踊る総選挙2

光あれと神が言って混沌より世界が生まれたらしい。それからなんやかんや7日で世界ができたらしい

創世記に倣えば7日目は安息日のはずだが、総選挙最終日は地獄の黙示録の様相を呈していた


すわ暴れ馬かとみまごう街宣馬車が猛り狂って街道を駆けめぐる

公害レベルで鳴り響く宣伝ラッパ。破滅のラッパなんて文字通り吹き飛ばす勢いでくそ煩い。もはや音響兵器の域である


一方ストリートではフリースタイルヘイトソングが火花を散らす。衣装は可愛いが歌詞はえぐい。海外は罵りの語彙が豊富って本当なんだあ。

かと思えば囲んで法螺貝吹き出すファン。唐突に漂いだす関ケ原感。

とにかく街中不協和音がすごい。音による殴り合い。

いや違う、本当に殴っている!みごとなコークスクリュー


もはや推しの違いで殴り合いの乱闘さわぎなんて序の口だ。飛び交う火炎瓶。砕け散るステンドグラス。打ちあがるアブ○ケタブラ的な呪文

あれ?世界間違えた?C○vの世界来ちゃった???

なんなら文明一個くらい滅ぶ勢いある。フーリガンって本当にいるんだ。


ああ、げに恐ろしきは思想の違いによるつぶしあい。いくら話したって解りあえない。だから殴る手が出る人間だもの。理解しえぬ他者は顎を潰して黙らすしかないのだ。

こだまする赤子のギャン泣き。ずんたか力なく流れる恋のおねんね体操。

そう、いつだって争いの被害者は罪なき嬰児なのだ……


……戦争。

まさに宗教戦争。

決して譲れない想いのぶつかり合いがそこにあった

その果てにあるのは正義も悪も無き純然たる力の淘汰である。


その戦場ただなかで類は


「魔王教魔王教魔王教まおきょう、細かい事どうでもいいんで何にも考えずにとにかく私ルーインに投票してくださいー!!!魔王教のルーイン、魔王ルーインでございます!!!」

拡声器片手にぐるんぐるん絶叫していた。喉を枯らして叫ぶ


「預貯金マイナスまで課金せずしては真の魔王教信者にあらず!!!!息をする暇があるなら金を積め。全財産ぶちこめ、先祖代々の家を売って音片石買え、金が無ければ借りろお!!いますぐ走れ!!」


「イエス、マイロード!!」


忠僕と化した信徒達から地鳴りのような雄たけびが上がる。一糸乱れぬ敬礼。

(戻りたいいい、おんなおんなおんなおんなおんなおんなおんなあ!)


