あんたに関係あんの?






ラップをやめろ。


お前にはマイクを持つ資格もない。


そう、ステージへ立つ資格もない。


いつまでそんなことをしている。


辞めだ辞め、辞めるわ。



────








浅い眠りの中で外部からの刺激によりよく変な夢を見たりするらしい。

と言っても珍しく今日は音がしない。

平穏な朝。

何かに影響されたわけじゃない。

記憶の片隅にまだある捨てたはずの事が。

窓からは日差しがさしていて秋に吹く少し強い風の音が聞こえる。

休日の時ならいつも流れてくる爆音のBGMの音は聞こえない。

とりあえず仕事の支度をしなければ。

ああ、まだ寝ぼけている。

ほら、ボタンが一つ入れ違いになっている。

直したと思ったら今度は襟からネクタイがずれてだらしなくなっている。

頭が回らないが何だか大事なことを忘れているような気がする。

そのうち思い出すだろうし、その時はその時である。

もう頭おっさんなのかな。

おっさんおっさん、お兄さんはいずこおっさん。

「あ、今日はお嬢様のお父さんが帰国して帰ってくる日だ」



────




「おかえりなさいませ、豊鳥様」

「ああ」

なんと無愛想なお父様なこと。

出で立ちは侍のような雰囲気である。

明らかに現代じゃないような、一回幕府でも作ったことありそうな。

「よし子はどうしている」

「はい、よし子様なら自室で勉学に励んでおられるかと」

「そうか」

単調な言葉で切り返されるのは楽だが、この人の場合は一つ一つが重いような感じでもある。

「私がいない間に執事も変わっていたか、私がいる時でも頻繁に変わるがな」

「はい、新しく務めさせてもらっています」

「なぜだと思う」

「はい?」

「なぜあいつに付く執事はすぐに辞めると思う?」

困った質問だ。

初対面でこんなに喋りたくない人ってほとんどいないが距離を置きたい。

人間性が嫌いだとかではないが、この人から出てるオーラーが周りの重力を100倍ほど重くしているのではないかと思う。

これが場数と巨大な会社の社長としての力なのか。

「はい、それはもしかしたら執事の方に問題があるかと」

「ほう」

「執事としての支える職務を全うできないからこそすぐに辞めてしまうと考えます」

「そうか」

納得してくれたか?

