第二十四話 冬季攻勢ー6

『列強』


 そう呼ばれる国は世界でも限られる。

 大陸内においては、帝国・共和国・連合王国・東方連邦・大北方帝国がそれに当てはまるだけ。ウィトゥルス王国はその次点グループで、謂わば半列強。

 合衆国や、極東の扶桑皇国が残席に座り合計で『七列強』を形成している。


 そして今、列強の一角が脱落しようとしていた。

 冬季大規模攻勢作戦『蒼』は既に第一・二段階を成功。

 後は第三段階――史上初の機甲突破を残すのみ。


 私達の役割はその尖兵。目についた障害を吹き飛ばすしていく何時ものお仕事。 敵騎士戦力は、陽動作戦に引っかかっているから、空中戦はないかも? 


 ただ、中佐は警戒を緩めていない。という事は何かしら懸念材料をお持ちなのだろう。なら――私達も楽観視は出来ない。

 隠し玉、がいる。そう想定して挑むべきだろう。

 

 敵側が『黒死回廊』と呼んだこの戦場において、彼ほど信じられる騎士は存在しないのだから。



※※※



 『蒼』第三段階、機甲突破の開始は敵側にも探知されていた。

 当然だろう。

 何しろ12個機甲師団と、それを援護する1000騎を軽く超える空中戦力が行動しているのだ。

 作戦が始まってしまえば秘匿など出来る筈がない。

 

 が――共王連合には動かすまとまった戦力単位がなかった。

 既に、低地・高地王国には機動歩兵を主力とする軍が侵攻を開始している。

 前段階で散々叩いておいた甲斐もあり、抵抗は極めて微弱。既に、敵首都への騎士による空中襲撃すら始まっている。

 主力を西北戦線へ集中させていたツケを両王国は払いつつあった。 


 共和国も、秋の空中撃滅作戦『橙』で受けた損害は国内にいる騎士を根こそぎかき集める事で何とか数の上で埋めていた。

 しかし、質・量共に差をつけられた状況に変わりなく、陽動作戦に対応するので精一杯。結果、予備戦力を投入。

 第三段階作戦開始時点で、最早、彼等には手札がなかったのだ。


 あとは、本当に機甲師団で森林地帯を突破出来るのか、という懸念だったけど。


『郵便配達より各隊。現在、敵戦力の抵抗は確認されず。一部渡河の際に交戦あるも、既に排除済み』


 集成部隊各位へ最新情報を更新していく。

 私の心配も何のその。機甲師団は森林地帯を突破中。

 既に大部分の師団は渡河にも成功、敵主力の後方へ突き進みつつある。

 この一週間、敵騎士戦力との遭遇はほとんどなし。

 渡河地点にいた敵部隊は、目を皿のようにして獲物を探していた集成部隊各位によってあっさりと四散した。

 その後も、敵部隊、物資等々を吹き飛ばし続けているが、大した抵抗を受けることもなく、既に機甲師団の先頭はカレー海峡に到達している。


 これは流石に勝ったのでは?


「中佐殿。御命令通り、偵察を密にしていますが有力な敵部隊は依然として発見されておりません」

「各部隊からの情報でも同様な内容がきています」


 ナイマン少佐と私がそれぞれ報告する。


「……すまない。どうやら私の取り越し苦労だったのかもしれないな。共王連合の戦力は『橙』で余程痛めつけられていたのだろう」


 中佐は腕組みをされて少し考えられていたものの、苦笑を浮かべ私達に答えた。


「確かに。各隊の騎士達も士気が高かったですからね」

「本当なら私達に来るべき敵戦力も、どうやら陽動部隊の連中がまとめて面倒みてしまっているようだ。どうやらこのままいけば――」

「――敵騎士を視認! 約50騎以上。距離約35000」


 突然、ミアが会話に割り込む。声には緊迫感。

 何故ならば――


「このタイミングを狙っていたか。敵も馬鹿ではないね。少尉」

「はっ!」

「各隊に伝達を。『敵騎士部隊と遭遇。これより撃滅する』

「中佐、悪ふざけが過ぎます。1個中隊であの数は流石に厳しいです。約1個連隊はいますよ」


 そうなのだ。今の本隊には1個中隊+本部小隊の16騎しかいない。

 これは、中佐の指示で第501連隊から長距離偵察隊を編成して索敵に当たっていた為だ。

 しかし、その索敵網を敵は見事に潜り抜け此方を叩こうとしている。

 他の各隊も広範囲に渡って敵を襲撃しているから、すぐには増援出来ないことを突かれた形だ。

 