己の欲望にただただ忠実に、人間など塵のように破滅させる。エゴに走りまくる魔王の姿がそこにあった

漆黒の瞳が爛々と野望に満ちて輝きを放つ

いつの間にか絶対遵守のチート魔王さまスキルが覚醒している事に、本人は全く気づいていない


***


もうこれ以上は無いと思われた地獄の底は二重底だった


無かったのである。投票締め切りが

締め切ると言う概念が、発想が無かったのである。祭りをあとにする気が無いのである。


酒飲みながら随時開票随時投票受付というぐだぐだぶり。いいかげん風土極まれり

その結果どうなるか。


死である


本気を出した大人たちが札束で殴り合う果てなき死闘。まさに金ドブ泥仕合

チケットを買っては投票、投票しては追い課金という半永久的投票サドンデスが続き、売り上げグラフはさながらバブル期のリゾート地並みの高騰線を描いて天井知らず


自然、信仰心……もとい財力の足りなかったものはご破算、破滅である

ごろんごろん死屍累々の会場


その中で類は

「いけっ、潰せっ!!あと一声!」

ぴょこんぴょこん跳ねて下僕をけしかけていた。しゅっしゅと拳を繰り出す

もはや「いけっ!ピ○チュウ」なみの気安さで下僕たちを酷使する魔王である


だがどんな戦いにも終わりは来る。


「ルーインちゃん、もう、僕にはなにもない…ごめ…ん……」

最後の信者がめしゃっと崩れ落ちる。身ぐるみはがされて全裸だ


「しっかりしろ!たてっ!立つんだあ!まだ臓器があるだろお!」

蹴っても揺すっても返事がない。ただの屍の様だ


「おおっと、ここで票が止まりました!どうやら皆さんお財布の中身が尽きたようです。明日からこの国の経済は果たして回るのでしょうか!?それはともかく気になる首位との票差は……なんと一票! たったの一票です!さあ、怒涛の食いつきを見せたルーインちゃん、あと一票!あと一票を入れる勇者はおられませんかーーーー!?」


司会者が声高に有志を募る

だが誰も名乗りをあげる者はいない

破産したファンたちの骸転がる会場に虚しく響くのみ


ううっ、万策尽きたり、もはやここまでか

あと一票なのに……!

だれか……!誰でもいいから誰か…!


「う…ルーインちゃ……」

最後の力を振り絞り、ずりずり這ってくる信者。亡者の様

震える指先で一粒エメラルドを差し出す


「これ……お袋の…形見の指輪…。使って……」

「えっでも、これは…」


さすがにしり込みする類。よかったそこら辺の良心はまだ残って居た

「いい……んだ……。俺、ルーインちゃんに救われたんだ…。お袋が悪魔に殺されて……絶望の淵にいた時に…ルーインちゃんの言葉を聞いて……。最初は…無茶言う子だと思ったけど…ルーインちゃんずっと、一生懸命で…こんないい子が、本当に魔王だったら、いいなって……。俺も…ルーインちゃんの夢と笑顔の糧になり、た…」


みなまで言葉が紡がれることはなかった。

がくり

推しの膝枕で幸せに息絶える信徒1467号。役得である


あっ、えっ、なんか今凄い重いこと託された気がするけど。あとこの膝枕、下に貴方と同じものが付いてるんですが。なんかごめんね


でもとにかくこれは……

これで私は……!


一位だ……!


震える膝を叱咤して投票箱の前に立ち向かう

無機質な箱の前へ

金銭という形をとった情熱が、小さな指先から放られようとした、


その時!


「その勝負まった!」」

天まで割らんばかりの一声がとどろいた


凛と張る、銀の声

この世で今一番聞きたくない「まった」だった


***


地平線に揺らめく夕陽

二つの月を背負うように人影が立つ


長く白い指がゆっくりとフードをはぐる

途端、美しい銀があらわとなる


腰まで零れる銀の長い三つ編み。夕陽にさらされてきらきらと輝く

会場が水を打ったように静かになる。音が奪われるよう

漏れるのはただため息のみ

あらゆる美の粋を集めたような破滅的な美しさ

はっきり言ってどのアイドルよりもぶっちぎりの美貌


人の波を割ってゆっくりと進む

最も愛しき主の元へ


「ディ、ディレイ、」

美しき銀の眷属がほろりとわらう

「ええ、あなたが呼べば世界の果てからでも駆けつけるディレイにございます」


呼んでない


「頑張りましたね。ほんとにほんとに一生懸命頑張りましたね。とっても偉うございました……ですが」


ふあっと、ヘッドライトを浴びて竦みあがる猫のように

一瞬で思考が繋がって一つの答えがはじき出される


私は毎日どこに帰っていた?おやつに何を食べていた?どこで寝ていた?

