踊る総選挙


「はあい、良い子のみんなよくできましたあ!」


今日も楽しく恋のおねんね体操がずんたか流れる

感情と切り離して表情筋を操れるようになった類がにっこり笑う。カンペの読み方が板についてきている


「はーい今日はみんなにルーイン様からのサプライズご褒美!スライムです!……え?スライム?」

ガラガラ運び込まれる水槽、なんか水色のぷるぷるがみっちり詰まっている


ぶんと酒瓶を振るディレクター

「良い子のみんなー日頃の鬱憤を魔王様にぶつけようー。」


「え?ディレクターこれ、スライムって、一言も訊いてないんすけど、え?」

「うんテコ入れ」

テコ入れ!?


「わーいスライムー」

「すらいむー」

いまいち飲み込めない類とは裏腹に、秒で趣旨を理解した子供たちが豪快にスライムを手づかみする。構える。


ひゅん

「ぶべら!」

幼女の無慈悲な攻撃!

不覚にも魔王にもアイドルにもあるまじき音がこぼれる


子供の肩と侮るなかれ、驚くほど綺麗なフォームから繰り出される正確な豪速スライム

なんで子供って大人の嫌がる事は全力で取り組むんだ!?

脳裏に球技大会決勝の生徒VS教師陣の思い出がよぎる

あの時は本気を出した校長先生の大人げないジェノサイドが敢行されたが、今の類はあまりに多勢に無勢であった


びちゃあ

びったん

飛び交うスライム

「えっきいてないひゃっこいひゃっこいつめたいねばねばするううう」

「子供の戯れにあえて負けてあげる優しいお姉さん」というポーズすらとれずに逃げてこけてダイブする魔王


「おおーいいよおルーインちゃん!そのアングルキープ!!マニアックな大人のお友達層にバカ受けだよお!!!」

やけに荒ぶるカメラマン。ディレイと同じ系譜を感じる

完全にオーバーキルで沈む魔王様に子供の無邪気な追い打ちスライム玉

馬乗りになって衣装の中に塗りこめてくる。子供は残酷で容赦ない


助けてディレクター!

「ルーインちゃん収録推してるから巻きで」

巻き

巻きでスライムをぶつけられる魔王


きゃっきゃ


天使の子供達の笑い声がこだまする


楽しいか


お前ら無抵抗な魔王を甚振って楽しいか、腹の底から笑いよって

はは、笑えよ。無様な魔王を笑えよお!どうせ大人になったら苦しくても笑顔ひりださなきゃならなくなるんだから今から練習しとけ


ぷち

子供の山にうずもれて潰れる類

大人の必須スキル、無我、無我の境地でただひたすらに時の過ぎ去るのを待つ


「いやぁ、ルーインちゃんって本当に子供受けいいよねえ」

ディレクターが妙に感心している

子供なんて嫌いだ


***


「うっう、……冷たい、ねとねと取れない……」

「ルーインちゃん次なんか重大発表やるらしいから急いで!」


スライムもふき取り切らぬうちに次に追い立てられる


最後の一人で壇上に滑り込んだ途端大観衆がわっと沸く

地平線まで埋め尽くさんばかりの大観衆


どおおおおおおお


えっ、なにこれ

タオルを被ったままあっけにとられる


「皆さま、急きょお集まりいただき誠にありがとうございます」

豚だの金豚だのと揶揄されるプロデューサーが、くいっと眼鏡を押す


だが今日は何か様子がおかしい

いたいけな少女たちを集めて商売している汚い大人にあるまじき、眼の清らかさ

左のほっぺをはたいたら右の頬も差し出してきそうだ。いや、邪な意味じゃなくて。


プロデューサーがおもむろに口を開く

「突然ですが来週総選挙します」


あ?


