その女、情熱につき

屋敷の通路から見える窓の向こう側じゃすっかり葉も紅くなりつつあり、肌寒さも感じ始めもうそろそろ暖房を入れる季節かなと思う。

ガンガン温めて屋敷内でも半袖短パンで住めるぐらいの、一年中スーパークールビズできそうな勢い。

いつまでスーパー社畜タイムボーナスばかり貰っているんだろうか。

そろそろ賃金を底上げさせて休みを貰いたいところ。

学生はこんな土日は騒いで、70年ばかり変わりにやってみてほしいものだ。

ドアの向こう側からいつも聞こえる騒ぎ声のようなもの。

「もう、よし子ちゃん知らない!!」

「私も知らないわよ!!」

顔にとてつもない衝撃が走る。

果たして顔のパーツは全部ついているのだろうか。

「何そこで悶えているの」

「お嬢様、自分が精神異常を抱えていることを承知でお聞きしますが顔に目と鼻と口はついていますか?」

「散らばってるから早く拾いなさい」

「あとコーラも」

「あんたコーラしか持ってこれないわけ?」

「これが手軽かと」

「呆れる、まぁさっさと下がりなさい。今は構う気分じゃないの」

「まぁまぁ、そう怒らずに。七海様とは何があったんですか?」

「いいから外でも散歩してろ!!」

ああ、また顔が。

顔と精神力、どちらが持つかなかなか楽しみになってきた。

なぜ他人事かって?

それはそう考えた方が色々楽だからさ。

とりあえずお嬢様があのままでは自分の職務上危うくなっているから解決せねばならない。

七海様を探して事情を聞こう。

だがどこにいるのやら。

まだ屋敷内にいればいいけど、闇雲に探しても無駄な時間。

メイドさんにでも聞きますか。

「あの、すみません。さっきこれぐらいの背で眼鏡をかけてておさげの髪型の子なんて見ませんでしたか?」

「その子でしたらさっき、あちらの廊下へと走っていきましたよ。あと顔が赤いですけど大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。あと目とか鼻とかって付いてます?」

「は、はい、付いてますけど...」

「そうですか、ありがとうございます」

あちらの廊下の方と言えば、たしか花壇の方へと繋がる道だったような。

自分自身もここはまだ短い時間しかいないからこの広い屋敷を全て把握しているわけではないから確証は持てないが。

そもそも七海様もこの屋敷を把握しているのだろうか。

そう思いながら花壇があると思われる方向へと進んだ。







────




屋敷から少し抜けて外へと出る。

花壇の方はあまり行かないし、担当じゃないからあまり見なかったけどこうして見ると色んな花がある。

名前は全部知らないけど。

静かで一人になりたいときはここにずっといたいな。

一人になんてなれないしそんな時間も無いけど。

いいなぁ、こうやって花を育てて自分だけの世界とか入れそうだなぁ。

花の育て方わからないけど。

それと同時に花壇の近くのベンチに座っている少女を発見。

「七海様、この花の名前知ってます?」

「え?」

「自分は知らないです」

「なんで知らないのに聞くんですか...?」

「えぇ!?知らなかったんですか?」

「なぜ知ってると逆に思ったんですか...」

「眼鏡をかけていたし色々知ってそうだったから...」

「いいえ、私そんなに頭良くないので、そんなに色々知ってる者じゃありません」

「なんかすみません」

「いいえ、大丈夫です...」

「コーラ飲みます?」

「なんで持ってるですか!?」

「んー、持ってたから?」

「はぁ、よし子ちゃんも大変そうだなぁ...」

「ですよねぇ、自分もよし子様が大変だと思いますよ」

「執事さんは他の人から変とか言われたり喧嘩になったりしないんですか?」

「あいにくこんな感じだと人も寄って来ないですよ」

「は、はぁ」

「ところで、よし子様と何かあったんですか?」

「あ、はい、ちょっと色々とあって」

「聞かせてもらってもいいですか?」

「恥ずかしい話ですが、それでも良かったら」

時は数十分前に遡る。




────




「七海はもっとさ、こう、韻を踏むスタイルでやったらどうなの?」

「でも私はこのスタイルが安定しているし、韻を印象として残すより大事なことを言い残しておきたいんだ。だからよし子ちゃんも韻がいっぱい踏んじゃってたまに支離滅裂になってるからもっと内容とか...」