超高級ホテル。金箔マカロン。天蓋付きふかふか特大ベッド


あまりに日常すぎてすかんと抜け落ちていた

この悪魔の謎の財力


なでなで


ふかっと頭をなでられる。その指腹はどこまでも優しいのに


ああ、ここに来て初めて類は気付いた。気付いてしまった。

愛し気に主をみつめる銀。

その瞳の底は少しも笑っていない事に


「最後までお忘れでございましたね、このわたくしを。

わたくしは主様を世界一愛し尽くす忠義の僕であります。貴方が命じれば世界の一粒残らず集めて差し上げますのに。なのに最後までなんにも「おねだり」してくれませんでしたね。可愛い可愛いおねだりをずーーーーっと、ずーーーーっと待っておりましたのに。これ以上の屈辱はございません」


ぷに

頬をつつかれる


「ですから今回ばかりは多少「いじわる」させてただきます。私は狭量でございますので。」

細い瞳が伸びきってにっこり弧を描く。

スッと指を翳す。優美なウインク付


「これをすべてあちらのお嬢さんへ」

そう言って圏外の……病気のお兄さんのいる女の子を指さして…


手を掲げて袖をひらひらと揺する


途端


どざざざざざ


とめどなく湧き出る金貨の滝


詰みあがる金塊をお目めまん丸で見つめながら類は、


あー、地道な努力ってこうして一瞬で粉砕されるんだなあ、とか

暇を持て余したドバイの王族みたいだなあとか、

あ、ここまで銀推しで来て銀貨じゃないんだ、とか金貨ちょーきれいとかとてもどうでもいいことを考えていた。現実逃避ともいう。


かーんと突き抜けなおもぐんぐん天をめざす売り上げグラフ


「おおお、すごい、物価が変動するレベルの大量資金投入です!これはもう誰も太刀打ちできまっせん!ていうかこの物凄い美人は何者なのでしょうかー!?」


トロフィーを掲げ、見事情音ドリームを掴んだ女の子が満面の笑みで観衆に手を振る

その様子を類はぽっけーと口をあけて見送る。呆然自失である。


一方ディレイはというと信徒1467号を執拗にごすごす蹴っている。膝枕が許せなかったようだ。文字通り死体蹴り。


「ああああああ!!!」

我を取り戻した類がディレイの襟首を締め上げた。長身のディレイがによによ嬉し気によろけ傅く。ゆっさゆっさゆすられる


「うああ、このばか下僕、ディレイのばかあ、わだじのいうごどなんでぎいでぐれないど、なんでいっづもいやがりゅごとずるの」


「私はただ病気のお兄様のおられる可哀想な女の子に心打たれて票を入れただけでございます」

「うっううそつけえー、ディレイなんて嫌い嫌い嫌い大嫌い」

「ああ、忘れられるくらいならばいっそ憎まれたい複雑な下僕心」

「うおお、うおおおう、おうう」


もはや類は人語も解せない

ずしゃりと膝から崩れ落ちる

類は泣いた。むせび泣いた。決勝で敗れた高校球児のように倒れ伏して泣いた

真っ赤に染まる大地に真珠の涙がぽろぽろしみる


「いやあ青春だあねえ。いやー。儲かった儲かった」

のんびり呟くプロデューサーの独り言が、二つの月の空にぽかりと落ちていった


***


「って、そう簡単に諦めるかってーの」

冷たい夜の石の湿り気がくるぶしを舐める


諦めきれずに地下宝物倉庫へ潜ってしまっている類である

だいぶん往生際の悪さを覚えた類である


そもそもあの可愛い女の子が性転換オーブなんて必要とするわけないではないか。そもそも使用したら大惨事である。病気のお兄さんだって大絶叫だ。

せいぜい漬物石かボーリングの玉にされるのが落ちである。おおう、なんという宝の持ち腐れ。

そう、これは神聖なる直貴重法具に真価を発揮させんがための義賊的慈善事業である。

だから決して卑劣なこそ泥行為ではないのである


月の光も届かぬ地下へ、抜き足差し足歩を進める

ん?

最奥の扉から明かりが細く漏れて揺れている


低い男の話声

うわ、警備の人残ってた!?