いや、ぶっちゃけこんなガバガバな適当な回答だからこそ大きな雷が飛んできたりは。

「君も励め。諦めなければ何度でも立ち上がり進める」

ありきたりな回答の返答がこんなに壮大さを感じる言葉なんて。

もったいなきお言葉過ぎはしませんか。

「はい、ありがとうございます」

「ああ、またあとで呼ぶかもしれないがその時はよろしく頼む。明日の昼にはまた出発しなければいけないがな。あと、よし子の様子はどうだ」

「どうだ、というのは」

「見ていていつもと違ったところを見たとかはないのかね」

ここであの娘がラップをやって自分に酔いしれているとか言ったら怒られるだろうか。

変わったところと言われてもお嬢様自体が少し変わってる人だろうから、ということは変化なしと辿り着く。

「変化はありません。お嬢様なら自室にいらっしゃるので直接確認するのがいいかと」

「そうさせてもらおう、いや全く、あの子の親というのに。変なことを聞いてしまったね」

「いいえ、お忙しいので仕方ないと思います」

「そうか、そうか」

なんか変な空気だ。





────






「ところで、よし子の部屋から聴こえるこれはなんだ」

しまった、多分お嬢様は父親が帰ってきたことに気付いていない。

且つまた自室にて自己陶酔しながらラップしている。

そんな恥ずかしい姿を見た父親と恥ずかしい姿を見られたお嬢様はいったいどうなるか。

修羅場になってしまう。

いや、いっそのこと自分を曝け出すスタイルとか言っといて自己陶酔を持続させるか。

それじゃ勘違いが悪化してしまう。

「願うわ平和、発信するいつもここから、マイク持てばヴァイブスは満タン」

「よし子」

ああ、遅かった。

「よし子ぉ、寂しくなかった???お父ちゃんのおかえりでちゅっちゅっちゅよぉ!!」

親子は似るとも言う。

性格は似てなくても根本的何かはきっと同じ。

だが父親はその異質さはもう手遅れだと確信する。

「はぁ??何で勝手に入ってきてんの??気持ち悪い臭い来ないで!!」

「よし子は昔から照れ屋さんだな。本当はとても嬉しいに違いないんだろう?」

「そんな訳ないじゃない、早く仕事行って日の沈まない会社でも作ればいいじゃない」

「そんな日の沈まない会社をよし子も一緒に作るんだろ?」

「私は会社継ぐ気はないから」

「じゃあ何になるんだ?」

「私の勝手。言う必要はないわ」

「なぜだ?少しぐらい話を聞かせてくれてもいいだろう。こうして会えたことだしゆっくり会話を」

「いいからいいから出て行け!!そこのアホ執事も一緒に出て行け」

「なんという流れ弾か、致命傷ですお嬢様」

「そのまま出血多量で落ちてなさい」

「よし子ぉ、そんなこと言わないでくれよぉ」

「でかい体でクネクネしやがって、メンテナンス放棄されたボロボロなビルも一緒に出て行け!!!!」

そのまま二人一緒に背中を押されてドアを閉められる。

「みっともない姿を見せてしまってすまない。少し気を乱してしまった」

「すみません、少しって感じがしなかったのですが」

「え、全人類はああいう接し方じゃないのか?」

「多分違います」

「そうか、先祖代々の愛情表現でやってきたんだが」

「多分先祖イカれてますよ」

「君の代わりはいっぱいいるんだよ」

「さっきの姿を世界中に配信することだってできますよ。この世界の成長に感謝です」

「面白い、見逃してやろう」

「ところでお嬢様に今後どう顔を合わせるつもりで?」

「困ったものだ、君執事なんだからどうにかできないのか」

「執事万能だと思ってません?人間万能じゃないですよ」

「今の2倍を出してもいいんだよ?」

「不肖執事、全力で勤めさせていただきます。ですがもちろん豊鳥様にも参加ですので」

「いいだろう、失敗したら燃やしながら埋めてやる」

「土葬も火葬もできる発想、さすが豊鳥様です」

「いいから早く考えて」

「早く考えてみます」



とは言ったものの何も思い付かず數十分は経つ。

最近お嬢様はお怒りなる場面が頻繁にある。

まさか女の子の日が近い?

全くわからない。

直接話し合った方が余計なことを考えるよりはマシなようにも感じる。

「豊鳥様」

「なんだね」

「ラップはできますか?」

「できん」

「娘の為だと思って今から練習しませんか?」

「執事の貴様がやればいいだろう」

「あいにく私もラップというのはできなくて」

「今すぐ霊柩車を手配してもいいんだぞ?」

やはりどうにもできなさそうだ。

親子揃って変な性格と人間してるなぁ。

とても面倒だけど、久々にやるしかない。

「わかりました。なんとかします。豊鳥様はお嬢様に言いたいことや思ってることはありませんか?」

「それを紙に書けばいいのか?」

「はい、それで私がどうにかしてきます」

「少し時間がかかるがいいか?」

「ええ、大丈夫です」



────



「お嬢様、入ってよろしいでしょうか?」

「ダメだ!!!!!!」

「お父様はいません」

扉をゆっくり開け顔を見せたお嬢様は、周りを少し確認する。

どれだけあの親父を警戒しているんだ。

「で、なんだ」

「お嬢様が最近お怒りになる場面があるので何か原因があるのかと気になる、とお父様が言っていまして」

「あんな親父に何も伝えることはない」

「それではお嬢様はお父様と接することはできませんよ?」

「いいんだ、それで」

困った、こういうのは慣れないし打開策が見つからない。

伝言とあれこれが書かれてるメモの一つを選んで放った言葉が運悪く爆発させてしまえば取り返しのつかないことにもなりそうだ。

「お前は黙ってろよ、私は今一人だ」

「はい?」

「クソが、喋るな。今から喋ることは独り言だ。あの親父が世界へ飛び立っている間はいつも隣に大好きな母がいた。私がどんなことをしようが笑っていて褒めてくれた。そして愛してくれた」

