かに眉をしかめる


「あー、爪が割れた。じぇるねいるとか言うんだったかな」

これは結構気に入っていたのに……とぶちぶち愚痴を零す


虚空に一閃切れ目が走る。ぼとりと銀が落ちる

「ああー!我が主さま!あーるーじーさーまー!!!」


愛しい愛しい主人に飛びつこうとして


げしっ

はたき落とされる


「主人の危機を黙って影から見ていたな。気づかぬとでも思うたのか。」

「この様な雑魚に蹂躙されるならば、私の主の器には値せず。その通りでございましたでしょう。」

「ふん。」


「ああ主さま!会いたかったですー!」

「えーいくるなうっとおしい!こんの変態がー!!!!」


ぱーーーーん


見事な平手打ち

人格は変わっても言う事はだいたい同じであった


げしげしげしげしごんごん


一切の容赦なく踏みつけるルーイン


「ああっやっぱり踏み方がプロ!この靴底を一万年待っていたのです!」

「何が魂の恋人か!我の現世の人格をいじめ抜きおって、いまいましい。全部見ていたんだからな!怖気が走る!我に命令するな!」


「ああ!ぶってください!」

「命令せずとも好きなだけくらうがいい!」


ばっしーーーん。

壁の飛沫が増える


「かふっ」


血を吐いて嘔吐するディレイ。蹲る下僕に苛立ちのまま容赦ない追い打ちが浴びせられる


「ふん、なんと脆くなった事よディレイ。我が一万年の鬱屈八つ当たりはまだまだ晴れんぞ。」


緩慢な仕草でルーインが腰掛ける。

ディレイが呻きながら這ってルーインのつま先に口付ける。

したたかに蹴られる。そのまま足を組むルーイン。


愛しげに主の手のひらを包んで口づけを繰り返す従僕。口の中が切れて血の味が広がる。

ディレイは恍惚しか感じない。

くん、と指先が開いてディレイの顎を引き上げる。血で霞んだ視界に愛しい主の不遜な笑み。


「ふん。私を健気に待ち続けたことだけは褒めてやらなくもない。……浮気しなかっただろうな?呆けてないで早く我に口づけせよ。一万年分可愛いがられてやる」


***


白い夢を見ていた


「うん……!?あれ、私一体……」


眩い光に瞼を焼かれて目を開ける

朝の光が降り注ぐいつもの窓辺

ふかりと柔らかなベッドの感触


夢……?

あれ?どこからどこまでが夢だったんだろう。記憶が定かでない


「ひっ!?」

なぜソファで寝るように躾けてあるディレイに、がっつり腕枕されているのだ!?


「おはようございます主様」

うっとりと銀の眷属が目を細める。う、なんかいつもより色香が濃い。あてられそう

固まる類などお構いなしで、つむじに鼻を埋めてすんすんふこふこ匂いを嗅がれてしまう


あれ?


「ディレイすごい怪我、はやく治療を……。」

「いいんです。この愛の刻印を頬にしばらくご飯丼三杯イけるんです」



「あれ?あそこにいた人たちは?捕まったの?」

ディレイはにっこり笑って何も答えなかった。

代わりにポフッと抱え込まれる。


「頑張りましたね。怖かったですね、偉かったですね。いいこです。助けに行くのが遅くなって申し訳ありませんでした」

ぎゅっとされてなでなで。いいこいいこされる。胸いっぱいに広がる銀の香

うう。なあんで理屈でなく好きだと思ってしまうのか。


「うん、ちょっと怖かったけど……もうへーき……」

ううむ、我ながらチョロすぎるのではないか、とも思いつつ。今は朝のやさしさの中で寝ぼけたふりをしてしまう

いい感じのポジションをみつけて頭をふかふか埋める

不意にぎゅむりと強く抱き込まれる


「……ごめん、るい、すぐに助けなくて……」

「え?」

「なんでもありません」

見上げた顔はやっぱりいつも通りつかみどころのない笑みで


「すぐにこの街を出ましょう。目撃者の記憶は消しましたが、魔力の跡を調べられるかもしれません。……それからルーイン様!頑張ったご褒美にプレゼントです」

といってディレイが差し出したのは……

「ええっ、これ、性転換オーブ!?なんで!?」

「あなたの欲しいものならば、なんでも私が手に入れて差し上げると申し上げましたでしょう。最初から私にお命じにならぬあなたが憎らしくて、思わず意地悪もしましたが。」


「でもディレイはその……男の子の身体が好きなんでしょう?私が女の子に戻ったら、ディレイはその、もう私のこと……好きじゃ、なくなる?」

「なんておバカなことをおっしゃる。可愛らしさで私を悶死させるおつもりですか!?悪魔は魂の資質に焦がれるのですよ。肉の器などどう変わろうと生涯あなたの虜です。」

うう、悔しい。理屈がおかしい。なんでこんな奴にときめいてしまうのだ


「さあ時間がありません、さっそく使ってしまいましょう。こうして手をお翳しになって……」

そっとディレイに誘われる


ほわわわ


ほのかにオーブに光が灯る

ああ、夢にまで見た女に戻れる……!!!