そろーっと覗きこむ


宝物庫……にしては殺風景だ。揺れるカンテラが大きく石壁に影たちを描く

明かりをぐるりと囲んで、ガタイのよろしい男達が点々と寛いでいる

お酒なんか飲んじゃって、完全にくつろぎモードだ。どいてくれなさそー


男の達がぐいと杯を煽る

「上はお祭り騒ぎだったってよ。見てみたかったねえ」

「ばかいえ、俺たちがおてんとさまの下歩いてみな、あっという間に絞首台の上さ。それに一番のお楽しみはこれからだろ」

「違いねえ」

「いやーしかし全くやりやすいね、悪魔の仕業だっつっとけばやりたい放題」

「まさかここの裏家業が、奴隷商だなんて国王様も思うめえよ」

「しかもお得意様が教会のお偉いさんだなんてなあ。神への教えをしたり顔で説法しながら、夜は奴隷を嬲るんだから。人の欲望は恐ろしいねえ。」


え……?

この人たち一体なんの話をしてるんだろう

内容が異様すぎて理解できない


あれ、ていうかこれ警備の人だよね……?

なんかそれにしては守っているものがおかしい


闇になれた目が異様なそれを認識する

部屋の奥の………その鉄の檻の中の怯えた瞳達


……人間、だよね!?

ボロボロの弊衣を纏った少女たち


こ、これはもしかしていわゆる人身売買とか、相当ヤバい現場に遭遇してしまったのでは

思わず後ずさろうとして


「あぅっ!」

「おい、一人逃げてたぞ」


しまった、と逃げる間もなく後ろ手にねじりあげられる。ものすごい力

ずるずる、容赦ない力で引きずり込まれる

助け、と漏れた悲鳴は虚しく石壁に残響して消える


「逃げた商品……にしちゃきれーなお着物だな。鼠が迷い込んだか」

羽交い絞めで突き出された類へ、男たちの視線が絡みつく


「あれ、この女あれっすよ、魔王アイドルとかいって今話題の。悪魔と人間の共存とか言い出した……」

「へえ、魔王様ねえ。そりゃあ恐ろしい」


果実でももぎとるように顎を掴まれる。

「魔王様はたいそうお可愛らしいお顔立ちで」

ありありと下劣な笑みを浮かべる男

慰めてもらいたいねえ、と下卑た野次が飛ぶ


「困るんだよねえ、こうして悪魔サマで商売させてもらってる人間としちゃあさあ。悪魔と人間が仲良くされると。」

「俺たちといい事して、黙ろうか。最後に喉を焼いてな」


――いつから?

いつから思い込んでいたのだろう

この世界はキラキラと煌めいて、楽しいことしかないと!

醜悪なるものは地下深く、夜の闇に身を潜めていたのではないか


身体中に絡む無数の腕、くいこむ指先

いつも優しく掬われる銀の香とは、あまりにも違って

全身がぞっと粟だつ


「痛!こいつ噛むぞ!」

「ディレイ!ディレイ!助けて!ディレイ!」


いや、いや、いや、嫌!


喉を絞められる

息ができない!


「――っ!」

意地悪で、嫉妬深く、私を守るのだと笑った悪魔の名を必死で呼ぶ

必至でかき込んだ酸素を総てその名に変えて叫ぶ


「おー怖い。可愛らしい魔王様なんかよりも人間の方がずっと怖いよ」


何でこの人たち、楽しそうに笑えるの!?

ディレイ助けて! ディレイ!

……ディレイ?

なんで来てくれないの!?

貴方が呼べば世界のどこからでも駆けつけてくるんじゃないの?

嘘つき!嘘つきうそつき


さんそ、足りない……


頭が真っ白で何もわからない、ただ必死にもがく

もがき捩るほどに下卑た男達の笑い声が高まる


なんで

なんで

嘘つき

なんで


なんで私ばっか、こんな目に――!!!


無遠慮な一本がフリルレースの下へ潜り込む

「あれ、こいつ男じゃん」


ぷつ

頭の中で糸が切れて真っ白な世界へ意識が落ちる




――忌々しい人間どもめ。



頭の奥に胡乱げな声が響く

溜まりに溜まった鬱憤がぶっつん



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