「お嬢様が何をしても褒めてくれるとはいいものですね、私にも少しそうなってくれればいいんですが」

「騒がしい風音だな、今日はやけに喧しくて手が出そうだ。そんな母は持病で土の中に眠った。そして葬式の時、あの親父は来なかった。いつも仕事優先で私のことも継承者として見てなかった。だからあんなやつは親でも何でもない。母と娘の気持ちも分からないような奴よ。この独り言が聞こえたならさっさと消えて」

「その気持ちをお父様に伝えたことは?」

「無いわよ」

「それでよく気持ちが分からないと言いますね」

「調子に乗ってるのだったら殴るわよ」

「なんの為のマイクですかお嬢様?」

「は?」

「不肖ながらお嬢様、今からビートをかけさせていただきます。気分など言い訳などは聞きません」

「いいわよ、その甘ったるいクリームが漏れてる脳みそを空っぽにさせるぐらい叩きつけてやるわ。あんたにラップなんてできるとは思わないけど」

「先攻させてもらいます」



「真昼間のラップ 中身が無いカス

見えないぞそれじゃ明日 明後日の自分の形やスタイル 気持ちも伝えたことないのに気持ちがわからないの当たり前 気持ちを直接伝える音楽をやっているのにそんなものもできないならマイクを置いて辞めちまえ そのままじゃ変えられん」


「あんたに何がわかる家族の形 一緒に見れなかった打ち上げ花火 知らないあんな親父 こればかしはあんたにわかるはずがない 生まれや育ちはわからないけど場数が違う 宙に舞って落ち行くだけの枯葉みたいな人生な野郎にごちゃごちゃ言われる筋合いは無い」


「わからないなら聞けよアホな小娘 俺ならこう言うね 何であの時来れなかったんだって こんな簡単なことも言えないやつが場数を語るな 偏屈な哲学者 才能無いショーペンハウアー 覚悟の無い勇者はこの先通せんぞ 一生そのままなりたがりの旅芸人 勘違いしちまった極楽人」


「うるさい...うるさい...黙れ!!!!言ってみろよお前の人生を!!!!ヘラヘラした奴が失う気持ちがわかるの!?クソ...なんなんだ私ばっかり...なんでよ...」


「涙なんて通用しませんお嬢様 これがバトル 心を痛めながらも超えなきゃいけないものがあります 失ったことは何個もあります 親や友人そして人望信頼何でもです 決してお嬢様だけじゃありません これは私執事の独り言 あ でもそれじゃあ一人でバトルしてるって馬鹿なこと 私の負けですね」

泣きじゃくるお嬢様はこれ以上はできなさそうだ。

曲を止めてもう一回話し合おう。

「おいそこの捻くれ執事、娘にそんなことしていいと許可した覚えは無いぞ」

泣いている女の子と真顔の男性一人がその場にいて目撃されちゃあ、どう言い訳しようか。

「豊鳥様、事情がありまして」

「愛する人と作った愛する娘を泣かしている男がいるならば処すしかなかろう」

「待ってください!!舞うんで!!落ち着いてください!!舞います!!」

「クビだ、どう制裁を加えようか」

「いいのよクソ親父、クビしなくていいわ」

「よし子!!」

「お嬢様...!!」

「確かに、私は伝えれなかった。それをさっきこのアホな執事に全部言われた。本当のことを否定したくても否定できなかった。悔しかった。溢れた感情が行き場を無くしたのよ」