「昨夜私はベル神から天啓を受けました。情音グループを解散せよと」

解散……

「そして総選挙をせよと」

総選挙……


会場から驚嘆の声が漏れる


「アイドルが選挙とか凄い画期的なアイデアだわあ」

「神すげえ」


うーん残念うーんなんだろう、ものすごいデジャブしか感じない


「このOJSグループ1位になれば貴方はアイドルオブアイドル!!それはもはやこの世界の覇者と言っても過言ではありません!!アイドルの花道を制し世界に君臨するのは誰だ!?」


プロデューサーの唾が観客席に飛ぶ

その間類は耳をほじっていた


うんだって興味ないんだもん。身体冷えてきたしさっさとお家帰りたい。舞台から零れ落ちそうなほどメンバーいるし私一人くらいこっそり消えてもばれないんじゃないかなあー。

不届きな事を考える類。校歌は口パク文化祭は全力でサボるタイプである。


「しかも!超豪華一位の副賞は!」

バサッと深紅の布が捲れて、どす黒いガラス玉が露わになる


「世界にたった一つの至宝、性転換オーブです!!!」

どや顔で言い放ったプロデューサーの額に生卵が直撃した


「あほかー!」

「そんなもんいるかー!」

「俺の推しが男に性転換したら困るだろー!」

うおう、非難轟々だ


一斉に投げつけられる酒瓶、玉子、革靴、さんま 

うん?さんま?

さ、さんまはおかしいが皆様たいへんご立腹の様だ


「こ、この性転換オーブは王家の法石と並ぶ世界三大秘宝の一つで……」

いくら貴重なお宝でも需要が無ければ漬物石以下。1ジンバブエドルほどの価値もないゴミである


だがしかし類にとっては…


「はわわわわわ……」


荒れ狂う海で手にした救命胴衣

砂漠で差し出された一杯の水

地獄の底でカンダタが掴んだ一筋の細い糸


これほど求めたアイテムがあるだろうか、いや、無い

欲しい!

喉から触手が出そうなほど欲しい!

これほど心の底から何かを欲したのはこーさまのプラチナチケット以来である。意外と近かった


「というわけで、えっと、どうしよう。選挙ってなにやるの。とりあえず公約?公約とか言ってってもらおうかな」

なんかグダグダだが大丈夫なのかこの選挙運営。王制なだけあって選挙とかは不慣れなようだ


「えーと、えーと、私の歌でみなさんを、世界を、明るく楽しく照らしたいです!」

突然マイクを渡されたメンバーたちが、たどたどしくも可愛らしく各々公約を述べていく


甘い


蜂の巣蜜まるかじりよりも甘い

全然「想い」が乗っていない

いまどき小学生の学級委員選挙だってこんな詰めの甘いスピーチいたしませんわ

こちとらバリバリの民主主義国家出身である

私は与えられたチャンスを一ミリも無駄にしない!

チャンスの女神の前髪をむしり取る勢いでマイクを掴む

ぐっと息を吸う


「……みなさん、ご存知の様に私ことルーインは魔王の再臨と言われております。……魔王。何と忌まわしき響きでしょう。」

観衆の視線がただ一点に凝縮される。魔王と名乗る可憐な少女に


「私自身何度もこの身の上を憂えてきました。悪魔と関われば魂は汚され、破滅するとさえいわれています。」

想いのまま沸き上がるままに言葉を紡ぐ


「……だけど、そんな現実を私は変えたい!この世界に来て、このアイドル活動を通じて……私は大切なことを学びました。それは皆さんの心の温かさです!頂いたぬくもりはいつしか……願いに代わりました。……私は悪魔と人間の懸け橋になりたい、と。アイドルとして、魔王として、そしてこの世界を愛するものとして。人間と悪魔が仲良く手を取り合う優しい世界を魔王が夢見たら……いけないですか?」


上目使いで小首を傾げる。つぶらな瞳には乙女の武器がスタンバイ


「いけなくなあああああああああい!!!!!!」

天まで届く雄たけびが会場を揺らす


決まったあ

どやあ、媚びて媚びて媚まくってやったぜえ。

好きやろ?こういうの好きやろ?魔王が改心して民衆におもねるの好きやろ?