「はぁ?じゃあ私の内容はスッカラカンってこと!?」

「そういうことではないけど、そういうすぐ熱くなっちゃうところとかもっと冷静にしたりとかさ...!!」

「知るかそんな根暗論!!」

「私だって知らないよそんな中身がない論!!」

「あーもういい、今日は止める。帰って」

「もう、よし子ちゃんなんて知らない!!」

「私も知らないわよ!!」



────


「それで、今に至ります」

「じゃあお二人の考えのすれ違いからということですか」

「はい」

「せっかくラップというあなた達のコミュニケーションツールがあるんですから。それで想いってのをぶつけ合えば良いじゃないですか?」

「そう、ですね、折角あるものを無駄にしてしまうのはいけないですよね」

「そうです、喧嘩ができる相手がいるっていいですよ」

「え?」

「まぁ自分の話はどうでもいいんで、じゃあお嬢様の部屋に行きましょう」

「は、はい!!」

「ところでどうやって帰るんだっけ」

「え」

「ここで働き始めてばかりだからそんなに把握してないんですよね」

「じゃあどうやって行くんですか?」

「暗中模索で行ってみましょう」

「大丈夫なんですかそれ」




────





「頼もう!!」

「あんたも懲りないわね、さっさと下がりなさい、そういう気分じゃないのよ」

「頼もう!!」

「もう長期休暇やるから少し休みなさい」

「た、頼もう!!!!!!」

「動揺を声で大きくして隠したって無駄よ」

「頼もう!!」

「わかったわよ、要件は?」

「ではどうぞ、七海様」

「よ、よし子ちゃん...」

「な、何よ」

「私ね、ただじゃ謝らないから...」

「じゃあ何をしたら謝るのよ」

「私にも、よし子ちゃんにもラップってものがある。せっかく持っているものがあるんだからそれをぶつけ合えばいいと思うんだ...」

「上等よ、やってやるわよ、後悔させるわ、ビートかけなさいアホ執事。先行は私がやるわ」

「かしこまりました、お嬢様」





「よく上からものを言うわ 言うこと全部ションベン臭いわ 今は目につくもの全部mother fu◯ker

I'm Don't stop the master 私の声はちゃんと聞こえてますか?

所詮他人事 首掻っ切る殺人包丁 雰囲気で誑かすあんたの呆れる口八丁

股でもご開帳させてろ地味女」


「開帳させるのは口だけ よくいるこういう小手先調べで勘違いさせる奴 私は軸はぶれずラップにそっちのけにどっぷり浸かっている 韻を残すより大事なことを言い残す 火加減もできない壊れたコンロに言い残すことは特にはない なってろスクラップ」


「ならねぇよスクラップ だって譲れない美学があったらからこそあんたに文句を言った 啖呵切った 瞼を閉じれば後悔や似合わない表情見せる顔を思い出す 出てくるなカス 雑草と化す それぐらいの負けん気を持っている 引かれたレールはもうゴメンだ あとあんたにはバイブスがはるかに足りない

これは単純明快」


「出てくるなカス お得意の現実逃避 緊急回避も身につけていない状態で逃げる先はあるのか 上も下も向くな 前を向け 後ろは振り向くな 無理なら手を貸す 耳を拝借 気にくわないことがあればこれで交わる 何のためのラップだ もう気取りはよしな」


「じゃあ貸してもらうわその手 どっちがはっきりわかったかまぬけはどっちか まるで臭い言葉が書き殴られてるラノベ 言葉が尽きるかもうガス欠か?幸か不幸か急転直下 もう一度聞くわ 私の声は届いていますか?気がつきゃ少ない小節 ちょっくらかませよ最後のバース 七海」


「OK 言われちゃ仕方がない くだらないことでまたすれ違った けれども磨り減った靴のように味を出すように風味を濃くさせる それでも二人で作るそこにしかない歌詞を紡ぐことができるのはここの二人だけ ぶつかることもある太陽と北風 仲直りだね この指止まれ」


二人とも言い合うだけ言い合ったあと、互いに目を逸らし顔を赤らめている。

こうやって真っ直ぐ面と向かってくだらないことを真剣に話し合えるぐらいの仲間がいたらまた違うんだろう。

くだらないと言ったら失礼か。

だって彼女らは周りから見ればくだらないと思われてることを真剣にやり本気になって怒ったりするんだから。

「何ボケっと突っ立ってんのよ、喉が渇いたからさっきのコーラ寄越しなさい」

「すみません、さっき七海様と飲みました」

「はぁ?じゃあさっさと持ってきなさい」

「じゃあ自分の胃から出させてもらいますね」

「ペットボトルに入った未開封のコーラを持ってきなさい、あと七海、さっきは勝手に熱くなってごめん」

「ううん、私の方こそ。なんか偏屈なこと言って火に油なことしちゃって...」

「いいのよ、七海の言いたいことも言えたし、ラップじゃなかったら普通に言えなかったかもしれないし?こういう場を作ってくれて感謝してるわ」

「ありがとう、よし子ちゃん」

「なんもありがたいことなんてしてないわよ!!」

「まぁまぁお嬢様、顔が赤くなってますよ」

「黙りなさい、誰の許可を得て私に話しかけているの?あんたも顔が赤いわよ」

「本当ですね、どうしてですか?」

「それは七海様とお嬢様が原因です」

「私ですか!?」

「私も!?

「私の顔に目と鼻とかってちゃんと付いてますか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る