第二十三話 冬季攻勢ー5

『今回の作戦は速度が命だ。そして、空中を疾駆する我々騎士に作戦の成否がかかっている』


 中佐は、作戦前、の全騎士を集めた訓示でそう言った。

 帝国軍史上最大の冬季攻勢作戦『蒼』は中佐の発案(表向きは中央軍の某参謀案とされたけど)によって、当初の単なる突撃命令から一転、西部戦線の帰趨を決める決戦案へと変貌を遂げている。


 作戦は三段階に分けられている。


 第一段階。敵主力が展開している西北戦線において、騎士戦力及び砲火力によるる全力攻撃を行う。これにより、敵の目を西北戦線へとまず向けさせる。

 この行動が欺瞞だと判断されないよう、第7・9飛騎の精鋭騎士団がこの作戦に参加。

 他の参加騎士団と共に、出来うる限り機動性に優れる敵騎士戦力を引き付け、拘束する(中佐曰く、参加する騎士達は『殲滅』する気満々だったらしい)。


 第二段階。低地・高地王国内に点在する要塞陣地を騎士戦力に浸透攻撃で無力化。戦線に一つ目の風穴を開ける。

 私達が参加するのはこの段階だ。

 おそらく、敵にはこの時点で気付かれるだろうけど、私達に対応しようとしても、向けられる騎士戦力がないだろう。

 第7・第9飛騎を含む陽動部隊はそれ程までに強力である。

 その後、機動歩兵が一帯を制圧、更に進軍し、高地・低地王国を蹂躙する。

 そして要塞を手早く潰した後の私達にはまた別の任務が待っている。


 第三段階。西方方面軍指揮下にある15個機甲師団の内、12機甲師団を用いて、まともに防御されていない森林地帯(そもそも戦車を用いて突破可能と考えられていない)を突破。一挙に、敵後方へ抜け敵主力を包囲殲滅する。

 当然、私達に求められているのは、空中援護だ。


 当然の事ながら、当初予定されていた敵主陣地への強襲案は全く予定されていない。敵主力を拘束するのみである。

 また、途中降雪が確認された場合、本攻勢は中止される事が決定している。

 攻勢案に参加していた参謀達が作戦前に排除された結果(冷静になって考えてみると……あの人達って攻勢をする為に送り込まれたんだろうなぁ……)残った参謀達の多くは良くも悪くも保守派が多く、内心では冬季攻勢に反対なのだ。


『このまま雪が降ってくれれば、春まで寝てられるんだけどね』


 そう言って笑っていた中佐も当然その派閥。そして私もそう。

 しかし、そんな私達の思いとは裏腹に、気象班はこれから2週間前後の降雪はないと断言。

 それを聞いた時の中佐は、天を仰いでいた。


『……天は我を見捨てたか』

『見捨ててません。それに、たとえ天が見捨てても小官がいる限り中佐殿には指一本触れさせません!』

『中佐、ボクもいるから大丈夫。天なんかに負けないよ』


 ナイマン少佐とルカ大尉は何か勘違いしてたけれど。


 

 さて、本作戦に当たって、中佐は西方方面司令部直々にある臨時部隊を託されている。

 『第一独立集成騎士団』と呼称されたその部隊は、各騎士団から精鋭部隊を抽出。高地・低地王国の点在する要塞陣地を迅速に潰すべく編成された特殊部隊だ。

 

 驚くべきはその騎士数、約300騎、10個騎士大隊である。

 一介の中佐に預けられた兵力としては、古今未曾有と言って良いかもしれない。

 それを告げられた時の、私達が感じた誇らしさと言ったら!

 

 

 まぁ、当の本人は『意趣返しされた。酷い虐めだ。ちょっと今すぐ病気になりたい』と言って、少佐達に怒られていたけれど。 



※※※



『黒騎士01より各騎、余りやり過ぎるなよ。大型火器さえ潰せればいい』


 眼前には、各所で黒煙が上がっている低地王国の要塞。

 第501連隊は僅か数分で主だった火砲を無力化する事に成功したいた。

 そして、第一段作戦が成功を収めているのか、敵騎士による迎撃はなし。

 対空砲火はそれなりに激しかったが、西北戦線で、良くも悪くも慣れてしまっている私達からすると、それを論評する余裕があった事は述べておく。


 既に作戦は第二段階に入っているが、現在のところ順調に推移中。

 中佐は、各騎士団を縦横無尽に指揮し、瞬く間に点在する要塞陣地を叩かせている。

 結果、予定よりも遥かに早いペースで無力化が進んでいるのだ。


「中佐殿。目標の沈黙に成功いたしました――如何なさいますか?」


 今回は、指揮官先頭を禁止されている中佐に代わり、前線指揮を行っていた少佐が状況報告を行いに飛んできた。


「そうだな――どうやら、各隊も首尾よく仕事を終えたようだ。一旦、後退し補給をする。その後は、何時もの仕事だ」

「はっ!」

「クリューガー少尉、各隊へ最新命令を転送」

「了解しました」


 今回、私は各隊への命令転送及び受信役だ。

 中佐に対して各隊から送られてくる情報を報告。また、命令を発信する。

 