ちょっと途中で熱が入りすぎて胸が詰まってしまったのは、自分でもびっくりだが


即興にしてこの出来栄え

社会問題に立ち向かう献身的な姿勢、地位も名誉も欲さぬ謙虚さ。そのうえアイドルとしての健気さ無垢さも織り込んだ完璧なスピーチだったとわれながら思う


後続達よ落ち込むことはない、相手が悪かったのだ


後続のメンバーがおずおずマイクを握る


「ええっと……私、田舎に病気の兄がいて、お薬が高価でお医者様にもかかれなくて、だからこの総選挙で一位になって有名になってお金を稼ぎたいんです!勝手ですみません!でも私にとっては大切な家族が一番大事なんです!!!兄の命がかかってるんです!」


うおおお、お、重い

抉られる、エゴ覆い隠してひたすら綺麗ごとぶちあげた良心が抉られる


ううう、しかしもう後には引き下がれない

人には譲れない一線があるのだ。性別とか性別とか性別とか、あと性別とか。

そのためには私は鬼にも修羅にもなる。あ、魔王だった。

熱気渦巻く会場で類は固く固く決意新たに拳を握るのであった


***


「ぶちあげましたね」


銀の眷属は不機嫌極まりなかった

泡あわお風呂に埋もれる主を恨めし気に糾弾する


「自分が何言ったかわかってんですか!?なんですかあのスピーチ、いい子ぶって虫唾が走ります」

「いやだって女の子に戻りたいんだもん」

「それが一番許せないんです!」


ぎいぎい猛抗議するディレイ

浴槽のヘリをがじがじ噛んでいる。固そう。


「女に戻るなんて世迷いごとやめてくださいよおううおうありえないです。雌なんて脂肪の塊じゃあないですかあ、嫌です、このぺったんこの胸板にすりすりできなくなるなんていやです!」

「さわんな」

「あがっ」


脳天肘鉄が決まってディレイの眼球からお星さまが飛び散る。ちなみに「あがっ」と漏れた音は「ありがとうございます」の略だろう。


「とにかく私この勝負本気だから。死ぬ気でとりにいくから。手段なんか選んでらんない」

泡あわお風呂を塗り込め塗り込めする類。玉の肌作戦に余念がない


フワフワ舞う泡に銀が映る。

ディレイのじと目


「ルーインさま何か忘れてません?」

ぬう?忘れてる?何を?


「わからないならいいです。」

いいと言いつつ明らかにむくれているディレイ

ふいっと目を逸らして湯船でブクブクやりだしてしまった


何それちょっと可愛いなムカつく

っていうか用が無いなら乙女の浴室から出ていけ



類は頑張った、人生生まれて一番滅茶苦茶にがんばった。修学旅行の温泉卓球の数億倍頑張った。堕落した魔王にあるまじきガッツを見せた


ADの無茶振りカンペに答える

キャラいじりトークに全力で食らいつく。握手会は輝く笑顔(心は無)で媚び媚びに媚びる。街頭演説ライブにビラ配り

スライムをぶつけられる。

スライムをぶつけられる

スライムをぶつけられる。顔面パイ投げ、珍獣ハンター、寝起きドッキリ、スライム風呂以下略。


ああ、目標めざしてひたむきに打ち込む青春の汗のなんと美しき事か

ええい、汚れだろうが邪教だろうが何だろうがなりふり構っていられんのだ。光り輝く清純アイドルの文字は私にはない

眩しい。グルメレポでパンケーキを可愛く頬張っている同期が眩しい。私なんてドラゴン料理食材狩りからやらされたのに


うう、だがしかし努力の甲斐はあった

中間速報暫定二位!


だめー二位じゃだめー


しかし一位は夢じゃない。手を伸ばせばすぐそこに輝く未来が。

うおおお負けられない


「ラストスパート!!!まずは明日のライブで新規信者をがっつり増やす!!!」

漆黒の瞳の奥に野望の焔がメラメラ燃えあがる


踊る踊る選挙は踊る


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る