幕間ー7 『我等に空無し』

『黒死回廊』


 それは、、西部戦線西北地帯を戦った共王連合将兵、特に騎士としてあの戦場を飛び、数少ない生き残りとなった者にとっては聞きたくない単語だろう。

 先の大戦において、西部戦線西北地帯は最激戦区の一つであった。

 数十万の兵が無為に倒れ、無数の戦車、砲が失われた。

 

 そして、共王連合の騎士達はこの地で戦い続け――遂に敗れた。


 大陸歴2000年代以降に行われた、帝国と連合双方の記録突合によって明らかになったのは余りにも残酷な数値であった。

 大戦1年目において、そのキルレシオは1:3。戦死率に換算すると1:5。

 大戦2年目もそれは大きく変化していない。

 この時期は、帝国の騎士戦力が最も低下していた時期であるが、質的劣勢はそれを凌駕してしまっていたのだ。

 2年目秋に行われた帝国軍による空中撃滅戦(帝国側作戦名『橙』)以降はその数値は更に悪化。

 質的優勢を保持したままの敵が、数的優位を構築して本気で殴りかかってきたのである。

 共王連合側からすれば「反則だ!」と叫びたいところだったろう。

 大損害を被ったのは当然の帰結と言えよう。

 そして、そこで受けた損害を回復出来ないまま迎えた冬季大攻勢に、連合軍は対抗する術をもう持っていなかった。


 共王連合軍の戦力はこの段階で騎士約1500騎。あくまでも書類上の話である。

 実際には1000騎弱が良いところであり、対して帝国軍は1500騎以上を投入。

 しかも、その多くが古参騎士であり、共王連合軍の訓練未了な騎士達は撃墜戦果を稼がせるだけに過ぎなかった。

 この、共和国は今まで以上に連合王国へ参戦を強い口調で要請。


『貴国だけで、帝国と相対するのは絶対に不可能である。奴等の騎士戦力は、明確に一世代は先へ進んでいるからだ。我々が『盾』として機能している今ならまだ間に合う――最早、ぼろぼろかもしれないが』


 共和国大使はこう時の連合王国首脳へ訴えたと伝わる。

 

 事態を重く見た連合王国はようやく積極介入を決意。

 増援として、地上兵力20万人と、5個騎士大隊の即時派遣を行う。

 しかし、時すでに遅し。


 戦況は、最早その程度の戦力でどうにか出来る状況を超えており、西部戦線の崩壊は急激であった。

 せめて、騎士戦力が健在であれば多少なりとも戦局はマシだったかもしれないが、騎士それぞれの技量差と魔装性能を鑑みると、焼石に水だっただろう。

 ある数少ない共王連合軍の生き残り騎士は、敗戦末期の空をこのように形容した。


『我等に空無し』


 彼は後に義勇共和国でも活躍。

 大戦を生き残り撃墜王になったが、その彼をしてこう言わせる程、帝国軍との差は絶望的だったのだ。

 共和国が終戦直前に実戦投入した魔装の最大魔法保持数が1300。

 しかも、最後まで大量生産出来ず、一部の古参騎士が運用したに過ぎない。

 それに対して、帝国軍は既に基準装備で1800。

 一部精鋭部隊では既に2000超えを運用していたらしく、派遣されてきた連合王国騎士と交戦、高い授業料を払わしている。


 そのような状況下で、共王連合の騎士達は死力を尽くして奮戦した。

 質・量・支援体制、その他全てで圧倒されながらも、作戦期間中、西北戦線前面の帝国騎士団を他方面へ転用させなかったのは最後の意地と言って良いだろう。

 実際、帝国側も「騎士達と砲兵の抵抗は最後まで激しかった」と公式文書に記載しており、敢闘は皮肉な事に敵側から高く評価されていた。


 低地・高地王国が降伏し、帝国による機甲突破で包囲されつつあった共和国軍現地司令部は、故国防衛に必要不可欠な騎士戦力の後退を厳命。

 この時点で、稼働騎士数は僅かに200騎弱だったと言うから、如何に彼等が最後まで勇敢だったことの証左ではあろう。

 包囲網から脱出した騎士達は、共和国首都陥落に至るそれから約1ヶ月間も戦い続ける。

 最終的に連合王国へまたしても脱出する事になった際、生き残りの騎士は50騎弱と記録されている。

 彼等は字義通り、その身が磨り潰されるまで戦い抜いたのだ。


『2ヶ月生き残れば叙勲もの』


 そう形容される程に過酷であった『黒死回廊』は、このように最後の最後まで、共王連合の騎士達を飽きることなく飲み込み続けた。

 その結果は、敗戦後の各国の状況を見れば、一目瞭然である。

 低地・高地王国においては、降伏時に最早まともな騎士が存在せず、帝国軍を拍子抜けさせている。

 両国に残された騎士はその大半が訓練生同然だったからだ。

 

 共和国では多少マシだが、それでも1年半以上に渡って帝国軍と激しく戦ってきた面影はなく、数少ない生き残りは国外へと脱出。

 その後、大戦中、共和国内でまともな騎士部隊は編制されていない。

 国内の教官は言うに及ばず、訓練生まで最前線へ投入した結果、騎士になれる候補生が払底。教育体制の根幹が崩壊してしまったからだ。


 国外に脱出した騎士達は復仇を胸に、各戦場で戦い続けてゆくが次々散ってゆく。

 終戦時まで生存していた騎士は極僅かであった。


『我等に空無し』

 

 結局、彼等は回廊の呪いから最後まで逃れる事が出来なかったのかもしれない。



エリク・ヴァサル著(大陸歴2015年)『西北戦線における共王連合騎士』最終章

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