「あっ手が滑った」


ぱりーん


「何っしやがるこの悪魔ーーーー!!」

さすがにぐーパンチで重いきり頬を抉る類


手が滑ったっておまえ、いま全力で床に叩き付けただろうが!!!

どうすんだこれ言い訳できないくらい粉々だぞ


「ああっ、すみませんなんせ悪魔ですので、己の邪な欲望にギリギリ勝てませんでした。ああ、最高です」

希望の光をチラつかせて叩き落とすなんてこいつ悪魔か。ああそうだ悪魔だった上にぐーパンはこいつにとって最高のご褒美になってしまった

「すみません、ルーイン様が大好きすぎるのです」


ちゅう


うう。


だからキス一つで無条件で許すな私の深層心理よ。ちょろすぎるぞ


だいたいなんだこいつ、何が魂の資質に惹かれるーだ。肉の器にこだわりまくっているじゃないか。変態め。


「ルーイン様こそ、今のお姿こそ本来の正しき魂のお姿であり、お可愛らしくて完璧です!どうしてそんなにこだわるんです」

ぷうっとディレイが頬を膨らしてむくれる、なんだそれ腹立つ、可愛くない

「うう、ディレイが男の子の私が好きなのも知ってるけど、だって、やっぱり女の子として生まれ育ったわけだし。それにそれにだって…。私、いつかは……赤ちゃんが欲しいんだもの。」


「ふぐっ!?」

ぷしゅっとディレイの頬から空気が抜ける


「だからいつか好きな人の赤ちゃんを産みたいから、女の子に戻りたいの。」


「…………………私の赤ちゃん?」

ふるふる、口元を抑えるディレイ

待て、お前と子作りするとは一言も言っていない


「ううううおおおおおおう、壊してしまったああああ!!!!ああ、わたしのバカバカバカ!!!!なぜその発想に一万年至らなかったのでしょう!!!!戻れ時間!」

床に散らばった破片を集めて号泣するディレイ

ああ、かき集めても破片は元に戻らない。慟哭がひびく


「時間よ戻れせめて一発張り倒さないと気が済まない過去の私!」

だんっだんっだんっ!床に倒れ伏し男らしくむせび泣きだ。


乙女心から出た発言は、ディレイにとって、核弾頭クラスの大破壊をもたらしていた

実は魔王よりもはるかに最強なのは、天然の乙女心なのであった


「で、ディレイ、きっとこれ以外にも元に戻れる方法があるはずよ。」

「ええ…そうですともなければいけないですとも。即女体になられて、即、孕んでいただかなければ。」


即!?血走った目が今までで一番怖い。


「参りましょう」

「どこに行くの?」


「都ですよ。情熱と音楽の都。ルーインさまの眷属が一人、ジズに動きがあるようです。合流してぶち殺しましょう。」


ぶち殺すの!?


「ジズは神の眷属の頃よりいっとう邪で趣味が悪かったのです。あれが悪魔堕ちしたと考えただけで怖気が走ります。放置すれば数多の人間を食い荒らし、この世に必要以上の混乱を招くでしょう」

「あんたより悪趣味なの?んむむ。」

悪態つこうとした唇を思いっきりふさがれる


「ルーイン様に傅く者は私一人で十分なのです。なぜ足が二本あるかご存じで無い。一本でで大地を踏みしめもう一本で私を蹴るためです。それ以外は空いてません。前から目障りだったんだよ……」

何事か不穏な事を小声で口走ってニッコリ。


ふわっと身体が浮き上がる

「ルーイン様、生涯貴方のお傍に」


お姫様抱っこでスリスリ。マーキングのように頬を擦られる。


銀の瞳の底に映る己と目が合う


まあたぶん私は一生、つまり永遠にこの悪魔に付きまとわれてこれからも大変な目にあわされるのだろう。



なぜだろう、少し幸せと思ってしまう自分が、いる



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異世界の魔王は従僕に偏愛される 東山ゆう @cro24915

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