 いわば中央の電波塔だ。


 流石に今回は作戦行動地域が敵地であり『鷹巣』の神通力も届き難く、同時にこれだけの騎士が一挙に集まると、統制上困難さを生じさせるのもまた自明。

 そこで、中佐は臨時の情報中継役騎士を設けることを発案。

 それになんと私を指名したのだ。

 これは、私の魔法が静謐性(無線そのものは機械だが、通信時には魔力で暗号化する)という面では隊内でも上位なのと、状況判断力を買われてのものらしい。


『少尉は状況判断能力が高い。私や少佐、他の士官が気付かない点も気付くかもしれない。その時は、遠慮なく意見を言ってほしい』


 余りの過分な評価に私は生きた心地がしなかったが、流石にいざ戦場に出てしまえば肝も据わる。

 それに、ミアが直接護衛に付いてくれている。それだけで、何時も通り、と思えるし。因みに私の無線符牒は――


『郵便配達より各隊。作戦終了。補給基地まで後退せよ』



 大陸歴1935年11月30日。『蒼』作戦発動から5日間が過ぎた。


 この間、帝国は各所で勝利を得ている。

 陽動とされた、西北戦線においても敵騎士誘引――どころか、敵無線からは悲鳴が傍受されている状況。

 共王連合は、既に戦力回復途上の兵力まで投入を開始している事まで確認されている。

 多分、もう予備戦力ないんじゃないかな……。


 私達が先兵を務める第二段作戦も問題なく成功。

 流石は、各騎士団から抽出された精鋭。

 中佐の指揮にもなんなくついてくるあたり、敵側にちょっと同情する。

 

 遂に明日からは作戦の第三段。

 これが成功すれば、戦争は、少なくとも西側では終わる筈だ。

 だけど、どうかな? 私はあんまり戦車に詳しくはないけれど、果たして森林地帯(その中には湿地もある)をそう簡単に突破出来るんだろうか。

 

 いやいや。中佐があそこまで断言されたんだ。だったら、成功するのだろう。

 西北戦線に来たばかりの頃ならいざ知れず、今の私は『中佐教』の熱心な信者である。

 だけど、まさか少佐に近づく事になるなんて……。

 ちょっと、頭を抱えていると、隣のベッドからミアが声をかけてくる。


「――エマ、変な顔」

「ちょっと、自分の中で信仰が揺らいでたの」

「――私は中佐を信じてる」

「貴女のそういうところは、ほんと凄いと思う」

「ボクもそう思うよ。あ、だけど中佐への想いでは負けないからそのつもりで」

「――むぅ。負けない」


 基本的に懐いたらほんとべったりなのだ。そして、とことん真っすぐ。

 だからといって、少佐や大尉みたいになっちゃ駄目だよ。あそこまでいくともう狂信者なんだから。


「エマ、今とても失礼な事を考えたよね?」

「まさか。大尉は可愛いなぁ、と思っただけですよ」

「……それを貴女に言われると結構自信を無くすんだけど」

「――ごめんなさい。この子、そういう点に疎いの」


 何故か、大尉とミアに嘆息される。何故?

 私なんて、ハンナに比べれば不美人過ぎる。

 少佐や大尉やミアも綺麗だし、可愛い。

 ずるいと思うのは仕方ないのだ、うん。


 

※※※


 

 今から思えば、酷く緊張していたのだろう。多分、私達だけじゃなく誰しもが。


『明日から始まる作戦で、西方の戦争が終わるかもしれない』


 そんな作戦に参加し、その作戦成功の成否を決めるのは間違いなく私達――騎士だったのだから。

 それ故に、私達には『戦争では何が起こるか分からない』という大原則を思い出してる余裕がなかった。

 唯一、何時もと変わらない姿でこの作戦中も私達を導いていた、中佐以外は。

 

 うん、それを見越しての嫌がらせだったとしたら、確かに貴方が名将に成られたのも納得ですよ、殿

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