第7話 蝶捕獲?

沙希の元には赤羽という女刑事からその後も何回かケアの電話があったらしいが、俺には一切だった。警察から電話があったのは、あの日から2ヶ月も経った日だった。昼休みを終えた頃、携帯が震えた。

『東部中央署刑事課の林田です。今お時間よろしいですか?』

「はい」

『渡部さん、その後如何ですか?何かお変わりは?』

「その後は特にこれと言ってないですが」

『そうですか』

「何かわかったのですか?」

『ええ、今日連絡したのは、実は奥様の事件の容疑者が逮捕されまして』

「えっ!」

慌てて小声に戻しながら、席を立ち廊下に出る。

「捕まったんですか?」

『はい、同じような容疑で逮捕したんですが、手口が良く似ているものですから、奥様の件についても可能性が高いと思っているんです』

「可能性が高いってことは、確定じゃないんですか?」

『ええ、そこで奥様にですね、面通し・・いや容疑者の顔を見てもらえないかと思いまして』

「沙希、妻にですか?」

『そうです、奥様の証言していた人相にも合うものですから何とかお願いできないかと、犯人には奥様の顔は見えませんから安心して下さい』

以前の印象だと淡々と話をする林田から、幾分焦りの色が見えた。

「今夜妻に聞いてみます」

『今から聞いてもらうことはできませんか?』

「でも2人とも今仕事中ですし」

『いやそうは言っても重要なことですから、渡部さんも早く安心したいのではないですか?』

「それはそうですが」

『では、お願いします。これから奥様に連絡して頂いて、そうですね~3時頃までに来てもらえると助かります』

今日無理だったら、連絡すると言って電話を切った。本当に捕まったのか、捕まったとしたら猿、実行犯の方だろう。沙希は見てくれるだろうか。

心配をよそに沙希は快諾した。「これでおどおどしなくて済むね」と前向きだった。仮に逮捕されたのが実行犯だけだったとしても、もう1人は俺が警察に話せばすぐに捕まるだろう。『狂喜の蝶』は2人組。その両方が社会から消えれば、沙希の言うとおり怯えることは無くなる。

課長には「例の件で」と伝えて沙希を車で向えに行った。沙希の下腹部がどことなくふっくらしているように見えたが、まだ早い。ただ服がダブついていただけのようだ。

『本当良かった。正直捕まらないのかと思っていたから』

「そうだね。捕まるだけじゃなくて、無期懲役になって欲しいな」

二度と娑婆に出てくるなという意味で言った。

『・・死刑にしてほしい・・』

沙希は、呟いた。沙希の心のうちが見えた気がした。殺したい程憎んでいたんだと。

「そうだな・・死刑がいい」

返事はなかった。


丁度3時に警察署に着いた。

『すみません、忙しいところわざわざ』

林田が頭を下げる。3階の奥の部屋に案内された。

「ご無沙汰してます」

赤羽刑事が沙希に挨拶をしてきた。沙希は赤羽と信頼関係みたいなものを感じてるようだ。

林田がお茶を出しながら、

『これから見てもらってよろしいですか?』

と促した。沙希の方を見ると、目を強く閉じながら、カーディガンの裾を強く握っていた。しばらくすると、目を開き、

「行きます」

と力強く言った。赤羽に、俺はここで待つように言われた。林田について行く沙希の背中が、逞しく見えた。

 沙希を待つ間、赤羽は沙希が前より元気になったように見えるとか、少しふっくらしたなどと話をしていた。お腹も大きくなりましたねと言われるのではないかと緊張したがその話にはならなかった。


 10分もしないうちに沙希は林田と戻ってきた。沙希は泣いていた。

「どうでした?」

俺は立ち上がり戻ってくる沙希の肩を支えた。林田は言葉を選んでいるようだった。

『違った・・うっ・・違った・・』

答えたのは、沙希だった。林田はまずいという顔をして

「申し訳ありません。わざわざご足労頂いたのですが、残念ながら・・ですが、奥様の言っていた人相とは良く似ていたんですよ」

『似てません!』

林田を睨むように沙希は顔を上げた。

「ごめんなさいね。渡部さん、折角終わると思ったのにね。でも強かったよ渡部さん」

赤羽刑事がすかさずフォローする。

『今日はこれでお帰り下さい。ご自宅までお送りしますが』

「いえ、車で来たので大丈夫です。それより林田さん、例のサイトのことは何か分かったんですか?」

俺は林田に問う。赤羽刑事は沙希にまだ何か話しかけている。

『ええ、例のサイトについては、だいぶ調べがついてきています。何人か参考人も浮上してきています。かなり組織的な犯行だと思われます』

組織的?俺が知る限りは2人組だが・・

「今日、逮捕した容疑者は、そのサイトと関係のある人物なんですよね?」

『その辺は、現在取り調べ中でして』

まさか、俺のような素人の方が捜査が進んでいるのではないかと驚いた。まあ公園で得た有力情報は偶然だが、それにしてもまだこんなに遠くにいるとは思わなかった。ここで俺がカジムラジュンについて話した方がいいのか?

いや、やめておこう。苦労もせず手柄をとった顔をされても癪だから。

「沙希、家に帰ろう」

だいぶ落ち着いたようすの沙希の肩に手を置き、警察署を後にした。


 どの位経っただろう、俺はリビングで沙希を抱きしめた。2人とも話しはしない。沙希の鼓動、呼吸に合わせて動く胸、しがみつく小さな手、シャンプーの香り。沙希もはなれようとはしない。

「頑張って、乗り越えような・・3人で」

沙希は胸元から見上げるようにして俺を見つめた。瞳からスーっと涙がこぼれた。

『うん、ありがと』

また強く抱きしめた。絶対に復讐してやるからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る