「だがこの執事はお前のことを」

「だからいいのよ、直接ものを行ってくるなんて母以外いなくて、長らく私が我儘を言ってただけなの。だからいいの」

「しかしお嬢様、私は執事として泣かしてしまうという失態を」

「なんなの、男って全員こういう生き物なわけ!?女々しい奴ばっかりね。いいというものはいいのよわかれ馬鹿男ども」

「すまなかった、よし子。私ももっと想いを言えばよかった」

「いいのよ、私が遠ざけてちゃ伝えれないのは当然、こっちこそ、その、悪かったわ、長い間」

「うふふーん、よし子ぉ」

「あとその変なのと近付くの厳禁」

「ノーンよし子!!」

「でも気分がいい時はいいわよ、それと」

「ん?」

「なんであの時は来れなかったの?」

「それはな、母さんがこう言ってたんだ」




────



「はううう、よし子ぉ!!仕事行きたくないよぉ!!!愛する妻から離れたくないよぉ!!」

「あなた、よし子が嫌がって背中しか向けてないわよ」

「仕事辞めたい、一生ぶん稼いだからいいよね?」

「ダメですよ。あなたはよし子と、そして私の夫として働いてその大きな背中を見せ続けてください。私はその姿が一番すきなの」

「顔は?」

「とうちゃんかおきもい、こっちむけんな」

「父さん狂いそうだ、よし子」

「ダメでしょよし子、耳も塞がない」

「もう時間だ、また暫く居ないが宜しく頼む」

「ええ、それと」

「ん?」

「例え私が居なくても、その素敵な姿を見せ続けてください」

「やっぱ行きたくないいい」

「ダメです、約束です」

「わかったよ、それじゃあ行ってくる」



────


「と言われてたんだ。それに仕事の方もあって行けなかったんだ。何度も言って謝りたくて。だがそのまま時が流れてしまって溝を作ってしまった」

「お母さんが言ってんだよね」

「ああ、そうだ」

「許さない」

「え」

「だけど、許す」

「え?」

「その代わり、少しぐらい家にいてよね」

「わかった、仕事辞める」

「それはダメ」

「そんなぁ!!」

「約束して、少しでも長く一緒にいれるようにって」

「わかった、約束する。だけど3日後にはまた行かなきゃ行けないんだ」

「それは仕方ないけど、それまでの間は何も無いんでしょ?」

「無い無い無いよ!!」

「じゃあその間はこの執事使いまくって罪を償ってもらいましょ」

「いいねそれ、お父さんね、人を使うのが得意なんだ」

「どこへ行こうとしてるの?」

「花が泣いているので水をあげに行こうかと、それにまだ仕事が残っているので」

「それなら他のメイドにやらせる。君は私たちの執事として勤めろ」

「許してください」

「「許さない」」


────



一件落着、こんなに忙しかったのはいつぶりか。

四肢が泣いて動かない。

でもまぁ、なんとか二人の長い因縁と溝も埋まったわけだし、嫌な仕事じゃなかったかな。

「ご苦労様」

「豊鳥様、すみませんこんな姿を見せたしまい」

「こんな広い廊下で手足広げ寝てる姿を見せられちゃね、呆れて何も言えないよ」

「すみません、立ちます」

「いいや、そのままでいい。私も座る」

「廊下で座るなんて恥ずかしくないんですか?」

「生意気だね、そのまま手足にロープをつけて牛に引っ張ってもらうかい?」

「すみません、既にお嬢様という暴れ牛を繋いだ紐を握ってそれが精一杯なので」

「そうか、それは仕方ない。さっき娘が言ってくれたんだ」

「なんと?」

「ラッパーになる、と。私は応援することにした」

「それじゃあ豊鳥の後継者が」

「いや、いいんだ。そんな娘の未来は潰せない。選択の自由はよし子にある。それにな」

「それに?」

「よし子が曲を出したら我が社のイメージソング、そして宣伝し、私がCDを買い占めてよし子に貢ぐ。それに予約1000枚もしちゃったからね」

「そんな1000枚何にするのですか?」

「壊れないようにコーティングして永久に保存して、専用の部屋を設ける」

「呆れますね」

「ああ、妻も娘も呆れるぐらい私は愛してるからな」


恵まれた家族とはこういうことかもしれない。

お金があるとかそういうものではない。

こんな呆れる愛すべき馬鹿な姿を見せられては自然と笑ってしまう自分がいた。

お嬢様がCDを出すのはまだ先の話。

そしてお嬢様がデビューするのもまだまだ先の話。

「おい執事、寝てないで飯作ってこい」

「営業終了ですお嬢様」

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ビートをお持ちしましたお嬢様 ミソスープ @Miso_Soup

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