 狙いはおそらく――中佐。

 

 既に全体の趨勢は覆し難い。

 けれど、彼を討てれば、先鋒で猛威を振るっている騎士部隊の動きは間違いなく鈍る。その間に、救えるだけ部隊を救おうとしているのだろう。

 だったら、言うべきことは決まってる。

 

「意見具申いたします」

「撤退はありだけど、なしだ」

「――撤退を。殿は私達が務めます」

「そうです。敵の狙いが中佐である以上、退くべきだと考えます」


 私とミアは視線を逸らさず、意見を言う。

 彼は呆気に取られた表情――珍しい。

 少佐は笑いをこらえている。そして、楽しそうに口を開いた。


「どうされますか?」

「参った。7ヶ月前は可愛かったあの雛鳥が、ここまで成長しようとは。それなら尚更だね。まぁ――」

「「!」」


 中佐が、私達の頭を乱暴に撫でる。

 頬が赤くなるのを自覚。うん。多分、ミアと同じ位には。


「意見は確かに受け取った。ありがとう。だけど、案は却下だ」

「やられますか?」

「うん。偶には一人の騎士としてあるのも悪くない」

「私は反対です」

「少佐は退いてくれても構わ」「嫌です。絶対に嫌です」

「私も嫌です」

「――嫌です」

「まったく。物好きだね」

「「「はい!」」」


 楽しそうに微笑むと中佐は表情を引き締めた。


「エマ、君は状況を各隊に伝えて。『金槌を求む』と。私が言いたい事は――分かるね?」

「はい!」

「シア、君は彼女の護衛だ」

「――はい!」

「少佐、君は」

「ご一緒に」

「……エマの護衛をしてもらいたいんだけどな」

「ダメです」


 少佐は心底楽しそうだ。それを見た中佐は嘆息。


「仕方ないな。、君は私の隣だ」

「命尽きても――いえ、絶対に死なずに御供します」

「――距離20000」


 ミアが距離を報せてくる。中隊へ状況報告。


『黒騎士01より各員。どうやら敵の隠し玉のようだ。まぁ、大した事はない、約1個連隊程だ。退かずに叩く。意見はあるかな』

『中佐殿。出来れば先陣をお譲りを!』

『中尉。そういうのは先輩に譲るものだ。是非私に』

『ボクも偶には目立ちたいなぁ』

『副官は何時も目立っております!』

『……それはどういう意味かなぁ?』


 状況は恐ろしく悪い。けど――何時も通りだ。


『では、諸君。彼等に『戦争』を教えてやろう』


 そう言うと、中佐は一気に魔装の出力を上げ先頭で突撃を開始した――。



※※※



 

 何故、彼の無線符牒は『黒騎士』なのだろう?

 配属後、私は隊の古参騎士達に聞いて回った事がある。

 すると、彼女・彼の台詞は全員同じだった。


『本気の中佐を見れば分かる』と。


 私がその答えを真に理解したのは、この時の戦闘を見た後だった。

 結論を述べてしまうと、一介の騎士に立ち戻った彼は本当に凄まじかった。

 禍々しい漆黒の魔力を身に纏い、次々と敵騎士を屠っていく。

 その姿正しく『黒騎士』。


 その彼に付き従った私達も奮戦した。結果、罠が閉じた。

 中佐の言いつけ通り、私達の部隊が『金床』。

 全力で救援にやってきた各隊が『金槌』。


 ――終わってみれば完勝であった。

 負傷者こそ出たものの、戦死者0。敵連隊の半数以上を撃墜。

 問題は、敵騎士が共和国軍ではなかったことだ。

 

 敵の記章は、――遂に彼の国が直接介入を開始したのだ。

 

 ただし、この戦場においては遅きに喫したけれど。



 大陸歴1935年12月10日、低地王国降伏。

 同12日、高地王国降伏。

 同15日、共和国軍主力の包囲完成。海岸線へ押し込められる。

 同17日、連合王国軍、部隊撤退を画策するも、絶望的な騎士戦力の差から、被害甚大。小型艦艇の撃沈破が相次ぎ、作戦を中止。

 同20日、包囲下の共和国・連合王国軍降伏。

 

 以後、各地から連合王国軍が撤退作戦を敢行。

 その妨害により多大な戦果を挙げる。

 共和国首都への進撃にはそこから更に約1ヶ月がかかったものの、そんな事は些事に過ぎない。


 私達は勝ったのだ。


 

 ただし――新たな敵が現れ、戦争は終わらなかった。

 ……ああ、ろくでもない。

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