第8話 バタフライナイフ

コート無しでは外に出られなくなっていた。11月だというのに寒い日が続いていた。沙希には、会社の飲み会で今夜は遅いと言ってあった。定時で退社すると△×駅前のネカフェに向った。昼間のうちに公衆電話からネカフェに電話した。店長は今日何時に終わるかと尋ねると、どちら様ですかとマニュアル通りの返事が返ってきたが、本部のセキュリティを担当しているものだと言った。名前はデタラメ。店長は今不在だけど、大体6時半には終わっていますと教えてくれた。じゃあその頃携帯に連絡すると言って電話を切った。

ネカフェの前には6時前に到着できた。近くの自販機でホットの缶コーヒーを買い、手を温めながら、5階からは見えない位置で待機した。20分ほど待っていると、カジムラジュンが出てきた。相変わらず携帯の画面を見ながら、ゆっくりと歩いていた。またしても駅とは反対の方向に進んでいく。だが、今回は、喫茶「タイム」の方向とは違った。相手の歩幅に合わせようにも、こうゆっくり歩かれると会わせ難い。その苛立ちが聞こえたのか、携帯をポケットにしまうと早足で歩き始めた。周囲はすでに暗くなり始めていた。ひと気が無くなり、神社のような林が見えた。ここしかない。俺は息を深く吐いた。

「カジムラさん」

ビクッとカジムラが反応する。だが振り向くこともなく歩き続ける。

「カジムラジュンさん」

動きが止まった。ゆっくりと振り向く

『誰ですか?』

「カジムラさんですよね?」

『だからどちら様です?』

俺は距離を詰める。

「もしかして、キョウチョウさん?」

カジムラの顔色が変わった。素早く踵を返して走り出そうとしたが、俺はそれを読んでいた。すぐに襟を掴む、ネルシャツが伸びる、すかさず腰に手を回し林に引き込んだ。カジムラの力は然程強くない。カジムラが振り回した肘が俺の顔にぶつかったが、構わず引きずり倒した。

『何だ、お前!』

無視して、腹を蹴り上げる。屈曲するカジムラの身体を戻すように、顎を蹴りあげ馬乗りになる。

『痛て~な!』

まだ元気があるようだ、頬骨をめがけて拳を叩き突ける。もう一度、もう一度。カジムラの顔は鼻血か、俺の拳から出ている血かわからないが、赤黒くなる。目の前に転がっていたソフトボールサイズの石を掴み振り上げる。

「聞いてるんだよ!お前は狂喜の蝶なのかって!」

カジムラは呻き声しか出さない。

「おい!これで顔粉砕するぞ!」

更に石を高く振り上げる。

『助けて下さい・・・・ごめんないさい・・・』

「聞いてることに答えろ!」

『そうです・・がはっ・・』

カジムラを立たせ、もっと境内の奥の方に引き摺って行く。石碑の前カジムラを座らせる。

「これから聞くことに、正直に答えろ」

『・・・・・』

もう一度、腹を蹴り上げる。倒れながらキューっと縮こまるカジムラをもう一度座らせる。

「返事は?」

『うっ・・はい』

「本当に、強姦を請け負ってんのか?」

『・・はい』

「仲間は何人だ」

『ふ・・2人』

「もう1人はどこにいる」

『わかりません』

髪を掴み、耳を狙って拳を入れる。ぎゃっと言って耳をおさえる。

『ほっ本当に知らないんです!携帯でしかやり取りしたことないんです・・』

「うそつけ!どこだ!」

俺はスーツのポケットを漁る。カジムラは刃物の登場を恐れたようだ。這いずって俺の脚元に土下座をしながら

『ほ、本当なんです。ネットで知り合った奴で、連絡はメールのみ。金も振り込みで・・

だから本当はどこの誰かもわからないんです・・・』

赤い涎を垂らしながら話す。本当に知らないようだ。

「俺は渡部だ」

カジムラが顔を上げる。

「俺の嫁さんを誰がやれって言った?」

『・・・・・』

俺は、用意してあったバタフライナイフをポケットから出す。

カジムラは、それを見るとハァーと奇声を発した。

『忘れちゃったんです』

「忘れたぁ!」

俺は、刃を出す。

『確か、確かですね、え~っと渡部、渡部。ああ』

「誰だ」

『確か旦那さんの身内の方だったと・・』

「みっ」

モニターを切った時のように、バシュンと目の前が暗くなった。身内って誰だ。誰だ。身内?嘘だろ。俺の身内?

カジムラが視界から消えた。境内の砂利を踏むザッザッという音が遠ざかっていく。だが俺は追うことができなかった。わなわなと座り込んだ俺は、ただ呆然とした。

サイレンの音が聞こえ、はっとした。それがパトカーなのか救急車なのか消防車なのかも判断ができない。しかし今ここで俺がしていたことは間違いなく傷害であり、逃げなければならないと慌てて駅へ向った。途中、拳の痛みに気づき駅のトイレで血を洗い流した。鏡を見上げると、カジムラの肘が当ったのだろう左頬が赤くなっていた。コインロッカーから、カバンを取り出しホームに向った。もうすぐ8時だった。

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侵奪のバタフライ 慶月 雄紀 @yoshizuki

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